謁見

……………………


 ──謁見



 アレステアたちは国家憲兵隊の取り調べに応じ、事件を改めて整理し、死霊術師であったレオ・アームストロング司祭長は殺人と死霊術の使用の容疑で検察に送検された。


 検察は近くその容疑で起訴する方向で調整を進めており、アームストロングの身柄は帝都の拘置所へと移された。


「さあて、仕事は終わったー! お酒を飲むぞー!」


「ずっと飲んでたじゃないですか……」


「いやあ。祝い酒はまだでしょ」


 シャーロットは事件を纏める事務仕事の間も常に酒を飲んでいた。


「アレステア君。君はこれからもゲヘナ様とともに死霊術師を追うのですか?」


「そのつもりです。それが僕の役割かと」


「そうですか。我々も手伝える限り手伝いましょう。武装異端審問官としても死霊術は取り締まるべきものですし、やはりアームストロングの行動に納得がいきません。彼は何か別の目的があったように思えます」


 アームストロングは国家憲兵隊の聴取を受けたが、彼は自分が妻以外の屍食鬼を生み出していたことについての説明は拒んでいた。


 彼の弁護士がアームストロングに事情を話すことで司法取引することも提案したが、それすらもアームストロングは拒否しており、お手上げであった。


 国家憲兵隊も事件にはまだ続きがあると睨んでいる。


 神聖契約教会では帝都教区の監査が始まっており、中央神殿と第三者委員会の監査員がアームストロングは当然として、他の聖職者に関しても財政などの調査を行っていた。だが、何かが分かったという報告は未だない。


「ねえ、ねえ。難しい話はもう終わりにして飲み行こうよ。帝都でいいお店知ってる、アレステア少年?」


「僕はお酒を飲むようなお店に入ったことはないです」


「そっかー。じゃあ、適当に入ろう!」


 アレステアたちがシャーロットを先頭に国家憲兵隊の帝都庁舎を出ようとしたときだ。そのエントランスに高級乗用車が止まり、きっちりとしたスーツを纏った人物が現れ、アレステアたちの前に立った。


「アレステア・ブラックドッグ君とシャーロット・スチュアート女史、そしてレオナルド・サルマルティーニ氏ですね」


「ええ。あなたは?」


「失礼を。私は帝国宮内省職員です。今回はあなた方にお知らせすることがありまして参りました」


「宮内省の方ですか?」


 宮内省はエスタシア帝国皇室を支える中央省庁だ。


 皇帝は今も皇帝大権という大きな権力を有する帝国にとって重要な存在だ。帝国の象徴しても君臨している。


 だが、かつてほどの権力はない。“大陸の春”と言われた民主化運動によって皇帝の権力は制限され、今の帝国の政治を担っているのは民主的な普通選挙で帝国議会議員として選ばれた政治家たちだ。


「今回の帝都における死霊術師が引き起こした事件の解決にあなた方の果たした役割を皇帝陛下が高く評価されております。そこで皇帝陛下は宮殿にあなた方を招き、謁見の機会を与えたいと仰っています」


