武装異端審問官
……………………
──武装異端審問官
お酒好きな聖職者シャーロットにアレステアたちは出会った。
「あの、お姉さんは武装異端審問官なんですよね?」
「そうだよー。カッコいいでしょ?」
「あまり報われるお仕事ではないと聞きましたが、お姉さんはどうして武装異端審問官になったのですか?」
「武装異端審問官はある程度、教会の規律違反が許されるの。武装異端審問官は危険な仕事を他の聖職者と同じ給料でやってるからってね。だからだよ。ここでお酒飲んでも武装異端審問官だからセーフ!」
「はあ……」
スキットルを片手にサムズアップするシャーロットにアレステアはただただ頷いた。
「それでさ。アレステア少年はあたしに何か用事なの?」
「はい。武装異端審問官は死霊術師を相手にすると聞きました。そうですよね?」
「そだよ。あたしも3人くらい死霊術師をとっ捕まえたかな。死体盗んで、ろくでもないことしてる連中だったよ。口にするのもうんざりってことしてた」
「捕まえて国家憲兵隊か保安官に?」
「いや。あたしたち武装異端審問官は逮捕や捜査、武器の取り扱いの権限がある限定的な司法職員なの。だから、捕まえてそのまま検察に送った。本当は殺してやりたいくらい悪趣味な連中だったけど法律だし」
アレステアが尋ねるのにシャーロットが肩をすくめて答える。
「実は帝都に死霊術師がいるんです。それも帝都教区の聖堂に。恐らくは教会関係者が死霊術師だと思われるんです」
「本当? それは不味いね。最近の教会は不祥事続きだけど、よりによって聖職者が死霊術師とは。簡単には対応できないものだよ」
「でも、解決しないといけないんです。死霊術師は死体を盗むだけでなく、殺人も犯しています。そして、何よりゲヘナ様が解決を望んでおられるのです」
「ゲヘナ様が? アレステア少年、君はゲヘナ様のお告げを受けたのかい?」
「ここにおられます」
アレステアがそう言ってゲヘナの化身を紹介する。
「神聖契約教会の聖職者よ。私は死後の世界たる冥界の竜神ゲヘナの化身である」
ゲヘナの化身がそう言ってシャーロットに視線を向けた。
「おおっ。これは驚いた。酔いも覚めちゃうぐらい。ゲヘナ様が直々にとは。そこまで死霊術師が問題になってるってことですか?」
「そうだ。世界の理が、神々の協定が、破壊されようとしている。防がなければならない。帝都の死霊術師は秩序の回復の一歩だ」
「畏まりました。では、ゲヘナ様のために尽くしましょう。とは言え、まだここからは動けないんですけどね」
「どういうことだ?」
「ここの墓所が賊に狙われてるんですよ。性質の悪い犯罪組織に。死体を売りさばいているらしくてですね。それもかなりの武装を有しているから、保安官だけじゃ対応できないってことでして」
シャーロットがゲヘナの化身にそう説明して、またスキットルを傾ける。
「じゃあ、僕も手伝います。ここの墓所を狙っている犯罪組織を退ければ帝都の件に取り掛かれるんですよね?」
「そうだけど。まさか君が戦うの、アレステア少年? 戦った経験ある?」
「あります」
アレステアは既に地元で保安官とともに山賊と戦ったし、帝都教区聖堂では屍食鬼たちと戦闘を繰り広げ、勝利した。
「ふむ。じゃあ、手伝ってもらおうかな。その前にあたしの相棒を紹介しておくね。こっちに来な、アレステア少年」
シャーロットが墓所の中を進み、アレステアたちが続く。
「レニー! 応援が来たよ!」
「ん? どういうことですか、シャーロット?」
シャーロットが呼びかけると墓所の奥から男の聖職者が出て来た。
神聖契約教会の青い祭服の上からボディーアーマーを見に付けたとても大柄な壮年の男だ。その身長は2メートル以上あるだろう。さらにその大型な体に巨大なクレイモアを下げている。
「こっちはアレステア君とゲヘナ様。アレステア少年、ゲヘナ様。あいつはレオナルド。あたしの相棒だよ。同じ武装異端審問官」
「よろしくお願いします、レオナルドさん」
シャーロットが紹介するとアレステアが大柄な男レオナルドに頭を下げた。
「こちらこそ。君は教会の関係者なのかね?」
