司祭の疑い

……………………


 ──司祭の疑い



 死者の証言で墓所で眠る死者を攫った容疑は帝都教区聖堂の司祭にかかっていた。


「司祭が死者を攫ったというか。神に仕える身にして神の教えに反するとは。何という背信であるか。決して許すことはできん」


 ゲヘナの化身がアレステアの報告に怒りを示す。


「しかし、ゲヘナ様。ここに死霊術師の気配はしないのですよね?」


「そうではある。上手く隠したのか。あるいは司祭はただ死者を攫っただけなのか」


「ともあれ、司祭様に話を聞きましょう」


「大丈夫なのか? 司祭はお前を追放した。事実を突きつけてもそれを否定し、その権力を以てしてお前を攻撃するかもしれぬ。司祭の周りから攻めていくべきではないか?」


 アレステアが提案するがゲヘナの化身はそれを疑問視した。


「司祭様は確かに僕に死体窃盗の罪を着せて、追放しました。けど、司祭様だって神様たちに仕える立場なんです。ゲヘナ様からお言葉があれば反省するかもしれません」


「……お前は少し人を信用し過ぎる気があるな」


 アレステアにゲヘナの化身が唸る。


「人を罠にはめるようなことは好きではありません。罪人として突き出す前に罪を省みるチャンスは与えられるべきだと思います。それにまずは本人に確認しなければ」


「そうか。であうならば、そうするがよい。お前が信じた道を進め」


「はい」


 ゲヘナがアレステアの意見に頷いたときだ。


 物音が響いて来た。


「足音。複数だ。当直の墓守じゃない」


「アレステアよ。気を付けろ。死霊術師の臭いが漂ってきた。恐らくは屍食鬼」


「死者たちが穏やかに眠るための神聖な墓所に、よりによって屍食鬼を踏み入らせるだなんて。徹底的に死者たちを侮辱している。許すことはできません……!」


「であるならば、やるべきことは分かるな?」


「はい、ゲヘナ様!」


 アレステアが“月華”を出現させて構えた。


 アレステアが備える中、墓所を複数の足音を響かせながら何者かが近づいて来た。足音は軍靴を履いたそれだ。墓守ではなく、聖騎士にしては数が多い。


「──来た」


 アレステアが地面に置いたランタンの光が暗い石造りの墓所の廊下を進んで来るものたちを照らし出した。


 死人の青ざめた表情をし、暴徒鎮圧用のライオットシールドと魔道式短機関銃を構えた集団。屍食鬼の軍隊だ。


「死者たちに安息を与えよ」


「はい!」


 アレステアが“月華”をかかげて屍食鬼の軍隊に突入。


 屍食鬼たちはサプレッサーが装着された魔道式短機関銃でアレステアを一斉に銃撃する。聖堂地下の墓所に抑制された銃声が連続して響き、アレステアに向けて45口径拳銃弾が浴びせかけられた。


「やれる。やれるはず!」


 “月華”を手にアレステアが進み続け、屍食鬼たちに肉薄。“月華”の刃を振るえばライオットシールドごと屍食鬼が引き裂かれ、死霊術師の忌まわしき呪いから解放され、眠り落ちる。


「まだやれる。僕は戦える」


 銃弾を浴びながらもアレステアは戦い続けた。銃火器で武装した屍食鬼たち呪いから解き放ち、倒していく。


 死を恐れることのない屍食鬼は前方で味方がいくら倒されようと前進を止めることはなく進み、ライオットシールドでアレステアを殴り、魔道式短機関銃で銃撃し、何としてもアレステアを殺そうとする。


「大丈夫。まだ大丈夫……!」


 何度も、何度も死んでは蘇り、アレステアが必死に“月華”を振るった。剣を学んだ覚えなど一度もないのにアレステアは巧みに“月華”を振るい、屍食鬼を倒していく。“月華”がアレステアを導いているのだ。


 屍食鬼たちは呻き声を上げながら、そんなアレステアに突き進んでは切り倒される。アレステアを一度倒しても死というものをゲヘナによって超越させられているアレステアは倒れたままということはない。


