初めての仲間との戦い

……………………


 ──初めての仲間との戦い



 アレステアは武装異端審問官であるシャーロットとレオナルドの助けを借りるために、彼らが引き受けている死者を攫おうとする犯罪組織との戦いに臨んでいた。


 レオナルドの提案で賊の本隊を襲撃するためにアレステアたちは背後に回り込みつつあった。民家の塀を越えて行き、道路を進む賊の斥候に見つからないよう、田舎町の街並みを進んでいく。


「よし。あれが敵の本隊でしょう。数は9名。トラックを使っている。あれで死者を運び出し、連れて行くつもりですね」


「仕掛けますか、レオナルドさん?」


「ええ。やりましょう。アレステア君は私と一緒に。シャーロットは援護を頼みます」


 レオナルドがそう指揮を下し、アレステアとシャーロットが動く。


 アレステアは敵の本隊に密かに近づくレオナルドに続き、シャーロットは遮蔽物を探し、彼女の有する魔道式対物狙撃銃の二脚を立てて狙撃の準備を行う。


「さて、仕掛けますか。アレステア君、お互いの背中を守りながら戦いましょう。戦闘においては友軍との連携が大事です。ひとりで暴れてもできることは限られます」


「はい」


 アレステアは流石は元軍人なだけあってレオナルドは頼りになると思った。


 アレステアとレオナルドのふたりは敵の本隊に可能な限り、見つからず、密かに近づくとそれぞれが武器を構えた。


 アレステアは“月華”を。レオナルドは背中に背負ったクレイモアを。


「3カウントで突入です。大丈夫ですね、アレステア君?」


「いけます」


「では」


 3──2──1──。


「今です!」


 レオナルドが駆けだし、アレステアが後から続く。


「いっくよー!」


 さらに後方で待機していたシャーロットが敵に向けて口径14.5ミリライフル弾を叩き込み、命中した敵の肉体が弾け、血の霧になって消滅した。


「敵だ! 攻撃を受けたぞ! 周辺に警戒!」


「クソッタレ!」


 敵が円陣を組んで周囲に警戒しつつ、銃口を揺らす。


「死者の眠りを妨げるものたちに罰を!」


「覚悟してください!」


 レオナルドが敵陣に飛び込み、アレステアも飛び込んだ。


「肉薄されたぞ! 距離を取れ!」


「弾幕を展開するんだ!」


 敵である犯罪組織が持っているのは拳銃弾を使う短機関銃のみだ。高いレートの連射は可能だが、威力においてはやや劣る。レオナルドの纏っているボディーアーマーを貫くこともできない代物だ。


「ふんっ!」


 レオナルドがクレイモアを振るうと敵が切り倒され、地面に倒れる。


「このっ……! 舐めるなよ!」


「やりますっ!」


 レオナルドの背中に短機関銃の銃口を向けようとした敵を、アレステアが“月華”で切り伏せて撃破。敵は腕を切られ、胸を裂かれ、血の海に倒れる。


「君たち! 武器を捨てなさい! 我々は武装異端審問官だ! 君たちには死霊術師と関係し、死者を攫ってい容疑がある! 大人しく我々の指示に従うのです!」


「お断りだ! お前らをぶっ殺して死体もいただく!」


 レオナルドが呼びかけるが敵はその警告を無視して銃撃を加える。


「ならば、斬り伏せることになりますよ!」


 レオナルドがその巨大なクレイモアを盾にして銃弾を防ぐと、そのまま突撃して敵をまたひとり撃破した。


「クソが! 坊主風情が偉そうに! くたばりやがれ!」


「やらせません!」


 レオナルドを死角から狙う敵をアレステアが切り倒して撃破。お互いの背中を守り合うアレステアとレオナルドに隙はない。


「はいはい。もういっちょうっと!」


 それに加えてシャーロットが狙撃で支援し、大口径ライフル弾が敵を消し飛ばした。9名いた賊は残り3名となった。


「ク、クソ……。どうすりゃいいんだ……」


「死霊術師を呼べ! 奴に屍食鬼を使わせろ!」


 敵が叫び、敵が連れて来た3台のトラックが揺れた。


 そして、そこからボディーアーマーを見に付け、短機関銃を構えた屍食鬼たちが続々と降りてきて、アレステアたちに向けて進んで来る。


「わお。死霊術師もセットか。こいつは大事だね」


「大丈夫。やれますよ、シャーロットお姉さん!」


「頼もしいこと言ってくれるじゃん、少年! お姉さんも頑張っちゃおう!」


 シャーロットが意気揚々と屍食鬼に狙いを付けて引き金を引く。特性の銃弾は一発で屍食鬼を死霊術師の呪いから解放し、眠らせることができた。


「アレステア君! 私は先に賊を片づけます! 君は屍食鬼を頼みます!」


「はいっ!」


 レオナルドは未だ武装し、隙を見ては銃撃を加える賊の殲滅を目指し、アレステアは隊列を組んで進んで来る屍食鬼の殲滅を目指して戦闘を開始。


「今、あなたたちを呪いから解放します。今は耐えて!」


 アレステアはそう祈りながら屍食鬼たちに向けて“月華”を振るう。“月華”が屍食鬼を切り裂き、肉体だけではなくそれにかけられた死霊術師の魔術すらも切り裂いて、死者たちを解放していった。


