04 温泉だったらこの世界でもあり得るものね
「んー」
翌朝、目覚めると伸びをする。
身体が痛い。硬い土の上で寝たせいだろう。
「でもこんな時は『ヒール』!」
叫ぶとあっという間に痛みが消えていった。
やだ、すごい便利。これならもう一生肩こりや腰痛ともオサラバ!?
「……お父さんたちにもかけてあげたいな……」
いつも腰が痛いと言っているお父さんや、おじいちゃんの膝にも。……みんな、元気かな。
じわりと涙がにじんだ目元を手の甲で拭った。
「山で遭難した時は体力温存のため無闇に動くな。動くなら元の道へ戻れ、沢には行くな」とおじいちゃんが言っていた。
体力は回復魔法でどうにかなりそうだし、水も作れるから水辺に行かなくてもいい。
となると、元の道へ戻ることだけど。
「ここを登るのは……無理だよね」
昨日落ちた崖を改めて見上げる。
高過ぎて、周囲が明るくなっても先が見えない。……よく即死しなかったものだ。
空飛ぶ魔法があればいいけれど、私ができるのは回復系と水を出したり、土を掘ったり固めて石にすることくらいだ。
「登れそうなところを探すかあ」
そう考えて歩き出した。
「困ったな……」
歩き回っているうちに、太陽もてっぺんを通り過ぎてしまった。
食べられそうな果物らしきものを見つけては念の為に浄化魔法をかけて食べたので、お腹は空いていない。
でも……多分、元いた場所から逆に遠のいているような気がする。
それは何度も崖から落ちたからだ。
このあたりは草や低い木が多くて先が見えづらい。
しかも滑りやすい葉っぱが多くて、警戒していたつもりでも、すぐ足を滑らせてしまうのだ。
「こんなところで……もしかして一人で死ぬのかな」
魔法は使えるけれど、攻撃はほとんどできない。魔物に襲われたら勝てる気がしないし、即死したら魔法を使うひまもないだろうし。
「死ぬのはやだな……」
不安で思わず声が出た。
「死ぬ前にもう一度美味しいお米が食べたいなあ。山田さんちの新米コシヒカリを炊き立てで、おばあちゃんの漬物と一緒に。あと温泉! 温泉も絶対入りたい!」
叫びながらやみくもに進む。
コシヒカリと温泉、どっちかしか選べないとしたらどちらを取るだろう。
(これは究極の選択だわ……)
現実逃避のように真剣に考え過ぎたのだろう。
私は再び足を滑らせ崖から落ちた。
「うう……」
怪我は回復できるとはいえ、流石に何度も繰り返すと心のダメージが大きい。
それでもなんとか立て直して、目の前の茂みをかき分けて……。
そうして、私は湯気を出す泉を見つけたのだ。
*****
「そうよね、コシヒカリは難しいけど。温泉だったらこの世界でもあり得るものね」
源泉から少し離れた、開けた場所を見つけて土魔法で土を掘り、掘った土は石に変えて穴の周囲に敷き詰める。
どうせだったら泳げそうなくらい広いほうがいいよね! とテンションが上がってしまい、十人以上入れそうなくらいの広い浴槽を作ってしまった。
源泉のお湯を魔法で持ち上げて、即席露天風呂の中へ入れていく。
「……なんか、私の魔法って温泉を作るためにあるようなものじゃない?」
浄化魔法でお湯と石を綺麗にしながら思った。
いいねえ、温泉魔法。ついでに回復魔法もお湯にかけちゃえ。
「ヒール!」
キラキラとお湯が輝いた。
水でお湯を冷まそうかと思ったけれど、せっかくだしここは源泉掛け流しがいいなとしばらく待った。
「よし、もう大丈夫かな」
手を入れて程よく温度が下がったのを確認して、一応周囲を見回すと服を脱いだ。
足元から掛け湯をしていく。もうこれだけで気持ちいい。
ザブンと音を立てて温泉に入った。
「あー。やばい、最高!」
身体に染み渡るあったかいお湯が最高!
