仲間を求めて

……………………


 ──仲間を求めて



 アレステアたちを乗せたバスは帝都から離れた郊外の街に彼らを降ろした。


「ここは国家憲兵隊の管轄じゃないですね。大丈夫なはずです」


「どのようにして仲間を探すのだ?」


 アレステアがバス停を降りて郊外の街を見渡すのにゲヘナの化身が尋ねる。


「教会のことは教会で聞くのが一番早いんでしょうが、今の僕たちは教会に近づくべきじゃありませんよね。だから、教会の関係者たちが集まる場所に向かいます」


「それはどこなのだ?」


「教会近くの酒場か食堂ですね。教会は基本的に儀式以外の飲酒を禁止してます。教会の敷地内でお酒は飲めません。だから、仕事を終えた聖職者たちを相手にした酒場やお酒を提供する食堂が近くにあるんです」


「なるほど。酔っていれば舌も良く動くことだろう。向かおう」


 アレステアとゲヘナの化身は教会の近くにある食堂に入った。既に多くの聖職者を始めとする人間がいる。


「いらっしゃいませ。お席にどうぞ」


「はい」


 アレステアとゲヘナの化身は聖職者たちの近くの席に座った。聖職者たちは仕事を終えて、祭服を脱いでいるが髪型と髭で聖職者だと分かる。


 神聖契約教会の聖職者は髪は短くして、髭を伸ばすことを暗黙の了解にしている。こうすることで色欲など世俗のことからは離れるという意味合いがあるそうだ。


「聖職者たちはいるが、どうやって話を聞きだす?」


「ちょっと考えてみます」


 ゲヘナの化身とアレステアは野菜のシチューとパンを頼み、ワインやビールをソーセージなどをツマミにして楽しんでいる聖職者たちをこっそりと覗く。


「よし」


 そこでアレステアが席を立ちあがって、酒を楽しんで談笑している聖職者たちの囲んでいるテーブルに向かった。


「あの、聖職者の方ですよね?」


「やあ。お嬢ちゃん。何の用だい?」


「あ。僕、一応男です」


「そりゃ失礼」


 聖職者はアレステアを邪険にすることはなく、笑いながら出迎えた。


「僕も将来は聖職者になろうと考えているんですが、実際の聖職者の暮らしってどういうものなんでしょうか? 話を聞かせていただければ一杯御馳走しますよ」


「そいつは気前がいい。いいよ。聞かせよう。ただし、俺たちは下っ端だから、上の方の話は分からないがいいかい?」


「ええ」


 聖職者たちは頷いてアレステアに席を勧めた。


「さて、どういう話が聞きたい? 仕事の内容とか、給料とか、将来性とか?」


「ええ。そういう話をお願いしたいです」


 アレステアがそう言って話を聞く。


「まあ、生活に直結するのは給料だが、そこまでいいものじゃない。帝都だろうと田舎だろうと給与は同じだ。中央神殿が定めた給与が支払われる」


「でな、結論から言うと下っ端は地方にある中小企業の会社員の給与と同じくらいの給料がでる。ただし、言った通り給与はどこでも一緒だ。物価は考慮されないから、赴任する場所によっては苦労する」


 帝国は広大で物価の違いは大きい。帝都で食パンを一斤買えば200ターラー程度。地方ならば120ターラーと大きな差がある。


「そもそも教会の収入ってのはお布施と祭事の際の報酬、教会が銀行で運用している教会資金で賄われている。毎年同じ額のお布施があるわけじゃないし、祭事だって年による。教会の収入ってのは安定しない」


「大昔は教会が土地を持っていて、小作人に貸し出していたが、改正農地法で教会所有の土地は随分と農民に渡された」


「宗教分離が今の政治の基本だから仕方ないが」


 神聖契約教会は昔は権力を持っていたが、今では限られている。


「それに加えて教会は人件費以外の出費がある。最近じゃ中央神殿の聖堂の近代化工事のための金が出て、新しい聖堂を西に立てるってことでまた工事だ」


「そうそう。上は下っ端のことなんて考えてない」


 若く、まだ出世していない聖職者たちが愚痴る。


「お仕事はどうなのですか?」


「そうだな。まず基本は祭事だ。祭事は神々によって違うので、専門とする神の儀式を覚えなければならない。聖職者を目指しているなら分かるだろうが、神聖契約教会の役割は神々と人間の契約を履行し、維持することだ」


 アレステアの質問に聖職者が答えた。


「契約は儀式によって示される。だから、祭事は重要だ。手順と祝詞をしっかり覚えて、祭事を行う。それが基本的な業務になる。まあ、下っ端のうちはベテランから学んで覚えればいい」


