潔癖の証明

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 ──潔癖の証明



 神聖契約教会はレオ・アームストロングを初めとする聖職者たちが死霊術師に加担し、死者の誘拐に加担したという事実を重く見ていた。


 中央神殿主導の大規模な監査が始まり、死霊術師狩りが行われる。そして、マスコミ各社もこのスキャンダルについて大々的に報道を始めている。


 そのニュースはエスタシア帝国の隣国であるアーケミア連合王国にも届いていた。


「随分と大きく取り上げられてしまっているね」


 アーケミア連合王国領ロストアイランド地方にてそういうのはロストアイランド地方に放棄された古い海軍基地を不法占拠している人物だ。


 名をルナ・カーウィンと言う。


 彼女はアーケミア連合王国の主要新聞社のひとつであるアーケミア・トゥデイの紙面に記されたエスタシア帝国帝都における死霊術師レオ・アームストロングの事件の記事を読んでいた。


「よりによって神聖契約教会の司祭長が死霊術師だったと発覚したのだ。仕方あるまい。だが、事後処理は完了している。サイラス・ウェイトリーが適切に対応した。我々偽神学会について発覚することは避けれただろう」


 要塞の司令官室に木製のデスクを準備して、そこで新聞を読んでるルナにそう言うのは、彼女の対面に座ったアザゼルだ。


「彼には嫌な役割を押し付けてしまったね」


「心配することはない。金が払われるならば喜んで汚れ仕事をする人間だ。今回の仕事にもちゃんと報酬を支払ってある」


「傭兵というものはそういうものか。昔から傭兵というものは存在したが、戦争と同じように彼らも変わらないようだ」


 アザゼルが言い、ルナが目を細めた。


「しかし、これで暫くは死霊術師というものは警戒される。今回の失敗の影響は避けられないだろうね。どうしたものか……」


「陽動が必要だな」


 ルナがため息を吐いて呟くのにアザゼルがそう言う。


「別の騒ぎを起こすということかい?」


「ああ。我々が追及されることを避けるために、今回の事件以上の衝撃がある騒ぎを起こす。それによって時間を稼ぐんだ。私たちが本当の目的を達成するまでの時間を」


「……私たちの目的には大きな犠牲が伴うことには同意しているよ。そう、多くの犠牲が必要になる。目的を達するには。だけど……」


「ルナ。お前が背負う必要はない。これは私が私の意志でやる。これから起きることはお前には関係のないことだ。それでいいだろう?」


 アザゼルがそう躊躇いを見せるルナに言う。


「そうはいかないよ、アザゼル。君は優しいが、その優しさに甘えることは許されない。私もともに背負おう。今になって逃げるつもりはないよ」


「そうか。やり遂げねばな」


 ルナがはっきりと言い、アザゼルは頷く。


「しかし、気になることが少しあるんだ。この記事は読んだかい?」


「どれも同じではないのか?」


「いいや。この新聞社は誰が事件を暴いたかについて記している。興味深いことが記されていた。事件を暴いたのはゲヘナの眷属となった少年だというのだよ」


「ゲヘナが介入しているのか? それは不味いな……」


「確かにゲヘナの介入はよくない兆候だ。それ以上にあの無慈悲な神が少年を眷属にしたということが私には気になる」


 アザゼルが唸るのにルナが新聞の記事に目を落としながらそう言った。


「神の眷属になる。そのことが意味することをこの少年は知っていたのだろうか。どのような過酷な運命が彼を待ち構えているかということを。恐らくはまだ知らないに違いない。知らないがままに」