「残り僅かだよ、アレステア少年! 死霊術師も近くにいるはずだから探すね!」


「ええ! 死霊術師に罰を!」


 屍食鬼がいるということは死霊術師がいるということを意味する。この近くに死霊術師が潜んでいる可能性はあった。


 シャーロットが周囲を見張り、アレステアも周囲に警戒しながら備える。


「賊は片付けましたぞ。屍食鬼の方はどうです?」


「残り僅かです。ただ死霊術師がまだ見つかっていません」


「では、屍食鬼を殲滅しながら死霊術師を探し出しましょう」


 アレステアとレオナルドが再び互いの背を守り合って戦い始めた。


 短機関銃を持った屍食鬼たちが押し寄せ、アレステアとレオナルドがそれに応戦。アレステアは不死身の肉体を酷使して死にながら戦い、レオナルドはクレイモアで銃弾を弾きながら戦う。


「レニー! アレステア少年! 死霊術師、発見! トラックの陰にいるよ!」


「分かりました! やっつけます!」


 民生用の中型トラックの陰に他の敵と似たような格好をした死霊術師が潜んでいた。武器は持っておらず、屍食鬼たちをコントロールすることに専念しているようだ。


「アレステア君。君は死霊術師の拘束を。私は屍食鬼をこのまま解放します」


「拘束ですか?」


「ええ。最近、死霊術師同士の繋がりができているようなのです。それについての調査を行わなければなりません。ですので、殺害ではなく拘束を」


「分かりました。やり遂げます」


 アレステアは残る屍食鬼の相手をレオナルドに任せ、トラックに隠れている死霊術師の方に向け、駆けた。


「あっ!」


 そこでトラックから不意に武装した屍食鬼が1体降りてきて、アレステアに発砲。アレステアの頭に銃弾がのめり込み、後頭部から抜けていく。


「アレステア少年!?」


「アレステア君!?」


 シャーロットとレオナルドが悲鳴のように叫ぶ。


「大丈夫です。僕は死にません!」


 アレステアはすぐに傷を回復させて生き返り、立ち上がって死霊術師に向かう。


「ひ、ひいっ! た、助けてくれ! 降伏する! 殺さないでくれ!」


 死霊術師は怖気づいて両手を上げて、泣き叫んだ。


「あなたを拘束します。一緒に来てください」


 アレステアは捕えた死霊術師に“月華”を向けつつ、レオナルドたちの方に連れて行った。死霊術師はうなだれ、抵抗する様子はない。


「シャーロットお姉さん! レオナルドさん! 死霊術師を捕まえました!」


「おー! よくやった、アレステア少年! お手柄だよ!」


 アレステアが死霊術師を連れてくるとシャーロットがサムズアップして返す。


「では、保安官に連絡を。保安官事務所で拘束しなければ」


「これでここでの件は一応片付いたね。ってことで、次はアレステア少年の事件を解決しなくちゃいけない」


 レオナルドが死霊術師に手錠をかけ、シャーロットがスキットルからウィスキーを喉に流し込んでからそう言う。


「具体的な話も聞いておきたいですし、保安官に死霊術師を引き渡したら教会で話し合いましょう。では、まずは保安官に連絡を」


 レオナルドは軍用四輪駆動車の無線で保安官に呼びかけた。


 暫くしてパトカーで保安官がやってきてレオナルドから死霊術師を引き渡されるとパトカーで保安官事務所へと連行していったこの後に聴取が行われ、検察に送られ、起訴されるかどうかが決まる。


 死霊術の使用は帝国刑法において懲役25年、悪質な場合は極刑とされている。


 そして、保安官に死霊術師を引き渡すと教会に集まった。


「さて、帝都教区に死霊術師がいる。それも聖職者の可能性が高いと」


「はい。僕が最初に死者が攫われていることに気づき、司祭様にそのことを伝えたのですが、司祭様は僕が犯人だと言い、その件を国家憲兵隊に訴えない代わりに教会から出ていけといいました」


 アレステアが事情を説明する。


「そいつは変だね。死者が攫われたら立派な事件だよ。国家憲兵隊が捜査しなくちゃいけない。だから、聖職者が怪しいってことなの、アレステア少年?」


「それもあります。ですが、決定的なのは事実を確認するために帝都教区聖堂に忍び込んだ時です。眠っている死者たちから話を聞いたところ、司祭様が死体を移動させていたというのです」