 そして、“月華”が舞い、銃弾が飛び交い続けた末に──。


「何とか、やった。やれた」


 屍食鬼は全て死霊術師の魔術から解放され、眠りについた。廊下に切り倒された死者たちが転がっている。


「よくやった、アレステアよ。近くに死霊術師がいるやもしれぬ。探すのだ」


「はい!」


 アレステアが駆け足で墓所を抜け、地上に出る。


「死霊術師はどれほど近くにいるとお考えですか、ゲヘナ様?」


「この聖堂の敷地内にはいるだろう。死霊術師の腐臭が濃くなっている」


「分かりました。探します」


 アレステアが耳を澄ませ、周囲を探る。「


 また足音がする。軍靴の音だ。


「また来るぞ。屍食鬼だ。どうあってもお前を殺そうというつもりのようだな」


「であるならば、どこまでも抗いましょう」


 再びライオットシールドと魔道式短機関銃を構えてアレステアに向かって来る屍食鬼の軍勢を前にアレステアが“月華”を振るった。


 銃痕が歴史ある聖堂の壁に銃痕を刻みつけ、アレステアを貫く。


 だが、死ぬことのないアレステアは苦痛と絶望によって心が折れるまで戦える。


「よし。何とか凌ぎました」


「死霊術師が近いぞ。死者たちに死霊術師について聞いてみるがいい」


「試してみます」


 ゲヘナの化身の提案にアレステアが倒した屍食鬼の魂に呼びかけを行った。


「聞こえますか? もう大丈夫です。死霊術師からは解放されました。ですが、教えてください。あなたたちを攫い、屍食鬼に貶めた死霊術師はどこにいますか?」


『ああ。助かった。とても苦しかったよ。これで楽になれる』


「死霊術師について教えてください。お願いします」


『死霊術師は聖堂の中庭にいる。私が覚えているのはそこまでだ』


「ありがとうございます。眠ってください。安らかに」


 アレステアが死者に礼を言って立ち上がる。


「中庭です。死霊術師はそこにいると」


「では、向かうのだ。このような所業を行った死霊術師を野放しにしてはならぬ」


「ええ」


 アレステアとゲヘナの化身は聖堂の中を抜けて、中庭に向かった。


「まさか。司祭様……?」


「アレステア! ここで何をしている!」


 中庭にいたのは死体窃盗犯の容疑を着せアレステアを追放した司祭だった。


 そして、その近くにはジョシュアが倒れていた。芝生に覆われた中庭に血の染みが大きく広がっていて、ジョシュアは全く動く様子がない。


「司祭様! そんな! ジョシュアさんを殺したんですか……!?」


「わ、私はやっていない! 賊だ! 聖堂に押し入った賊がやったのだ! 私が来た時にはすでにこうなっていた!」


 アレステアを前に司祭が狼狽え、そして叫ぶ。


「お前だ! お前がやったのだな、アレステア! そうに違いない! 衛兵、衛兵!」


「何言っているのですか、司祭様! あなたが死霊術師なのではないですか!?」


 司祭が警備についている聖騎士を呼び、アレステアが諭そうとする。


「アレステア。このものは死霊術師ではないぞ」


「え! じゃあ、誰があの屍食鬼たちを……?」


「それはいい。後で考えればよい。今は逃げるべきだ。今の状況は不味い」


 ゲヘナの化身が警告するのに魔道式小銃に銃剣を付けて武装した聖騎士がアレステアたちのいる中庭に駆け込んできた。


「司祭様! これは一体……!?」


「アレステアだ! こいつは死霊術師だ! 捕えろ!」


「は、はっ! 動くな、そこの少年!」


 聖騎士が司祭の言葉で魔道式小銃の銃口をアレステアに向ける。


「違います! 僕は死霊術師なんかじゃない!」


「アレステア! 無駄だ! 逃げるんだ!」


「くっ……!」


 ゲヘナの化身が叫び、アレステアが聖騎士に背を向けて駆けだした。


「待て! 撃つぞ! 止まるんだ! クソ!」


 警告したのちに聖騎士が発砲した。口径7.62ミリのライフル弾がアレステアの肩を貫くが、アレステアは痛みに耐えて聖堂から逃げ去った。


「司祭は死霊術師に関わっているが、死霊術師ではない。では、誰が屍食鬼を生み出し、そして使役していた?」


「分かりません! けど、これでもう帝都にいることはできないでしょう! 国家憲兵隊が僕たちを探し始めるはずです! 死霊術の使用と殺人の容疑で!」


 ゲヘナがアレステアの隣を駆けながら疑問に思うのにアレステアが唸る。


 事実、既に帝都管轄の国家憲兵隊に通報が行われていた。アレステアが聖堂に不法侵入してジョシュアを殺し、そして死体を盗むために死霊術を使ったと。


『帝都北管区国家憲兵隊本部より帝都の全国家憲兵隊ユニットに伝達。帝都教区聖堂にて殺人事件発生との通報あり。通報によれば被疑者は現場から逃走。被疑者の外見は白髪、12歳ほどの少年。見つけ次第拘束せよ』


