第37話 編成された暗殺部隊①

 グランテラス王国は騒然となっていた。

 穏健派で知られる人格者、リヒド国王が憤怒したからだ。


 理由は勿論、現在逃亡中の三井ら下衆チームのことである。


 三井達は名を変え、偽造したギルドカードで同盟国であるムウワ王国で冒険者となっていた。

 だがクエスト依頼料以外の高額金を要求し、食料の略奪や奴隷達の性的暴行や虐待など目に余る行為が頻繁に繰り返されていたようだ。

 地元の領主である貴族達の怒りを買い、ムウワ王国から調査団として使者が送られたと言う。


 自国のギルドに属する冒険者として使者から説明を求められるも、三井達は何を思ってか逆ギレし、よりによってその使者を殺めてしまった。

 そしてムウラ王国でも逃亡して姿を消したのだ。

 当然ながら国王を始めとする有力者達がこれらの暴挙に憤慨する。

 三井達をS級犯罪者として生死問わず多額の懸賞金を全国へ向けて伝達した。


 また冒険者ギルドも完全に面子を潰されたことで憤激し、全国のギルドに向けてクエストを発令して討伐対象とした。

 それから現在も同盟国やそれ以外の国の腕利き冒険者達が血眼になって探しているらしい。


 ――っと。

 宮廷魔法師のアナハールから報告を受けた、リヒド国王の逆鱗に触れた経緯があった。


 唯一幸いなことは、三井達がグランテラス王国から召喚された異界の者であることをムウワ王国側に知られていないことだ。

 しかし捕らわれてしまえば確実に判明されるだろう。

 それはもう時間の問題だと言える。


 間もなくして、勇者ブレイヴの速水と蛮族戦士バーバリアンの久賀は、『玉座の間』に呼び出された。

 彼らが部屋に入ると、そこには国境沿いの領地を回っていた筈の紗羅と同行していたうるは、さらに滝上の姿も見られている。

 教師と各チームリーダーが揃う形となっていた。


 玉座に腰を下ろしている、リヒド国王は重々しく口を開く。


「其方らを呼んだのは他でもない。現在、逃亡中の『三井 潤』・『佐渡 友則』・『鶴屋 宏太』・『須田 丈範』、以下の四名についてのことだ――」


 リヒド国王は淡々とした口調で、アナハールが報告した内容を余すことなく詳細に説明した。

 その内容に速水は「バカな!」と驚愕し、紗羅は口元を押えて体を小刻みに震わせている。


「……この件はあからさまに我らの落ち度である。こちらの都合で其方らを召喚したという負い目から、余も厳粛な対応に欠いていたことが原因だ。しかしだからと言って其方らが好きなように振舞って良いとはならぬ筈。特に人徳に反する行動はもっての外だ、違うか?」


「リヒド国王の言いたいことは十分に理解します。それで俺達を集めた理由は?」


 速水の問いに、リヒド国王は厳かに頷いて見せる。


「うむ。其方ら全チームの総力を上げて、三井ら四名の討伐を命じる。早急に対応せよ」


「なっ、討伐ッ!?」


 速水が表情を強張らせる傍ら、久賀が一歩前に出る。


「王様よぉ。それって俺らに三井達を殺せっていう命令かい?」


「そうだ。被害国のムウラは、まだ奴らと我が国との関係に気づいていない。可能な限り、知られる前に始末してほしい。これは国際問題に発展しかねない事態なのだ」


「……死人に口なしですか。やはり、そうなりますね」


「げぇ……マジかよ。まぁ顔見知りだった騎士達も連中に殺されているからな」


 麗と滝上も困惑しながらも一定の理解を見せ始める。

 

「私は納得できません! 三井達は私の大切な生徒であり、まだ未成年ですよ! 確かに彼らの重罪を犯したでしょう! ですが日本だって未成年者が極刑になることはありません! ましてや生徒同士で殺し合いなど、教師として認めるわけにはいかない! そうだろ、速水!?」


「え? そ、それは、白石先生が言いたいことはわかりますが……ここは異世界です。僕としては、たとえ未成年だろうと異世界のルールに則るべきかと……」


「速水、お前……うぷぅ!」


 紗羅は座り込み、その場で嘔吐してしまう。

 最も一目置き信頼していた生徒の考えにショックを受けた様子だ。

 速水はそんな紗羅に寄り添い、彼女の背中を擦っている。


「先生……すみません。けど俺は間違ったことは言ってないと思ってます」


「速水君が謝る必要はないですよ、当然の判断です。少し安心しました、流石は勇者ですね」


「だなぁ……ぶっちゃけ、俺だって嫌だよ。あんな連中でもクラスメイトだしよぉ。けど、話を聞く限りシャレになってねーよ」


「速水殿と芝宮殿と滝上殿の言うとおりだ。白石殿、今回の件に関しては一切の拒否は認めぬ。其方も我らへの義を示して欲しい。でなければ、其方の大切な生徒達の処遇を考えなければならぬぞ」


