帝都における捜査

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 ──帝都における捜査



 アレステアとシャーロット、レオナルドは教会からの支給品である軍用四輪駆動車に乗って帝都を目指した。


「あの、言い忘れてたんですけど僕は今国家憲兵隊に手配されているんです。どうしたらいいでしょうか?」


 しかし、アレステアはジョシュアの殺害容疑と死霊術の違法使用容疑で帝都の治安を守る国家憲兵隊によって指名手配されている。


「んー。とりあえず隠れてるといいよ。あたしたち武装異端審問官は滅多なことでは国家憲兵隊に職質されるようなことはない。関わると面倒なことになるってね。武装異端審問官と国家憲兵隊は一部権限が被ってるし」


「じゃあ、お願いします」


「それから服を変えるといいよ。服を変えるだけで印象は随分と変わるから。お姉さんが買ってきてあげよう」


「いろいろとありがとうございます」


「気にしない、気にしない。お姉さんも年下の子にいいとこ見せたいしさ」


 シャーロットはそう言い、軍用四輪駆動車が帝都を商業地区に向けて進むと、洋服屋の前で停まり、シャーロットが降りて行って店に入った。


「アレステア君。ゲヘナ様とはどういう経緯で?」


「僕の夢の中にいらっしゃったのです。そして、お告げを」


「ほう。神々に加護を与えられた神々の眷属というものは、やはり夢でお告げを受けるのですね。そして、ゲヘナ様はどうしてアレステア君をお選びになったのですか?」


 アレステアの問いに頷き、レオナルドが次はゲヘナの化身に尋ねる。


「このものはよき墓守であった。このもののおかげで安らかに眠り、我がもとに来たという死者たちは大勢いる。そのような良き墓守であれば、私に仕え、死者の安らぎためにどんなことでもするだろうと考えたのだ」


「神々の作った秩序のためにその身を費やす、と。そうですか……」


 ゲヘナの化身の答えにレオナルドが何とも言えない表情を浮かべた。


「戻ったよ! ささ、今日はもうホテルに入ろう」


「ええ。ホテルに向かいましょう」


 いくつもの洋服屋の紙袋を持って戻って来たシャーロットが軍用四輪駆動車に乗り込み。レオナルドの運転で車は帝都の繁華街付近にあるホテルに到着した。


「ここって結構高いホテルじゃないですか……?」


「帝都教区に死霊術師がいて、あたしたち武装異端審問官が来たとなば、下手なところに泊ると奇襲される恐れがあるからね。高いけどセキュリティとプライバシーがしっかりしている場所がいいんだよ」


 アレステアが自分の貯蓄では泊まれそうにない豪華なホテルを見渡すのに、シャーロットがそう言ってチェックインを済ませる。


「これ、アレステア少年とゲヘナ様の部屋のカギね。それから君の服。すぐにこれに着替えておいで。で、荷物置いたら夕食食べに行こうね」


「はい」


 アレステアはゲヘナの化身とともに部屋に入った。


 ホテルの部屋は清潔で、アレステアたちが前に泊ったビジネスホテルよりずっと広い。寝室の他にリビングがあり、そこで談笑できるようになっている。シャワーとバスタブも立派なものだった。


「うわあ。こんな立派な部屋に泊るの初めてです」


「そうなのか? 確かに、かつて地上にあった私の神殿は広大で、美しく、信仰者たちが多く集まったものだが、今の時代の便利さはなかったな」


 アレステアが感嘆の息を吐きながら言うのにゲヘナの化身も頷いた。


「では、着替え終えたらシャーロットお姉さんたちと夕食を食べに行きましょう」


「ああ。この体は空腹というものがある。それに地上の食事はいいものだ」


 アレステアとゲヘナの化身は荷物をホテルの部屋に置き、アレステアはシャーロットが準備した洋服に着替える。


「よしっと。これでいいね」


 シャーロットがアレステアに準備した服はグレイのハーフパンツと白いシャツ、そしてその上から着るフード付きの青いジャケットだった。アレステアにぴったりのサイズで問題はない。


