第45話 的外れの勇者

 佑月達が去った後。


 勇者である速水達一行は村中の消化活動を行いつつ、避難していた獣人族の民達と接触し話を聞いた。

 獣人族達から自分らを助け避難させたのは、例の『鳥仮面の男』とその仲間達であるとか。

 また自ら勇者を名乗る謎の侵略者(三井達)の魔の手から多くの村娘を救い、奴らが率いる凶悪なモンスター軍団を殲滅したのも彼らだと言う。


「我ら村の者にとって、あの方達こそが真の勇者様です」


 獣人族の誰もが口を揃えて、鳥仮面の男と仲間達を恩人だと称えていた。


「……やっぱり悪い人達じゃなかったみたいですね」


 花音は仮設したテントの中で、傷ついた獣人族の《治癒ヒール》を施しながら安堵の表情を浮かべる。

 その手伝いをしている教師の紗羅は頷いて見せた。


「先生もそう思うぞ。現に仮面のは銃口を向けながらも一切発砲しなかった」


「ですが白石先生、私は『鳥仮面の男』の仲間達……ダークエルフに闇魔法士っぽい女の存在が気になりますぞ。あと獣人族っぽい少女も我らに激しい敵意を見せておりました。さらには、あの一角の異形なる巨大バケモノ……あれはなんだったのでしょう?」


 凛も傷ついた獣人族の手当を行いつつ、未だ震え上がっている。

 あのまま戦闘になっていたらと思うと、侍道を目指す戦闘狂の彼女でさえ震戦を隠し切れなかった。


「――俺はあんなわけのわからない奴は信じない!」


 いきなり仮設テントに入ってきた、勇者ブレイヴの速水 総司。

 彼女達の話が聞こえていたようだ。


「総司くん、どうしてそういうこと言うの? 村の人達は揃って命の恩人だと言っているのに……」


「確かに奴らは村を救ったかもしれない。だがそれはあくまで結果だとしたらどうする?」


「……速水、すまない。何を言っているのか、先生にはわからないのだが?」


「まさか自分より『勇者』だと称えられ嫉妬しているのか? 総司らしくないぞ」


 紗羅と凛からの疑念に、速水は首を横に振るって見せる。


「違う、そんな理由じゃない。『鳥仮面の男』がどれだけ非道な奴なのか、証拠を見つけた上で言っているんだ。花音と凛は今から俺と来てくれ。白石先生は……ここに居た方がいいです」


「なんだって? どういう意味だ?」


 紗羅に問われ、速水は視線を反らした。

 重々しく口を開く。


「……芝宮のチームが、そのぅ三井達の遺体を発見しました。佐渡、鶴屋、須田も……全員ボロ雑巾のようにズタズタに切り裂かれ見るも無残な姿でした。俺達は『鳥仮面の男』による仕業だと確信しています」


