友の証言
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──友の証言
帝都中央の交差点で屍食鬼の軍勢との交戦を開始したアレステア。
「君! 下がれ! 危険だ!」
「大丈夫です!」
パトカーを盾にして屍食鬼の軍勢と戦う国家憲兵隊が警告するのにアレステアがそう返して屍食鬼の隊列に突入した。
ライオットシールドと魔道式短機関銃を構えて古代のファランクスのように前進する屍食鬼の軍勢。それに向けてアレステアが肉薄し、“月華”を振るう。
「死者に眠りを」
“月華”の漆黒の刃は某地鎮圧のための装備であり、投石や拳銃弾による銃撃を防ぐライオットシールドを引き裂き、その先にいる屍食鬼も切り倒した。
「数が多い。でも、大丈夫!」
屍食鬼の軍勢の数は多いが、アレステアは何発も拳銃弾を受けつつ屍食鬼を死霊術師の呪いから解放し、眠りを与えていった。
「あの少年が押さえているぞ。だが、あの数を相手にしては。応援はまだか!?」
「既に向かっています!」
国家憲兵隊はアレステアに銃弾を当てないように慎重に銃撃を繰り返し、屍食鬼の軍勢が市民に被害を及ぼそうとするのを阻止する。
「アレステア。お前ひとりでやれるか?」
「やってみせます、ゲヘナ様」
「しかし、お前だけでは困難なようだ。手を貸そう」
ゲヘナの化身が“月華”と同様の漆黒の刃の剣を構えた。
「私が戦うのは久しぶりだが、腕は落ちていまい」
ゲヘナの化身はそう言うと刃を構えてアレステアとともに並び、屍食鬼の軍勢との戦闘を開始。ゲヘナの化身の剣は屍食鬼が盾にするライオットシールドと屍食鬼そのものを切り裂き、眠りを与える。
「流石です、ゲヘナ様!」
「うむ。ともに勝利を、アレステア」
アレステアとゲヘナの化身が屍食鬼の軍隊を相手に奮闘する。
「不味い。市民を攻撃しようとしている。我々が倒せないと見るや無差別攻撃か」
「阻止しましょう!」
屍食鬼の軍勢が周囲で逃げ遅れている市民に魔道式短機関銃の銃口を向けるが、アレステアがそれを阻止しようと回り込む。銃弾を自ら受け、屍食鬼を叩く。
「くうっ! 長くは持たないかもしれない……!」
流石に40体以上の銃火器で武装した屍食鬼を相手にアレステア、ゲヘナの化身、そして2名の国家憲兵隊の巡回部隊では多勢に無勢だ。
そこでけたたましいサイレンの音が響き、エンジン音とともに多数の国家憲兵隊のパトカーが交差点に滑り込んできた。そして、その中には──。
「シャーロットお姉さん! レオナルドさん! ハインツ君!」
「オーケー! 間に合った!」
軍用四輪駆動車からシャーロットたちが素早く降車し、屍食鬼の軍勢と戦闘を開始。
シャーロットの“グレンデル”が一斉に屍食鬼を貫き、レオナルドのクレイモアも背後から屍食鬼を襲撃して撃破。
「我が友! 助けに来たぞ!」
「ハインツ君! 助かるよ!」
ハインツも長剣を持って参戦。アレステアと肩を並べて屍食鬼を相手にする。
「小隊、射撃準備!」
「構え!」
さらには国家憲兵隊の部隊も展開し、屍食鬼を封じ込めた。
彼らの奮闘によって屍食鬼による攻撃は阻止され、屍食鬼たちは全て死霊術師の呪いから解放され、穏やかな眠りについた。
「何とかなりましたね」
「ああ」
アレステアが息を吐くのにゲヘナの化身が構えていた漆黒の刃を消滅させる。
「シャーロットお姉さん、レオナルドさん、ハインツ君。どうしてここが?」
「国家憲兵隊の軍用犬のおかげだよ。あの倉庫から臭いを辿ったらここについたってわけね。しかし、これでようやく確定って感じかな」
アレステアが尋ねるのにシャーロットが国家憲兵隊の軍用犬部隊を見る。しっかりと躾けられた軍用犬を装備する部隊がここまで臭い辿ったのだ。
「失礼。君、手配中の人物に容貌が似ているが、名前を聞いても?」
そこで国家憲兵隊大尉がアレステアに尋ねて来た。
「……アレステア・ブラックドッグです」
「君には殺人と死霊術師用の容疑がかかっている。一緒に来てもらう」
アレステアが観念して名前を言うのに国家憲兵隊大尉が鋭い視線を向ける。
