初めての戦い

……………………


 ──初めての戦い



 保安官事務所の1階に降りると村人である中年の女性が慌てた様子で待っていた。


「どうした? 何かあったのか?」


「保安官さん! 山賊です! 山賊が来ています!」


「何だって。どこにだ?」


「ベッカー家の家に押し入っています! 銃を持っているんですよ!」


「ああ、クソ。分かった。村民は全員教会に集まるように言ってくれ。俺が対処する。自治省にも知らせる。他から応援も来るから心配するな」


「はい。お願いしますね、保安官さん」


 女性はそう言って村民に教会に避難するように知らせに向かった。


「オーケー、オーケー。やってやろう。俺は保安官だからな」


 保安官はそう言ってカギのかかった武器庫の扉を開けると口径7.62ミリの魔道式小銃を取り出し、銃弾の入った弾倉を装填した。


「保安官さん。僕も戦います」


「馬鹿をいうな。俺のことは放っておけと昨日の晩に言っただろう。年寄りが死ぬのはいいが、お前みたいな若い人間が死に急ぐな」


「大丈夫です。僕は死なないんです。ゲヘナ様の眷属としての力で」


「ああ。そうなのか。クソ。じゃあ、手伝ってくれ。武器はどんなのが使える?」


「ゲヘナ様から授かった魔剣があります」


「そいつは凄いな。神々の武器か。頼りにさせてもらおう。急ぐぞ」


 保安官は魔道式小銃を持ってアレステア、ゲヘナの化身とともにパトカーに乗り込み、問題のベッカー家の家を目指した。


本部HQ本部HQ。こちらルートヴィヒ・ゼロ・ワン。手配中の武装した犯罪集団が村に現れた。応援を求む」


本部HQよりルートヴィヒ・ゼロ・ワン。近くのユニットをそちらに派遣する。応援到着まで民間人の被害を押さえること優先せよ』


「ルートヴィヒ・ゼロ・ワンより本部HQ。了解した。応援を待つ」


 自治省の最寄りの出張所と無線で連絡し、保安官は応援の派遣を取り付ける。


「アレステア。人を殺したことはあるか?」


「……いえ」


「俺はある。殺したのは銃を持った犯罪者だ。そいつは俺が現場に到着する前に3人殺していた。殺されたひとりは5歳の子供だった」


 保安官がパトカーを急がせながら語る。


「人を殺すってのは相手がどんなクソ野郎だとしても、躊躇いが出ちまう。犯人を前にして俺は他の誰かがそいつを撃ってくれることを祈っていた。だが、俺以外に対応できる人間はおらず、俺が撃ち殺した」


「どう感じましたか?」


「殺した直後は安堵する。これでもう被害者は出ないぞってな。だが、後になって引き金を引いたときの感触を何度も思い出す。俺が殺したのはクソ野郎だと思い出すたびに何度も自分に言い聞かせた」