「そうでした。元は墓守です。今もそのつもりですが。けど、帝都教区で死体窃盗が起きて、その容疑で疑われて解雇されてしまいました」
「帝都教区で死体窃盗が? 我々は聞いていないですね。どうやらまた教会の不祥事隠しのようですな。やれやれ、最近はどうも自浄作用というのが働いていないようで。メディアに報道されるまでは隠せているから大丈夫なと思っているのか」
レオナルドは深くため息を吐いて首を横に振った。
「でね、レニー。ゲヘナ様が来てるんだよ。死霊術師をやっつけろって」
「ゲヘナ様がいらっしゃるのですか?」
「だから、紹介したようにそこに」
レオナルドが驚愕するのにシャーロットがゲヘナの化身の方を向く。
「お前も神々に仕える聖職者か。神々のためにこれまで尽くしてきたことを褒めよう」
「光栄です」
ゲヘナの化身を前にしてレオナルドが深く頭を下げて敬意を示した。
「レニー。アレステア少年があたしたちに帝都教区で死者を攫い、そして殺人を犯した死霊術師をあたしたちにとっ捕まえてもらいたいって。その前にここの件を解決しなくちゃいけないから、手伝ってくれると言ってるよ」
「侮るわけではありませんが、君のような子供が戦えるのですか?」
シャーロットが事情を話し、レオナルドが少し申し訳なさそうに尋ねる。
「戦えます。僕はゲヘナ様の加護をいただいていますから。死ぬことがないんです」
「つまり、神々の眷属。君はそれがどういう運命となるか分かっているのですか?」
「はい。僕も歴史はある程度学びましたから」
「過酷な運命となり、幸福とは言えない最期を迎える。その覚悟を?」
「ええ」
レオナルドが真剣な表情をして尋ねるとアレステアはしっかりと頷いた。
「そうですか。であれば、君に敬意を示し、その力を借りましょう。状況を説明するのでこちらに来てください」
レオナルドが促し、墓所に設置された拠点に入る。
「確認されている限り、賊はこの街の北に拠点を作り、そこに隠れています。ですが、この街には城壁もなく、どこからでも侵入できる。そうであるが故に敵の攻撃について事前に待ち伏せをするのは困難です」
「敵の数と装備はどうなのですか?」
「敵は民間にも販売されている魔道式短機関銃で武装。爆発物も複数所持しています。数については12名が確認されています」
レオナルドが地図を指さしながらアレステアに説明する。
「対する我々の戦力は保安官が1名。そして我々が私とシャーロットで2名。保安官は元帝国空軍降下狙撃兵で銃の扱いには長けています。シャーロットも元空軍ですので、所詮は素人に過ぎない賊には負けません」
「シャーロットお姉さんは軍人さんだったのですか?」
レオナルドの説明にアレステアが意外そうに尋ねた。
「そだよ。空軍の降下狙撃兵として兵役についてた。でもさあ、空軍の飛行艇って全面的に飲酒禁止なんだよね。だから、嫌気がさしてやめちゃった!」
「ええ……」
シャーロットがからから笑いながら語るのにアレステアが困惑。
「レニーも元軍人だよ。彼は陸軍だけど」
「ええ。陸軍にいました。ノルトラント近衛擲弾兵師団に。曹長で定年を迎え、退役したのちに教会に移ったのです」
「軍人としてはかなりのベテラン。頼りにするといいよ、アレステア少年!」
レオナルドがそう言い、シャーロットはレオナルドの背中をパンパンと叩きながらアレステアに告げた。
「はい。では、僕たちはどう戦いますか?」
「待ち伏せは困難ですので、機動して迎撃を行います。保安官には墓所にいてもらい、司祭とここに眠っている死者たちの護衛を。また住民が協力してくれており、賊を見つけたら通報があるので保安官にはそれを受けてもらいます」
少年に過ぎないアレステアにもレオナルドは丁寧に説明してくれた。
「我々は保安官に寄せられた通報に従って車で街を移動し、向かって来る賊を迎え撃ちます。車は軍用四輪駆動車が準備してありますので」
「あたしたち武装異端審問官の装備だよ。口径9ミリの拳銃弾程度なら弾く装甲付き。あたしはお酒飲んでるから運転できないけどね」
レオナルドとシャーロットがそうアレステアに言う。