「謁見、ですか? その、皇帝陛下に会うということですよね?」


「はい。その通りです。帝国に著しい貢献のある方を宮殿にお招きするのは古くからの習わしですので、よろしければどうぞ宮殿に」


 宮内省の職員が述べるのにアレステアが困惑した様子でシャーロットとレオナルドを見る。ふたりもいきなりのことに困っている様子だった。


「えっと。本当に皇帝陛下に? いつになるんでしょうか?」


「今からです。どうぞ車にお乗りになってください。宮殿までお送りします」


「分かりました。断るのは失礼ですよね」


 アレステアたちは促されるままに高級乗用車に乗り込んだ。帝国の優れた自動車産業の象徴のような自動車だ。快適な乗り心地である。


「宮殿ってさ。お酒あるかな?」


「皇帝陛下の前で酔っ払わないでくださいよ」


「大丈夫、大丈夫。今日はまだ少ししか飲んでないから」


「本当ですか……?」


 アレステアは心配そうにシャーロットの方を見た。


「そう言えば今の皇帝陛下ってどんな人なんでしたっけ?」


「さあ? あたしは知らない。あんまり報道されるようなものでもないし、そもそもあんまり興味もないし。今のご時世、誰が皇帝でもあんまり変わらなくない?」


 アレステアが尋ねるのにシャーロットは肩をすくめた。


「レニーは知ってる? 近衛兵だったんでしょ?」


「私が近衛兵だったのは20年以上昔の話ですよ。当時の皇帝陛下はもう崩御しておられます。ですが、私もその後どうなったかについては知らないのです」


 レオナルドはノルトラント近衛擲弾兵師団に所属していたが、その当時に皇帝は既に崩御していた。レオナルドも今の皇帝を知らない。


「そう言えばハインツ君は? 彼も事件の解決に携わったのに」


「そうだね。彼も呼ばれているのかも」


 ハインツについては民間人であったこともあり、アレステアの無罪とアームストロングの罪について証言すると去っていた。事後処理には関与していない。


 だが、ハインツも今回の事件解決に関わったひとりだ。


 その辺りの事情が分からないままにアレステアたちを乗せた高級乗用車は帝都のまさに中心である宮殿に向かった。


「宮殿は帝都に来た時、一度外から見たことはあるんですが……」


「あたしも外からしか見たことはないね」


 宮殿の華やかな前庭に繋がる正門を抜け、アレステアたちはそのまま大きな宮殿の正面玄関に運ばれた。正面玄関では魔道式自動小銃を持った赤い軍服の帝国近衛兵が警備している。


「まずはこちらへどうぞ。謁見の前に一通りを段取りの説明を行いましょう」


 宮内省の職員に案内されて宮殿の中を進み、賓客用の控室に通される。


「ようこそ、宮殿へ。私は侍従長のエドアルド・カヴールです」


 控室には黒いスーツを纏った高年の男性がいた。白髪頭に黒縁の老眼鏡をかけた人物できっちりとスーツを整え、背筋の伸びた様からはあまり年齢を感じさせない。


「あの、皇帝陛下に会うときはいろいろと決まりがあるんですよね……?」


「公式な行事であれば細かな決まりがありますが、今回はそういうものではありませんのでご安心を。一般常識に則って行動していただければそれで十分です」


「そうでしたか」


 アレステアたち一般市民にとって皇帝と会う機会など一生に一度あるかないかだ。そのためアレステアはいろいろと心配していたのだ。


「一応の段取りを確認しておきましょう。先に謁見の間にあなた方をお招きしますので、そこでお待ちください。それから皇帝陛下が参られます。皇帝陛下から感謝のお言葉があり、それからあなた方に質問をなされるかと思います」