「な、なんだって! 三井達が……うぷぅっ!」


 生徒の訃報を聞いた紗羅は顔面蒼白となり、ついにはその場で嘔吐してしまう。

 花音と凛は背中を擦り「大丈夫ですか?」と介抱している。


「花音、先生は私に任せてくれ。神聖官クレリックとして、せめて奴らの弔いくらいしてやってほしい」


「わかったよ、凛ちゃん。あんな最低なことした人達でもクラスメイトだし、死は平等だからね……」


 花音は厳しい口調で納得し、速水と共に現場へと向かった。



 現場には人だかりができている。

 と言っても全員クラスメイトだ。


「……酷でぇな、こりゃ」


「何もここまですることなんてないのに……」


 運動チームの滝上と若津が感想を漏らしている。

 他の女子達も互いに身を寄せ合い、口元を押さえて震えていた。


 花音も輪の中に入り、嘗てのクラスメイト四人の遺体を確認する

 速水の言うとおり原形があるのか不明なほど凄惨な現場だった。

 それでも花音はしゃがみ込み、骸となった者達に祈りを奉仕する。


「女神ミサエラの名において、この者達に安らかなる眠りを与えたまえ」


 神聖官クレリックの務めを果たした。

 その献身的な姿は、まさに聖女の名にふさわしく周囲を魅了している。

 実際、速水から「花音……綺麗だ」と呟かれ、花音から「やめて総司くん! 不謹慎だよ!」と怒られていた。


「フン! 一ノ瀬、こんな糞連中に祈りなんていらねーよ! オラぁ、てめーら、ゴミ処理すっから手伝え!」


 久賀は唾を吐き捨てながら、遺体を運ぼうと男子達に指示する。

 その態度と言動は、速水の勘に触った。


「おい、久賀! そんな言い方はないだろ!? 嘗てのクラスメイトが死んだんだぞ!?」


「は? つい今まで一ノ瀬に見惚れていたアホがどの口で言ってんだ? そもそも俺らは、こいつらを殺しに来たんだぜ? そこ忘れてんじゃねーぞ、平和ボケの勇者がコラァ」


「そ、それでも俺はここまで残酷なことは絶対にしない! こんな猟奇的な……あの『鳥仮面の男』は快楽殺人者だ!」


「――それは違いますよ、速水君」


 口を出してきたのは、ガリ勉チームのリーダーこと芝宮 麗である。


「芝宮? どういう意味だ?」


「これほどまでの所業、『鳥仮面』一人の仕業ではあり得ないということです。思い出してください。彼は拳銃を所持していました。私が『鳥仮面』なら、その銃で頭部か心臓を打ち抜いて終わりです。ここまでするということは、三井君達に相当な怨恨がある者で複数犯の可能性が高いでしょう。しかもかなりの大人数による犯行です」


「複数犯だと? 俺達が見た女達や怪獣みたいなバケモノ以外にも仲間がいるのか?」


 ちなみに怪獣とは魔獣化した月渚のことだ。


「ええ……おそらく。ただし現地住民の獣人族達の話では、そのような者達はいなかったと聞いています。『鳥仮面』の固有スキルという線もありますが、さっきも言ったとおり三井君達と何かしらの因縁がない限り、ここまではしないかと」


「言ったろ、快楽殺人者だと! 奴はサイコパスなんだよ! あの不気味な仮面や身形からして怪しいものだ!」


「あれは中世時代で作られた黒死病対策の『ペストマスク』を模倣された仮面だと思います。異世界では該当するかは不明ですが、おそらく心理的恐怖を煽るものか、何かしらの効果を宿したアイテムではないでしょうか」


「それでも奴が関与はしていることに間違いない! 俺は『鳥仮面の男』を絶対に許さない!」


「……堂々巡りですね。速水君、以前は優秀なだと思ったのに残念です」


 麗は溜息を吐き、一目置いていた速水という男子に幻滅した。

 才女である麗にとって男子とは優秀かどうかのみで恋愛対象としている。

 現実世界の速水は学業にスポーツとトップクラスで、彼女から見てもその資格に値していた。

 けど異世界に召喚されてから、明らかに見方が変わってしまっている。

 

(これならまだ久賀君……あるいは『鳥仮面』の方が雄として優秀でしょう。特に『鳥仮面』が持つ拳銃は完全なる自作でした。典型的な中世時代のような異世界で、あそこまで精度の高い代物を作れるとは……彼が同じ召喚者であれば、余程優秀な雄に違いないでしょう。非常に興味深い……フフフ)


 麗は決して顔には出さず、心の中で思考を巡らせる。

 速水に対し完全に見切りをつけた。


 それから男子達で遺体を運び、村から離れた場所で埋葬する。

 あれだけ悪行の限りを尽くした輩が、この地で永眠することは許されない。それが異世界の習わしだ。

 

三井達こいつらがやらかしたことを考えりゃ当然の報いだぜ。しかし、速水じゃねーが、あの『鳥仮面の野郎』はなんだったんだ? あの巨大怪獣みたいなバケモノといい……魔王軍にしちゃ、俺達に敵意はなかったようだが?」


 埋葬後、久賀が疑問を投げかける。

 だが誰も答える者はいなかった。


 おそらくクラスメイト達の大半はこう思ったことだろう。


 ――これから、あんな連中と戦わなきゃいけないのか?

 っと。


 それは残虐とされる鳥仮面の男に限ってではない。

 凶暴で攻撃的な獣人族っぽい少女。

 チェーンソーを改造した大剣を操る女ダークエルフ。

 負の魔力に満ち溢れる謎の魔法士風の美女。

 そして、一角を持つ漆黒の巨大怪獣。


 もし敵であれば、果たして自分達で太刀打ちできるのだろうか。

 そんな不安と絶望感に苛まれていた。


「……こんなことをするような連中だ。たとえ魔王軍じゃなくても、邪悪な連中に違いない。次に会ったら逃がさないぞ!」


 速水は自身に言い聞かせるように鼓舞し、クラスメイト達に「頑張ろう!」と呼び掛けている。

 生徒達から「うん、まぁ……」と曖昧な反応が見られていた。


「だから敵と決まったわけじゃねーだろうが。やっぱ、アホなのか?」


「速水君。貴方は、彼らが獣人族の村を救ったという功績を完全に忘れていますね……もう勝手にすればいいでしょう」


 傍らで、久賀と麗が指摘し半ば呆れ返っている。


(私も悪い人達には見えなかったなぁ……佑月くんはどう思う?)


 花音はこの場にいない恋焦がれる男子を想いながら、その光景を眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る