これからの活動

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 ──これからの活動



 アレステアたちは葬送旅団のことを世間に知らせるためにマスコミの取材に応じた。


 エスタシア帝国には新聞社を中心に報道機関がある。新聞は民衆が世界を知るための重要な手段だ。こと教育に力を入れ、国民の識字率が極めて高い帝国においては娯楽のひとつですらある。


 他はラジオ局が来ている。民間向けのラジオ放送は少し前から発達しており、帝国においては許可された放送局が3社存在する。そのうち1社は帝国放送協会という公営放送だ。


「準備はよろしいですか?」


「は、はい」


 会見の席を準備した宮内省の職員が尋ねるのにアレステアが頷く。


 ハインリヒは会見には出席しない。皇帝と皇室は軽々しく扱われるべきではないという宮内省の方針により皇帝と皇室のメディアへの露出は制限されている。


「では、こちらへ」


 宮殿には宮内省からの記者会見が行われる部屋があり、そこが今回の会見の場所となっていた。アレステアは緊張しながらその部屋に入っていく。


 既に部屋には記者たちがおり、カメラマンたちがアレステアたちにレンズを向ける。


「これより葬送旅団の設立に関する会見を行います」


 宮内省の職員がそう記者たちに告げ、アレステアがマイクを握る。


「ぼ、僕はアレステア・ブラックドッグと言います。ゲヘナ様の加護を受け、眷属としてゲヘナ様のために働いています」


 まずはアレステアが自己紹介。


「ゲヘナ様は地上において世界の理を乱す死霊術師の存在を危惧されています。死者が眠り、そして冥界に向かうという世界の理に反するものたちがいるのです。僕たちの目的はそのようなものたちと戦い、世界の理を守ること」


 カメラマンたちが葬送旅団の白い軍服を纏ったアレステアたちを撮影する。


「そのために葬送旅団が結成されました。この世の理のために、そして死者たちの安息のために僕たちは戦います。皆さんもこの脅威を前にともに戦ってくれることをお願いしたいです。僕からは以上です」


 アレステアは事前に準備された原稿通りに発表を終えた。


 そして、記者の質問が始まる。


「質問です。ゲヘナ様の意向を汲んでの部隊の結成となりましたが、神々に関することならば帝国ではなく、神聖契約教会が行うべきことなのではないでしょうか?」


「はい。神聖契約教会にも協力を求めます。ですが、神聖契約教会は既に実働可能な軍事力を大きく失っているのは御存知かと思います。神聖契約教会では死霊術師たちと戦うのに十分な部隊を動員できません」


「シャーロット・スチュアート女史とレオナルド・サルマルティーニ氏は神聖契約教会の武装異端審問官ということですが、神聖契約教会の武装異端審問官では対処できないということでしょうか?」


「その通りです。武装異端審問官は例えるならば自治体警察の保安官程度の権限と戦力です。今回の戦いで求められているのは警察力で対応不可能な脅威に対する力。すなわち軍事力なのです」


「ありがとうございます」


 記者の質問に答えるのはレオナルドたちだ。アレステアは流石に記者を相手にするのは無理だった。


「葬送旅団は帝国軍の指揮下に入るということですが、ゲヘナ様のために戦うのであれば帝国軍のみに所属するというのは問題になるのではないでしょうか? 国際的な同意を得るのに支障となるのでは?」


「指揮系統としては帝国軍の指揮下となります。ですが、世界協定会議の加盟国との同意も得られるよう調整を行います。エルダーレイク大地震で多国籍軍からなる救援部隊が編制されたように、です」


 世界協定会議というのはこの世界における最大の国際機関だ。世界的な戦争の防止や大規模災害における相互援助、貧困国の経済発展促進や飢餓からの救済などを行ってきた実績がある。


「アレステア・ブラックドッグ氏に質問です。ゲヘナ様の加護を受け、眷属となられたそうですが、今のお気持ちはどうですか?」


「はい。責任重大であると感じています。神々のために戦うということは僕たち人間にとって重要なことです。人間は神々とともにあり、神々は人間とともにある。そして、神々の協定が今の世界を構築しているのですから」


 アレステアへの質問にアレステアは緊張しながら答えた。


「我々の取材では帝都教区の墓守であられたとか。今回の帝都教区における死霊術師事件には早い段階からお気づきになられていたのですか?」


「えっと。死者の誘拐については事件の前に報告しています」


「しかし、帝都教区聖堂の司祭ミラン・マサリクはあなたにその容疑をかけた。そうですね? 神聖契約教会のこのようなスキャンダルは徹底して糾弾されるべはないでしょうか? 当事者としてどうお思いですか?」


