03 私、魔法使えるの!?

 翌日も朝から山中を歩き回ったが、夕方になっても魔物は出なかった。

「本当にいるのだろうな」

 リーダーの騎士がつぶやいた。

「はい、確かな証言を得ています」

「我々が大勢で来たから逃げたのでは?」

「その可能性もあるか……」

 リーダーはため息をつくと全員を見渡した。

「今日はここで野営にしよう」


 皆がテントを張る間、私は夕食の準備にとりかかった。

「お嬢ちゃんの料理は美味いな」

 野菜の皮をむいていると、カマドを作っている騎士に声をかけられた。

「ありがとうございます」

「昼飯のサンドなんとかっていうのも美味かった」

「ああ、あれは美味い上に食べやすかったな」

 リーダーも褒めてくれた。


 山登りにはオニギリよね! と思ったのだが、この世界ではお米なんて見たこともない。

 パンならあるので、ハムや野菜を挟んだサンドウィッチをお昼用にと朝食の時に作っておいたのだ。

 これならすぐに食べられるし美味しいと好評だった。


「今度騎士団の遠征時にもお嬢ちゃんに来て欲しいな」

「いっそ騎士団の食堂に来ないか?」

「推薦状があると給料も多くなるぜ」

「本当ですか?」

 おお、スカウト? 遠征に行くのは遠慮したいけれど、料理を褒められるのはうれしいし、どうせだったら条件のいいところで働きたいよね。

「この遠征から帰ったら教会にかけあって……」


「魔物の気配!」

 ふいに叫び声が聞こえた。


「え?」

「お嬢ちゃんは隠れてな!」

 騎士が叫ぶと、腰に下げた剣を抜いて走り出した。

(隠れるって……どこに!?)

 慌てて持っていた包丁を腰の鞘にしまう。これは私の大事な仕事道具であり、護身用の武器でもあるのだ。


「ガーゴイルだ!」

「報告と違うぞ!」

 声のしたほうを見ると、十体以上いるだろうか、大きなコウモリのようなものが魔術師たちに襲いかかっていた。

(ホントだ……雪男じゃない)


 報告によると、目撃されたのは黒くて二本足で歩く、毛むくじゃらの魔物だったという。

 そんな魔物は誰も知らなかったのだが、話に聞く限り、私の地元で有名な「雪男」という妖怪に似ていそうだったので、内心雪男と呼んでいた。


(どこか……隠れる場所)

 周囲を見回すと、木々の枝が重なるように生い茂っているのが見えた。

 あそこなら羽根が邪魔で飛びにくそうだから大丈夫かな。そう思い、ソロソロとそちらへ向かっていった。


「お嬢ちゃん!」

 ふいに後ろから声が聞こえた。

「頭を下げろ!」

「え……」

 振り返ると、バサバサと音を立てて数匹のコウモリみたいな魔物がこっちへ向かってきてきた。


「わあ!」

 なんでこっちに来るの!?

「ダメだ動くな!」

「お嬢ちゃん!」

 皆の声が聞こえるけど。

 怖いから! 動くななんて言われても無理だから!

 頭を手で隠しながら、中腰になってやぶのほうへ走る。

 なんとか飛び込んで、振り返るとまだコウモリは追いかけてきた。

「やだあ!」

 更に走る。

 もつれそうになりながら、必死に足を動かす。


(も……くるし……)

 倒れそうになりながら、目の前の茂みに潜って。四つんばいになって歩いて茂み抜け出したと思った、その瞬間。

 足元から地面が消えた。


「え」

 頭の中が真っ白になったと同時に、目の前も真っ白になって。

(あ、まぶしくて……温かい?)

 光に包まれてると、なぜかそう確信しながら私は落ちていった。



(いたい……)

 身体中が痛い。痛すぎて息が苦しい。

 なんで……なにがあったの……。

(そうか……崖から落ちて……)

 魔物に追われて、逃げて。茂みで先が見えなくて、崖があると気がつかなくて落ちたんだ。


(いたい……お母さん……)

 私、ここまま死んじゃうのかな。

 勝手に連れてこられた異世界で、ひとり、山の中で。

(やだ……死にたくない……)

 なんで私がこんな目に。

 私まだ……私だって……魔法が使えれば……傷だって治せるのに……。

(治す魔法って……なんだっけ……)

 魔術師の人たちが教会に来た病人に治療する光景が浮かぶ。

 たしか、患者に手をかざして……。


「――『ヒール』……」

 かすれた声が口からもれた、次の瞬間。

 身体が白い光に包まれた。


「……ええっ!?」

 慌ててガバッと跳ね起きた。

「痛くない……?」

 うそのように身体の痛みは消えていた。

「なにこれ……夢?」

 けれど私のマントは泥と血でぐちゃぐちゃだ。

「うわ、気持ち悪い……」

 こういうのって確か浄化魔法をかければ綺麗になるのよね。

「ええと、『クリーン』」

 唱えてみると、また白い光が身体を覆った。


「うそ、綺麗になってる!」

 光が消えた中から現れたのは、汚れ一つないマントだ。

「え、なんで? 私、魔法使えるの!?」

 もしかしたら私にもなにか特別な力があるんじゃないかと思って、この世界に来たときに試してみたのだ。

 けれどその時はなにも起きなかったのに。


「――もしかして、落ちた衝撃で目覚めたとか」

 私は上を見上げた。

 崖ははるかに高くそびえ立っていて、その先は暗くてよく見えない。

 そういえば、落ちる時に光に包まれたように思ったけど……あの時目覚めたのかな。

「そっか……私、魔法使えるんだ」

 手のひらを見つめる。

 他にもできるだろうか。


「んーと、『ファイヤ』」

 唱えて見たが、何も起きない。

「じゃあ……『ウォーター』」

 パシャン、と音を立てて大きな水玉が手のひらに現れるとすぐ消えた。

「おお!」

 すごい、出来た!

 この世界の人は全て魔力を持っているが、それを魔法として使えることができるのは限られた人間だと聞いた。

 そして魔法には属性があり、得意な魔法は人によって異なるのだと。

「確かゲームなんかだと治癒魔法は水属性が多いのよね……水も出せたし、私は水属性なのかな」

 他にもいくつか試してみた結果、私は水と土に関わる魔法が使えることが分かった。


「さて……これからどうしよう」

 ここがどこか全く分からない。それにもう日も暮れてきた。

 火は起こせないから、今夜は動かないほうが安全だろう。

 私は身を隠しやすそうな岩陰を見つけて、魔法で出した水を飲んで休むことにした。

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