 そして国家憲兵隊の無線通信で帝都各地に展開している国家憲兵隊隊員たちにアレステアが指名手配されてしまった。


「これからどうするのだ? 死霊術師を見つけなければならないぞ。それでいて官憲からは逃げなければならん」


「ええ。まだ諦めません。何としてでも死霊術師を探し出します。ですが、一度帝都を脱出するべきです。もうここは国家憲兵隊が警戒しているでしょうから。誰か協力してくれる人がいればいいのですが……」


「お前の村の保安官はどうだ?」


「いえ。迷惑をかけたくありません。死霊術師には神聖契約教会でも対応をしています。教会で死霊術師を相手にしている人々で、かつ帝都教区と関係がなく、事件を調べてくれる人々を探しましょう」


「そのようなものがいるのだろうか」


「いるはずです。きっと」


 アレステアは帝都からの脱出を試みる。


 帝都はかつては城壁に囲まれていて、今でもその遺跡が保存されている場所もある。だが、幾度も行われた大規模都市計画で城壁のほとんどは撤去され、道路などが整備された。つまり、脱出するルートはいろいろあるわけだ。


「こっちには国家憲兵隊はいない。ここから出て、バスに乗りましょう」


「ああ。任せる」


 アレステアは細い道路から帝都の外に出て暫く歩いて進むと、帝都郊外の閑静な住宅街に到達した。そこでバス停に向かい、一番早く来た帝都から離れるバスにゲヘナの化身とともに乗り込んだ。


 バスは帝都付近のよく整備された道路をスムーズに走り、帝都を離れていく。


「どこに向かうのか予定はあるのか?」


「いいえ。今は特にありません。ただ、とにかく帝都から離れることです。地方に行けば警察業務の管轄は内務省国家憲兵隊から自治省自治体警察に代わる。捕まる可能性は低くなります」


「ふむ。考えたな。では、地方に向かい、協力者を見つけるのだな」


「ええ。死霊術師を敵とする仲間を探します。誰かの助けを得て、そしてまた帝都に戻る。ジョシュアさんの仇も取らないと……」


 そこでアレステアが黙り込んだ。


「どうした?」


「ジョシュアさんは僕のせいで死んでしまったんですよね……。僕がジョシュアさんに聖堂に忍び込ませてくれるように頼んだから、そのせいで。僕がジョシュアさんを巻き込まなければ」


「お前は正しいことをした。悪いのはあの男を殺した死霊術師だ。お前ではない」


「そうだといいですが」


 アレステアが親切にしてくれたジョシュアが死んだという事実の衝撃を、混乱が落ち着いた今になって重く感じていた。


「いいか。お前は死霊術師を倒すことを考えればいい。これは戦いだ。神々の秩序に対して戦争を仕掛けているものと戦っている。戦争には犠牲者が生じるものだ。犠牲なくして戦争に勝利はできない」


「そうなのですか?」


「ああ。そうだ。私は旧神戦争で戦争を経験した。戦争とは犠牲によって勝利するものだ。犠牲を恐れて戦わなければ、敵に降伏するしかなくなり、そして敗北を味わうことになるだろう」


「戦争はそういうものなのですね。僕たちはもう随分と長く戦争というものを経験していません。帝国が最後に戦争に関わったのは70年以上前の話です」


「戦争は忌まわしきものだ。犠牲を容認するがあまり。戦争は起きなければよいものであることは間違いない。だが、ときとして戦争を拒否することができない場合もある。戦争は望まざると巻き込まれるものだからな」


 ゲヘナの化身はアレステアにそう語って聞かせ、バスの窓から外の景色を眺めた。


「死霊術師との戦争、か。僕はできることをしなくちゃ」


 ジョシュアの死を悲しみながらも、アレステアは自分がするべきはそれを嘆くことだけではなく、その死を無駄にしないことだと覚悟したのだった。


 バスは帝都をどんどん離れていく。


……………………

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