ホワイト葬儀社での調査
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──ホワイト葬儀社での調査
アレステアたちはホワイト葬儀社の専務取締役の案内で死者を安置している部屋に案内された。ここで死者は改めて死に化粧を施され、帝都自治政府の定める死体の埋葬に関する法律に従って処理される。
死者の埋葬に関する法律は衛生問題のみならず文化を含むため、多民族国家である帝国では地方によってこの法律は異なる。
「私めにお手伝いできることはあるでしょうか?」
「後は我々が」
「では、真実が分かることを祈っております」
ホワイト葬儀社の専務取締役は頭を下げて去っていった。
「アレステア君。早速ですがお願いできますか?」
「はい」
アレステアは安置されている老人の死体の前に進む。
「おじいさん、おじいさん。聞こえていますか?」
『ああ。私は今冥界にいるのだが、話しかけてくるのは誰だ?』
「アレステアと言います。ゲヘナ様に仕える身のものです。協力してもらいたいことがあって話しかけました」
『ゲヘナ様の信仰者か。私もゲヘナ様を見たぞ。大いなる古代の真祖竜。それが神になられた偉大なるお姿を』
「では、協力していただけますか?」
『私に手伝えることがあるならば』
老人の霊はアレステアにそう返す。
「僕たちは今、死霊術師を追っています。死霊術師は帝都教区聖堂にいる聖職者の可能性が高いのです。おじいさんは誰かが帝都教区聖堂の墓所で眠っていた死者を攫っているところを見ませんでしたか?」
『ああ。妙なことがあった。私の隣に若い女の死者が眠っていたのだが、ある晩その女の死者が移動させられたのだ。墓守ではなかった。あれは……』
「あれは?」
『司祭長だ』
「えっ!」
老人の言葉にアレステアが目を見開く。
「事実ですか?」
『嘘を言う必要はないし、見間違えでもない。司祭長は以前春の祭りのときに見ていたし、教会に礼拝に行ったときにも何度か見た。あれは間違いなく司祭長だ』
「そうですか……。ありがとうございます。そして、わざわざ冥界から呼び出してすみませんでした」
『気にすることはない。君もゲヘナ様のために尽くすといい。あの方は偉大だ』
老人の霊はそう言って去った。
「アレステア少年。何か分かった?」
「ええ。司祭長様が関与している可能性があります。司祭様だけでなく、司祭長様も死者を深夜に動かしていたと」
シャーロットが尋ねるのにアレステアが深刻そうに返す。
「司祭長が……。それはまた面倒なことになったね」
司祭長は普通、教区長を兼ねる。事実、帝都教区の教区長は司祭長だ。
参考までに神聖契約教会の聖職者の階級は以下ようである。
一番下の階級が下級司祭。教会で祭儀の準備や教会を運営するための事務仕事といったことを行い、教会を下から支えている。
その上の階級が司祭。教会における中間管理職であり、予算編成や人事といった管理業務及び祭儀の管理、執行を行う。
その上の階級が司祭長。教区長などの管理職を務め、司祭より上位の管理職として果たすべき業務を行うほか、司祭同様に祭儀の管理、執行を行う。ただし、司祭長が行うのは司祭長が行うべきと定められている祭儀だけだ。
さらに上が枢機卿。中央神殿で神聖契約教会そのものの運営を行うほか、国家単位で教会の管理、運営を実施する。
最上位が法皇。神聖契約教会のトップだ。法皇は枢機卿以外の聖職者による投票で候補が選ばれ、枢機卿による最終審査で決定する。
このような階級のため司祭長の裏切りというのはとても重大だ。
「司祭長となると話が難しくなりますね。我々のような武装異端審問官が告発する相手としては大物です。まず司祭長レベルの階級の聖職者を異端として訴えることはありません。司祭長となれば中央神殿の監査が必要です」
「監査を要求することはできるのでしょうか?」
「恐らくは無理です。中央神殿はごりごりの官僚主義に染まっています。彼らの腰は酷く重い。監査が行われるとしても5年以上先の話になるでしょう。それに加えて最近不祥事から新しい不祥事が公になることを避けようとするはず」
「そうですか……。では、どうしたらいいのでしょうか?」
