晩餐会
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──晩餐会
アレステアたちは出席者がアレステア、シャーロット、レオナルドとハインリヒだけの小さな晩餐の席に招かれた。
小さいながら公式の宮廷晩餐会とあまり変わらぬ料理が提供される。上品なコース料理である。この手のコース料理はアーケミア連合王国から帝国に普及した。
「えっと。これはどうやって……」
こんな畏まった食事場は初めてのアレステアはフォークやスプーンがあれこれあるのに困惑しっぱなしである。どうしていいか分からず、シャーロットたちの様子を見る。
「いやあ。いいお酒ですねえ。流石は宮廷!」
シャーロットとレオナルドは慣れた様子で食事をしており、アレステアはそれを真似しながらなんとか食事を続けた。
「我が友。お前はこれからも死霊術師と戦い続けないといけないのだろう?」
「ええ。ゲヘナ様にそのために力を授かりましたから。何があろうとも」
ハインリヒが尋ねるのにアレステアが返す。
「であれば、帝国が支援しよう。神聖契約教会としても支援があるだろうが、帝国としても支援を行いたい。具体的には戦いを支援するための部隊を編成する」
「部隊、ですか? それってどういう……?」
「うむ。帝国宰相にも話は通してあるが、帝国陸海空軍で我が友の戦いを支えるある程度の規模の部隊を編成するつもりだ。想定している規模は旅団程度」
「旅団……?」
アレステアは軍事にはさっぱりである。
「旅団とは師団の下位に位置する規模の軍の部隊ですよ、アレステア君。帝国陸軍の歩兵旅団ならば4個歩兵大隊を中核に砲兵や後方支援部隊を含めたものを1個旅団とします」
「え!? それって凄い大きな部隊なんじゃないですか?」
「それなりの規模はありますね。指揮官は准将または少将ですから」
アレステアが驚くのにレオナルドが淡々と語った。
「そんな大きな部隊を僕が戦うのを支援するために編成できるんですか?」
「まだ陸軍参謀長とは話してないから分からないが、帝国宰相は準備できると言っていた。帝国宰相は元陸軍上級大将で今も陸軍に親しいから、全く部隊が編成できないのにできるとは言わないだろう」
「でも、大丈夫なんですか? 僕はただの一般人なのに」
「何を言うんだ、我が友。お前はもう帝国騎士だぞ?」
「あ。そうでした」
そう、今のアレステアは立派な帝国の騎士階級なのである。
「確かに騎士という階級に今は名誉ぐらいの価値しかないのは事実だ。領地を与えれるわけでもないし、政治的には貴族院に立候補できる程度。だが、帝国貴族であることには変わりはない」
「分かりました。帝国軍が支援してくれれば心強いです。ゲヘナ様は死霊術師はあらゆるところにいると言っていらっしゃいましたから」
アレステアがそう言ってゲヘナの化身の方を向く。
ゲヘナの化身はマナーに則って食事を進めていた。
「うむ。死霊術師は帝都だけにいるのではない。帝国全土に、そして国外にもいる」
「だから、いろいろと移動しなければいけません。軍隊なら移動手段はありますよね」
ゲヘナの化身が言い、アレステアがそう発言する。
「もちろんだ。空軍ならば飛行艇がある。飛行艇を与える準備もあるぞ」
「わあ! それはいいですね。飛行艇には乗ってみたかったんです。でも、飛行艇の運賃って高いですから……」
帝国空軍は空中空母、空中戦艦、空中巡航艦を主力とする空中艦隊を擁する。
「これからは乗り放題だぞ。専用の飛行艇を準備するからな。それも大型艦だ」
「ありがとうございます。その旅団の指揮官は誰になるんですか?」
「私だ」
「皇帝陛下が……?」
ハインリヒがにっと笑って言うのにアレステアが驚いた。
「ははっ。驚いたか? まあ、実際に私が指揮を執るわけじゃない。近衛兵の連隊や旅団、師団には皇室のものや、友好国の王室のものが名誉職として司令官になることがある。それと同じだ」