「待て、大尉」
そこでハインツが国家憲兵隊大尉を呼び止めた。
「状況を見るんだ。アレステアは屍食鬼と戦っていたではないか。死霊術師が自らの屍食鬼と戦うなどということがあるか? それにこの屍食鬼たちは帝都教区司祭長レオ・アームストロングの倉庫から来たのだ」
「しかし、決まりだ。容疑がある以上、聴取を行わなければ」
「このアレステアはゲヘナ様の眷属。我々には彼の力が必要だ。まして、この帝都が死霊術師による攻撃に晒されている今には。例外を認めてくれ」
「そういうわけには」
「では、これを見てほしい」
ハインツが国家憲兵隊大尉に食い下がり、手袋を外した。
「それは……!」
「頼む、大尉。いずれアレステアの容疑は私が晴らす。今は待て」
「畏まりました」
国家憲兵隊大尉が敬礼を送って返す。
「えっと。どうなるんです?」
「アレステア・ブラックドッグ。後ほど話を聞く。今は監視だけしておくので、この事件が決着するまでは自由の身だ」
「分かりました」
国家憲兵隊大尉が告げ、アレステアが頷く。
「アレステア。我が友! 凄い活躍だったな。流石はゲヘナ様の眷属だ。このまま死霊術師を捕まえて、帝都に平和を取り戻そう」
「うん。これで司祭長が死霊術師であることがほぼ確定した。司祭長から話を聞きださなくちゃ。また襲撃が起きる前に」
「ああ」
軍用犬を有する国家憲兵隊の部隊がレオ・アームストロング所有の倉庫から臭いを辿り、屍食鬼の襲撃に行きついた。既に国家憲兵隊もアームストロングを指名手配している。帝都から出入りする交通機関には検問が設置済み。
「一連の事件で国家憲兵隊は本気を出したみたいですね。彼らの重大犯罪対応のための特殊作戦部隊も展開を始めました」
「緊急介入部隊だね。国家憲兵隊の精鋭だよ。これでアームストロングの命運は尽きたってものだ。後は彼らに任せたって事件はちゃんと解決するだろうけど、どうする、アレステア少年?」
レオナルドが帝都各所に装甲車で展開する国家憲兵隊の兵士たちを見て言い、シャーロットが勝利の一杯とばかりにスキットルからウィスキーを呷ったのちにアレステアの方を見て尋ねる。
「僕たちも役割を果たしましょう。ここでやめるわけにはいきません」
「よし。じゃあ、もうひと頑張りだ!」
アレステアが決意を込めてそう言い、シャーロットがにやりと笑った。
「アームストロングの居場所は分かりませんが、何か手掛かりはありますか?」
「あります。帝都教区の司祭様です。あの人はアームストロングにかかわりがあるはずです。彼から話を聞きましょう」
「分かりました。国家憲兵隊にも同行を願い、向かいましょう」
レオナルドがアレステアの意見に頷き、国家憲兵隊の部隊に連絡する。
それから国家憲兵隊のパトカーを先頭にしてアレステアたちを乗せた神聖契約教会の軍用四輪駆動車が帝都教区聖堂に急行した。
「ミラン・マサリク! 国家憲兵隊だ!」
帝都教区聖堂の扉を国家憲兵隊の武装した兵士たちが蹴り破り、聖堂内に国家憲兵隊が突入。アレステアたちもすぐに続く。
室内でも取り回しやすいカービン仕様の魔道式自動小銃で武装した国家憲兵隊の兵士たちが屍食鬼の襲撃に備えながら聖堂内を制圧していき、帝都教区聖堂司祭ミラン・マサリクの捜索が行われる。
「ここで死んでいた人はどうなりましたか?」
「事件性があったために国家憲兵隊の軍医が検死解剖を行い、その後遺族が引き取って埋葬された。そう聞いている」
ジョシュアが死んだ中庭でアレステアが国家憲兵隊の指揮を執る国家憲兵隊中尉に尋ねるのに国家憲兵隊中尉はそう返した。
「ジョシュアさん。巻き込んでしまってごめんなさい……」
アレステアが中庭でそう呟く。
すると、上空でエンジン音が聞こえて来た。
「飛行艇まで」
アレステアが見上げると国家憲兵隊所属の小型飛行艇が上空を飛行していた。
飛行艇の開発の発端は魔術師たちが空を飛べることを一般化することがきっかけだった。そして、魔術学により初期の飛行艇が完成。航空力学の発達を待たずしてこの世界ミッドランでは人が空を飛んだ。