「は、はい」


「その後、晩餐の席をご一緒したいと皇帝陛下がご所望です。謁見後にご案内いたします。これも公式の場ではありませんので緊張なさらず」


 エドアルド侍従長はアレステアたちにそう説明した。


「では、暫くお待ちください。後ほど謁見の間にご案内いたします」


「分かりました」


 エドアルド侍従長の言葉にアレステアたちが頷き、それから控室の椅子に座った。


「何か緊張してきちゃいました」


「まあ、昔と違って少し礼儀を守ってないぐらいじゃ不敬罪で処刑されるわけでもないし、気楽にやるといいよ。そもそも皇帝陛下から招かれたんだしさ」


 アレステアがどきどきする心臓を押さえて言うのにシャーロットがスキットルを腰のベルトから取り出した。


「流石にお酒を飲んで謁見に臨むのはダメですよ、シャーロット」


「ちぇっ。晩餐会でいいお酒が飲めるといいけど」


 レオナルドが渋い顔で注意し、シャーロットがスキットルを戻す。


「ゲヘナ様はどうするんですか?」


「私か? 私は地上の政治には興味はないし、それに干渉することは神々の協定で禁止されている。特に言うことはない」


「ゲヘナ様は皇帝陛下より偉いんですよね」


「比べるものではない。お互いに違う役割を果たすものなのだから」


 アレステアにゲヘナの化身はそう返したのみ。


「結局、ハインツ君はいないね」


「そうですね。会えるかなって思ったんですが」


 シャーロットが言い、アレステアが寂しそうに言った。


「皆様方、ご案内いたします」


 それから宮内省の職員がやってきてアレステアたちを謁見の間に案内する。


 宮殿は歴史ある建物であると同時に華やかな建物でもある。色鮮やかな絨毯の上をアレステアたちは進み、謁見の間に向かう。


 宮殿は近代化のための工事が終わったばかりで、蝋燭などによる照明はなくなり電球が照らしている。また地下には緊急時のためのシェルターも設置されていた。


「こちらです」


 そして、謁見の間に通される。


 意外にも謁見の間はシンプルだった。目立った装飾品は少なく、正面に皇帝が座す王座が置かれ、絨毯が敷かれている。それだけだ。


「お待ちください」


「はい」


 アレステアたちは皇帝が来るのをその謁見の間で待った。


「お待たせいたしました。皇帝陛下が参られます」


 それから再びエドアルド侍従長が現れ、皇帝が入室する扉が開かれた。


 そして、この大陸のほぼ全土を統治する大国エスタシア帝国の皇帝が──。


「え?」


 アレステアが現れた皇帝を前に目を見開く。


「エスタシア帝国皇帝ハインリヒ陛下です」


 エドアルド侍従長に紹介されて現れたのは他でもない。ハインツだった。


「我が友! 早い再会になったな」


「え、え? どういうこと……ですか……?」


 ハインツが王座に座る前にアレステアの前に来て声をかけるのにアレステアは完全に困惑しきっている。


「皇帝陛下。事情をお話しください。ご友人が困惑されておりますぞ」


「うむ。秘密にしていたが私は皇帝だったのだ。私の治世でこの国がどうなっているのかを確かめるため、お忍びで帝都を見て回るのが好きでな。今回もお忍びで帝都を回っていたときにお前と会ったのだ」


 エドアルド侍従長が咳払いして言うのにハインツ改めハインリヒがにやりと笑ってアレステアにそう言った。


「ええ……。そうだったの? じゃなくて、そうだったんですか?」


「何をへりくだっているのだ、我が友。お前はゲヘナ様の眷属だ。皇帝より偉いではないか。友として接してくれ」


「だけど、君が皇帝陛下だったなんて。教えてくれればよかったのに」


「すまない。あの時は隠さなければいけなかったのだ。皇帝が直接あのような事件に関わるというのは今ではよく思われない。世論にも、帝国議会にも」


 アレステアがおずおずと言うが、ハインリヒは肩をすくめるのみだ。


「皇帝は君臨するとも統治せず。それが今の政治だ。だから、今回私がやったことはあまりよくないのだ。だから、秘密にしなければいけなかった。だが、これで私の身分もやっと明かせたし、これから皇帝としても協力しよう、我が友!」


「ありがとう。でも、皇帝としてと言うと?」


 ハインリヒの言葉にアレステアが微笑みながら尋ねる。


「我が友はこれからもゲヘナ様のために戦うのだろう? そして、今世界は死霊術師による危機に晒されている。そうであるならば帝国としてもそれに立ち向かわなければ。帝国は神々を信仰している」


「つまり、帝国もゲヘナ様のために死霊術師たちと戦うの?」


「ああ。そのつもりだ。既に帝国宰相の同意も取り付けている」


 エスタシア帝国において皇帝にはある程度の権力は残されているが実際に政治を動かすのは帝国宰相をトップとした内閣だ。


「まずは今回の事件の解決について帝国を代表して感謝を。よくやってくれた」


 ハインリヒが改まってそう言う。


「同時にこの感謝を示すために叙任を行う」


 ハインリヒがそう言うとエドアルド侍従長が木製の箱を持ってハインリヒの隣に出た。そして、箱を開いてハインリヒに差し出す。


「シャーロット・スチュアート。あなたの功績を讃え、帝国に貢献した聖職者に授けられる聖ゲオルグ騎士勲章を授ける。エスタシア帝国皇帝の名においてあなたはこれより騎士として扱われる」


「光栄です、陛下」


 シャーロットがドラゴンと剣を模した意匠の勲章を授けられ、シャーロットは普段の彼女からは想像できないほど恭しく返した。


「レオナルド・サルマルティーニ。あなたの功績を讃え、同様に聖ゲオルグ騎士勲章を授ける。あなたもまた皇帝の名において騎士として扱われる」


「光栄です、陛下」


 レオナルドもまた勲章を受けて、皇帝たるハインリヒに敬意を示す。


「アレステア・ブラックドッグ。あなたの功績を讃え、帝国に著しく貢献した一般市民に授けられる黒鷲騎士勲章を授ける。エスタシア帝国皇帝の名においてこれよりあなたは騎士として扱われる」


「こ、光栄です、陛下!」


「ふふっ。そう緊張するな、我が友」


 アレステアがガチガチに緊張して返すのにハインリヒが小さく笑った。


「では、これにて叙任を終える。諸君、本当に感謝する」


 ハインリヒが改めてそう言う。


「では、晩餐の席に移ろう。話したいことはまだある。今日はゆっくりと語り合おう」


「晩餐の間にご案内いたします」


 ハインリヒが言い、エドアルド侍従長がアレステアたちを晩餐の席に案内した。


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