第38話 編成された暗殺部隊➁

 ――嘗てのクラスメイト達が自分達を暗殺するため追っている。

 そう情報をリークしたのは、アナハールだった。


 突然、三井達が潜伏している洞窟に現れたかと思うと、いきなりそう告げてきたのだ。

 得体の知れない老人の言葉に、三井達は耳を疑った。

 しかし、彼自身がこの場にいることで信憑性もある。

 でなければ、高位の身分であるアナハール自らが知らせに来る筈がないからだ。


 同時に、三井は疑問に思った。

 そもそも、どうして自分達の隠れ家がバレたんだっと。


「ふぉふぉふぉ。この世界の情報網を甘く見てはいかんぞ。聞けば、お主らはネットとやらで情報を入手できるらしいが、それは魔法技術とて同様じゃ。特にワシはリヒド陛下に内緒で忠実な間者を各国に潜ませておる。お主らのようなドブネズミの居場所など造作もないぞい」


 陽気な口調とは裏腹に恐ろしいことを言っている。

 おまけにグランテラス王国から随分と離れた距離にもかかわらず、こうして現れた自体が神出鬼没であり異様だ。


 このアナハールという老人は計り知れない。

 説明を受けた、下衆チームの誰もがそう思い戦慄した。

 

「ア、アナハールさん……俺らを導いてくれるって言ったよな? それって助けてくれるってことか?」


 三井は怖々と訊ねてみる。


「その通りじゃ。条件づけで逃亡の手助けをしてやろう。なんならお主らの身を守る最強の戦力を与えても良いぞ。目的を果たせば、元の世界に戻してやれるが、どうじゃ?」


「マジかよ!? あんたが俺らを現実世界に戻すことができるのか!?」


「……けどよぉ、確か枢機卿カーディナルのミザリーじゃなきゃ転移召喚とかできねぇんだろ?」


 佐渡の問いに、アナハールは「ふぉふぉふぉ」と笑う。


「安心せい。そのミザリーもこちら・ ・ ・側じゃ。お主ら四人を戻すくらいなら造作もないじゃろう」


「あんだよ、チクショウッ! やっぱ戻れたのかよ! 早く言えっての!」


「ならとっとと戻ろーぜ! 逃げ得、逃げ得ぅ~!」


 鶴屋と須田は歓喜しテンションを上げている。


「だから、まずはワシに協力しろと言っておるじゃろ?」


「ああ、わかった! 勿論協力するぜ、アナハールさん! んで俺達は何をすりゃいいんだ!?」


 三井が問いに、アナハールは双眸を細め普段通り「ふぉふぉふぉ」と笑う。

 だが眼光は妖しく、とても陽気な老人のモノとは思えない。


「――大都市ラスタジアから少し離れた位置に、トランという町がある。その周辺に獣人族の集落がある筈じゃ。まずはそこを襲い占拠しろ。それから別の指示を与えようぞ……」


 アナハールの指示に、下衆チームは飼いならされように従順な態度で頷いた。


◇◇◇


 逃亡した下衆チームを抹殺するため編成された暗殺部隊。

 勇者チーム・不良チーム・ガリ勉チーム・運動チーム、そして教師である白石 紗羅の17名。

 さらに騎士団長のバルハルドと数名の騎士達が加わるっていたが、彼らは戦わず生徒達のお目付け役で配置されていた。

 

 移動手段は一般の商人風に偽造した荷馬車で、人数だけに遠征並みの大所帯だ。

 だがダンジョンの遠征時と異なり荷馬車は2台と少ない。

 おかげで生徒達はすし詰め状態で座ることを余儀なくされている。

 軍資金も最小限に抑えられ、その理由も余計な真似をしないための配慮だ。

 それだけ今回の三井達の件で、リヒド国王の信頼を失った結果だと言えた。


「……これじゃ、わたし達だけチームを抜け出すのは難しいね、凛ちゃん」


「今は無理だな。三井達を捕え、リヒド国王の信頼を取り戻さなければ話すら応じてくれないだろう。もう私達だけの問題じゃない……クラス全員が人質と言える。黒咲君を探す件は当面は見送った方が良いかもな。まったく三井め、余計なことを!」


 花音と凛は事が落ち着き次第、黒咲兄妹を探す旅に出ようと計画していた。

 次第に目途が見えてきた時に、下衆チームの逃亡だ。

 すっかりきっかけを失ったどころか、自分達までリヒド国王に不信感を持たれ機会すら奪われようとしている。


 おそらく今回を皮切りに、魔王軍との戦いを強制されるに違いない。

 そんな不安を二人は抱えていた。


(本当なら白石先生と黄江さんも誘って抜け出そうと思ったけど……ごめんね、佑月くん)


