第34話 消息不明の下衆③

 数刻前。


「……へへへ、ようやく抜け出すことができたぜ」


 ダンジョン『初級冒険者殺しビキナーキラー』から脱した、四人の下衆チーム達。

 リーダーとする三井は人気のない森に入ると、してやったりの表情を浮かべ周囲を見渡した。

 追手など来ないだろうと見越していたが用心のためだ。


「まったくジュンのズル賢さは半端ねーな」


「ああ、まったくだね。須田に怪我させたように見せかけ、そのままバックレちまうんだからな。よく思いつくわ~」


「……けど、一ノ瀬に治癒ヒールを拒否された時はガチでショックだったわ……壬生屋と影山が煽りやがってよぉ……クソォ、あの女共、いつか犯してぇ!」


 仲間の佐渡と鶴屋が賞賛し、須田が不満を漏らしている。

 特に須田は負傷していたとは思えないほど元気だ。

 やはり会話から、それ自体が嘘だったと伺える。

 

「まぁ、ここまでは計画どおりだ。予定外と言えば、バルハルドが差し向けた騎士達をヤッちまったことくらいか……けど想定外ってわけでもねーし、おかげで人を殺す度胸もついた。きっとこの差は久賀や速水よりもデケェ……このままレベリングを続けて、連中よりも強くなる。そうすりゃ、魔王軍だろうと怖くねーよ」


 地上に戻る際、同行していた護衛の騎士達を殺した四人。

 現実世界では決して越えなかった一線を越えてしまった。


 その後、うるはの推測どおりに騎士達の身ぐるみを剥ぎ、モンスターの餌として処理しようと目論む。

 あとは須田の盗賊シーフスキルと三井の魔法で姿を消し、入り口で待機する騎士達をやり過ごしてダンジョンから脱出して逃走したのだ。


「んで、ジュン。これからどうするんだ?」


「ここまでやったんだ。何か考えがあるんだろ?」


「まさかノープランってことはないよな?」


 どうやら抜け出すことしか聞かされていない、下衆の三人。

 三井は不安がる仲間達を見てニヤリとほくそ笑む。


「俺を誰だと思っているんだよ。ほれ――」


 懐から四枚のカードを出して見せてきた。

 それは冒険者がギルドで依頼を請け負う際に使用する「ギルドカード」だ。


「ギルドカード? こんなのどこで手に入れたんだ?」


「前に城を抜け出して、闇市でお前らが数時間ほど娼婦館に行ってた時があっただろ? あの時、俺は闇商人から高額で作らせたんだ。あのお人好しの国王、俺らを無理に召喚させた後ろめたさから小遣いだけはくれるからな。魔道具代とか言えば余裕だぜ」


 以前から三井達は度々王城を抜け出しては王都裏に存在する闇市に足を運んでいた。

 そこで知り合った商人に依頼し買い取った「偽造カード」である。


「つまり偽物のギルドカードってことか? 俺達、全員の?」


「そうだ。通常のようにお前らの職業と能力値アビリティは表示されるが、それ以外の名前や個人情報は適当だ。これさえありゃ、普通に冒険者として活動できる。当面の食いぶちには困らねーよ。ただし、グランテラス以外の国に限るけどな」


「確かギルドカードってのは冒険者のライセンスだけじゃなく、通行手形にもなるんだよな? なるほど……俺らなら直ぐに冒険者として成功するわな、流石ジュンだぜ」


 中学から一緒にいる悪友、佐渡は関心して頷く。

 三井達、下衆チームは現在の平均レベル20であり、クラスメイトの間でそこそこの実力を持っている。

 少なくても騎士団の中で、彼らとまともに戦える者は騎士団長のバルハルドと副団長のロッジスくらいだ。

 それでも女神の加護を受けた召喚者である三井達ならすぐに超えてしまうだろう。


「へへへ、まぁな。見てろよ、もっと力をつけて、うぜぇ久賀と速水を殺してやる! なんなら俺が魔王を名乗ってやんよぉ! ギャハハハハ!!!」


 三井はドス黒い野望を露わにし、仲間の下衆達と共に樹海へと消え去った。


 ◇◇◇


 速水達がダンジョンから帰還して、三週間が経過する。

 宮廷魔法師アナハールは部下からの伝達魔法で、ある情報を入手していた。


 失踪した三井達についてだ。

 彼らは名を変え身分を伏せて、同盟国である『ムウワ王国』で冒険者として活動していた。

 冒険者としてはレベル20代で中級クラスだが、高い能力値アビリティと固有スキルを駆使し、通常では敵わないとされる大型モンスターの討伐クエストを達成させるなど躍進を続けているらしい。