「君、死者の声が聞こえるの?」


「はい。昔からです」


 シャーロットが驚くのにアレステアは頷いた。


「極まれにそういう能力を有する人間が生まれると聞いたことはありますが、まさかその能力を有する人間に実際に会うことになるとは。いやはや。流石はゲヘナ様に選ばれた人間というべきでしょう」


「墓守だったんだよね。それは天職だっただろうね。死者たちにとっても君にような人間がいれば安心して眠れる。凄いね、アレステア少年!」


 死者の言葉を聞ける人間はアレステアひとりではない。稀に、とても稀に遠き祖先にゲヘナに仕えたものがいると、子孫がそのような才能に目覚めることがあるのだ。


「ええ。それで司祭様を問い詰めようとしたら屍食鬼に襲われました。武装した屍食鬼たちです。それを退けて、司祭様を追ったら僕に親切にしてくれていて、聖堂への侵入にも手を貸してくれた方が殺されていました……」


 アレステアが力なくそう語る。


「辛かったね。身近な人を失った時の気持ちは分かるよ。一度はいっぱい泣いて、悲しみに浸っていい。だけど、ずっと悲しんでるのはダメ。特にその人が殺されたというならば、犯人に裁きを受けさせるために前を向かないと」


「はい。僕も犯人を見つけて、仇を取りたいです。そのためにも前を向きます」


「君は強い子だね、アレステア少年。応援したくなるよ」


 シャーロットがそう言ってアレステアの頭を撫でた。


「さて、となると帝都教区を調べなければなりませんね。我々も一応神聖契約教会の職員であるのですが、帝都教区に入ろうとすればいい顔をされないでしょう」


「どうしてですか? レオナルドさんもシャーロットお姉さんも聖職者なのに」


「我々はその、あまり主流派に好かれていないです。武装異端審問官というものがまず一般的な聖職者と違うので気に入られず、私自身が少数派の祭儀至上主義派だということもあります」


「えっと。すみません。祭事至上主義というのはどのようなものなんですか?」


「アレステア君。君は神々との契約と信仰を行うためには何が必要だと思いますか?」


 アレステアの問いにレオナルドがそう尋ね返す。


「それは神々に敬意を持つこと? それを示すための……祭儀?」


「そう。重要なのは祭儀なのです。かつて神聖契約教会は権力を持ち、皇帝や国王、貴族と言った権力者と密接にかかわっていました。その名残が今も残っているのです」


 レオナルドが語る。


「上級聖職者たちがどうして金糸を使った立派な祭服を纏っているのか。中央神殿や各地の教会にはどうして贅を凝らした聖堂があるのか。それらはかつて教会が持っていた権力を維持するための権威が必要だったからです」


「権力のための権威、ですか?」


「ええ。この帝国の皇帝はかつてほどの権力はありません。権力を有するのは民衆に選ばれた政治家からなる政権です。ですが、皇帝はその政権に権威を与えます。皇帝は長い歴史を有する皇室の代表であり、国家を象徴するものですから」


「みんなに選んでもらったと言うだけでは十分ではないのですか?」


「帝国は広大です。民族は様々で、地方によって文化が異なる。それをひとつにまとめるのに大勢の民衆が選んだひとりの宰相だけで十分でしょうか? 帝国宰相はひとりの人間で、その価値観もひとりが有するものだけです」


「だから、皇帝陛下が必要になる、というわけですね」


「皇帝は国家と国民の統一の象徴です。長い歴史ある皇室には帝国を作り上げた国父もいます。歴史は大きな権威となる。歴史ある建物が今においても大事にされるように」


 レオナルドがアレステアにそう丁寧に説明した。


「話を戻しますが、教会にはかつて権力があった時代の名残として装いを豪華にすることによって権威を示そうとしています。ですが、今の権力のない教会はそれは不要。我々は神々への信仰と契約を祭儀で果たせばいいのです」


「なるほど。よく分かりました。けど、どうして少数派なのですか? 僕には正しい考えのように思えます」


「組織というのは人間が運用するものであり、既存の体制から利益を得ているものは変化を嫌います。豪華な聖堂を立てることで利益を得る建築業者や聖職者がいる以上、今の体制を変えるのは拒絶されるのです」


「そうなのですか……」


「まあ、私も急進的な改革を求めるわけではありません。緩やかに変化すればいいと思っています。教会の歴史も大事なものなのですから」


 レオナルドはアレステアにそう言って微笑んだ。


「シャーロットお姉さんもレオナルドさんと同じなのですか?」


「いや。違うよ。あたしは時と場所に構わずお酒飲んでるから堕落してると思われてるだけ。失礼だよね。お酒を飲むのは別に悪いことじゃないのにさ」


「はあ……」


 シャーロットがまたスキットルのウィスキーをぐいっと呷るのにアレステアは言葉が出なかった。


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