 アレステアの問いに保安官がそう語る。


「それぐらい人を殺すってのはうんざりする話だ。坊主、お前も相手を最悪のクソ野郎で無価値なウジ虫だと思え。そうしたら殺してもうんざりするだけで済む」


「分かりました。その、努力します」


「そうしろ。そろそろだ」


 少し進むとパトカーが道路で停止し、保安官が降車して双眼鏡を構える。


「いた。旧式ながら魔道式小銃で武装している。ボルトアクション式のそれを持っているのが4名。それから短機関銃を持っているのが3名だ。面倒だな」


 保安官が双眼鏡に映った山賊たちを見て告げる。


 民家が占領されており、山賊たちが玄関に立ち、窓から魔道式小銃を構えていた。表にいるのは保安官が報告した通りだが、恐らくは家探しをしている人間もいるだろう。


「まだ相手は気づいてない。だが、あそこに突っ込むと連中の集中射撃を浴びちまうな。ここから狙撃して連中の数を減らして、こっちに誘い出そう」


「僕はどうすれば?」


「俺だけじゃあの数は捌ききれない。こっちで注意して射撃するから、そっちは近づいてくる連中を仕留めてくれ。無理はするなよ?」


「はい!」


 保安官がパトカーの扉を遮蔽物に魔道式小銃を構え、アイアンサイトで狙いを定めるのにアレステアが力を込めて右手を握る。


「“月華”!」


 アレステアがそう言うと彼の手に“月華”が握られた。


「アレステアよ。気を付けろ。あれはただの賊ではない。死霊術師の気配がする」


「ここにも……。分かりました。お約束した通り、死霊術師を斬ります」


 ゲヘナの化身が警告するのにアレステアが頷く。


「始めるぞ、坊主。準備はいいか?」


「大丈夫です。やりましょう」


「オーケー。クソ野郎どもに礼儀を教えてやろう」


 保安官がアレステアの準備ができたことを確認して山賊を狙撃した。


「クソ! 仲間が撃たれたぞ!」


「あそこだ! 撃ち返せ!」


 保安官の発砲に気づいて山賊たちが銃口を向けてくる。そして、発砲。


 旧式の魔道式小銃から口径7.62ミリのライフル弾が魔道短機関銃からは45口径の拳銃弾が放たれ、パトカーに銃痕が刻まれて行く。


「クソッタレ! バカスカ撃ちやがって! くたばれ!」


 保安官がパトカーを盾に射撃を続ける。パトカーは頑丈で遮蔽物として機能し、射撃の練度は山賊たちより保安官の方が上だ。


 だが、数は山賊たちの方が多く、叩き込まれる銃弾の数も保安官が不利である。


「進め! あのクソ野郎を殺せ!」


 山賊たちが魔道式銃を乱射しながらパトカーに向けて進んできた。


「行きます!」


 そこでアレステアが“月光”を手に前に出る。


「クソ。ガキがいるぞ。剣を持ってる。殺せ!」


 山賊のひとりが叫び、数名の山賊がアレステアに銃口を向け銃弾を放った。


 銃弾がアレステアの体を貫き、肉を抉って、内臓にも傷を負わせ、アレステアが一瞬で大量に出血する。


「……行ける!」


 だが、アレステアは倒れなかった。傷は痛みこそあれどすぐに癒え、アレステアは進み続けることができた。


「どうなってる!? クソ──」


「覚悟!」


 アレステアが山賊に向けて“月華”を振るった。本来ならば12歳の少年として微弱な力しかないはずのアレステアが山賊の首を熟練の剣士のように刎ね飛ばした。


「戦える。僕も戦える!」


 アレステアが次の山賊に襲い掛かる。


「撃て、撃て! ガキを殺せ!」


「遮蔽物! 隠れろ! 撃たれるぞ!」


 保安官の射撃から逃れ、かつアレステアを銃撃するために山賊たちが村にある民家などに隠れながら射撃を継続する。


「坊主! 気を付けろよ!」


「はい、保安官さん!」


 保安官が射撃で援護しつつ、アレステアが隠れた山賊に肉薄。


「畜生! このクソガキ……!」


 山賊が魔道式短機関銃を腰だめで構えて乱射し、アレステアが拳銃弾を被弾するが、アレステアは止まることなく進み続けて山賊に切りかかる。


 “月華”が山賊を切り倒し、血を舞い散らせアレステアが戦う。


「な、何なんだよ、こいつ!? 弾が当たっているはずなのに死なねえぞ!?」


「クソッタレ!」


 山賊たちが悲鳴と怒号を上げて、必死に抵抗するも虚しく終わる。前方に出た山賊たちはアレステアの攻撃と保安官の銃撃で全滅した。


「よし。まずは第一波撃破だ。まだまだいるようだがな」


 保安官がそう言ってパトカーという遮蔽物から前に出て山賊たちが籠る民家に向けて進んでいく。油断なく魔道式小銃を構え進む保安官と“月華”を構えて進むアレステア。


「──来た!」


 民家から武装した集団が飛び出してくる。魔道式短機関銃を握り、民間で販売されているナイロン製の防弾ベストを纏った集団だ。


 だが、様子がおかしい。


「やはりか。死霊術師どもめが。死者の尊厳を冒涜するような真似を」


 ゲヘナが忌々し気に武装した集団を睨む。


「おい。あれはまさか屍食鬼かっ!?」


「そうみたいです! 僕も見るのは初めてですが……!」


 死霊術師たちは死者の魂を束縛し、肉体に偽りの生を与えて使役する。


 それが屍食鬼だ。死霊術師たちの操るものども。悪しき死霊術師に操られるまま、自らの意に反して人を襲う怪物である。


「アレステアよ! 屍食鬼たちに眠りを、死霊術師に罰を与えよ!」


「はい、ゲヘナ様!」


 ゲヘナの化身の命令にアレステアが応じた。


 アレステアが構える“月華”が屍食鬼たちを切り裂き、死者を死霊術師たちの忌まわしき魔術から解放して眠りを与える。


「クソ。マジかよ。死霊術師が山賊に加わってるってのか。自治省からの通達に移民を騙して食い物にしていると聞いたが」


 保安官が唸りながら屍食鬼を銃撃するも、既に死んでいる屍食鬼は口径7.62ミリのライフル弾を受けても平然としていた。屍食鬼に人間を殺すための小火器とその小火器が使用する銃弾は有効ではない。


