帝都への帰還
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──帝都への帰還
山賊による襲撃事件の翌朝、アレステアはゲヘナの化身とともに村かバスで駅に向かい、帝都に向かう列車に乗り込んだ。
「帝都に死霊術師がいるのですね?」
「ああ。死者たちはそう語っていた。死霊術師が帝都教区にて眠っている死者たちを攫い、そして隷属させていると」
「そうですか……」
アレステアは帝都教区で墓守として励んでいたつもりだが、死霊術師の存在には気づかなかったことを恥じた。自分がもっと早く気づいていれば苦しむ死者たちも少なかっただろうにと。
「自分を責めるな。お前はよくやっていたと死者たちは言っていた。お前はよい墓守として自分たちの眠りを守ってくれたと。そして、死霊術師は巧みに隠れ、悪行を重ねていたのだ。お前がが見つけられずとも無理はない」
ゲヘナの化身はそう諭し、車窓から外の景色を見た。
「地上は随分と変わったな。私が地上にいたときとは全く別の景色となっている。これが人間の成したことなのだろう」
「ゲヘナ様もかつては地上にいらっしゃったのですよね?」
「ああ。旧神戦争の時代まではな。旧神戦争で神々が争ったことによって地上は荒廃してしまった。その反省から神々は地上を去り、天界と地下に向かった。私も地上を見るのは久しぶりだ」
かつて神々は人々とともに地上で暮らしていた。
だが、神々同士がそれぞれの地上での利益を巡って争いを始め、旧神戦争と呼ばれる神代の大戦が起きてしまった。神々とそれを信仰するものたちの戦いによって地上は荒廃し、神々は己を恥じて地上を去った。
「しかし、死霊術師というのはどうやれば見つかるのでしょうか?」
「ふむ。それは私が見抜くこともできる。死霊術師たちは独特の病んだ魔力を宿しているからな。黒く淀み、腐臭のする魔力だ。人は全てのもが魔力を有するが、死霊術師のそれはその所業により歪んでいる」
人は皆等しく魔力を有する。魔術師と名乗るものたちだけが有するものではない。
ただ、魔力とは数あるエネルギーのひとつにすぎず、それを持っているからと言って使いこなせるとは限らない。人が筋肉を持っていても、その使い方を知らなければスポーツにおいて成績を出すことができないのと同じ。
「しかし、帝都教区の聖堂に僕は入れないと思います。今や僕は教会の関係者ではないですから、聖堂を守る聖騎士たちにつまみ出されてしまいます」
神聖契約教会は何度も起きた国王や皇帝と言った世俗との権力との対立の末に信仰以外の分野における力を削がれた。
かつて神聖契約教会が有していた軍事力も形骸化され、今の時代にて聖騎士と名乗るものはただの教会の警備要員程度の存在である。
そして、そのような聖騎士は国軍の軍人が退役した後に就く職業のひとつだ。
「それは問題になるな。だが、帝都において死霊術師が死者を攫うのであれば帝都教区の聖堂以外にあり得ない。何か手はないのか?」
「考えてみます。一度聖堂に入り、墓所に入れば死者たちから話を聞けますし」
「知恵を巡らせるよい。死霊術師はひとつ、ふたりという規模ではなくなっている。まさに世界の理の危機なのだ」
「はい。理解しています」
ゲヘナの化身の言葉にアレステアが一度は追放された帝都教区の聖堂及び墓所に入る手段を考え始める。
「ジョシュアさんに事情を話したら入れてくれるかもしれない……」
アレステアが考え込む中、列車は帝国の領土を走って行き帝都へと至った。
「ここが帝都です、ゲヘナ様」
「ほう。まさに繁栄を極めているな」
高層建築と広い道路、大勢の人々が存在する帝都の街並みにゲヘナの化身が思わず簡単の息を吐いた。
「今日は遅いです。どこかに泊りましょう」
「そうしよう。だが、急がねばならんぞ」
「ええ」
アレステアは2年間、帝都で暮らして来た。そのため帝都に関してはある程度土地勘がある。安くていい宿がある場所も知っている。
帝都に来るビジネスマンなどが利用するホテルに地下鉄で向かう。
「地下に鉄道が走っているのか。これはよいな」
帝都の地下鉄はいつも人が多い。だが、ゲヘナの化身は満足げであった。
「今日はここに泊りましょう、ゲヘナ様」
アレステアは鉄筋コンクリートで6階建ての帝都の中心部からやや外れ、市場などがある地域に立つビジネスホテルにチェックインした。
食事などのサービスは別料金だが、衛生的な部屋と安い料金のホテルだ。
「あ。あの、一緒の部屋になってしまいましたね」
「何か問題があるのか?」
アレステアが部屋に入ってふたつ並んでいるベッドを見て呻くようにいうとゲヘナの化身がその様子が解せないという顔をした。
「その、ゲヘナ様は女性で……」
「そういうことか。気にするな。この体は地上における仮の姿だ。お前がどう思うと、どう見ようと私は気にはしない。不敬には当たらぬ。安心せよ」
「は、はい」
とは言え、アレステアも年頃で女の子に興味があり、ゲヘナの化身は美しい少女だ。なかなか辛いものがある。アレステアの年齢では女の子に興味を示すこと自体が恥ずかしいという感情もあった。
このホテルで一夜を過ごし、早朝にチェックアウトし、早速帝都教区聖堂に向かう。
「ここか。ふうむ。死霊術師の臭いがする」
「そうなのですか?」
「ああ。確かにここに死霊術師が存在する。それは間違いないようだ」
ゲヘナの化身が忌々し気に立派な帝都教区聖堂の様子を見る。
「では、早速忍び込みましょう。知り合いを頼りますので、ついて来てください」
アレステアは帝都教区聖堂の裏庭の方に進み、こっそりと裏口から裏庭に入った。
そして、裏庭にあるジョシュアの小屋に向かった。ジョシュアは粗末な丸太小屋を教会の敷地内に持っており、そこで暮らし、働いている。彼の作業道具などもこの小屋に置いてあった。
「ジョシュアさん。ジョシュアさん。いますか? アレステアです」
アレステアが小屋の扉を叩いて呼びかけた。
「アレステア? どうしたんだ?」
ジョシュアが扉を開いて顔を出し、驚いた表情を見せる。
「ジョシュアさん。事情を聞いてください。大変な事件が起きているんです」
「分かった。中に入れ。見つかると面倒なことになる」
ジョシュアがアレステアとゲヘナの化身が小屋の中に入れた。
「じゃあ、話を聞こう。そっちの女の子は彼女か?」
「もう違いますよ! からかわないでください! こちらの方はゲヘナ様です。ゲヘナ様がこの事件に気づかれたのです」
「何だって? 何が起きてるんだ?」
ジョシュアが畏敬の視線をゲヘナの化身に向けながら尋ねる。
「まず死体窃盗は僕のやったことではありません。信じてください。死体を盗んでいるのは死霊術師です。死霊術師が帝都教区に潜んでいます。いや、世界的に死霊術師が死者の眠りを妨げているのです」
アレステアはゲヘナの化身から聞いた話をジョシュアに話した。
「死霊術師だって。そいつはまた。随分と面倒なことになってきたな。そいつをどうするつもりなんだ? 国家憲兵隊に通報するか?」
「通報しても信じてもらえるか分かりません。証拠を掴まないと。そのために聖堂の墓所に入って、死者たちから話を聞く必要があります」
「忍び込まなければならないわけだ。で、俺に手を貸してほしいと」
「はい。地元の保安官が言うには死体窃盗の件を司祭が国家憲兵隊に通報していないというのは不自然だそうで。しっかりと調べたいんです。どうか力を貸してください、ジョシュアさん」
アレステアが深く頭を下げてジョシュアに頼んだ。
「分かった。手伝おう。俺に出来ることなら任せてくれ。お前の濡れ衣を晴らすためでもある。それにゲヘナ様が仰っているんだからな」
「ありがとうございます、ジョシュアさん」
ジョシュアはアレステアに手を貸すことに同意した。
「夜を待とう。お前と違って他の墓守は見張りに熱心じゃない。夜になれば聖職者たちは全員が帰宅し、残るのは当直の聖騎士がひとりと墓守がひとりだ。忍び込むにはもってこいの機会だろう」
「ええ。ここで待っていいですか?」
「もちろんだ。食事を準備してやるからここに隠れていろ。夜まで」
ジョシュアがそう言ってアレステアとゲヘナの化身を小屋に匿った。ジョシュアが聖堂に販売に来るパン屋から食事を買って来てアレステアたちに与え、アレステアたちは夜を待つ。
「聖職者たちが帰ったぞ。忍び込むなら今だ、アレステアの坊主」
日が落ちて聖堂に勤務する聖職者たちが帰った時にジョシュアがそう呼びかけた。
