02 だからってどうして私が
「……えーと……?」
一連の出来事に呆気に取られていたが、少しずつ状況を理解してきた。
(つまり、リンちゃんが聖女で……そのためにこの世界に召喚されて。私はそれに巻き込まれただけ?)
それって……無関係な、ただの一般人の私はどうなるの!?
「大司祭様、この者はどういたしましょう」
同じことに気づいたのだろう、白いローブ姿の男性が大司祭に尋ねた。
「家に帰してください!」
私は慌てて大司祭に訴えた。
「私、関係ないですよね!?」
「ああ……それに関しては申し訳ないが……」
大司祭は視線をそらせた。
「召喚する魔法はあるが、元の世界に帰す魔法はないのだ」
「え」
何それ……帰れないの!?
「住む場所は与えよう。とりあえずそなたは教会で預かる」
「ええ……」
そんなの、ありえなくない!?
ショックだが、帰る方法がないと言われてしまったら、他に行くあてもないし従うしかない。
私は教会の敷地内にある、住み込みで働く人たちの寮に部屋を与えられた。
そうしてなぜか、ちょうど人手不足だったからと食堂で働くことになったのだ。
いや、それはいい。
どうせすることがないし、実家が食堂で幼い頃から手伝ってきたし、バイトでも厨房に入ることもある。料理やあと片づけなどの仕事は慣れている。
(でも……私、一生このままこの世界でこうやって働くの?)
東京の大学に行きたいと言ったときに反対したお父さんや、応援してくれたお母さんとおじいちゃん、おばあちゃんの顔を思い出す。
まさか高い学費や生活費を払って単身で上京した娘がこんなことになっているなんて、みんな思いも寄らないだろう。
(もしかして……もう家族や友達とも二度と会えないのかな)
悲しくなって、毎晩のように布団の中で泣きながら眠った。
リンちゃんとは会わせてもらえなかった。
食堂で耳にするうわさ話によると、彼女は聖女としての訓練を受けているのだという。
「聖女様は能力がすごいが、ワガママもすごいらしいな」
厨房でシチューを作っていると誰かの声が聞こえてきた。
「こんなのやりたくないだの帰りたいだの、毎日文句を言っているらしい」
「このままじゃ勇者たちが出発できないってのにほんとワガママだな」
(いや、ワガママじゃなくて当然の主張だから!)
一方的な言葉に、怒りのままに鍋をかき混ぜた。
異世界のこの国が魔物の脅威に脅かされているなんて、それは私たちには関係ないことだ。
有無を言わさずこの世界に強制召喚された私たちの状況とか心情とか、どうでもいいんだろうか。
*****
人間の順応力というのはすごいもので。
二十日ほどたち、文句を言ったり泣いたりしながらも、この生活に慣れてきてしまった頃。
勇者パーティが旅立つことになった。
出立の日、大勢の人々が見送る中に混ざって私も見にいった。
「……なにあれ、アイドルグループ?」
大歓声を浴びながら進む二十人ほどの集団のうち、先頭の馬に乗る三名の男性が勇者とその仲間なのだという。皆見た目で選んだのではと思えるくらい若くてイケメンだった。
そしてその後ろの馬車に座った、レースで飾られた白いローブ姿のリンちゃんもまた綺麗だった。
(でも……少し痩せたかな)
前はもう少し頬がぷっくりしていて、それが可愛かったのに。
こちらに気がつかないか念を送ってみたけれど、振り向くことなくリンちゃんは旅立ってしまった。
リンちゃんたちが旅立って五日後、私は司祭に呼び出された。
「勇者たちが向かったのとは別方向の山から魔物が人を襲いにきたという報告があった。討伐隊を派遣するから一緒に行ってくれ」
「……え、どうして私が!?」
ご飯しか作れないのに!
「遠征には数日かかるからな、食事係が必要だろう」
「……パンと干し肉でいいんじゃないですか」
「それでは士気が上がらないだろう。楽しみは食事しかないんだぞ」
「だからってどうして私が」
魔物と戦うなんて、やったこともないしできる気もしないんですけど。
「食堂でお前が一番若いからな」
司祭は言った。
若いから魔物退治に同行するなんて、意味わからないし無理なんですけど!?
「これは命令だ。文句を言わずさっさと準備しろ。出立は明日だ」
「明日!?」
この国の人たちは人使いが荒いと思う。
何の心構えもできないまま、私は討伐隊に放り込まれてしまった。
一行は十人。騎士が三名であとは魔術師。それぞれ回復担当と攻撃担当に分かれているという。
女性が私一人だけでないのがせめてもの救いだった。
目的地の山麓までは馬車で行き、そこからは歩いて山に入る。
荷物は魔法で軽くしたものを背負っているから、重さをほとんど感じなくて楽だけれど、さすがに一日中はつらい。
よくおじいちゃんに付いて山に入っていたから、山道はそれなりに慣れている。といっても登山道などない山登りだから、かなりきつい。
ひいひい言いながら一日中山を歩き回ったが、その日は魔物に遭遇することはなく、ご飯を作ってそれを片づけ終わると力尽きて、泥のように眠ってしまった。
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