「お前が思っていることは分からなくもない。だが、ゲヘナの眷属は我々の敵だ」


「分かっているよ。けど、私は帝都に向かおうと思う」


「何のために? まさか、その少年を助けるなどというのではないだろうな? ルナ、人は自分しか救えないと言ったのはお前自身だぞ」


「ああ。そうだよ。人は自分しか救えない」


 アザゼルが咎めるように言うとルナが黄金色の瞳でアザゼルを見つめた。


「ただ、見届けたいんだ。神々の課す無慈悲な試練にこの少年がどう立ち向かうのかを。私が挫折した試練にこの少年は耐えられるのかを」


「ルナ……」



 ──ここで場面が変わる──。



 帝都ではアレステアたちが結成した葬送旅団の立ち上げが行われていた。


 とは言え、そこまで大げさなものではなく、ちょっとした式典があっただけだ。


 それもそうだろう。葬送旅団は旅団を名乗れどいるのはアレステア、シャーロット、レオナルド、ハインリヒの4名だけなのだ。


「まだ将軍たちは私の兵隊ごっこだと思っているようだ」


「まあ、仕方ないですよ。4名の軍隊では」


 ハインリヒが宮殿の自室で不満げに言うのに招かれていたアレステアが苦笑いを浮かべて返した。


「いずれはちゃんとした旅団にする。その前に隊旗のデザインを決めるぞ、我が友! 宮殿にいる宮内省の職員にいくつか案を準備させた」


 ハインリヒがそう言って用紙を見せる。


「いろいろありますね。どれもよさそうですが」


「うむ。私が気に入ったのはこの剣とランタンをモチーフにしたものだ。剣は我が友の魔剣で、ランタンは墓守が墓所で使うもの。よいとは思わぬか?」


「ああ。なるほど。いいですね! これにしませんか?」


「では、決まりだな。準備させよう。それからまだやらなければならないことがある。シャーロットたちと合流しよう」


 ハインリヒがそう言ってアレステアを連れてシャーロットたちがいる賓客の控室に向かった。あの晩餐会の後からアレステアたちは宮殿に隣接する迎賓館に宿泊していた。実質上の国賓扱いである。


「お? 皇帝陛下とアレステア少年! どした?」


「これから採寸を行うぞ。旅団の軍服を作るからな」


 シャーロットがスキットルを片手に尋ねるのにハインリヒがそう答えた。


「帝国陸軍の軍服ならばもうサイズのあるものがあるのでは?」


「いいや、違うぞ、レオナルド。葬送旅団には専用の軍服を準備するからな。もう既にデザインは行わせている。葬送旅団は近衛に近い部隊となるが、近衛ではない」


 元陸軍のレオナルドの指摘にハインリヒが返した。


「わあ。本当ですか? 軍服ってカッコいいですよね!」


「とてもカッコいい軍服を準備するから期待しているのだぞ、我が友」


 アレステアのような年頃の少年には軍服などの制服はとても格好のいいものに見える。それはそれを纏う大人への憧れゆえか。


「あ。でも、僕は大きめのサイズを準備してもらいたいんですけど。まだまだ背が伸びる時期ですから!」


「それはない」


 嬉しそうなアレステアの発言をゲヘナの化身が不意に否定した。


「……え? どういうことですか?」


「お前は私の眷属として死を克服した。お前に死はない。そして、成長と老化は同義だ。ともに寿命という死に向かうものである。それ故にお前はもうその姿から成長することがない」


