ハインツという少年

……………………


 ──ハインツという少年



 帝都自治政府庁舎は屍食鬼の軍勢による襲撃を受けていた。


 エントランスを防衛するのはシャーロットとレオナルド。そして、窓からの突入を試みる別動隊を迎撃するのはアレステアとまだ名の知れない少年。


「僕が敵を引き付けるから側面からお願い!」


「分かった!」


 アレステアが屍食鬼たちの正面から突撃して魔道式短機関銃の射撃を受けるのに名の知れない少年は屍食鬼の軍勢の側面に素早く回り込んだ。


「死者に穏やかな眠りを」


 アレステアは無数の銃弾を受けつつも突き進み、“月華”を振るって屍食鬼の軍勢をかき乱す。死者が束縛から解放されて眠り、ひとりひとりとアレステアによって屍食鬼が無力化されていった。


「死霊術師に操られるあなた方に恨みはない。だが、止めさせてもらう!」


 名の知れない少年も側面から屍食鬼を攻撃。


 その小柄な子供の体形から繰り出さたとは思えないほどの威力の斬撃が屍食鬼たちを引き裂き、強引に眠りにつかせる。


「いい感じだよ! この調子でやろう!」


「了解だ!」


 アレステアと名の知れない少年はともに剣を振るって屍食鬼たちを相手にする。


 不死身であるアレステアは何十発という銃弾を受けても戦い続けることができ、名の知れない少年は子供どころか大人であり軍人であったレオナルドに匹敵するほどの身体能力を発揮していた。


「君、強いね!」


「君こそ!」


 アレステアと名の知れない少年が息を合わせて屍食鬼を挟撃し、彼らを倒し切って帝都自治政府庁舎への屍食鬼の突入を阻止したのだった。


「アレステア少年! 大丈夫かー!?」


「大丈夫です、シャーロットお姉さん!」


 “グレンデル”を抱えたシャーロットが駆けつけるのにアレステアがひとつ安堵の息を吐いて答える。


「国家憲兵隊が到着したようですな」


 サイレンの音が聞こえ、国家憲兵隊が所有するパトカーが帝都自治政府庁舎駐車場に侵入し、魔道式拳銃や魔道式自動小銃で武装した国家憲兵隊の隊員が現れた。


 国家憲兵隊は黒と赤の制服を纏っており、その上から防弾ベストを身に着けている。銃撃事件との通報があったからだろう。重大事件の対応部隊である特殊作戦部隊も装甲化されたバスで到着した。


「動くな! 国家憲兵隊だ!」


 アレステアたちも今は武装しており、事情を知らない国家憲兵隊からすれば容疑者であった。部下に援護された指揮官の国家憲兵隊大尉が魔道式拳銃を構えてアレステアたちに向かって来る。


「この武装した屍食鬼は君たちが?」


「ええ。私はレオナルド・サルマルティーニ。武装異端審問官です。これを」


 国家憲兵隊大尉が尋ねるのにレオナルドが帝国政府と神聖契約教会が発行した武装異端審問官の身分証を提示する。


「確かに。事情を聞いてもよろしいですかな?」


「死霊術師についての捜査中に襲撃されました。恐らくは死霊術師による捜査妨害が目的の襲撃だと思われます」


「死霊術師であれば我々でも捜査を行うのですが、捜査協力の要請はありませんでしたぞ。我々は同じ捜査機関として協力するべきでは?」


「極めてデリケートな問題なのです。ご理解いただきたい」


「分かりました。あなた以外の人間の身分を教えていただけますか?」


 国家憲兵隊大尉がそう言うのにアレステアが身をすくめた。今、アレステアは国家憲兵隊によって指名手配されてしまっているのだ。


「いいだろうか、君」


「何かな、少年? その剣はちゃんと許可を得ているのかね?」


 そこで名の知れない少年がレオナルドの隣に立ち、国家憲兵隊大尉の方を向く。


「これを見てほしい」


「それは……! あなたは……」


 少年が右手の手袋を取って指輪を見せたのに国家憲兵隊大尉が目を見開く。


「ここは屍食鬼の捜査だけに収めてもらえるだろうか?」


「了解しました」


 指輪を見た国家憲兵隊大尉は少年に敬礼を送って返した。


「全員、屍食鬼になった死者の身元を調査し、武器を回収して鑑識に回せ。どこから死者が来て、武器が与えられたかを調査するのだ」


「はっ! 了解、大尉殿」


 国家憲兵隊は死者と武器の回収を始め、アレステアたちは放免された。


「いやー。何とかなったね!」


「そこで何でお酒を飲むんです?」


「飲みたいからさ、アレステア少年!」


 アレステアが呆れる中、シャーロットはスキットルからウィスキーを呷っていた。


「君のおかげで市民を守れた。礼を言うよ」


「君こそ、こっちが助かったよ。君の名前は?」


 名の知れない少年にアレステアが尋ねる。


「私はハインツという。ワグナー交易という商家の息子だ」


 少年はそう自己紹介した。


「僕はアレステア・ブラックドッグ。よろしく、ハインツ」


 アレステアは同年代の少年であるハインツに微笑んで手を差し出した。


「よろしく。ところで気になったのだが、君はさっきの戦闘で銃弾を受けてなかったか? しかし、傷を負っている様子はないが」


「ええっと。ゲヘナ様の加護を受けていて。ゲヘナ様のために戦っているんだよ」


「ということは、ゲヘナ様の眷属ということなのか……?」


 ハインツが驚いたような表情でそう言う。


「そうだ。このものは私の加護を受けた眷属。我がゲヘナによって死ぬことのない体を有するものである」


「あなたはゲヘナ様なのですか?」


「ああ。その通りだ」


 ハインツの問いにゲヘナの化身が頷いた。


「凄い! 神々の加護を受けた眷属とは英雄になるような存在ではないか! アレステア、君は凄いぞ! 君はきっと歴史に英雄として記されるのだろうな!」


「いや、僕はそういうことじゃなくて、ただ死者たちの眠りを妨げる死霊術師が許せないと言うだけで、英雄とかはあまり考えてないんだ」


 ハインツが興奮するのにアレステアは困ったように苦笑いを浮かべて返した。


「アレステア。私の友人になってくれないか? 君のような信心深く、他者を思いやり、そして何より勇気あるものと友になりたいのだ」


「もちろんいいよ。友達になろう」


 ハインツの申し出にアレステアが快く応じる。


「ありがとう、我が友。それで、君たちはここで何をしようとしていたのだ?」


「死霊術師を探しているんだ。帝都教区に死霊術師がいる。僕はゲヘナ様の加護を受けたものとして死者の安らぎを妨げる死霊術師を討たないといけない」


「ふむ。帝都に死霊術師か……。私にも手伝わせてもらえないだろうか?」


「え。君が手伝ってくれるの?」


「ああ。私も死霊術師のような存在に穏やかに眠るべき死者の尊厳が踏みにじられているのは許せないのだ」


 ハインツは真剣な表情でそう言った。


「アレステア少年。ハインツ君が手伝ってくれるなら力を借りようよ。あたしたちには神聖契約教会とは無関係の証人が必要だって話をしてたでしょ。ちょうどいいじゃん」


「そうですね。それじゃあ、力を貸して、ハインツ君」


 シャーロットが横からそう言い、アレステアが改めてハインツに頼んだ。


「任せてくれ。それで、まずは何を?」


「死霊術師の疑いがある人物の持っている物件について調べる予定だよ。死肉祭壇っていう死霊術師が有する悪魔を崇拝する祭壇を見つけるために」


「死霊術師の疑いがある人物とは?」


「……帝都教区の司祭長レオ・アームストロング」


「なんと」


 アレステアの言葉にハインツが狼狽えた。


「それは重大な事件だな。まさか神聖契約教会の司祭長に死霊術師の疑いがあるとは。私にできることならば何であろうと手伝おう。ともに死者の尊厳を冒涜するものを打ち倒そう、我が友」


「うん。じゃあ、最初の予定通りこの帝都自治政府庁舎で司祭長の所有する物件について調べよう。そして、司祭長がどこに祭壇を隠しているか突き止めよう」


 アレステアたちは当初の予定通り、帝都自治政府庁舎の財務省の事務所に向かった。


「武装異端審問官です。捜査にご協力いただきたい」


 レオナルドが身分証を示し、財務省の職員が応じる。


 帝都教区司祭長レオ・アームストロングの支払っている固定資産税の情報から、アームストロングが所有している物件をリストアップする。


「アームストロングは帝都内にある自宅の他に倉庫をひとつと別邸をひとつ持っていますね。さて、どこに祭壇はあるのか……」


「自宅の可能性はどうですか?」


「司祭長ともなれば自宅に教会関係者やその他の客人を招く機会も多いでしょう。そうなると自宅に祭壇を隠し持つのはリスクです。ですが、自分があまり長時間留守にする場所に祭壇を置くのもまたリスク」


 アレステアが尋ねるのにレオナルドがそう説明した。


「これまでの死霊術師はほぼ自宅に祭壇を置いていたね。自宅は自宅でも地下室だ。こそこそと潜むには丁度いい場所。湿って、ネズミがうろつく地下は根暗な死霊術師にとって相応しいってわけだよ」


「地下室ですか。では、自宅も選択肢から外せませんね。しかし、死者を自宅に運べば目立つのではないかと思うんですが、どうでしょう?」


「祭壇と攫った死者たちを隠しておく場所は別かもね。別に祭壇と死者を一緒にしておく必要はないんだ。死霊術師がどうして死霊術を使うかという理由で、死者が置かれている場所は変わってくる」


「どういう感じなのですか? 死霊術師が死霊術を使う理由というと……」


「死者を欲望のはけ口にしている人種。これは嫌なタイプだよ。死者を意のままに操ることに快楽を覚え、歪んだ欲望をぶつける。そういう人種は死者を近くに置く」


 死霊術師は死者を操る。様々な目的のために。


 その中でも性質が悪いのは人を自らの意のままに操ることで欲望を満たす人種。


「それとは別に愛する人との別れを受け入れられず、死霊術で仮初の命を与えることで繋ぎとめようとする人種。これも死者を傍に置いていることが大半」


 シャーロットが説明を続ける。


「そして、屍食鬼を不死身の軍隊として運用し、反乱やテロを起こすタイプ。今回の帝都自治政府庁舎での屍食鬼の攻撃みたいなのをあちこちで企てるような、ね。まあ、帝国ではこの手のテロリストは少ないはずなんだけど」


「帝国は平和で安定していますからね。不満がないわけではないでしょうけど、犯罪を起こしてまで今の治世を否定しようとする人は少ないはずです」


 シャーロットが言い、アレステアが同意する。


「今はいい治世だと思うだろうか、アレステア?」


 そこで不意にハインツが尋ねた。


「ええ。僕も帝国でずっと暮らしていますけど、不満はないからね。きっと皇帝陛下や宰相がいい人だからだと思うよ」


「そうか。それはよいことだな」


 アレステアが微笑んで言うのに何故かハインツが満足気にしていた。


「確実なのはこのアームストロングが所有している物件のいずれかに死肉祭壇があって死者たちが隠されているということです。我々はどれかから捜査を始め、祭壇を特定し、アームストロングが死霊術師であるという証拠を手にする」


「はい。そうしましょう。今はハインツ君という証人もいます。怪しい自宅から捜索していますか?」


「いえ。自宅は流石にすぐに気づかれてしまいます。まずは周囲から確実に」


 レオナルドがそう計画を立てる。


「まずは倉庫から。祭壇や死者がいなくとも今回の襲撃に使ったような武器と装備を保存している可能性があります。そこを押さえれば国家憲兵隊に違法な武器の所持で通報し、武器を使用できないようにする」


「そうすれば次の襲撃じゃ銃を持った屍食鬼に襲われることもないってわけだよ。安全確保が最優先。死霊術師の牙を一本ずつ抜いていき、そして仕留める!」


 レオナルドとシャーロットがそう言った。


「分かりました。ハインツ君、時間は大丈夫? 君っていいところの子みたいだから門限とかあるんじゃないかな?」


「大丈夫だ。うちは放任主義だからな」


「そっか。じゃあ、よろしくね!」


 アレステアたちは早速司祭長アームストロングの容疑を確かめるために、彼の所有している倉庫を目指した。倉庫は帝都の外れにあり、華やかな帝都の一部でありながら人気のない場所であった。


「この辺りは中心街からも外れてるし、主要な市場からも遠い。かといって住宅街にするには不便だから投資がなく、開発されていない。これから何か需要が生まれればいいのだが。帝都は限られた面積に多くの住民が暮らしている」


「そうなんだ。帝都ってどこでも発達してると思ってたよ」


「都市開発というものは難しい。必要な設備であっても住民が設置を嫌がることもあるからな。と、そう聞いている」


 アレステアが感心するのにハインツが肩をすくめた。


「では、調査を始めますか」


 シャーロットがそう言って倉庫の扉をあっさりと蹴り破った。


……………………

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