「神学校に進んでからだと問題はないだろうな。それに神学校卒の聖職者は出世するのが速い。一般的な神学校は18歳から受験できるから選択肢に入れておくといい」


「まあ、堅実に生きるなら職業学校に行った方がいいかもしれないがな」


 帝国の教育政策は可能な限り多くの人々に教育の機会を与えるということをモットーにしている。人種や立場に関わらず、教育は受けるようにと政策が定められた。


 アレステアは働きながらでも受けられる初等教育を受けていたし、国立の職業学校や大学の学費は低く抑えられ、奨学金制度も充実している。私立の学校に行く場合にも返済不要の奨学金を受ける機会があった。


 帝国政府は人材こそが国家を支えると考えており、人材確保に余念がない。そうであるが故に帝国は強大な国家であり、技術において多くの革新を成し遂げて来た。


「そう言えば教会は死霊術師のような脅威にも対抗しているのですよね?」


 アレステアが本当に尋ねたかった質問をここで発する。


「ああ。そっちに進みたいのか? だが、あまりお勧めはしないぞ。給料は同じなのに危険が伴う。割に合わない仕事で人気もない」


「神聖契約教会には聖堂などの警備を担当する軍人上がりの聖騎士とは別に教会が保有している軍事組織がある。専門の魔術が使え、死霊術師や悪魔崇拝者を討つものたち。武装異端審問官だ」


 アレステアの知りたかった答えがもらえた。


 武装異端審問官。これが死霊術師と戦っている。


「その方々はこの近くにもいらっしゃるのですか?」


「話を聞いたことはあるな。依然と違って教会もリベラルな思想になってるから、この手の話題は表にしたくないという意見があって、あまり公にされないんだ。異端審問って聞くとどうしても差別的に聞こえるから」


 神聖契約教会は全ての神々を祭っている。


 この世界において宗教的価値観は神聖契約教会に集約し、あらゆる民族にとっての基準となっている。民族によって異なる神への信仰というのは存在しない。神が実在し、人間との契約をどう果たすかを明示してるが故に。


 だが、依然は儀式の方法などの解釈を巡って争いが起きた歴史がある。異端審問という名の文化弾圧も起きた。そのため異端審問という言葉にいい意味はない。


「そう言えば隣町に来てたんじゃないか。司祭長様が連中がこっちに来たら連絡してくれって言ったぞ。どうも問題児らしい。教会の祭儀至上主義派だとかで」


「そういうことか。そりゃあ嫌がるな。祭事至上主義者は急進的だ。聖堂に電化工事を行う予算にすら反対してるって話だぜ。全ては神々との契約である祭事だけを行えばよく、世俗的なことは全て禁止するべきだとか」


「少数派なのが救いだな」


「そうそう。今どき電気も使えない聖堂で仕事するなんてごめんだ」


 祭事至上主義とは神々との契約となる祭事のみを重視し、教会の他の役割を否定するものたちである。急進的な派閥で、少数派だ。


「えっと。近くにいらっしゃるのですか?」


「隣町で死体泥棒が出たとかで調査しているそうだ。隣町と言っても結構離れてて、確か自治省の保安官だけじゃ対処できないから要請されたって話らしい。もしかして、連中に会いに行くのか?」


「話を聞いてみたいので」


「そうか。ちょっと待ってろ」


 聖職者は仕事用のカバンからメモ帳を取り出すとそこに万年筆で何かを記した。


「この住所だ。それから来ている連中の名前。これがあれば会えるだろう」


「わあ! ありがとうございます!」


「いいよ、いいよ。俺たちの後輩になるかもしれないんだからな」


「では、一杯奢らせていただきます」


 アレステアは聖職者たちにビールを奢ると食堂をゲヘナの化身とともに出る。


「味方になってくれそうな人が見つかりましたよ、ゲヘナ様!」


「うむ。良いな。そのものたちの名前は?」


「シューロット・スチュアートさんとレオナルド・サンマルティーニさんです」


 このふたりが聖職者たちが話していた神聖契約教会の武装異端審問官だ。


「そのものたちを味方に付ける自信はあるのか?」


「大丈夫だと思います。死霊術師は神聖契約教会にとって敵です。悪魔崇拝者と同じように。彼らと戦っているものがいるからこそ、今まで神々との契約はちゃんと守られてきたんですから」


「そうか。お前を信じよう、アレステア。私がお前を選んだのだから」


「はい!」


 アレステアはバス停を目指し、聖職者たちに教えてもらった目的の人物たちがいる住所の街に向かう。帝都から随分と離れたので、バスの運行数もかなり減っている。バスが来たのは1時間30分後だった。