その後、科学と魔術の融合である魔道工学により、さらに進化した飛行艇が生み出され、様々な用途で使用されるようになった。
帝都教区聖堂の上空を飛行している軍用小型飛行艇は小さな翼がある中型トラック程度のサイズで、側面に兵員ドアが備え付けられ、そこから魔道式狙撃銃を構えた国家憲兵隊の狙撃兵が地上を警戒していた。
「アレステア少年! 司祭が見つかったよ!」
「今行きます!」
シャーロットが呼びかけるのにアレステアが中庭を出て、司祭ミラン・マサリクが発見された場所に向かう。
「こっちです、アレステア君。君になら話すと司祭は言っています」
「はい」
レオナルドが外に立っていて、国家憲兵隊の兵士が警護している部屋にアレステアが入る。部屋の中では国家憲兵隊に拘束された司祭ミラン・マサリクがうなだれていた。
「司祭様。アレステアです。話してくれるんですね?」
「アレステア。悪かった。本当悪かった。心から謝罪する。だが、仕方なかったんだ。私の話を聞いてくれ」
司祭ミラン・マサリクが縋るようにアレステアに言う。
「その前に確認させてください。司祭長レオ・アームストロングは死霊術師で、ジョシュアさんを殺害したのも彼なのですか?」
「そうだ。その通りだ。彼は死霊術師だ」
「そうですか」
これで容疑はほぼ確定した。
「でも、どうして死霊術師に協力を?」
「……私の妻だ。妻が死んだときにアームストロング司祭長が『死をなかったことに出来る』と言い、私はそれに縋ってしまった。彼に協力することと引き換えに、妻を死霊術で蘇らせてもらったのだ」
「それで協力を……。今、アームストロング司祭長がどこにいるか分かりますか?」
「彼は恐らく彼が出資していた交易会社の倉庫にいる。交易会社の社長は彼の娘の婿で、深い繋がりがある。何度かそこに攫った死者を運んだこともあった」
「分かりました。協力に感謝します」
「待ってくれ! 私はどうなるんだ? このまま国家憲兵隊に逮捕されるのか?」
アレステアが席を立とうとするのに司祭ミラン・マサリクが慌てた。
「それは僕が決めることではありません。司法が決めることです。ですが、司祭様が捜査に協力したことについて僕は証言してもいいですよ」
「恨んでないのか? 私は君を……」
「生きる人が死者のことを思うのは墓守としてよく分かります。それで心が揺らいでしまったことも理解できます。だから、恨みはしません。しかし、奥さんにはちゃんと眠りと別れを与えてあげてください」
「ああ。分かった……」
司祭ミラン・マサリクはアレステアにそう言って頷き、アレステアは部屋から出た。
「どうだった、アレステア少年?」
「アームストロング司祭長の居場所が恐らく分かりました。彼の娘の旦那さんが社長をやっている交易会社。その倉庫にいるかもしれないとのことです」
「そっか。君としてはやっぱり司祭は許せない?」
「いいえ。納得できる理由でしたから」
シャーロットがスキットルを片手に尋ねるのにアレステアは首を横に振った。
「そう言って人を許せる人間は少数派だよ。誰だって貶められれば恨みと怒りを覚える。人間の人生は限られていて、そうであるが故に感情に動かされる。聖人が聖人として讃えられるのは人を許せる人は少ないからだよ」
シャーロットがアレステアにスキットルのウィスキーを呷りながらそう語る。
「君は偉いね、アレステア少年。いい子だ」
シャーロットはにやりと笑うとアレステアの頭を撫でた。
「そんなことないですよ。僕は臆病だから人を責められないです」
「本当に憶病な人は相手を攻撃することで自分を守ろうとするよ。許すことは敵を生かすことだから臆病な人にはできない」
アレステアが否定しようとするがシャーロットはそう言って、帝都教区聖堂の中をアレステアと進み、正門に向かった。
「では、行くかい? いよいよこの騒動の真犯人を捕まえられるよ」
「ええ。行きましょう」
アレステアたちが軍用四輪駆動車に乗り込み、国家憲兵隊とともにアームストロングのいる交易会社の倉庫へと向かった。
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