「そうですね。我々が死霊術師の祭壇を見つけたとしても、我々が捏造したなどと言われかねません。ですので、我々以外の証人が必要になります。教会に全く無関係の人物を証人とするのです」
アレステアの問いにレオナルドがそう返した。
「で、できれば社会的信頼のある人間ってところ。結局はお金持ちやら貴族やらになるわけですよ。嫌だねえ。庶民は信頼されないなんて」
「最近は貴族もかつてほどの力を持っていませんよ、シャーロット。今では名誉と地主という地位、そして帝国議会貴族院への立候補資格」
「それだけあれば十分じゃん」
「地主という地位は改正農地法で教会同様限定的なものになりましたし、帝国議会貴族院は今では一代貴族の任命が多く、代々続く貴族以外の議員たちが多数を占めています」
シャーロットの意見をレオナルドがやんわりと否定した。
「あの、司祭長様を本当に調査しますか? 難しいとは言えど司祭長様が関与しているのは間違いないです。死霊術師でないにしろ、死霊術師と関係しているはず」
「そだね。調べないと。それから証人を探す」
アレステアの意見にシャーロットが頷く。
「帝都教区聖堂の司祭長はレオ・アームストロングという人物でしたね。教会に勤めて長い人物だったはずです。そのため各方面にコネがあるでしょう。こちらが動けば動きを察知されかねません」
「静かにやらないとね。どうする? 帝都教区聖堂そのものを調べても意味はないよね。聖堂に祭壇を置くはずがないし、攫った死者だって聖堂には保存しない」
「となれば、司祭長の所有している物件を調査すべきですね。自宅や別邸、倉庫など」
シャーロットが推測するのにレオナルドが提案した。
「まだ司祭長様は僕たちが動いていることに気づいていませんよね?」
「分からない。葬儀社からは連絡はいかないように頼んだけど、武装異端審問官が帝都に来たってことは国家憲兵隊が把握している可能性が高い。そして、国家憲兵隊から帝都教区聖堂に問い合わせがあったかも」
「国家憲兵隊がですか?」
「ほら。武装異端審問官と国家憲兵隊って権限が一部被っているから。国家憲兵隊も死霊術の使用などを取り締まる。違法薬物の取引の捜査で内務省管轄の国家憲兵隊と厚生省管轄の麻薬取締局の権限が被っているように」
国家憲兵隊は自治省管轄以外の警察業務全般を引き受けている。
「司祭長が証拠隠滅を行う可能性もあるはずなのですね」
「そうですね。ありえます。ですが、死霊術師がすぐに死霊術を行使することを止めることはほぼありません。死霊術に手を染めた時点でその力に酔いしれてしまうが故に。異端の力に溺れたものは溺れ続ける」
アレステアの言葉にレオナルドが語った。
「それじゃあ、アームストロング司祭長周りのことについて調べよっか。武装異端審問官の権限で財務省からアームストロング司祭長が持ってる物件を洗おう」
「そんなことまでできるんですか?」
「できるよ。その代わり武装異端審問官は国に応じた免許が必要だけどね。資格があれば国家憲兵隊や保安官と同じ権限を行使できるってわけ」
「凄いですね!」
「へへっ。お姉さんもこう見えて頑張ってるからね!」
アレステアが敬意の視線を向けるのにシャーロットが自慢げに笑う。
「では、アームストロング司祭長の所有する物件について調査を。財務省に調査の要請を出せば即日で応じてもらえます。善は急げです。向かいましょう」
「はい!」
アレステアたちはホワイト葬儀社を出ると軍用四輪駆動車で帝都自治政府の庁舎を目指す。そこには帝国財務省の帝都を管轄する事務所があり、帝都における税制などについて業務を行っている。
物件を所有していれば固定資産税が課税されるので、アームストロング司祭長が自宅以外の物件を所有していれば、そこで判明するだろう。
アレステアたちは軍用四輪駆動車で帝都の広い車道を走り、その帝都自治政府庁舎の駐車場に入った。
「帝都に初めて来たとき住民登録をここでしました。初等教育の申し込みと一緒に。それ以来来たことはないです」
「立派な建物だね」
帝都自治政府庁舎は鉄筋コンクリートの高層建築で歴史ある建物でもあった。
「では、早速中に入って──」
「待て、アレステア。屍食鬼の気配がする」
