第2話 自然界で最も硬い鉱物

 深山は一瞬どういうことだろうと思ったが、仁を見ると、顔を真っ赤にしていた。もしかしたらとても勇気を出して言ったのかもしれない。何故自分に話したのかまではよく分からなかったが、とにかく茶化すのが一番いけない。


 彼は少し考えた末に、「それってどういう強さ?」と尋ねた。すると仁は、少しほっとしたのか、明るい声で言った。


「えっと……硬くて傷つかない感じです」

「じゃあ、ダイヤモンドみたいな強さかな」


 彼は理科の教師で、鉱物のことを詳しく知っていることもあり、「硬くて傷つかないダイヤモンド」を例えに出した。だが、仁は少し眉を寄せる。


「ダイヤモンドですか? それって、女の人の指輪とかについている、透明でギラギラした宝石ですよね?」

「ギラギラって……」


 仁にとってあまり良い印象がないのだろう。深山は苦笑しつつも頷いた。


「まあ、そうだね。お母さんは持っている?」


 深山の問いに、仁は思い出しながら答えた。


「持ってる、かもしれません……。あの、ダイヤモンドって本当に硬いんですか?」

「硬いよ。自然界で一番硬い。だから、ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けない」


 すると、仁は感心したような表情を浮かべた。


「ホントに?」

「うん。それで、仁さんはなんで強い心が欲しいの?」


 深山の問いに、仁は少しうつむく。


「それは……傷つかなったら、何を言われても平気っていうか、考えなくていいっていうか……。その方がいいなと思って……」


 十代は多感な時期とよく言う。


 科学的にも、心理学的にも色々と分析されているが、深山のなかでは彼らの年頃というのは、自分のこともよく分かっていないし、その上、心を守るすべを持っていないことで、己を苦しめることもあるだろうなと思っていた。


 き出しの心はいつも無防備で、良いも悪いも関係なく色んな刺激にさらされている。その上、良いことだけを感じればいいというわけでなく、悪いこともある程度感じる必要があるが、その加減は料理の塩加減のように計れるものではない。


 きっと、今の仁は家のことも含め、悪いほうの刺激が強いのだろう。それによって自分が傷ついていると感じている。だから、「強い心が欲しい」と言ったのだろうと深山は推測した。


 しかし、あまり深刻になるのは仁も望んではいないと思い、明るすぎず暗すぎずという態度で言葉を返した。


「仁さんの言いたいことは分かる。心が傷つくのは嫌だよなぁ。――ちょっと座ろうか」


 深山は仁に座るように促すと、彼は窓から一列離れた、前から三番目の席に座る。


「何でそこ?」

「俺の席だから」


 律儀に自分のところに座った仁に、深山は「そっか」とちょっと笑って答えると、自分は教壇に立って一対一の授業のように説明をし始めた。


「ダイヤモンドのような心を目指すのは、素敵なことだと思う。だけど一つ言っておくと、ダイヤモンドは自然界で最も硬いが、割れないわけじゃあない」

「え⁉ 硬いのに割れるの⁉」


 仁の驚愕きょうがくした表情に、深山は満足そうに頷いた。


「うん。でもね、それが『完璧』なんだよ」


 すると仁は小首を傾げる。


「完璧……? でも、普通硬くて割れないのが完璧なんじゃないですか?」

「実はそうでもないんだよ。——仁さんは、一年の理科の授業で、火山の話と一緒に鉱物の話をしたのを覚えていない?」

「授業でやったのは……忘れました。でも、受験勉強の問題には出てきたのは覚えています」


 仁は深山の様子を見ながら、ぼそぼそと答える。根が真面目ゆえに、授業を覚えていないことが「悪いこと」だと思っているらしい。


 深山は一昨年この学校に赴任ふにんしているが、仁が一年生のときの理科は担当していない。そのため当時担当していた先生を少し気の毒に思いつつも、授業そのものを覚えている生徒はそれほどいないことも分かっているので、さして気にせず「いいね」と言って言葉を続けた。


「そのなかに、鉱物の割れ方について説明したものはなかった?」


 深山の問いに、仁は腕組みをして考える。


「割れ方……? そんなのありましたっけ?」

「少し復習をしようか」


 そういうと深山はチョークを持って、黒板に「火山」と書いた。

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