第43話 最後の審判

 僕は片腕を掲げ、上空に浮遊する巨大なボードに人差し指を翳した。

 対する三井達は地面にひれ伏す形で寝そべり、身動きが取れないまま呆然と眺めることしか術がない。


「現在、『黒月チャンネル』は33000人の登録者がいる。僕は配信者ライバーとして視聴者さんの恩恵フォロワーでレベルアップとスキルが多く与えられることで強化された存在。それが、お前達が無能と罵った《配信》というスキルの正体だ」


「な、なんだって? レベルとスキルを与えるって……まさか視聴者は『神』なのか?」


「それはトップシークレットかな。みんな詮索されるのを嫌うからだ。まぁ匿名だからこそ、好きなように振舞える都合もあるのだろう……しかし三井、今お前達が心配することはそこじゃないぞ」


「は?」


「上空の物体は《審判》スキルで構成された有罪か無罪か判定する『審判の板ジャッジメント・ボード』だ。これから33000人の視聴者さんによる多数決の票で、お前達の処分を公正に決めてもらう。まさに『神託』に委ねると言うところか」


「「「「なんだとぉ!?」」」」


 四人の表情が一気に恐怖色に染まる。


「無罪ならそのまま何もせず、グランテラス王国に送り返してやるよ。そこで異世界のルールに則って罪を償うがいい(どうせ極刑か暗殺される末路だけどな)。ただし有罪であれば、《審判》スキルにより相応の処罰が下されるだろう。その時は覚悟しておけよ」


「お、おい! 嘘だろ、黒咲! やめてくれ、頼む!」


「悪かったって言っているだろ! やるならこいつらだけにしてくれよ!」


「俺らクラスメイトだろ! 一緒に現実世界に戻ればチャラじゃねーか!?」


「頼む、お願いだ! 赦してくださぁぁぁい!」


 三井、佐渡、鶴屋、須田の四人は命乞いをし始める。

 どいつも醜く顔を歪ませ、涙と鼻汁を垂れ流していた。


「無理だな。僕が決めることじゃない、あくまで『神託』だ――それでは今から3分間、視聴者さんの判定を行いまーす! では、ジャッジメント・タイム! スタートォォォッ!!!」


 僕の合図により、『審判の板ジャッジメント・ボード』がより鮮烈な閃光を放った。

 不意に光輝が消失し、二つのボードに分裂し、赤色と青色のボードに分かれていた。

 赤ボードには「有罪」、青ボードには「無罪」と表記されている。

 そして電光掲示板のように、それぞれの視聴者さんの票が数字として表記されカウントされていく。

 僕達は結果が出るまで沈黙する。


 3分後、評決が下された。


 赤の有罪:19800人

 青の無罪:3300人

 無投票:9900人


 33000人のうち6割が有罪とし1割が無罪、3割が無投票という結果だ。


「さぁ、《審判》は下された! お前達の有罪という結果だ!」


「ちょっと待ってくれ、黒咲! こんなの可笑しいって!」


 何も可笑しくないぞ、三井。

 全て異世界の神様・ ・達が決めたことだろ?


 束の間、地面から巨大な魔法陣が浮き出され、そこから大勢の種族達が現れた。

 騎士の装いをした者達から鉄の首輪をつけた娘達、通常の村人風やエルフ族、さらに獣人族まで様々だ。

 その数はざっと500人以上はいるだろう。どの人も屍腐鬼ゾンビのようなズタボロの体であり、亡霊のようにふらふらと立っている。

 また各々の手には剣や短剣、鍬や鎌など何かしらの武装を所持していた。


「……この人達はいったい?」


「ひっ、ひぃぃぃい! あいつらは俺達が殺した……なんで生きているんだよぉ!?」


 なるほど、そういうことか。

 僕はすぐに状況を理解する。


「これが有罪となった者の結末らしい。お前達が殺めた者、汚した者、蹂躙した者達が形となり粛正するという処分が下されるようだ。公正で良いじゃないか?」


「良くねーよ! 黒咲、助けてくれ! お願いですぅ、黒咲様ぁぁぁぁぁ!!!」


「断る。見ろ、あんな小さな子まで……お前らはゲーム感覚で好き放題にやりすぎた。どんな世界だろと罪を犯せば裁かれる当然の道理だ。その落とし前はつけなければならない。それがこの異世界の神々が決めたルールなのだから――」