「ここは僕に任せてください、保安官さん!」


 だが、アレステアが振るう“月華”は有効だ。“月華”は屍食鬼に纏わりついた死霊術師の呪いごと屍食鬼を引き裂き、その偽りの生を終わらせる。


「畜生! 屍食鬼が全滅したぞ! どうなってんだ、死霊術師!」


「知るか! こっちはちゃんと仕事をした!」


 山賊の中に魔道式小銃で武装した死霊術師が混じっていた。格好は他の山賊たちと大して違わず、頑丈なグリーンの作業服にナイロンの防弾ベスト。そして、猟師たちが使うタクティカルベストを纏っている。


 魔術師は今の時代では特殊な技能を持った人間に過ぎない。無線機を扱う通信兵や土木工事を行う工兵と同じ。特別な立場にはなく、特別な恰好もしない。


「死霊術師。こんなに身近にいたなんて」


 アレステアが死霊術師を狙って突撃する。


「殺せ! クソガキを殺せ!」


「くたばりやがれ、クソ野郎!」


 アレステアに向けて山賊たちが射撃を繰り返し、撃退を試みた。


「くっ……! まだだ! まだ行ける!」


 アレステアは銃弾を体中に受けて、肉を裂かれ、内臓を貫かれる痛みに襲われる。アレステアはゲヘナの加護で死ぬことはなくとも、痛みは感じるのだ。銃弾を受ける痛みは並大抵の痛みではない。


「化け物……!」


 山賊が悲鳴染みた声を上げるのをアレステアが“月華”の漆黒の刃で切り裂き、その首を刎ね飛ばした。


 山賊たちが次々に切り裂かれて倒れ、民家に血の海ができる。


「ひいっ! ま、待て! 降伏する! 降伏するから殺さないでくれ!」


 ひとり生き残った死霊術師が叫ぶ。


「あなたが死者たちの眠りを妨げたのですね」


 アレステアはそう言って“月華”を構えた。


「待て、アレステア。殺すんじゃない。そいつは逮捕する」


 そこで保安官が民家の中に入ってきて告げる。


「死霊術の使用は帝国刑法が定める犯罪だ。保安官としてそいつを逮捕し、取り調べを行う。その後、検察が起訴するかどうかを決める。これが法律であり、この国は法律で成り立つ法治国家だ。いいな?」


「はい。では、あの人に然るべき罰を」


「ああ。そうなるだろう」


 アレステアが頷き、保安官が武器を捨てた死霊術師の前に立つ。


「お前を帝国の定める法に反した容疑で逮捕する」


 保安官が死霊術師の手に手錠をかけ、肩を掴んで立ち上がらせた。


「ふむ。死霊術師は討たぬか。剣の刃ではなく人の法で裁く、と」


「ええ。僕たちはこの帝国で暮らしているんです。獣ように暮らしているのではなく、文明的に暮らすものとして」


「そうか。よかろう。そうするがよい」


 アレステアが“月華”を収めて述べるのにゲヘナの化身が頷いた。


「自治省に報告しないとな。民間人の安否確認と山賊の死体の収容もやらないといかん。俺ひとりじゃあ、手が足りないぞ」


「手伝いますよ、保安官さん」


「ああ。頼む、アレステアの坊主。まずは自治省に連絡だ。こっちに向かっている応援のユニットに一先ずは落ち着いたと知らせないとな」


 保安官はそう言って無線機を備えたパトカーに拘束した死霊術師を連れて向かった。


「アレステア。初めての戦いはどうであった? やはり苦しいか?」


「痛みはありました。けど、僕は今でも墓守です。死者の眠りのためにも戦います」


「よろしい。お前は根の優しい人間だな。良き人間であり、良き墓守だ」


 ゲヘナの化身が優し気にアレステアに告げる。


 山賊の被害に遭った民間人は最初に押し入られた民家で3名が死亡したのみであった。もし、アレステアがいなければもっと被害は増えていたことだろう。


「一段落だな」


 保安官は応援に来た他の捜査官とともに山賊の身元確認及び死体の収容と逮捕した死霊術師の移送の手続きを済ませ、一息ついていた。


「アレステアの坊主。これからどうする? 村に残る気はないんだろう?」


「ええ。やるべきことがあります」


 保安官の問いにアレステアが答える。


「帝都に行き、死霊術師に罰を」


……………………

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