 半ば脅しに近い、リヒド国王の要求。

 三井達がやらかしたとはいえ、生徒の味方でありたい教師の紗羅に理解しろというのはあまりにも酷な話だ。


「要は落とし前をつけろってことだろ? 王様が正しいぜ。俺はやる、迷うことはねぇ。それでいいだろ、王様?」


 久賀のやる気を見せる姿勢に、リヒド国王は「うむ」と首肯した。

 速水、麗、滝上も討伐任務を請け負う姿勢を示している。


 紗羅は口を拭い立ち上がる。


「なら私も行く! ただし討伐ではなく生徒の説得です! せめて法廷に立たせ弁明の機会を与えるべきです! それが教師としてのケジメだと信じています!」


 国にとって若干法律は違うがこれだけの罪を犯せば、たとえ子供だろうと極刑は免れない。

 どのみち結果は変わりない筈だ。

 紗羅とて十分に理解している。

 ただ教師としての信念と理不尽な異世界に流されまいとする、せめての足掻きだった。


◇◇◇


「クソったれ……なんでこうなっちまった!?」


 三井は焦り苛立ち、そして追い詰められていた。

 既にある人物から、嘗てのクラスメイト達が自分らの命を狙っていると知ったからだ。


 調子に乗りすぎた、そう後悔の念に苛まれている。

 ただし犯した罪ではない。目立ってしまったことについてだ。


 三井を含む下衆チームの中では異世界など所詮はゲーム世界の延長でしかない。

 経験値を稼ぎレベルアップして強くなる。

 思った通り容易でさくさく順調に進んでいく。現地の人族よりも断然に早いスピードだ。


「やっぱ、俺らは無敵の主人公キャラ! モブのNPCがどうなろうと関係ねーじゃん!」


 そう舐めてかかり、現実世界ではやれなかった欲望の限りを尽くした。

 だがそれらの悪行がムウワ王国に知られてしまい、ギルドにも目を付けられることになる。

 極めつけは、国から送られてしまった使者を殺めてしまったことだろう。

 それはまだいい……同じ手口で、別の国に逃亡すればいいだけのことだ。

 

 などと安易に考えていたが甘かった。

 既にグランテラス王国に知られてしまい、リヒド国王が自分らの暗殺部隊としてクラスメイト達を送り出したからだ。


「……やべぇよ、ジュン! 俺らどうするんだよぉ! 捕まったら終わりじゃねぇか!?」」


「このままじゃ、速水に殺されちまう! だから殺しは駄目だって言ったんだ!」


「いや、一番怖ぇのは久賀だ! 速水だけなら土下座すれば許してもらえるかもしれない……けど久賀は違う! 奴は躊躇なく、俺らを殺せる! そうだよな!?」


「うるせぇ! 豚共がぁ、ブヒィブヒィうっせーんだよ! 今考えているじゃねーか!!!」


 自分勝手に怯え動揺する仲間達に、三井は焦燥し怒鳴り散らした。

 奴らが最も恐れているのは、久賀率いる不良チームだ。


 ここは日本ではない。異世界、だから好きなことができると思った。

 それは久賀達にも言えることで、見つかったら確実に殺しに来る。


「……久賀はそういう奴なんだよ!」


 嘗てボコボコにされた三井達は一番恐れていた。

 自分達も強くなったが、久賀だけは異質だ。

 ダンジョンでも、その徹底した戦いぶりに余計そう思えていた。


 佐渡・鶴屋・須田の仲間達が言うように、速水や他の生徒なら必死で泣き落としすれば命までは奪われないだろうと見込んでいる。

 だが久賀にはそれが通じない。

 高校に入学した早々、久賀にボコボコにされたからこそ実感している。

 いくら命乞いしようと問答無用で殺されることは確実だ。


 唯一の取柄だったチームワークも、こうして分裂しかかっていた。

 このままじゃムウワ王国や冒険者達からも捕まってしまうのも時間の問題か……どちらにせよ極刑は免れない。


「――まぁ、そう焦るではない。ワシがお主らを導いてやると言っておるのじゃ。そのために、わざわざこうして教えに来たのじゃからのぅ」


 三井達の前に現れた魔道服姿の老人。

 宮廷魔法師の賢者セージ、アナハールであった。

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