 僕は奴ら背を向け、その場から立ち去る。

 これ以上、醜い光景と無意味なやり取りを視聴者さんに見せることもない。


 武装した種族は僕とすれ違い、そのまま千鳥足で三井達に迫っていく。

 四人は徐々に襲われる恐怖に悲鳴を上げ始めた。


「待って黒咲ぃぃぃ、いっ痛でぇぇぇ! やめろテメェら、やめてくれぇぇぇ!!!」


「悪かった、俺が悪かったよぉぉぉ! だから殺さなぁぁ、いぎゃあぁぁぁぁ!」


「痛い痛い痛い、もう刺さないでぇぇぇ! やめてぇぇぇいやあぁぁぁぁぁ……!」


「ああ赦して、赦してください! ごめんなさ……ひぎぃ!? お、俺の大事な息子がちょん切ぃぃぃい、うぐあぁぁぁぁ――……」


 三井、佐渡、鶴屋、須田の断末魔。

 木霊する絶叫だけでも、どんな凄惨な光景が繰り広げられているのか想像がついてしまう。

 あの亡霊のような種族達も事を成し遂げれば、『審判の板ジャッジメント・ボード』と共に消える筈だ。


「本当にバカ野郎だよ……どうして、こんなことに……」


 自業自得とはいえ、僕はざまぁとは思えなかった。

 胸の奥がぎゅっ絞られ悲しい気持ちに陥ってしまう。

 あんな下衆共ばかりだけど、顔馴染みのクラスメイトには違いない。

 そもそも異世界に転移さえしなければ、あそこまで荒み大罪を犯すこともなかったのだから。


「……以上で、ライブ配信終了いたします! いいねっと思った方はチャンネル登録よろしく!」



:スカッとした!

:黒兄、期待を裏切らない男w

:ざまぁいいね!

:マジ最高―っ、次回も楽しみ!

:登録しまーす!

:はーい!

:楽しかった

:おもろかったわw

:頑張れ、黒兄!

:応援しとる

:バイバーイ!!!



 ……相変わらず謎の存在だ。

 それに言動が軽くてチャラい分、身勝手な異様さを感じる場面もある。

 けど配信者ライバーとして視聴者のフォローは不可欠だ。

 仮に実は悪魔が相手だったとしても、僕は強くなるため彼らと共存しなければならない。


 月渚を守れる兄として――。


 僕は《配信》スキルを終わらせ、チャットを閉じた。

 フォロワーも増えて34000人なり、レベル34とアップする。


 それから仲間達の下に駆けつけると、大体のモンスターが討伐されていた。

 軍隊並みにいたモンスター軍団をたったこれだけの人数で斃してしまうのだから、彼女達の実力は計り知れない。

 しかしながら月渚の魔獣化は解除されてなかった。

 まだ巨大ワームを鷲掴みにして、むしゃむしゃと頬張り《捕食》している。


「……あのワームで最後か? 食事を終えないと元の姿に戻れないから見守るしかないか」


「ええ、ご主人様。私達もルナさんをコントロールする術を持てばよろしいのですが……」


 僕の言葉に、イリスは頷き同調する。

 《譲渡》スキルを駆使すれば眷属である彼女達に、僕が獲得したスキルを与えることはできる。

 けど生憎、《誘導》は一つしかない。

 今後僕が不在時の対策も考えておく必要があるだろう。


「でもルナ様はネムにとって大切なご主人様に変わりないミャア!」


「そうだな、ありがとう」


 僕は従順なネムの頭を優しく撫でる。

 ネムは気持ちよさそうに「ミャア~」と瞳を細めて身を委ねていた。

 この辺りは子猫の時と変わらない。


 一方で、ヤンは肌が褐色のダークエルフに戻っていた。

 大人しいと思ったら、何やら周囲を警戒している。

 長い両耳をピンと張らせ、センサーのように探っているようだ。


「どうした、ヤン? まだ敵がいるのか?」


「……いえ。敵かどうかはわからないっす……けど大勢、誰かが近づいてくるっすよ」


 大勢だと?


 すると。

 

「おい、そこのお前ら! 魔王軍か!?」


 聞き覚えのある男の声が響く。

 振り返ると、そこには顔馴染み達の姿があった。

 

「――は、速水……くん?」


 それに、花音と久賀くんもいる。

 白石先生を含む、クラスメイト達の姿だ。

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