21 王宮と魔術塔

「仲間割れだと?」

 執務室で報告を受けると国王は眉をひそめた。

「は。どうやら勇者及び聖女と、他の二人の間に問題が起きたようで……」

「問題とは」

「詳細は不明ですが、今は別行動をとっており、討伐活動は停止中だとか」


「――まったく。所詮下民どもか」

 国王はあきれたようにため息をついた。

「そもそも、なぜ教会はたった四人で討伐に行かせているのだ」

「さあ……」

「対策は取っているのか」

「今の所は何も聞いておりません」

「そうか」

 国王はにやりと口端を上げた。

「ならば教会へ伝えておけ、これからはこちらが仕切ると」

 そう言うと、国王は視線をソファへと移した。


「カルヴィン」

 ソファに座っていた第二王子が顔を上げた。

「これよりお前が勇者一行の指揮を取れ」

「……私ですか」

「聖女はお前の婚約者だろう」

「その話は消えたのでは?」

「保留だ、まだ消えていない。ともかく奴らの尻をたたいてさっさと魔王の首をここへ持ってこさせるんだ」

 バン、と大きな音を立てて国王は机をたたいた。

「いいな、教会ではなくこの王宮にだ」

「――承知いたしました」

 答えてカルヴィンは立ち上がった。


「殿下」

 カルヴィンが廊下へ出ると、報告をしていた騎士が追いかけてきた。

「本当に行かれるのですか」

「行かないとうるさいからな」

 立ち止まるとカルヴィンは騎士を振り返った。

「父上は少しでも教会より優位に立ちたがる。聖女召喚の件をまだ根に持っているのだろう」


 異世界からの聖女召喚は教会の独断だった。

 勇者の剣に認められたという若者が見つかったという報告は、まず教会側に伝わった。

 すぐにその若者を呼び寄せた教会は、それを王宮に伝えることなく聖女召喚の準備に入り、儀式を行ったのだ。

 王宮側に報告があったのは聖女が召喚されて三日後で、そこで初めて勇者の存在も知らされたのだ。

 魔物に関する対処は教会が主に担っているとはいえ、これほどの重要な報告が遅れたのは、王宮と教会の関係が対立傾向にあることによる。

 教会に対する影響力を強めたい王宮側に反発する教会が、自分たちだけで魔王討伐を行い教会の存在価値を高めようとしているのだろう。

 遅れを取った王宮側は、聖女を第二王子であるカルヴィンの婚約者にしてこちらに引き入れようとしたが、「こんな若いのと結婚とかあり得ない!」と聖女が拒否したため保留となっている。

 ――その聖女は十八歳のカルヴィンより一つ歳下なのだが。向こうの世界では女が歳上なのが普通なのだろうか。

 カルヴィンとしても立場上、政略結婚は仕方ないとしても、ああ露骨に拒否された相手とは願い下げだ。



 カルヴィンは王宮を出ると、王都に隣接する森の中にある魔術塔へと向かった。

「これは殿下」

 塔の一室に入ると、部屋中に積まれた本の間から三十歳くらいの長髪の男性が顔をのぞかせた。

「アリスター。勇者一行の動向は入っているか」

「動向? ああ、二人療養所送りになったやつですか」

「療養所?」

「なんでも、聖女が回復させるのを拒んだとか」

「理由は」

「さあ。そこまでは教会側も把握していないようですね」

「療養所送りの原因は」

「呪いをかけられたとか」

「呪い?」

「彼らを診た療養所の魔術師がそう判断しました」

「魔物にやられたのか」

「さあ。彼らは意識がないままですし、勇者と聖女はその二人を置いてどこかへ行ってしまったので原因は不明です」


「それで教会の対応は?」

「まだ動きはないようですね」

「教会は何をしているのだ」

 カルヴィンは眉をひそめた。

「そもそも勇者たちを四人だけで行かせるのも問題ではないのか」

「教会内部でももめていたようですよ」

 アリスターはため息をついた。

「勇者一行を出立させる時にも、一刻でも早く行動させたい強硬派と慎重派で意見が割れたらしくて。強硬派が無理矢理最低人数で行かせたそうです」

「無茶苦茶だな。ちなみにその強硬派に大司祭は入っているのか」


「いくら殿下でも、それ以上はお教えできません」

 にっこりとした笑顔でアリスターは答えた。

 魔術師は王宮と教会、それぞれに所属しているが、大元は魔術塔で教育や資格を与えるなど管理をしている。

 どちらとも繋がっているため、中立の立場を貫いているのだ。

「なぜそんなことを聞いてきたんです?」

「父上から、勇者たちに合流し指揮を取るよう命じられた」

 アリスターの問いにカルヴィンはため息と共に答えた。

「それで、何名か魔術師を借りたい」

「王宮側も動き出しますか」

「ああ、面倒だ。まあ、聖女の術をこの目で見られるのはいいが」

「おや、まだ見ていないのですか」

「教会の連中は私に見せたくないようだからな」

「そういえば聖女の出立が早かった原因の一つに、王家が殿下と聖女の婚約話を持ち出したのもあるそうですね」

「そのようだな」


「まったく、どうして教会と王宮はそんなに仲が悪いんですかね」

「どちらも金と権力が欲しいんだろう」

「殿下はいらないのですか?」

「あれば便利だが、なくとも困らない。――いや、いっそないほうが自由だな」

「殿下らしいですね」

 ふっとアリスターは笑みをもらした。

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