「行きましょう、ゲヘナ様」


 アレステアは一応フードを被って部屋を出た。


「あ。来た来た。似合ってるよ、アレステア少年! サイズは大丈夫だった?」


「はい。ぴったりです。ありがとうございます、シャーロットお姉さん」


「いいよ、いいよ。男の子の服選ぶのも楽しいし」


 シャーロットは明るくそう言い、レオナルドも合流して夕食のためにホテル内のレストランに入った。


「帝都はいいですね。食事のメニューが多くて」


「流通の拠点だからね。お酒もいろいろあるよ。楽しみ!」


「明日、二日酔いにならない程度にしておいてくださいね、シャーロット」


 レオナルドがコース料理の前菜である牛肉のマリネを見て言うのに、シャーロットは早速ワインを頼んでいた。


「おいしい。けど、ちょっと緊張しちゃいますね。こんなに立派なレストランって初めてですから……」


「安心していいよ。アレステア少年のマナーはちゃんとできてるから。親の教育がよかったんだね」


「その、僕、孤児院育ちで……」


「わっ。ごめん、ごめん!」


「いや。気にしないでください。孤児院のシスターは優しかったし、あの人のおかげでマナーができてるわけですから」


 シャーロットが慌てて謝るのにアレステアが申し訳なさそうに小さく笑う。


「さて、食事をしながらでいいのでこれからの調査について話し合いましょう」


 レオナルドがそう言う。


「帝都教区聖堂に死霊術師がいるって話なんだよね。けど、あたしたち絶対に帝都教区聖堂に入ろうとしたらいろいろ質問されるよ。そして、こっちが死霊術師について調べてるって素直に言えば死霊術師は捜査を妨害する」


「そうですな。武装異端審問官が来たというだけ警戒されかねません。教会に潜むというのはある意味では見事な偽装手段です」


 シャーロットが赤ワインのグラスを片手に言うのにレオナルドが唸る。


「でも、教会を避けていたら教会に潜み、教会の墓所から死者を攫っている死霊術師には近づけません。どうしたらいいのでしょうか?」


「祭壇を見つけることが重要になりそうですね」


「祭壇、ですか?」


 レオナルドが言った言葉にアレステアは首を傾げた。


「あれ、知らない? 死霊術師は祭壇を持ってる。死肉祭壇っていうの。死霊術ってのはこの世界の理に反した魔術であるから、普通の魔術師のように神々に祈っても意味はない。だから、悪魔を崇拝する祭壇を持っているんだ」


「それがあれば死霊術師であると確認できます。しかし、そうであるからにして死霊術師は厳重にそれを隠しているのです」


 シャーロットとレオナルドがそう説明する。


「なるほど。となると、死霊術師の祭壇は帝都教区聖堂にはないですね」


「聖職者たちで教会で暮らすのは一部。帝都教区ともなれば聖職者たちは自宅を持っているでしょう。恐らく祭壇は自宅にあるはずです」


「けど、どの人が死霊術師なのかが分かりません」


「それが問題ですね。教会関係者に気づかれず、かつ死者の行方について調べるとなると手段はいくつかあります。ひとつ、軍用犬を使って死者の臭いを追う。死者は教会の墓所で安置される前に葬儀社によって処置が施されます」


「ええ。特有の臭いがしますね。いいかもしれません!」


 軍用犬は帝国陸海空軍でも使われており、武装異端審問官も使用する。軍用犬の活用方法は幅広く、爆発物や違法薬物の探知や、要所の警備など様々だ。


「けど、あたしたちは今軍用犬を飼ってないよ? 前はいたけど」


「えっ。どうしてなんですか?」


「うんとね。あたしがうっかり犬のリード放しちゃって迷子になっちゃった! 後、おやつをやりすぎたり、ご飯を上げ過ぎたりして太らせちゃって」


「ええ……」


「だって、可愛いんだもん、犬。仕方ないじゃん?」


 シャーロットは悪びれずにそう語った。


「ということで、軍用犬を使う案はなしです。別の案を考えましょう」


「葬儀社を当たるのはどう? 死者は眠りの後に冥界に向かい、魂の抜けた肉体が残る。それを埋葬するのは葬儀社だ。死体に妙な痕跡があれば気づいているかも」


「それはいいかもしれません。葬儀社はあくまで民間企業であり、教会はただの取引相手に過ぎません。それにその仕事も教会から依頼されてるわけではなく、遺族から依頼されていますから」


 シャーロットの提案にレオナルドが同意した。


「あの、葬儀社を当たるなら彼らの扱っている死者と話させてください。何か話を聞けるかもしれません」


「冥界に旅立った死者とも話せるの?」


「はい。肉体がある限り、冥界にいる彼らと話せます」


「それって……」


 アレステアの言葉にシャーロットが言葉を濁らせた。


「アレステアのそれは死霊術ではないから安心するといい。この少年は現世より冥界に所縁があるのだ。それ故に死者との対話において特殊な技能を有する。さらに今は冥界の竜神たる私の眷属だ」