「然るべき対応はちゃんと取られていると思います」


 記者の一部には自分の意見を通すためにアレステアのような有名人の発言を利用しようとするとアレステアは事前に聞かされていた。これがそうかは分からないが、アレステアは事実だけ述べるように努力した。


「最後の質問となります。質問をされたい方は挙手を」


 会見を仕切る宮内省の職員が告知するのに数名の記者が手を上げた。


「質問です。これからゲヘナ様のために、そして世界と帝国のために戦われるに当たって、勝利できると確信しておられますか? 3名の方にそれぞれの答えをお聞きしたいです。お願いします」


 記者が最後を締めくくるに相応しい質問をする。


「私は勝利を得るために最大限の努力をし、それが報われると信じています」


 レオナルドはそう答えた。


「勝利は確実です。勝利できなければ世界は混沌としたものになるでしょうから」


 シャーロットは肩をすくめつつそう答える。


「僕は絶対に勝利できると思っています。精神論ではありますが、勝利を強く願い、そして神々のために殉じる覚悟があれば勝利はできます」


 アレステアは力を込めて答えた。


「ありがとうございます」


「では、会見を終了します。これから今回の発表に関する情報をまとめた資料をお配りしますのでご希望の方は残られてください」


 宮内省の職員が会見を終わらせ、アレステアたちは退室。


「き、緊張しました……」


「よくできてましたよ、アレステア君。問題はありません」


 アレステアが控室に戻ってから安堵の息を吐くのにレオナルドがそう評価した。


「新聞に名前が載るよ、アレステア少年。世間は君に注目だ!」


「そうなんでしょうか。でも、そうなるとどうなっちゃうんです?」


「お酒を奢ってもらえる」


「……それはシャーロットお姉さんがしてほしいだけですよね」


 シャーロットがにやりと笑って言うのにアレステアが呆れて返す。


「これから注目される立場として影響力を発揮するようになるでしょう。物事を進めるうえでそれは役に立ちますが、一方で君の影響力を利用しようとする人間も現れるはずです。悪用されないように心がけてください」


「はい、レオナルドさん」


 レオナルドの意見はシャーロットと違って役に立った。


「我が友。会見は終わったか?」


「終わりました、皇帝陛下」


 そして、控室にハインリヒが戻って来た。


「うむ。これで葬送旅団の存在を公に知らしめたな。次は拠点だ。流石に迎賓館を拠点にするわけにはいかん。既にエドアルドが外務省の業務に差し障ると苦情を申しておる。拠点を移動させるぞ」


 ハインリヒがそう告げる。


 迎賓館は外務省が国賓として招いた国外の要人をもてなすための場所だ。宮内省が運営しているが、外務省から既に宿泊の必要がある要人の予定が渡されており、アレステアたちを長期宿泊させるわけにはいかなくなっていた。


「どこに移るんですか?」


「帝都の近衛騎兵師団駐屯地だ。葬送旅団の司令部をそこに設置する」


 アレステアが尋ねるのにハインリヒがそう答えた。


「そうですよね。軍隊ですもんね。基地にいなくちゃ」


「情報保全の観点からもそうすべきと言われてな。駐屯地は出入りできる人間が限られている。安全の面で問題にならずに済むだろう。さあ、早速移動だ。行くぞ!」


 ハインリヒの掛け声でアレステアたちは宮殿を出ると外で待っていた帝国陸軍の軍用四輪駆動車に乗り込んだ。


 目的地は近衛騎兵師団駐屯地。


 近衛騎兵師団はエスタシア帝国における近衛兵のひとつだ。他はシュヴァルツラント近衛擲弾兵師団とレオナルドが所属していたノルトラント近衛擲弾兵師団である。この3個師団が近衛兵だ。


 近衛兵は帝国が徴兵制を廃止する以前から志願兵のみで編成されている。儀仗部隊として働き、皇帝と皇室の警護を行い、そして精鋭部隊をして機能する。


「さあ、到着だ」


 ハインリヒが車から降り、アレステアたちが続く。


「全隊、敬礼!」


 ハインリヒとアレステアが駐屯地の門を潜ると帝国陸軍正式採用の口径7.62ミリ魔道式自動小銃を構えた近衛騎兵師団の兵士たちが、一斉に銃剣が付けられた魔道式自動小銃を捧げ銃の構えで握った。