「アレステア。お前のことを信じるが、お前は少し人を信じすぎる。この世には良い人間だけがいるわけではない。人を騙し、利益を得る悪人もいる。死霊術師たちのようにな。そのことを忘れるでないぞ」


「はい。でも、悪い人も理由があると思うんです。本当に心の底から悪い人なんていないんじゃないでしょうか?」


「はあ。お前は純粋でいい人間だ。だから、他の人間もそう見てしまうのだろう。しかし、面白半分に人を殺し、小銭を得るために赤子を売るようなものもいる。どんな理由があろうとも許されないことがあるのだ」


「分かりました」


 バスはアレステアたちを乗せて荒れた道を超えて、山を抜け、かなり離れているが隣町へと運んだ。バスは停留所で停まり、運賃を払ってアレステアとゲヘナの化身がバスを降りた。


「僕の故郷並みに田舎ですね」


「ふむ。そのようだな。私としては帝都という塔のような建物が並び、信じられないほど広い道が走る街より落ち着くが」


「僕も帝都に初めて言った時は凄い緊張しました。人が多くてびっくりしちゃって。地下鉄に乗り方とかも分からなかったで」


 ゲヘナの化身は神代の街並みしか知らないし、アレステアは田舎者だ。


「小さな町だ。目的の人間はすぐに見つかるだろう」


「ええ。まずは教会へ行きましょう」


 どのような街にも大なり小なり教会はある。教会は人々の生活に密着しているのだ。


 アレステアたちはこの街の教会に向かって門を叩く。


「どうされましたか? おや、見慣れない顔ですね?」


「はい。探している人が来て来ました。武装異端審問官の人なんですけど」


 教会を仕切っている初老の司祭が出てきて、アレステアに応じた。


「ああ。スチュアートさんたちですね。ええ、いらっしゃいますよ。ここに泊っておられますが、今は墓所におられます」


「お会いできますか?」


「話を通しておきましょう。お入りください」


 司祭に招かれてアレステアたちが教会の中に通される。


「ここでお待ちください」


 礼拝堂で待つように言われ、アレステアとゲヘナの化身が祭事の際に信徒たちが座る長椅子に腰かけて待った。


 暫くして司祭が戻って来た。


「お会いになられるそうです。墓所へどうぞ」


「ありがとうございます!」


 司祭に案内されて教会の墓所に向かう。


「こちらです」


 アレステアとゲヘナの化身が教会の地下にある墓所に入った。


「すみません! シャーロット・スチュアートさんとレオナルド・サンマルティーニさんはいらっしゃいますか!?」


 墓所に入ったアレステアが呼びかける。


「いるよー。おいでー」


 のんびりとした若い女性の声が聞こえ、アレステアが声の方に向かう。


「やあ、少年。あたしたちに用事があるんだってね。何だい?」


 そう言うのは神聖契約教会の青い祭服を勝手に改造し、太ももの部分まで伸びたスリットを作ったものを纏っている女性。年齢は20代前半。髪は金髪で、ポニーテールにしている。そして、なかなかの美人であった。


 だが、それより目立つのは通常の魔道式小銃を何倍にも大きくした銃だ。


「ええっと。シャーロット・スチュアートさんですか? 僕はアレステア・ブラックドッグと言います」


「そ。あたしはシャーロット・スチュアートだよ。よろしくね、アレステア少年!」


 シャーロットは快活に笑ってそういうと腰のベルトからスキットルを取り出すと蓋を開けておもむろに飲みだした。


「あのー……。それ、お酒ですか?」


「うん。あたしお酒大好きだから」


「ここ教会の敷地内ですよ?」


「知ってる」


 少し頬を赤くしてシャーロットがにやりと笑った。


「教会の敷地内は飲酒禁止なのでは……?」


「いいかい、少年。その決まりの根拠になっているものは知ってるかい?」


「詳しくは知りませんが酒神バッカスの言葉によるとか」


「そう。酒神バッカスは人間たちにこう言った。『酒は薬であり毒である。酒を楽しむものは敬虔な信徒であるが、酒におぼれるものは背信者である』とね。だから、職場で酒を飲むは酒におぼれてるから禁止ってわけ」


 シャーロットはそう言うと再びスキットルを傾け、度数の高いウィスキーを喉に流し込んで、アルコールが喉を刺激するのを楽しんだ。


「けど、あたしは別に酒のおぼれてるわけじゃないし。楽しんでるし。どこで飲もうと変わりはしない。だから、どこでも飲む。人生にお酒は必要だよ、少年。お酒がない人生ってのは、歌のないお祭りみたいなもの」


「ええー……」


 シャーロットが楽しそうに語るのにアレステアはちょっと引いていた。


……………………

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