まだちょっと熱めだけど、露天だしいいか。
「はあー極楽……」
首まですっぽりお湯に入って天を仰いだ。
夕暮れ時の、少し涼しい、サワサワとした風が気持ちいい。
(ここが魔物の出る山じゃなくて、普通の露天風呂だったら本当に最高なんだけどなあ)
そしてお風呂上がりに牛乳飲んで、美味しいコシヒカリ食べて。
「帰りたいなあ」
木々を見上げながらつぶやいた。
「ふう、スッキリした。身体もポカポカー」
温泉から上がって、魔法で濡れた体と髪の水分を蒸発させ服を着た。
やっぱり温泉はいいよね!
治癒魔法でも疲れは取れるけれど、温泉の癒やされる感じとこのポカポカする幸せにはかなわない。
「さてこの温泉、どうしようかなあ」
もったいないけど、火魔法が使えないから温め直せないからなあ。
というか、勝手にここに温泉作っちゃったけど、元に戻しておいたほうがいいのかな。
どうしようか考えていると、背後から何か足音のような音が聞こえてきた。
(助け? ……違う)
この軽い足音は人間じゃない。動物? それとも……魔物?
すぐに逃げ出せるよう身構えながら振り返った。
「……ウサギ……の魔物?」
それはウサギによく似た、長い耳と黒い毛、そして赤い目を持つ魔物だった。
赤い目の動物は魔物だと教わった。
そしてどんなに小さくても凶暴だから、気をつけるようにと。
(え、でも可愛くない!?)
耳が垂れ、こちらを見てプルプル震えているウサギ。やばい、可愛い……。
「おいでー、怖くないよー」
襲われたガーゴイルみたいに殺気も感じないし、どう見ても向こうがおびえている。
私はしゃがむと声をかけながら手を出した。
ウサギは警戒しながらも、少しずつこちらへ来る。
その視線は私の後ろに向いているように見えた。
「……温泉?」
振り返った視線の先には、まだ湯気を出した温泉がある。
「ウサギちゃんも温泉入りたいの?」
猿やカピバラが入っているのはテレビで見たことがあるけど。ウサギも温泉入るの?
(あれ)
ぴょこぴょことやってくるウサギの動きが何かおかしい。後ろ足の着地の仕方が……。
「もしかして、怪我してるの?」
治してあげたほうがいいのか、でも魔物にも回復魔法って効果あるの? と思っている間にウサギは温泉の中に飛び込んだ。
「え、あ」
バシャンと水飛沫が上がると同時に、ホワン、とウサギの身体が淡く光った。
「ウサギちゃん!?」
お湯の中から頭を出すと、ウサギは不思議そうに周りを見回した。
それから温泉から飛び出ると、ジャンプしたり後ろ足をしきりにパタパタさせたりしている。
もしかして、怪我が治ったのだろうか。
「あ……さっき温泉に回復魔法をかけたから?」
ひとしきり自分の身体を確認すると、ウサギは再び温泉の中に飛び込んだ。
「……気持ちいい?」
頭だけ出してうっとりとしたような表情のウサギ。可愛い……。
「気持ちいいよねー温泉。あったまるし」
岩に腰掛けて、お湯の中でホワホワしているウサギを眺める。
癒やされるわー。
「魔物も温泉の良さが分かるし、怪我も治るのねえ」
しばらくすると、満足したのかウサギはお湯から出て私の膝へと飛び乗った。
「え、待ってビショビショ! 『ドライ』!」
慌てて水気を飛ばして乾かす。
膝の上にちょこんと座った、温かなウサギの背中をなでると、うっとりしたように目を細め、お腹をペッタリと私の膝につけた。
「く……可愛い……」
魔物ってこんな可愛いの? この子が特別!?
「魔物って、動物と変わらないのねえ」
あのガーゴイルは怖かったけど。
動物や人間にも凶暴なのや穏やかなのがいるみたいに、魔物も色々なのかな。
そんなことを思いながら、私はウサギちゃんの背中をなでた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます