22 報告は分かりやすくって
「いやー、間に合って良かったよ」
空になった温泉の側に置いた桶の中で元気に鳴いている魔物の子供たちを見て、アルバンさんがほっとしたように言った。
母親の死体の傍で衰弱していたのを見つけてここに運んできたのだという。
子犬によく似た、とても可愛い子たちだ。
「でも……お母さんがいなくて大丈夫かな」
この子たち、乳離れしてるのかな。
「この大きさならそろそろ巣立ちだ。問題ない」
つぶやくとエーリックが答えた。
「そうなんだ……じゃあ良かった」
「いやあ、こんな遅い時間に悪いな」
「いえ、回復できて良かったです」
もうすっかり夜更けで温泉も片づけてしまい、夕飯も終えてエーリックとまったりしていたところにアルバンさんが飛び込んできた。
急いで子供たちが入る分だけの温泉を用意して回復させたのだ。
「それにしてもアルバンさん、久しぶりですね」
「ああ、任務が忙しくてな」
「任務?」
「俺はあちこちで魔物の状況を確認するのが仕事なんだが、まあ他にも色々あるからな」
「大変なんですね。お茶飲んでいきますか? お腹空いてるなら何か作りますし」
「いやもう遅いから今日は……」
不意にアルバンさんの眼差しが鋭くなった。
同時にエーリックが私の腕を引く。
(え、何?)
二人が視線を送った先、地面から少し浮いた場所が光った。
光はすぐに大きくなり、人の姿となった。
「……リンちゃん!?」
「ヒナノさん! 良かったここにいて」
消えた光の中からリンちゃんが駆け寄ってきた。
「お前また……」
「緊急事態!」
リンちゃんはエーリックをキッとにらみつけた。
「緊急事態?」
「第二王子が来ちゃいました」
「第二王子って……婚約がどうとか言ってた」
「そう、私たちが魔物退治していないからって見張りに来たんです。これからあいつが指揮を取るって」
「え?」
王子様が?
「で、なぜかロイドの剣の効果がなくなってるみたいで、明日一旦王都に帰るんです。今宿に泊まってて、一人部屋だからこっそり抜け出してきました」
リンちゃんは私の腕をつかんだ。
「私とロイドはヒナノさんのこと言わないけど、他の二人もこの場所知ってるし、王子の他にも魔術師とか騎士とか何人も来ていて。だからヒナノさん、気をつけてください。じゃあ私バレる前に帰ります。『ワープ』!」
「え、あ、リンちゃん!」
あっという間にリンちゃんは光に包まれると消えてしまった。
「ええ……。報告は分かりやすくって、いつも言ってるのに」
一方的に言っていったけど。もう少し詳しく状況を教えて欲しかったな……。
「今の聖女だろ」
アルバンさんが口を開いた。
「あ、はい」
「第二王子って?」
「リンちゃんと婚約するかもって話があったらしい人で……あ、そういえば。魔法の研究家だって聞いたことがあるような」
教会で働いていた時にそんな話を耳にしたのを思い出した。
「そいつが勇者の上に立つと?」
「みたいですね」
「厄介だな」
アルバンさんとエーリックが顔を見合わせた。
「ヒナノ。やはりここから離れよう」
エーリックが私を見た。
「え?」
「この場所がこれ以上人間に知られるのは危険だ」
「でも温泉が」
「他に湯が湧く場所があるか、俺が探すから」
アルバンさんが言った。
「アルバンさん忙しいんでしょう?」
「なに、大したことはない」
ポン、と大きな手が肩に乗った。
「それに嬢ちゃんは俺たちにとっての聖女だからな、嬢ちゃんの安全を確保するのが最優先だ」
「……聖女?」
「女神テルースの力を分け与えられてるんだろう? テルースは俺たちの神だ、だからその力を持つ嬢ちゃんは聖女だろ」
「そういうものなの?」
「帰って早速魔王たちに報告だな」
アルバンさんは再びエーリックを見た。
「何かあればすぐヒナノを連れて魔王城へ来い」
「ああ」
エーリックはうなずいた。
