死霊術師の痕跡
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──死霊術師の痕跡
シャーロットが先頭に立ってアームストロングの倉庫に押し入った。
「おっと。これは死者の臭いがするよ。それにガンオイルの臭いも」
「当たりですね」
シャーロットが鼻を鳴らして言うのにレオナルドも踏み入って、倉庫の中を見渡した。確かに死者に施される死に化粧の臭いと魔道式銃に使われるガンオイルの臭いが倉庫内には立ち込めていた。
「ゲヘナ様。どうですか?」
「ああ。死霊術師の淀んだ魔力が漂っている。間違いなく死霊術師がいたな。だが、今はいない。やはり司祭長が死霊術師か」
ゲヘナの化身は不快そうな表情をしてそう言った。
「本当に聖職者が、しかも司祭長が死霊術師とは。何ということだ」
「うん。教会に死霊術師が潜んでいる。そして、その立場を利用して死者を攫っていたんだ。証拠を押さえないと」
「私は証人としてこのことを証言しよう。いかなる場においても」
「ありがとう、ハインツ君」
ハインツが言い、アレステアも倉庫の中を探る。
「死者の臭い。それから墓所の香の臭いもする。こっちだ」
アレステアも墓守として死者と関わっていただけあって、死者の存在には敏感であった。鼻が臭いを追い、倉庫の中を進んでいく。
「シャーロットお姉さん、レオナルドさん! こっちに地下室に続く階段があります! 床板が外れるようになってるんです!」
「待って、アレステア少年! まだ開けちゃダメだよ! ブービートラップが仕掛けられている可能性もあるから!」
「はい!」
アレステアが見つけた地下室への入り口にシャーロットたちがやってくる。
「レニー。どう? トラップは?」
「大丈夫です。カギがあるだけ。お手柄ですよ、アレステア君」
地下室を見つけたアレステアにレオナルドがそう言う。
「踏み入りますか」
レオナルドがクレイモアを抜いて地下室入り口のカギを破壊。地下室への扉を開いた。そして、レオナルドが先頭に立って地下室に向けて降りていく。
「これは。武器弾薬と死者を置いてあっただろう棺桶」
「ええ。間違いないですね」
レオナルドとアレステアが倉庫地下を見渡した。
倉庫の地下には帝都自治政府庁舎襲撃にも使用された魔道式短機関銃やその弾薬、また手榴弾などの爆発物が蓄えており、死者がいたと思しき棺桶も並べてあった。
「けど、妙だよ。数が少ない。この広さにしては少なすぎる」
シャーロットが指摘した。
確かに倉庫の地下空間の広さに比較して、蓄えられていた武器弾薬は少なく、そして死者はひとりもいない。ここあったはずのものがないように思えた。
「帝都自治政府庁舎襲撃のために消費された?」
「そう考えるのはちょっとばかり楽観的だね。次の襲撃のために既に帝都内に配置された可能性もあるよ。アームストロングは帝都自治政府庁舎であたしたちを殺せなかったことをもう知ってるはず」
「不味いですね。また帝都自治政府庁舎襲撃のような事件が起きれば、今度は民間人に被害が出てしまうかもしれません」
「そうだね。だけど、こっちにはどこか襲撃されるかの手掛かりがない。ここは国家憲兵隊に通報して任せよう。彼らは軍用犬を装備してるから、ここから臭いを辿れば目的地に辿り着けるってわけ」
シャーロットがアレステアにそう語る。
「国家憲兵隊には私からも話を通そう。必ず協力を取り付ける。それからアレステア、君は何か隠していないか?」
アレステアが国家憲兵隊の隊員を見て怯えたところを見たのかハインツがアレステアを正面から見据えてそう尋ねた。
「……僕が最初に司祭様に死体窃盗の件を報告したんだ。けど、逆に僕が死者を攫い、さらには死霊術師だって通報されて。その上、殺人の罪まで」
「そうだったのか。安心するんだ。私がその容疑は間違いだと証言しよう。本当にこの事件を起こした死霊術師を捉えた暁には必ず」
「うん。お願いするよ、ハインツ君。僕は今は国家憲兵隊から隠れないと」
アレステアはそう言ってジャケットのフードを深く被る。
「シャーロットお姉さん。国家憲兵隊の人を呼ぶなら僕は隠れておきます」