「……そうなのですか?」


「そうだ」


 ゲヘナの化身は何でもないというようにそう告知した。


「そっか……。本当はもっと背が伸びるといいなって思ってたんですけど、仕方ないですよね。神様のためですから……」


 アレステアは無理やり浮かべたように笑みでそう言う。


「ねえ、それって人間なの? 一定の時点から全く成長しない、一切老化しない生き物なんて人間と言えるの? 人間と同じ時間を過ごせるの?」


「神の眷属は人間ではない。眷属という生命になる。アレステアは既に人間でない」


 シャーロットが真剣な顔で尋ねるとゲヘナの化身が答える。


「知っていたのだろう? 神から加護を受け、眷属になったものたちの辿る道は」


 ゲヘナの化身は何も問題はないだろうというように告げた。


「神々の眷属は英雄である。そして、英雄に必要なのは自己犠牲だ。他者を救うために自らを犠牲にすることで英雄は英雄となる。そうであれば悔いることなどあるまい?」


 ゲヘナの化身が語る英雄観は彼女が地上にいた旧神戦争時代のものだ。


「……ええ。悔いてはいませんよ、ゲヘナ様。僕は死者の穏やかな眠りのために、死者が冥界で安らぐために戦います。その覚悟は変わっていません」


「それでこそだ」


 アレステアがゲヘナの化身の言葉に頷き、ゲヘナの化身が満足した。


「我が友。お前が人間であろうとそうでなかろうと私の気持ちは変わらない。どうあろうとお前は私の友だ」


「ありがとうございます、皇帝陛下」


「もっとフランクに接していいのだぞ?」


 アレステアが微笑むのにハインリヒが優し気にそう言う。


「けど、本当にアレステア少年は事前に知っていたの? こうなるってことに同意してたの? なんだか今になって知ったって感じだけど」


「知っていたはずだ。神々の眷属となったものたちの話を知っていると言ったのだからな。それに知らなかったと言っても今となって取り消せるようなものではない。神々が交わした協定に反する」


 シャーロットが訝しむのにゲヘナの化身はそう言い放った。


「いいんですよ、シャーロットお姉さん。僕は気にしてませんから」


「本当に気にしてない?」


「はい」


「そっか。じゃあ、あたしはもう何も言わない」


 アレステアが素直に頷くとシャーロットがそれ以上追及しなかった。


「じゃあ、採寸をしましょう。軍服を作るために」


 それから採寸が行われ、葬送旅団のための軍服が準備されることになった。


 そして、採寸から数日後。完成した軍服がアレステアたちの下に運ばれてくる。


「わあ! 凄くカッコいいですね!」


「そうであろう」


 葬送旅団の軍服は既存の軍服とは違い白を基調にしたものだ。


 近衛騎兵師団の騎兵将校の軍服に似ている。ジャケットと乗馬ズボン、そしてブーツ。基本的に白い軍服にアクセントとして金色の線が入っているのが特徴だ。


「けど、どうして白いんですか?」


「うむ。古い時代には葬儀に出席するときの喪服は黒ではなく白であった。古い時代において葬儀とは悲しみの儀式ではなく、死者が冥界で安らげるという祝いの儀式であったことに由来すると聞いた」


「ああ。それで白なんですね。僕たちも死霊術師から死者を解放して、彼らが安らげるようにするネガティブな意味のない葬儀を、と」


「そうだ。それに純粋に白い軍服というのはカッコいいであろう?」


「それはそうです」


「では、早速来てみてくれ」


 ハインリヒから渡された軍服をアレステアたちが身にまとう。


「どうです?」


「似合っているぞ、我が友!」


 アレステアに軍服はぴったりとフィットしていた。


「陛下。マスコミの方々が来ておられます。準備はよろしいでしょうか?」


 と、アレステアたちが軍服を纏ったところで侍従長のエドアルドが賓客用控室に入室して進言した。


「ああ。分かった。では、向かおう」


「マスコミってどういうことですか?」


「葬送旅団の発足について民衆に知らせるのだ。民衆にも死霊術師の脅威を知らせ、我々の活動についての理解を得なければならない」


 アレステアが尋ねるのにハインリヒが返す。


「マスコミ対応も必要なわけか。この軍服、白いから染み作らないか心配だよ」


「間違ってもマスコミの前でお酒は飲まないでくださいね、シャーロット」


 シャーロットがスキットルを取り出そうとするのをレオナルドが牽制した。


「アレステア。お前が主役だぞ。神々の眷属であるお前がこの危機に立ち向かうのだということを示し、民衆に訴えかけるのだ。我々はともに死霊術師の脅威と戦うべきであるということを」


「はい!」


 そして、アレステアたちがマスコミとの会見に向かう。


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