23 人間にとって毒なのだ
「勇者一行はどうやら魔王城の場所を探っているようだ」
エーリックが調査を始めてから十日。
私は彼と共に魔王城にいた。
「基本的に魔物討伐はしていないらしい。調査中、魔物に遭遇して襲われそうになった場合のみ戦っているのだと」
エーリックは勇者一行が現れたという街へ行き、住民たちに聞き出してきたのだという。
「ふむ。つまり無駄な戦闘はせず大元を潰そうという魂胆か」
「おそらくは」
魔王さんがそう言うとブラウさんが小さくうなずいた。
「効率を重視したのか……その第二王子とやらの考えでしょうか」
「かもしれぬな」
無駄な戦いをしなくていいのはいいけれど……でもどのみち魔王さんを倒すという目的は変わっていないのよね。
いつかはこの城までたどり着くのかな。
「あの、ところで……ここって、どこなんですか」
エーリックの魔法によって一瞬で連れてこられたので、この魔王城がどういう場所にあるのか分からない。
「人間の住んでいない島にある」
「島……」
「ヒナノ、そもそもこの世界の地理を知っているか?」
「ううん」
エーリックに聞かれて首を横に振った。
教会にいた時に地図を見たことはあるけれど、説明は聞いたことがない。
「世界には二つの大陸がある」
突然テーブルの上に地図が現れた。
右上と左下に大きな大陸があって、その周囲に様々な形の島がある。
「ヒナノを召喚したのはこの国だ」
エーリックが右側の大陸の、下のほうを示した。
「そして我々がいるのはこの島だ」
ブラウさんが、大陸の下側にいくつもある島の一つを指差した。
「……結構離れていますね」
こんなところにいるんだ。
「大地の女神テルースは、人間の国から離れたこの島に瘴気を集め、魔物を産み出したとされている」
「へえ。そうなんですか」
「勇者一行は今、港町にいて船の準備をしているようだ」
エーリックが地図の一点を指した。
「ここが分かったの?」
「いや、おそらく国中を探しても見つからないから大陸の外に出ようとしているのだろう」
「この島は女神テルースの結界があるから人間は近づけぬ」
魔王さんが口を開いた。
「ですが、場所を知られるだけでも面倒かと」
「そうだな」
そうよね、万が一上陸してくる可能性もある。何せ勇者と聖女なんだし。
この島を知られないようにするには……。
「ダミーの魔王城を作るのはどうかな」
「ダミー?」
つぶやくとエーリックが聞き返した。
「どこか別の島にお城を作って、そこを魔王城にするの。で、そこに勇者たちを誘導すればいいかなーとか」
「……それはいい考えかもしれないな」
思案しながらブラウさんが言った。
「いかがでしょう、閣下」
「ああ。試しに一つ作ってみるか」
魔王さんはうなずいた。
「うわあ……凄い」
話し合いが終わると、私たちは魔王城の外に出た。
いかにもな雰囲気の、鬱蒼とした森が目の前にあった。
「ヒナノ、気分は悪くないか」
「え? いいえ」
魔王さんに聞かれて私は首を横に振った。
「むしろ清々しい感じです」
景色は怪しいけれど、空気はとても綺麗だ。
そう答えると、魔王さんとブラウさんが顔を見合わせた。
「やはりか」
「ええ」
え、何?
「ヒナノ。実はこの島の空気は人間にとって毒なのだ」
「――ええ!?」
毒!?
「瘴気が多く、普通の人間ならばすぐに気分が悪くなり動けなくなる。だが清々しく感じるというのはそなたが女神テルースの加護を受けているからだろう」
「毒だと分かっていてヒナノを外に出したのか」
エーリックが眉をひそめた。
「毒といってもすぐに影響が出るものではないし、毒を抜く方法はある」
ブラウさんが答えた。
「……エーリックは大丈夫なの?」
何度も来ているんじゃなかったっけ。
「半魔は魔物の特徴をより強く受け継ぐ。むしろ瘴気を浴び続けていたほうがより魔物として能力や魔力が高くなるのだ」
魔王さんが答えた。
「だが加護を得ているとはいえ人間のヒナノが瘴気を浴び続けるとどうなるか……」
私をじっと見ながらブラウさんは言った。
「興味深いな」
(え、実験台?)
「それで、どこへ行くんだ」
心なしか目を輝かせているブラウさんに内心おびえていると、エーリックが尋ねた。
「この森の中に女神の祠がある」
魔王さんがそう答えた。
薄暗い森の中は生き物の気配をあまり感じられず、とても静かだった。
獣道のような細い道を進んでいくと、やがて正面に洞窟が現れた。
「この奥に祠がある」
魔王さんが洞窟の中に入って行った。
続いてブラウさんが入る。
私も入ろうとすると、エーリックが私の手を握りしめた。
「大丈夫か」
「……うん」
エーリックは、私が不安になっていると思ったのだろうか。
確かにこの先に何があるか分からない不安はある。
けれどもそれ以上に……不思議と落ち着くような感覚も覚えるのだ。
洞窟の最奥、少し広くなった場所の中央には大きな石が壊れたような、大小いくつもの石がまとまって置かれていた。
「これは女神像だったものだ」
魔王さんが言った。
「少しずつ朽ちてきていたが、いつの間にか崩壊していたのだ」
「石って朽ちるものなんですか?」
雨風にさらされていたなら分かるけれど、ここは雨が落ちてきている様子もない。
「本当の石ではなく、女神テルースが石になったものと伝えられている」
魔王さんが言った。
「女神が石に?」
「女神は瘴気を集め魔物を生み出したが、そのせいで力を使い果たしその身体が石になったのだという。その像が最近砕けているのに気づいたのだ」
魔王さんは私を見た。
「ヒナノが加護を受けたのと関係あるのではと思っている」
「加護を……」
砕けた石の、小さな一つを手に取ろうとすると触れただけで石が砂のように粉々になり――真っ赤な光が視界を覆った。
「ヒナノ!」
エーリックの声がどこか遠くで聞こえたような気がした。
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