「はいはーい。あたしたちに任せといてもらっていいよ。アレステア少年とゲヘナ様は先にホテルに帰っておくかい?」
「そうします。すみません」
「オーケー。レオナルドにホテルまで車で送ってもらって。ここはあたしとハインツ君がいれば大丈夫だから」
そう言ってシャーロットはスキットルを揺らす。
「ちぇっ。あんまり残ってないや。後で買っておかないと」
「……お酒はほどほどにしておいてくださいね」
シャーロットのぼやきにアレステアはそう言うとレオナルドの運転する軍用四輪駆動車に乗ってホテルへと戻った。
──ここで場面が変わる──。
アーケミア連合王国。
エスタシア帝国がほぼ全土を統治する大陸の北部に位置するグレート・アーケミア島を中核とした諸島国家にして工業国家。
その数多くある島のひとつがアーケミア連合王国領ロストアイランド地方であった。
かつて飛行艇が存在せず、そして船の航続距離が内燃機関の発達途中で短かった時代、大陸と交易をおこなう商船が中継地とした島だ。
今では船の航続距離は伸び、飛行艇も発達したことから中継地としての役目が終わり、何もないほぼ無人の島となっている。
その島に海賊を取り締まるために作られたアーケミア連合王国海軍の古い城塞があった。今では放棄されているはずだが、そこに新しい住民が密かに住み着いていた。
海軍の城塞が聳えるその裏庭。そこは墓地だ。古い、とても古い墓地。
「ここにいたか、ルナ」
艶やかな銀髪を長く背に伸ばし、赤い瞳をした20代前半ほどの若い女性がそう言う。
女性は黒いパンツスーツを纏っており、凛々しい顔つきからその銀色の長髪がなければ中性的な男性にも見えただろう。背丈は高く、成人男性と同じくらいかそれ以上で、190センチほどはある。
そんな長身の女性が見る先に別の女性がいた。
「アザゼル。今日はあの子の誕生日だったからね」
そう言ってどこか寂し気に微笑むのはくすんだアッシュブロンドの髪をショートボブに揃え、灰色のシンプルなワンピースの上から医者の印である白衣を羽織った若い女性。
年齢は20代後半ほどで、瞳は金色。背丈はやや高い。
「……そうか。まだ覚えているのだな」
「私には忘れることなどできないよ。決して。私の愛したあの子のことは」
呟くようにアザゼルと呼ばれた女性が言うのにルナと呼ばれた女性が俯く。
ルナの前には墓があった。古い墓だ。
「分かっている。そのためにお前は生きてきた。そして、私はお前のために生きてきた。旧神戦争で死ぬことの出来なかった私の生きている理由はお前の存在だけだ」
「あのときから随分と時間が経ってしまったね。君をこんなに長く付き合わせてしまうなんて思っていなかったよ。ありがとう、アザゼル。一緒にいてくれて」
「気にするな」
ルナがアザゼルに微笑みかけるのにアザゼルも小さく笑った。
「報告しておくことがある。帝都でレオ・アームストロングがしくじった。奴が死霊術師として吊るし首にされるのは時間の問題だ。その前にあの男が無茶をやろうとしている。我々がことを起こすのはまだ先だ。止めるか?」
「いいや。私たち偽神学会は軍隊のような組織ではないんだ。あくまで死霊術師同士の相互支援団体でしかない。誰かが誰かに命令を下すようなことはしない。ただ、助けられるのであれば助ける。それだけだよ」
アザゼルが表情を変えて言うのにルナは肩をすくめた。
「確かに彼は優秀なメンバーだった。神聖契約教会の司祭長という立場にはいろいろと助かったよ。助けられるのであれば助けたい。帝都にいる他のメンバーに可能な限り手を貸すように頼んでおいてもいい」
「もう手遅れだ。奴は助からん。見捨てた方がいい。むしろ、ことが発覚する前にこちらで殺すべきかもしれない。奴が国家憲兵隊に我々について喋る前に」
「そうか。君はそう考えているのか」
アザゼルが率直に述べるとルナは悲しそうな表情を浮かべた。
「死霊術師というのは大なり小なり死者に呪われている。既に去った死者のことを引きずり続け、死を否定し、克服し、死を定めたものに牙を剥く。アームストロングもそうだった。私には彼の気持ちが分からないわけではない」