(……なんか、嫌なことになってきたなあ)
私は不安のようなモヤモヤしたものが胸の中に広がるのを感じた。
*****
「もう日暮れかあ……」
赤く染まった空を見上げる。
「そろそろ片づけなきゃ。ほらみんな、今日は終わりだよー」
声をかけると、魔物たちがわらわらと温泉から上がってきた。
「大怪我してた子はここに来て」
その中の一頭を呼び止める。
「もう全部治った? 痛いところはない?」
尋ねると大きく尻尾を振った。多分もう大丈夫なのだろう。
全員帰ったあと、桶に入れた分を残してお湯を抜いているとエーリックが現れた。
「お帰りー。今日はどうだった?」
「疲れた……一段とキツかった」
肩を回しながらエーリックはそう答えた。
「それだけエーリックのレベルが上がったんだね。先にお風呂入る?」
「ああ」
差し出されたエーリックの手を取ると私たちは家に向かって歩き出した。
新しい温泉地に移転してから三カ月ほどたった。
アルバンさんが見つけてくれたこの源泉は、人間の活動地域からはかなり離れているらしい。
らしいというのは、まだ外に出たことがないからだ。
温泉や畑仕事があるので離れられないし、必要なものはエーリックが買ってきてくれるから不便はない。
それに元々家にいるのが好きなタイプなので引きこもりもつらくはない。
ここの源泉にも治癒効果があるか不安だったが、私の魔法をかけてできた温泉は問題なく魔物たちを癒やすことができた。
最近は温泉を瓶に詰めたものをアルバンさんたちに持っていてもらい、出かけた先で怪我をした魔物がいたら使ってもらっている。
冷めたり時間がたったりした温泉でも効果があることが分かったからだ。
だから温泉のほうも全ては片づけないで、夜にやってきた怪我をした魔物用に桶に入れて少し残している。
全部残したままだと、万が一小さな魔物がおぼれてしまったり冷たい温泉に入って風邪をひいたりしたら大変だからだ。
エーリックは魔王城で、ブラウさんから魔法について学ぶようになった。
半分魔物のエーリックが使う魔法は人間のものとは異なるためずっと自己流だったのだが、改めてお父さんから学ぶことにしたらしい。
新しい家は前の家より部屋が一つ増えた。
前の家は住み続けるうちに荷物も少しずつ増え、来客も多く手狭に感じていたのでこの引っ越しはちょうど良かった。
広くなった家の裏に畑も作って、温泉の管理をしながら野菜を育てて。
平穏なスローライフを過ごせている。
「勇者たちが動き出したらしい」
夕飯を食べながらエーリックが言った。
「え……動き出したって」
「魔物の棲む山で勇者一行を見かけるようになった。前のように魔物を見るとすぐに攻撃するわけではないらしいが」
「そう……」
「それで、俺が人間の元へ行って調査することになった」
「エーリックが?」
「俺は半分人間で、人間の社会には慣れているからな」
確かに前の山にいた時からエーリックは何度も人里に行って、買い物もしているけれど……。
「調査って……大丈夫なの?」
「行くといっても日帰りだし、毎日帰ってくる。心配するな」
「うん……」
それまで四人だけで行動していたのが、第二王子が上につくことになったとリンちゃんから聞いて以来、勇者たちの動向は耳に入ってこなかった。
(リンちゃん……元気かな)
聖女を辞めるといっていたけれど、王族から直に命令されるようになればそれも難しいだろう。
(たとえ聖女を辞めたところで、リンちゃんには行く場所がないだろうし)
私にはエーリックという家族がいるし、こうやって暮らせているけれど。リンちゃんには頼れる場所があるのだろうか。
気になるけれど私にはどうすることもできない、それがもどかしかった。
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