 だが一方で討伐を依頼した村々から、クエスト達成の報酬金とは別に高額な金銭や食料を要求するなど悪行が目立っているとか。

 それだけならまだしも、奴隷の娘をさらい手籠めにするなど暴挙も働いているようだ。


「……三井達がいた日本という国では奴隷制度が存在せんかったようじゃ。そこに知識の甘さがあったようじゃのぅ」


 アナハールはそう解釈する。

 異世界において奴隷は、貴族に養われた所有物だ。

 ほぼ無償対価で労働を余儀なくされる一方で、税の免除や住まいの提供から食料の配給に至るまで領主である貴族が面倒をみるという制度で賄っている。

 当然ながら国にとって大切な労働力であり、三井達はその重要性を理解せず、ただ「奴隷」という言葉で軽視して暴挙を働いたに違いない。

 

 これがまだ、ならず者の山賊や魔王軍なら秩序を無視した無法者で済んだ話だが、三井達は偽造しながらもギルドに委託された冒険者だ。

 当然、ムウワの冒険者ギルドは顔の泥を塗られたことになり、地元の領主である貴族達も憤慨して事態は大きく広がっていた。


 ――っと、ここまでがアナハールが情報収集のため各国に放っている間者からの報告である。


「クズ共め、とんでもないことをやらかしてこれたのぅ。いずれ奴らがギルドカードを偽造し逃亡した異界の者だとバレてしまうのも時間の問題じゃ。さすれば召喚したグランテラス王国が非難の的となり、ムウラ王国との同盟が破棄どころか他の同盟国からの評価もガタ落ち。下手すれば亀裂が入りかねない事態じゃろう。本来なら、リヒド陛下に報告するべきことじゃが……」


 アナハールはフッと白髭で覆われた口端を吊り上げる。


「――案外、対配信者ライバー用の手駒として使えるかもしれん。まずは様子見じゃな」


 あえて国王への報告を遅らせ、三井達を泳がせようと目論む。

 その背景には、配信者ライバーである「黒咲 佑月」が関係していた。


 ◇◇◇


「……三井達らしき人物が、ムラウ国に滞在しているかもしれないって?」


「まだそう決まったわけではないのですが、黄江さんに占ってもらったところ、その可能性が高いと……彼女の占星術は確かですから」


 移動中、紗羅は芝宮 麗から報告を受ける。

 帰還したバルハルド騎士団長から、自分の生徒である三井達が騎士達を刺殺し逃亡したと知らせを受けた。

 紗羅は途中で引き返してしまった自分の責任だと思い込み、再び活動することを決意する。


 以前からリヒド国王に提案されていた、各砦の防衛強化のため各領地を回っていた。

 その護衛役として、聖騎士パラディンの麗がリーダーとするガリ勉チームが抜擢され同行するに至っている。


 紗羅の依頼を受け、麗はクラスメイトである居残りチームの「黄江 泉」に依頼し三井達の行方を探っていた。


 泉の職業は占星術士アストロジスト

 固有スキルも相俟って、その的中率は折り紙つきである。

 だが「黒咲兄妹」の失踪原因と行方に関しては、泉は口を閉ざして何も言わない。

 決まって不気味に微笑むだけだった。


「じゃあ、私が三井達に会って説得する! あいつらだって、こんな異世界に無理矢理来させられ、魔が差してしまったに違いない!」


「正気ですか、白石先生? 三井君らは三名の騎士達を殺害し遺体をモンスターに処理させようとしたんですよ? 言わば暴走状態、先生が説得しても無駄だと思います。彼らを止められるのは、久賀君だけでしょう」


「しかし、教師として何もしないわけには……」


「三井君達を殺せと命じられるのであれば、今すぐ私達チームが責務として実行いたします。一線を超えた彼らを止めるにはそれしかないと思っていますので」


 厳粛な麗の言葉に、紗羅は無言となる。

 ここは日本ではない。

 異世界で犯した罪は異世界のルールで罰せられなければならない。

 それが、ここの現実リアルだ。


(……黒咲。先生はどうしたらいい?)


 紗羅は自分の無能さに、いつもの吐き気を催してしまうのだった。

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