「ルナ。今は感情で動くな。リスクを計算して、徹底的に冷徹になれ。約束したんだろう。お前の子に。必ずやり遂げると」
ルナが淡々と語るのにアザゼルが諭すようにそう言う。
「分かっているよ、アザゼル。あの子のためだ。全てはあの子のために始めたこと。やり遂げなければならない。アームストロングのことは残念だが、彼が我々について明かすことは阻止しよう」
「ああ。手配しておこう。アームストロングを適切に処理するように」
ルナが言い、アザゼルが頷く。
「私たちは不条理に奪われたもののために戦っている。だが、私たちもまた不条理に他者から奪っている。結局のところ、人は自分しか救えないのだね」
「そういうものだ。我々の世界というものは」
「やりきれないものだよ」
ルナはそう言って墓石をじっと見つめた。
──ここで場面が変わる──。
アレステアたちはホテルに戻っていた。
「では、私はシャーロットたちを迎えに行きますから後程」
「はい」
レオナルドはアレステアとゲヘナの化身をホテルに送り届けると、軍用四輪駆動車を運転してシャーロットたちが残っているアームストロング所有の倉庫に戻る。
「このまま解決できるでしょうか、ゲヘナ様?」
「分からぬ。まだ私は問題の司祭長の顔すら見ていない。これがどういう結果になるのかは未だ分からぬ。だが、我々は確実に死霊術師を追い詰めているぞ」
アレステアが少し不安そうに尋ねるとゲヘナの化身はそう返した。
「無事に死霊術師が捕まって、死者たちがあるべき場所に戻るといいのですが」
アレステアはそう言いながらホテルの自室に向かう。
「待て、アレステア。屍食鬼の気配がする」
「え!?」
ホテルのロビーでゲヘナの化身がそう言い、アレステアが周囲を見渡す。
突然ひとりの男性が走り出し、アレステアに向けて突撃してきた。
「“月華”!」
アレステアが瞬時に“月華”を抜くが突撃してきた男はアレステアに迫り、そして突如として爆風と破壊の嵐を吹き荒れさせた。自爆だ。
「ば、爆発だっ!」
「テロだ! 国家憲兵隊に通報しろ!」
ホテルのロビーが大騒ぎになり、人々が逃げ惑う。
「アレステア! アレステア! しっかりしろ!」
ゲヘナの化身がアレステアに向けて叫ぶ。
アレステアは自爆攻撃によって身体がバラバラになり、それが再生している途中だった。文字通り身を引き裂く激痛が走り、意識が何度も失われながら、アレステアが死を克服して生き返る。
「くうっ……! 大丈夫です、ゲヘナ様。動けます」
「そうか。さっきの攻撃は死霊術師によるものだ。ここにいることがバレていた。敵は思った以上に我々の動きを把握している。さっきの騒ぎで国家憲兵隊が来るぞ」
「逃げましょう。レオナルドさんたちと合流を」
「ああ」
アレステアはゲヘナの化身とともにホテルを脱出し、通りに出てレオナルドたちがいる倉庫を目指して駆け始める。サイレン音が聞こえ、国家憲兵隊のパトカーと救急車がホテルに向けて進んでいるのが見えた。
非常事態であることを察知した国家憲兵隊が巡回を強化し始め、帝都のあちこちに武装した国家憲兵隊の隊員たちが哨戒を行う。軍用犬を装備した兵士もいた。
「アレステア! また屍食鬼だ! 迎撃するのだ!」
「はいっ!」
ゲヘナの化身が交差点に入ったところで警告し、アレステアが瞬時に“月華”を展開する。“月華”の黒い刃をアレステアが構え周囲を見渡す。
交差点で複数の大型トラックが停車すると、そこからやはりライオットシールドと魔道式短機関銃を装備した屍食鬼たちが降車してアレステアとゲヘナの化身に向けて、隊列を組んで前進してきた。
「クソ。武装集団だ。警告されていた連中か?」
「エーミール・ゼロ・ワンより
近くにいた国家憲兵隊の巡回部隊がパトカーを盾にして交戦を開始。
「アレステア。今は隠れることはできない。戦うんだ」
「ええ。やります!」
ゲヘナの化身に命じられ、アレステアも屍食鬼と戦い始める。
……………………
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