異世界で温泉はじめました 〜聖女召喚に巻き込まれたので作ってみたら魔物に大人気です!〜
冬野月子
01 これ、現実ですか?
「これって……もしかして、温泉?」
私の背よりも高く生い茂ったやぶをかき分けた先に現れた泉からは、白い雲のようなものが出ていた。
近づいていくとともに、周囲の気温が上がっていくのを感じる。
岩に囲まれたその泉の表面を覆う、ほわほわとした温かそうな湯気は、泉の水温がかなり高いことを示していた。
「毒……じゃないよね」
恐る恐る近づくと、勇気を出して人差し指を泉へと伸ばす。
「熱っ!」
水面に触れる前に我慢できないほどの熱さを感じて、すぐに指を引っ込めた。
「うーん……これは源泉かな」
温もりが離れがたくて泉の側に腰を下ろすと、じっとその水面を見つめた。
ぽこぽこと下から泡が出てくるのが見えるから、ここから湧き出しているのだろう。
「温泉だったら入りたいなあ」
この三日間、お風呂なんてものに入っていないのだ。
浄化魔法で身体も服も綺麗だけれど、でもそういう問題ではない。
いやそもそも今住んでる部屋にお風呂なんてものはなく、シャワーはこの世界には存在しない。
大きな器にお湯を入れて、それで髪や身体を洗うのだ。
共同浴場があると聞いたことがあるけれど、毎日通える距離にはないらしい。
私は温泉とスキーで有名な雪国生まれ。物心つく前から毎日のように町の共同浴場で温泉に入っていた。
東京の大学に入るために上京して住んでいた部屋も、お風呂はトイレと一緒のタイプで狭いけれどすぐ近くに天然温泉の銭湯があるから選んだのだ。
そんな私にとって、温泉はともかく湯船に浸かれないというのはとってもつらい。
「家に帰りたい……帰れないならせめて温泉に入りたい!」
なんで私がこんな目に遭わないとならないんだろう。
「これもリンちゃんが……いや彼女は全然悪くないんだけど」
彼女もこの世界に強制的に連れてこられた被害者で、私はそれに巻き込まれたのだ。――それでもあっちは『聖女様』だなんて崇められて、綺麗な服を着て。イケメンぞろいの勇者パーティと一緒で。
こっちは魔物の出る山で一人、遭難したというのに。
「私だって魔法使えるんだけどな……」
遭難してから使えるようになったというか、気づいたというか。
「はあ」
ため息をついて源泉を眺める。これが温泉だったらいいのに。
もっと温度が低くて、人が入れるくらいの大きさで……って。
「あ……そうよ」
使えるようになった魔法をかければ、この熱々のお湯を温泉に変えられるのでは!?
「よし!」
久しぶりに楽しい気持ちになれる思いつきに元気を取り戻して、私はすっくと立ち上がった。
「温泉入るぞー!」
決意の雄叫びが森の中に響き渡った。
*****
それは一カ月ほど前のことだった。
私の名前はヒナノ。二十歳。
一人暮らしをしながら都内の大学に通っている。
その夜は居酒屋でのアルバイトを終えて、一緒に働いている高校生のリンちゃんと二人で帰る途中だった。
リンちゃんとは最寄駅が一緒で、駅に着いてからも途中まで同じ道なのだ。
人気のない住宅街の道。
突然私たちの足元に魔法陣が現れて――強い光に包まれたのだ。
「おお、成功だ!」
「二人もいるぞ!」
光が消えると、ローブやら鎧やらを着た、ファンタジー映画やゲームに出てきそうな人たちが私たちを取り囲んでいた。
その場所も映画に出てきそうな、装飾された太くて高い柱が立ち並ぶ大きな広間だった。
「え?」
「何ここ……」
「聖女様! どうか我らをお助けください……!」
「聖女?」
白髪の老人の言葉に、リンちゃんと顔を見合わせた。
老人は教会で一番偉い、大司祭だと名乗った。
大司祭が言うには、ここは何とかという国で、人間と魔物との間で争いが絶えないのだという。
魔物の長である「魔王」を倒す「勇者」は現れたのだが、癒やしの魔法に長けた「聖女」が現れず、召喚魔法を用いて異世界――私たちが生きている世界から呼び寄せたのだと。
「えー、なにそれゲームじゃん!」
リンちゃんが叫んだ。
「やだ夢? ヒナノさん、私の頬つねって!」
言われるままに頬をつねるとリンちゃんは「やだ痛ーい」と笑ったが、すぐに真顔になった。
「……これ、現実ですか?」
「そう……なのかな」
「え、あり得なくないですか。いきなりこんな所連れてこられて、聖女だの魔王を倒せだの」
「そうよね……」
リンちゃんに同意しながらうなずいた。
よくゲームやアニメなんかでは見るけれど。まさか現実に――しかも自分の身に起きるとは思えない。
「あ、でも聖女はきっとヒナノさんですね」
「なんで?」
「だって私キャラじゃないし。ヒナノさん優しいし、よく皆『ヒナノちゃんに癒やされる』って言ってるじゃないですか。癒やし魔法ですよ」
「……癒やし魔法ってそういうことじゃないと思うけど……。それにそれを言ったら、リンちゃんの方が可愛いし聖女っぽいよ」
「えー、私はないですって」
「お二人方」
二人でこそこそ話していると大司祭が声をかけてきた。
「この杖を持っていただけますか」
そう言いながら、大司祭は白くて細い棒を差し出した。
「なんですか、それ」
「聖女のみが使えると伝わる杖です。この杖が反応するお方が聖女なのです」
「えー、やだ。そんなの触らなーい」
リンちゃんがぷいと顔をそむけて言った。
「それより家に帰してよ。今夜見たい生配信があるんだから」
「ではまず貴女がお持ちください」
大司祭は私の手に押しつけるように杖を握らせた。
「……何も反応しませんな」
光ることも、熱くなることもなく。ただ棒は棒だった。
「では、こちらの方も」
私が持っている杖を取ると、大司祭はリンちゃんの前に差し出した。
「やだ、いらないってば!」
振り払おうとしたリンちゃんの手が、わずかに杖に触れた、その瞬間。
杖は激しい光を放った。
「おお……!」
「なんと」
「素晴らしい!」
「え……」
周囲からどよめきが上がり、リンちゃんは硬直した。
「え、いやいや。ウソでしょ」
泳いだ目が私を見た。
「ヒナノさん……」
「聖女様!」
リンちゃんが私へと歩み寄ろうとすると、大勢の男たちがその周りを取り囲んだ。
「どうぞこちらへ!」
「これで魔王が倒せるぞ!」
「え? やだなに離してよ!」
リンちゃんが抵抗しようとするが、屈強な騎士らしき鎧の男たちに腕をつかまれ、あっという間にどこかへ連れていかれてしまった。
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