「えっ! ここにですか、ゲヘナ様?」
「そうだ。警戒しろ」
アレステアがゲヘナの化身の警告に周囲を見渡す。
「あれか……!」
駐車場に3台の六輪大型トラックが停車しており、そこから防弾ベストと魔道式短機関銃、ライオットシールドで武装した屍食鬼たちが続々と降りて来た。屍食鬼の軍勢は隊列を組みつつ、周囲に銃を乱射。
「な、なんだっ!?」
「銃を乱射している人間がいるぞ! 国家憲兵隊に通報しろ!」
帝都自治政府庁舎駐車場は一瞬で大混乱に陥った。
「ありゃりゃ。こいつは大変!」
「こちらに動きを予想されていたようですね。市民に被害が出る前に鎮圧しましょう。国家憲兵隊もすぐには到着しないでしょうから」
シャーロットがすぐさま遮蔽物に飛び込み、レオナルドはアレステアを庇う位置に付き、背中のクレイモアを抜く。
「ええ。やりましょう。死者たちに穏やかな眠りを」
アレステアも“月華”を顕現させて構えた。
屍食鬼の軍勢は駐車場から帝都自治政府庁舎に向けて進軍。アレステアたちが守るエントランスに向かっている。
「オーケー。援護射撃は任せて。レニー、アレステア少年を頼むよ!」
「任せてください。さあ、ここを死守しますよ、アレステア君」
シャーロットは遮蔽物から“グレンデル”を構え、レオナルドはアレステアとともにエントランス防衛を行う。
屍食鬼がどんどん前進してきて、ライオットシールドを構えつつ、片手で魔道式短機関銃を乱射する。魔道式短機関銃は45口径拳銃弾を使用するもので、帝国では民間人にも手に入るものだ。
「敵の狙いはさしたるものではありません。弾幕を展開してこちらを制圧しようとしていますが、あの手の魔道式短機関銃のマガジンは通常20発です。敵の予備弾薬はそう多くは内でしょう」
「つまり弾切れが起きるんですね。そうなればこっちのものだと」
「そうです。今を凌ぎましょう。帝都自治政府庁舎内には多くの民間人がいます。彼らを傷つけさせることは死者たちに負うべきではない罪を負わせてしまいます。ここを守り抜きますよ」
「はい!」
レオナルドとアレステアが向かって来る屍食鬼の軍勢に突撃。
「やります!」
アレステアが“月華”を振るう。ライオットシールドごと屍食鬼が切り倒され、死霊術師の呪いから死者が解放される。
「レニー! 援護射撃するから射線に立たないようにね!」
「分かっていますよ、シャーロット」
シャーロットの“グレンデル”が火を噴き、屍食鬼のライオットシールドを貫いたばかりか隊列を組んだ何名もの屍食鬼を一斉に貫き、そのまま撃ち抜いた。
「数が多い……! このまま防げるんでしょうか……!?」
「耐え抜くのです。敵の練度は高くありません。我々に利がある」
アレステアが銃弾を受けて呻くのにレオナルドが前に出て屍食鬼を斬る。
「レニー! アレステア少年! 別動隊が来るよ! 気を付けて!」
「不味い。突破される」
アレステアたちが相手にしている屍食鬼の軍勢とは別にやはり大型トラックから同じ装備の屍食鬼たちが降車し、帝都自治政府庁舎の窓から侵入しようとしていた。
「アレステア君。君は向こうの屍食鬼を阻止してください。完全に防げずとも侵攻を遅らせられれば大丈夫です。国家憲兵隊もそろそろ来るはずですから」
「分かりました!」
冷静に指示を出すレオナルドに従ってアレステアが別動隊の迎撃に向かう。
そこで不意に帝都自治政府庁舎の窓から少年が飛び出して来た。
年齢と背丈はアレステアと同じくらい。ブロンドの髪を少年らしく短くしており、お金持ちの家の子供が着るような質のいい衣服。カーキー色のハーフパンツ、シャツの上に空軍の小型飛行艇乗りが羽織るような革のジャンパーだ。
そして、その手には鋭く光る長剣。
「屍食鬼たちよ、止まれ! この先には進ませぬ!」
少年が剣を構えて屍食鬼たちの前に立ち塞がる。
「君! 危ないよ!」
アレステアも慌てて少年の下に走り、彼の前に立った。
「なに、多少の荒事には慣れている。市民を守らなければ」
「じゃあ、一緒にやろう! 気を付けてね!」
「ああ!」
ふたりの少年が武装した屍食鬼に立ち向かう。
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