「そうなんですか? 初めて知りました」
「名誉司令官は閲兵の際に司令官として敬意を示されるぐらいの権限しかない。実際に指揮をするのは正規の指揮系統にある軍の将校だ。だが、私が名誉司令官なら軍も多少の配慮はしてくれるはず」
「もう何から何までお世話になってしまって……。申し訳ないです」
「何を言うんだ。お前はゲヘナ様のために戦うゲヘナ様の眷属なのだぞ。その神々の名において戴冠した私がそれに敬意を示すのは当然だ」
アレステアが頭を下げるがハインリヒは笑っていた。
「そこでだ。これから編成されるお前を支援するための部隊に名前を付けてほしい」
「名前をですか?」
ハインリヒの要求にアレステアは悩むように首を傾げる。
「とてもカッコいい名前を頼むぞ。部隊の名前というのは将兵の士気に関わるからな」
「ええ……。そんな責任重大な……」
「さあ、いい名前を付けてくれ、我が友」
アレステアはどうしたものかと頭を悩ませる。
「じゃあ、葬送旅団というのはどうでしょう? 死者を冥界に送るための葬送を行う部隊として葬送の名を付けるのはいいと思うのですが」
「おお! 悪くないな。葬送旅団か。いい名だ」
アレステアの提案したのは“葬送旅団”という名。
ハインリヒがそれに満足そうに頷く。
「いいね。相応しい名前だと思うよ、アレステア少年」
「ですな。その名を胸に刻み、自らの役割を再確認しましょう」
シャーロットとレオナルドも同意した。
「では、決まりだな。葬送旅団の結成を祝って乾杯だ」
ハインリヒがそう言ってアルコール分のない果実飲料のグラスを掲げる。
「乾杯!」
「乾杯」
シャーロットとレオナルドはワインのグラスを掲げ、一緒に唱える。
「乾杯」
「乾杯」
アレステアとゲヘナの化身もまたグラスを掲げた。
そして、ここに葬送旅団が結成されたのであった。
──ここで場面が変わる──。
帝都中央拘置所。
帝国司法省の管轄下にあり、国家憲兵隊と司法省の職員が運営する施設で裁判を待つ刑事事件の被告などが収容されている。
死霊術師として拘束されたレオ・アームストロングもここに収容されていた。
その拘置所の正門で武装した国家憲兵隊の兵士たちが警備に当たっていた。
その時である。
不意に数台の大型トラックが走り込んできて、そこで停車した。
「何だ?」
「おい! ここで何をしている!?」
大型トラックに向けて国家憲兵隊の兵士たちが警戒しながら声をかける。
「おいおい。そう慌てなさんなや」
すると、大型トラックから男が降りて来た。
黒いシャツとタンカラーのカーゴパンツ。その上に防弾ベストとタクティカルベストを身に着け、首には擦り切れた緑のスカーフを撒いている。顔はサングラスで隠れており、顔は分からない。
腰のホルスターには44口径魔道式拳銃だ。
「ここは駐車禁止だ。移動しろ」
「分かってるとも、お巡りさん。だが、俺はアウトローって奴なんだよ。そう、あまり遵法精神がないんだ」
男がヘラヘラと笑いながら国家憲兵隊の兵士たちを見る。
「法律をひとつ破るのもたくさん破るのも一緒だろ。な?」
次の瞬間、大型トラックの荷台を覆っていた幌が破れ、無数の銃弾が放たれると国家憲兵隊の兵士たちを蜂の巣にして、血の海に沈めた。
「さあ、行こうぜ、死人ども。後始末だ」
大型トラックから防弾ベストとヘルメットを身に着け、口径7.62ミリのカービン仕様の魔道式自動小銃を握った屍食鬼たちが降車してくる。魔道式自動小銃にはサプレッサーまで装着されていた。
「景気よくやろうぜ」
男は帝都中央拘置所の正門から拘置所のエントランスに入る。
「止まれ! 何をして──」
「人殺しをしてるんだよ。見りゃわかるだろ?」
すぐさま警備の国家憲兵隊の兵士が魔道式拳銃を構えるが、それが発砲される前に屍食鬼たちがエントランスにいた全ての職員を銃殺。
「B班はここに残って敵の増援を阻止だ。残りは続け」
男が屍食鬼の軍勢を引き連れて拘置所内を進む。