「現世よりも冥界に所縁があると言うのは……」


「そういう運命の下に生まれた、としか言えぬ。私は干渉していない。旧神戦争以前からの、何かしらの血の繋がりがあるのやも知れぬな」


「文字通りの神の子の可能性もある、と」


 レオナルドがゲヘナの化身の話にそう呟く。


「それって凄くない? 昔は神々は地上にいて、人と交わっていた。だから、神の血を引くものがいるってことだよね。そして、神の血を持つ人間はほぼ間違いなく英雄になる。神話で語られるような凄い英雄に」


「あの、僕はそんな凄いことはできないと思います、シャーロットお姉さん。僕ができるのは死者と会話することだけ。僕は英雄になりたいと思ったこともないんです。ただ、墓守を続けたいだけで」


「そうだよね。血筋ゆえに運命が決まるってのはちょっと自由がない。人はなりたいものがあって、それを自らの意志で選ぶ。それが人生ってものの醍醐味」


 アレステアがおずおずと意見するのにシャーロットが何杯目か分からないワインのグラスを空にする。


「あたしはお酒が好きだからお酒を飲める仕事を選んでる。自らの意志でね。だから、あたしの人生は充実してるって言える。お酒大好き!」


「シャーロット。あなたは少しばかり自由に溺れず、自らを律した方がいいですよ」


 シャーロットが再び赤ワインのグラスを空け、レオナルドが苦言を呈した。


「それでは葬儀社を当たりましょう。明日から行動開始です。今日はゆっくりと休んで、英気を養ってください、アレステア君」


「はい」


 アレステアはレストランの料理を味わい、デザートと食後のお茶を楽しんだのちにゲヘナの化身とともに部屋に戻り、シャワーを浴びてからベッドに入った。


 そして、翌朝。


「おはようございます、ゲヘナ様」


「うむ。いよいよだな。死霊術師を今度こそ探し出すぞ」


 アレステアが顔を洗い、歯を磨いて、着替えてからゲヘナの化身に挨拶する。一方のゲヘナの化身は流石は神の化身なだけあって、寝ぐせや服の皺など一切なかった。


 アレステアたちはシャーロットたちと合流するためにホテルのロビーに向かう。


「おはようございます、シャーロットお姉さん、レオナルドさん」


「おはよう、アレステア少年!」


 アレステアたちを出迎えたシャーロットはスキットルからウィスキーを呷っていた。


「……朝ですよ?」


「いやあ。飲んでないと二日酔いが辛くて」


「はあ……」


 アレステアはただただ呆れるしかなかった。


「アレステア君。昨日、葬儀社に問い合わせてどの葬儀社が最近教会から死者を引き取ったかを確認しました。その葬儀社はホワイト葬儀社というそうで。我々の調査にも応じてくれると約束してくれました」


「では、調査に向かいましょう。死霊術師を今度こそ」


「ええ。その前に朝食を済ませましょう」


 アレステアたちはホテルのレストランで簡単な食事をして、コーヒーでしっかりと目を覚ますとホワイト葬儀社へと軍用四輪駆動車で向かった。


 ホワイト葬儀社は帝都教区聖堂からあまり離れておらず、アレステアはフードを深く被ってなるべく顔を隠す。


「ようこそ。武装異端審問官の方々ですね」


「ええ。私はレオナルド・サルマルティーニ。こちらはシャーロット・スチュアート。そしてこのふたりは私たちの仕事の見習いです」


「分かりました。帝都教区聖堂には連絡しないでほしいとのことでしたが……」


「内部監査を兼ねていますので。配慮していただければ助かります」


「分かりました。私どもとしても最近は妙な感じでして」


 ホワイト葬儀社の専務取締役がアレステアたちに応じる。


「妙な感じというのは?」


「同業と集まることが年に何度かあるのですが、帝都で発生した死者の数と葬儀が行われた回数がどうもかなりズレているということが話題になりまして。死体窃盗の話も聞きましたし、国家憲兵隊からの聞き取りもありました」


「どうでしたか?」


「葬儀社の問題ではないようです。確かに全ての死者が葬儀を上げるわけではありません。帝都教区には無縁墓地もあります。ですが、数字ずれがかなりのもので、事件性があると国家憲兵隊は考えているというのです」


「死者は死を迎えた場所、自宅や病院から葬儀社に一度引き取られ、教会に渡る。そして、教会の墓所で眠りの時間を終えればまた葬儀社に。どの過程で死者がいなくなったのかについては分かりましたか?」


「いえ。さっぱりです。国家憲兵隊は未だ捜査中ですね。帝都に死霊術師が出たとの話も聞きましたので、もしかすると……」


 ホワイト葬儀社の専務取締役はそう返してレオナルドたちを葬儀のために死者を安置している場所に案内した。


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