「アレステア君。君はどのように戦うのですか? 武器が必要なら保安官から融通してもらうこともできますが」
「剣があります。ゲヘナ様からいただいた剣です」
「それは頼りになりそうですね。期待させてもらいましょう」
アレステアが告げるのにレオナルドが頷く。
「レニー。そろそろ動いた方がいいよ。最後の襲撃から6時間経った。もう立て直しているはず。きっとまた仕掛けてくる」
「ええ。準備をしましょう、シャーロット。お酒はほどほどにしてくださいね。あなたの持っている銃で誤射されたら死んでしまいます」
「大丈夫。酔ってる方が狙いが安定するから」
苦言を呈するレオナルドにシャーロットが笑いながら返した。
「では、向かいましょう。ゲヘナ様はどうなさいますか?」
「私も同行する。どうも死霊術師の気配がするからな。心当たりはあるか?」
「まだ屍食鬼は目撃していませんが、死者を攫うということはそういうことでしょう」
「そうだな」
レオナルドの言葉にゲヘナの化身が小さくうなずいた。
「じゃあ、レッツゴー」
シャーロットがスキットルからまたウィスキーを飲んで、墓所から出ていく。
それから教会の裏手に回ると帝国陸軍も装備している装甲化された軍用四輪駆動車が停車していた。車は警察車両のように濃い青に塗装され、神聖契約教会の筆ペンと鍵の紋章が記されている。
「私が運転しますのでアレステア君とゲヘナ様は後部座席に」
レオナルドが運転席に、シャーロットが助手席に乗り込む。
「さてさて、通報があったらすぐ動けるようにね、レニー」
「分かっています。無線をお願いしますよ、シャーロット」
「了解」
車で待つこと30分あまり。無線が音を響かせた。
「通報が来た。賊を村北西で確認だ。行こう!」
「はい。行きますよ」
車がエンジンを響かせて走り出し、街の北西に向かう。
「アレステア少年はレニーと同じで近接戦闘がメインだね? お姉さんが援護してあげるから存分に戦うといいよ!」
「分かりました。ところで、その銃って……」
「これ? こいつはあたしのお気に入りの武器だよ。口径14.5ミリの魔道式対物狙撃銃。通称“グレンデル”。武装異端審問官としていただいた代物で、軍も装備しているけどあたしのはカスタムしてある」
「屍食鬼や死霊術師に有効なのですか?」
「もちろん。大口径ライフル弾は大抵のものはふっ飛ばせる。それに弾薬は秩序神テミスの祝福済みで、さらに神聖魔術を付与してある。この世の理に反するものは一発で撃破できるってもんだよ」
「凄いですね……! なんだかワクワクします!」
「ふへへ。男の子は武器が好きたもんねえ。お姉さん、好きだよ、男の子のそういうところ。一緒に頑張ろう、アレステア少年!」
「はい!」
レオナルドが運転する軍用四輪駆動車が街の道路を進み、通報のあった場所に向かった。道はアレステアの地元の村より舗装されており、整備されている。
「気を付けてください、皆さん。そろそろですよ」
「手前で停まろう。いくら装甲があっても相手は爆発物を持ってる」
「了解」
シャーロットの意見で車が道路の脇に泊り、アレステアたちが降車する。
「私が先行するので、アレステア君は後ろに。シャーロットは援護を頼みます」
「分かりました」
アレステアの心臓はどきどきしていた。戦いはもう初めてではないが、敵がいつ現れるか分からない中を進むのは緊張するものだ。
「……賊です。前方250メートル先。数は3名。斥候でしょう」
「どうしますか?」
「斥候に把握されることなく敵の本隊を叩きたいですね。戦闘になれば銃声がするので敵が気づいてします。迂回して背後に回り込みましょう」
「分かりました」
レオナルドは軍人らしい慣れた動きで、敵に見つからずに道路わきの民家の敷地に入り、民家の塀を乗り越えながら敵の背後に回り込む。アレステアもレオナルドの動きを見ながら、彼についていった。
戦闘が迫る中、アレステアの緊張も高まる。
……………………
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