「ようこそ、皇帝陛下」


「ありがとう、スカルスキ中将」


 ハインリヒとアレステアを出迎えたのは近衛騎兵師団師団長のシモン・スカルスキ帝国陸軍中将であった。


「ここに新しい部隊の司令部を設置すると聞いています。場所を用意しました」


「うむ。案内してくれ」


 スカルスキ中将の案内を受けてアレステアたちは近衛騎兵師団駐屯地を進む。


「あ。馬だ。いっぱいいる!」


「馬見るの初めてかい、アレステア少年?」


「ええ。もうどこも馬は使っていませんから」


 モータリゼーションが進んだ帝国においては既に馬という動物は輸送の手段として使われることは少ない。帝国軍においても騎兵師団が保有しているのみで、兵站や兵員輸送は全て自動車と飛行艇が担っている。


「お姉さんもお馬さんは大好きだよ。暇があれば見に行ってるね」


「牧場ですか?」


「いんや。競馬! 競馬場はお酒飲んでても怒られないし」


「……そうですか」


 シャーロットが平然と言うのにアレステアは返す言葉もなかった。


「馬券当たったらいいお酒も飲めるしさ。いいこと尽くめだよね。今度一緒に行こうか、アレステア少年?」


「シャーロット。そこら辺にしておいてください」


 シャーロットはレオナルドに怒られた。


  それからアレステアたちはスカルスキ中将の案内で駐屯地内の建物に入り、大きな部屋に案内された。会議室として使えそうな大きさの部屋で、これまではあまり使われていなかったのか何も置いてない。


「こちらの部屋を中心に何部屋かをご準備しました」


「うむ。兵舎の方はどうだ?」


「そちらは軍務大臣並びに陸軍省の許可が取れ次第、工事が始まる予定です」


「分かった。ありがとう」


 スカルスキ中将にハインリヒが礼を述べ、スカルスキ中将は退室。


「ここが私たちの拠点になる。葬送旅団の司令部だ。後々必要なものを調達しよう」


「皇帝陛下は名誉司令官なのですよね? 実務を行う司令官として指揮を執る方はもういるのですか?」


「それがまだ軍務大臣の同意が得られなくてな。今の内閣で軍務大臣は与党である保守党内の派閥の関係で就任していて、帝国宰相がなかなか説得できない相手なのだ」


 今の帝国議会は保守党が最大与党であったが、今の保守党はいくつかの中道右派政党が合流しており、政党内派閥が生じていた。その派閥間の調整のせいで内閣の人事にも影響がある。


「だが、いずれはちゃんと認めてもらい、正式に将兵を配属してもらう。それまでは私たちだけで葬送旅団の名を知らしめよう!」


「ええ。頑張りましょう!」


 ハインリヒが掛け声を上げ、アレステアが頷く。


「陛下。そろそろお時間です」


「ああ。もうそんな時間か」


 ハインリヒに同行していた宮内省の職員が告げるのに、ハインリヒが少し残念そうな顔をした。


「お仕事ですか?」


「皇帝というのもいろいろと公務があってな。皇帝の承諾が必要という形式のもので、帝国議会や内閣が決定したものにサインするという仕事がたくさんある。それから人事関係の任命式も」


「大変ですね……」


「仕方あるまい。皇帝として生まれたのだから義務を果たすだけだ。では、我が友。また後で会おう」


 ハインリヒは宮内省の職員とともに近衛騎兵師団駐屯地を去った。


「さて、あたしたちは何をしようか?」


「司令部として必要なものの調達は正式に司令官と参謀に任命された帝国陸軍の将兵が行うでしょう。私たちが司令部の設備を整える必要はありません」


 シャーロットが空き部屋を見渡して尋ねるのにレオナルドが答える。


「じゃあ、何もすることはないんでしょうか?」


「いいえ。ありますよ。食事と寝床の確保です」


「あ」


 レオナルドが言うのにアレステアとシャーロットが気づいた。


 そう、これまでは迎賓館で寝泊まりして、食事も出してもらっていたが、今は寝床もなければ食事の当てもないのである。


「困ったね。どうしよ?」


「ホテルか何かに泊りますか?」


「けど、安全の面を考えて駐屯地に司令部を設置したんでしょ? 外に出るのはあんまりよくないんじゃない? あたしは別に気にしないけどさ」


「でも、兵舎の準備はできてないって言ってましたし」


 シャーロットとアレステアが今晩の寝床と食事を考えて悩む。


「葬送旅団の方々。あなた方のお世話を命じられたダニール・イワノフ伍長であります。お部屋の方にご案内させていただきます」


 そうこうしている間にひとりの男性下士官がやってきて告げた。


「ああ。心配する必要はなさそうですね」


「はあ。安心しました」


 一応部屋と食事は準備されており、アレステアたちは兵舎に準備された部屋に案内され、駐屯地の食堂で食事をとった。


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