 花音は穴の開いた幌の隙間から青空を眺め、想い人に謝罪する。

 この二人に声を掛けようと思ったのは、紗羅はあれからずっと黒咲兄妹の身を案じていた。寧ろそれがきっかけで情緒不安定になったようなものであった。

 黄江 泉は何を考えているかわからないが、彼女の占星術士アストロジストとしての能力は目を見張るものがある。

 きっと捜索に役立つだろうと思ったからだ。


 しかし、三井達のせいで希望が失われようとしていることに、花音は怒りよりも不安を覚えていた。


「……三井君達の潜伏場所、よくわかったね? 黄江さんかい?」


 賢者セージ職の来栖が、速水に向けて訊いている。


「いや、アナハールさんからだと聞いているぞ。なんでも、あの人も独自のネットワークがあるとか」


「そうか……同じ賢者セージとして、彼は僕の師にあたる人だけど、なんて言うか……掴みどころがないんだよね。どこまでが本当なのか怪しいよ」


「俺だって全て信じているわけじゃないさ。どちらにせよ、三井達の暴挙は俺達で止めなければならない……ただ、いざ直面した時にクラスメイトと戦えるのか迷っている」


「フン、俺あ躊躇せず奴らを殺すぜ」


 吐き捨てるように断言したのは、久賀だ。

 その場にいる全員が彼に視線を向ける。


「どうせ糞野郎の犯罪者共だ。それに前々から弱い者虐めばかりして気に入らなかった連中だからな。確かこの世界じゃ、裁判したって即処刑だろーが」


 無情に吐き捨てる台詞だが、花音は不思議に同調してしまう。

 以前から彼とは通ずる何かを感じていたからだ。

 その答えは、うるはの発言で明白となった。


「――久賀君、まるで黒咲君の敵討ちに聞こえますね? そういえばキミはいつも彼の肩を持っていたようですが、この際どういう関係なのか聞いてもよろしいでしょうか?」


「芝宮、俺はテメェのような何でも知ったような口を利く傍観者気取りの女も前から気に入らねぇ。無知は罪って言葉もある、黙ってろ!」


 ドスを利かせる言葉に、普段は冷静沈着な才女の麗もムッとしそっぽを向く。


 傍らで教師の紗羅は何度目かの嘔気を催し、花音が介抱する羽目となった。

 その様子を周囲の生徒達は冷めた眼差しで見入っており、「……先生、またぁ?」と呆れている。

 

(傍観者か……)


 花音も佑月に対して何もできない現状を悔いていた。


◇◇◇


 あれから二日ほど、僕達はトランの町に滞在している。

 おかげで、ゆっくりと羽を伸ばすことができた。

 けど、女子達は意外と寝不足が多いようだ。


 月渚の話によると。


「イリスさんね! 隙があれば、お兄ちゃんの隣で寝ているの! しかも密着して! まったく油断も隙もないんだから!」

 

 と怒っていた。

 なんでも唯一の味方である無垢なネムを巻き込み、「お兄ちゃんの純潔を守る会」を結成したとか。


 一方で中立派のヤンは、


「イリス殿はクサレ痴女なので、ご主人様の貞操を守るため阻止することには協力するっす。けど本音を言えば種族繁栄のため、隙あればウチもあやかりたいっす!」


 などと問題発言して、妹から『痴女二号』として認定されたようだ。


 う~ん。みんなで親睦を深めるつもりが、妙な対立構図ができたように思える。

 こりゃ相部屋は大失敗だったな……(他人事)。


「ユヅキはん、そろそろラスタジアに向けて出発したいと思ってますぅ」


「わかりました、ロルネロさん。そうしましょう」


 僕達は護衛する商人のロルネロさんを手伝い、荷馬車に荷物を積み旅立つ準備を始めた。


 そんな最中――。


「おい、あれを見ろ! 獣人族の子じゃないのか!?」


 何やら村人達が集まり騒然となっている。

 なんでも獣人族の少女が道端で倒れているらしい。

 どうやらトラン町の近くに存在する獣人族の集落に住む娘で、親交のある村人の何人かは見覚えがある子だとか。


 僕達も駆け寄り、少女の姿を確認する。

 頭部に獣の耳と尻尾が生えた、ぱっと見はネムと同じ姿をした小さな幼女だ。

 しかし随分と体中が擦り傷だらけで酷く衰弱している。


「あのぅ! 僕なら怪我の治療ができます!」


「ここはユヅキはんに任せて、皆どいてーな!」


 ロルネロの誘導で、僕は輪の中に入る。

 傷ついた幼女に《治癒》スキルを施して外傷を回復させた。

 あとは栄養をつけて静養すれば問題ない筈だ。


 獣人族の幼女は目を覚ましたかと思うと、震える小さな手で僕の服をぎゅっと掴んだ。


「……た、助けてください! ゆ、勇者達に村のみんなが殺されちゃう!」


 勇者だって!?

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