「こちら帝都中央拘置所! 武装集団に襲撃されている! 応援を寄越してくれ!」
「来たぞ! 構えろ!」
国家憲兵隊と司法省の職員は即席の陣地を拘置所内に構築し、魔道式拳銃や魔道式短機関銃で侵入者を迎え撃とうとしていた。
「おーおー。やる気満々だな、おい。嫌いじゃあないぜ、そういうの。だが、今は忙しいんでね。退いてくれや」
男がそう言うと屍食鬼が2体前方の陣地に向けて突入し、防弾ベストに収納されていた戦闘工兵用の梱包爆薬で自爆。陣地にいた国家憲兵隊や司法省職員を爆殺する。
「派手な花火だ。随分と楽しいじゃないか、ええ?」
男が負傷して苦しむ国家憲兵隊の兵士たちを眺めて笑い、彼らを撃ち殺して前進していく。国家憲兵隊と司法省の職員たちは次々に殺害され、破壊が拘置所内に吹き荒れる。爆発と銃撃が何度も繰り返された。
『応援はまだ来ないのか!? 我々では対応できないぞ!?』
『帝都の国家憲兵隊本部で爆弾テロが起きており、対応が難しいとの連絡が──』
『畜生! 畜生! こいつら──わあっ──……』
混乱した国家憲兵隊と司法省職員の無線通信が流れる。
「こうなると一方的な虐殺って感じだな。まあ、これはこれで結構なもんだが」
死体が転がる拘置所の廊下を男が魔道式拳銃をガンマンのようにくるくると回しながら歩き、血の海に沈む職員たちを見て笑っていた。
「こいつは使えるな。実に使える。屍食鬼の軍隊ってのは最高だぞ。恐怖を知らず、犠牲を恐れず、それでいて給料は要らないと来た。これほどいい兵士が他にいるか?」
「お前は一体……」
「俺か? 傭兵だよ。嫌われ者の雇われ兵さ。どうぞよろしく」
重傷を負った国家憲兵隊の兵士が男を見て言うのに男がそう返して魔道式拳銃で国家憲兵隊の兵士の頭を弾き飛ばした。
「さっさと仕事を終わらせよう。金にならない戦闘はごめんだ。学会長閣下はともかくとしてアザゼルの姉御は金払いが良くないからな」
男がそう言って拘置所の中を進むと裁判を待つ被告たちが収容されている区画に侵入した。檻の中にいる被告たちが何が起きたのかと檻の間から外を見ている。
「アームストロング。アームストロング。レオ・アームストロング。お迎えに来ましたよ。どこですかっと?」
男は檻の中を覗き込みながら収容区画を進む。
「おお! 我らが同志レオ・アームストロングではないか。神聖契約教会の司祭長が随分と酷い有様だな、おい?」
「お前は……」
そして、男はアームストロングの収容されている檻の前で止まり、アームストロングが男を見て目を丸くする。
「よう。あんたがまだ偽神学会について話してないのは確認済みだ。だが、これから先も黙っているかどうかについちゃあ、意見が分かれていてな」
「な、何をするつもりだ……?」
「はあ。あんたのヘマにはみんながっかりしてるんだぜ? 学会長閣下はあんたの功績を評価して助けてやってはどうかって言っていたがね。あの人はどうも優しすぎるんだ。誰に対してもな」
アームストロングが怯えた様子で尋ねるのに男がそう返す。
「確かにあんたはこれまで司祭長という地位を活かして死人の調達を容易にしてくれた。そいつには大いに礼を言おう。だが、あんたの酷いヘマは流石に擁護できない。このざまだぞ? 国家憲兵隊にとっ捕まって」
男が心底呆れた様子でそう言い、タクティカルベストから高級葉巻とライターを抜いて火をつけた。
「つまり、全てはあんたの責任であって俺が悪いわけじゃない。恨んでくれるなよ」
男がアームストロングにそう言って葉巻を吹かし、その煙をアームストロングの顔に吹きかけた。
その後、応援に駆け付けた国家憲兵隊の部隊が拘置所を奪還するも、襲撃犯は確保できず、レオ・アームストロングの姿は収容区画になかった。
事件は未解決のまま。
……………………
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