「分かりました。これから忍び込みます」
「気を付けろよ。お前はもう教会の関係者じゃない。見つかれば不法侵入で国家憲兵隊に突き出される。そうなったら面倒だ」
「はい。気を付けます」
ジョシュアの警告にアレステアが頷き、ジョシュアの小屋を出て聖堂に向かった。聖堂の地下に墓所がある。
「用心して……」
アレステアが物陰に隠れながら進む。
いるのは当直の聖騎士と墓守が揃ってふたりだけとは言え、聖堂を知り尽くしている相手だ。侵入に気づかないとも限らない。
「こっちです、ゲヘナ様」
だが、アレステアも聖堂と墓所については知り尽くしている。どの道から侵入できるかは分かっている。慎重に進み、帝都教区に相応しい広い聖堂の関係者専用の廊下に入り、地下の墓所を目指す。
「この下ですよ」
墓所は聖堂の地下 にあり、階段でアレステアたちが地下に降りた。
「……ちょっと安心するな……」
帝都教区の墓所はとても広い地下空間だ。
帝都の人口は多く、そして死者も多い。そうであるが故に墓所は広大だ。聖堂より面積がある地下空間となっている。
そして、歴史もある。旧神戦争の終結後に工事が行われ、昔から死者たちが眠ってきた。帝都を巻き込む戦争が起きたときには、ここに兵士たちや民間人が隠れて抵抗したという軍事的遺跡でもあった。
「どの死者から話を聞くのだ?」
「死体窃盗が起きた時期にここに運ばれた人にします。犯行現場を見ているかもしれませんから。けど、答えてくれるかどうかは」
「努力しろ」
アレステアは階段の近くに置いてあったランタンを手にすると、魔術で明かりを灯し、暗い墓所を照らす。
もう電気による照明は珍しくも何でもなかったが、帝都教区聖堂では建物が古いために電化工事が進められない。聖堂そのものが歴史的価値があるということも、居住性の近代化を妨げていた。
ランタンの明かりが揺れながら墓所を照らし、アレステアたちが進む。
「死体窃盗を僕が最初に見つけたのは10日前。朝のシフトで見回りをしたときに眠っていた死者がいなくなっていたことに気づいた。それからもしかして別の場所に移したのかと思って調べたんです」
墓所はいくつかの部屋に分かれている。
生理的な死を迎えてからの日数によって分けられ、そして男女によって分けられる。
死者は墓所で眠る前に葬儀業者が遺体を修復してから神聖契約教会に引き渡す。死因に事件性がある場合は国家憲兵隊などによる検死解剖が行われ、そののちに教会に引き渡される手続きとなる。
「こっちです。ここで眠っている死者たちは死体窃盗が起きた時期に眠っていました」
「では、調べるがよい。だが、ここには死霊術師の臭いはあまりしない」
「そうなのですか?」
「ああ。死霊術師が関与していることは間違いないだろうが、どういうわけかここには死霊術師の腐臭はしない」
「そうですか……」
死霊術師でないとしたら誰が死者を攫ったのだろうか。
「とりあえず話を聞きます。この方から」
アレステアは中年男性の死者を見る。死者は冷たい石のベッドに眠っており、その魂が冥界に向かうまでの48日の間、ここで過ごす。
「おじさん、おじさん。聞こえますか?」
『ああ。聞こえる。何だい?』
アレステアは死者の声が聞けるし、死者に言葉を届けることもできる。
「聞きたいことがあります。ここで眠っていた死者が攫われてしまいました。その件について何か見ませんでしたか?」
『見たと言えば見たかもしれない。夜に突然隣で眠っていた死者が移動させられていた。どうにも妙な感じであったよ』
「誰がそれをやったか分かりますか?」
『中年の聖職者だ。教会の青い祭服を纏っていた。白髪交じりの頭に大きな鼻で少し太っている。北方の出身だろう顔つきだったね』
「……! 本当ですか?」
『ああ。そのとき墓守はいなかった。その聖職者だけが死者を移動させていた』
「ありがとうございます。では、ゆっくりと眠られてください」
『そうするよ』
アレステアが言い、死者は眠りに戻った。
「犯人は誰か分かったか、アレステア」
「ええ。恐らくは。犯人は──」
アレステアがゲヘナに言う。
「司祭様です」
……………………
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