第33話 消息不明の下衆➁

「三井が逃げたかもしれないって!? それマジかよ!?」


 間もなくして中衛隊と後衛隊が合流してきた。

 姿を消したとされる「下衆チーム」の説明を受けた途端、滝上から驚愕の声が発せられる。


「なるほど、いつまでも戻ってこない理由としてはあり得ますね」


 芝宮 うるはは細い指先で眼鏡の位置を直しながら理解を示した。


「まだそうだと決まったわけじゃない。案外、上層に登る際に何かしらのトラブルに巻き込まれたかもしれないじゃないか?」


 速水は勇者ブレイヴらしく「クラスメイトを疑うのは良くない」と正論を述べている。


「私は優秀な速水君に一目置いていますが、些か論理的な見解に欠けている思考ではないでしょうか? そのような倫理が誰にでも通じるなら、この世に戦争など起こりません。それよりバルハルド騎士団長、確か三井君達の護衛に何名か騎士が同行していましたね?」


「ああ、芝宮の言うとおりだ。後衛の騎士団から3名ほど送り出している。何かあれば、こちらに戻ってくる筈だが……まさか」


「まさかとは?」


「いや、なんでも……速水よ。まだ余力はあるがここは一端、地上に上がらぬか?」


「はい、バルハルドさん。俺は構いません。久賀もいいよな? 四人だけ残ってもダンジョン制覇どころかレベリングすら難しいぞ」


「……チッ。わかった」


 久賀は舌打ちしながらも了承した。

 彼は不良らしく反抗的だが無能ではない。

 寧ろ相当なキレ者であり、ツッパるところと引き際を見極める賢さ持っている。



 それから一行が10階層まで戻った時。

 謎が明らかになった。


「嘘だろ……こんな」


 速水達は目の当たりにした光景に愕然とする。


 護衛についていた筈の三人の騎士が亡骸と化して倒れていた。

 何者かに襲われたようだが、それはモンスターによる仕業ではない。

 遺体には背後から剣で突き刺され、あるいは喉元を掻っ切られた損傷と魔法攻撃による致命傷を与えられた痕がある。

 しかも三人ともが鎧を剥ぎ取られ、武器すらも見当たらない。


「大方、刺殺後に遺体をモンスターに処理させるため、あえて鎧を奪ったのでしょう。ですが私達が予想以上に早く引き返したため、まだこうして残されていたようです」


 麗はしゃがみ込み、遺体を確認しながら冷静に分析する。

 無惨な現場にいながら動じない姿勢。とても女子高生の胆力とは思えない。


 花音や凛でさえ顔を背け、他の女子達も口元を押えながら酷く狼狽している。

 寧ろ彼女達の反応が普通だと言える。


「間違いねぇ、三井達の仕業だぜ」


 言い切る久賀に、速水が「なんだと!?」と逸早く反応する。


「まさか! 何故、三井達がこんな真似をする!?」


「理由は俺と似たようなもんだろ? 力もついたし好きに生きたいと思ったんじゃねーか? 最初からそうするつもりで、これまで文句言わずについて来てたんだろうぜ」


「私も久賀君の意見に同意です。騎士たちの傷に一切の躊躇が見られない。今となっては怪しいですが、須田君の怪我を皮切りに犯行に及んだのでしょう。ここから逃げ出せるチャンスを見越した上で」


 麗の見解に、速水は「バ、バカな……」と呟く。

 彼女の言う通り、須田の怪我が嘘であれば盗賊シーフの固有スキルを駆使し、地上で待機する騎士達の目を盗んでやり過ごすことが可能だ。

 さらに三井は魔法戦士マジックファイターとして魔法攻撃や一時的に敵から姿を消す魔法も習得している。


「で、でもよぉ……この世界でどこへ逃げるって言うんだ? 確かに連中はクズ野郎ばかりだけど、ここまでするか? 俺には信じられねーし、そこまで酷い連中とは思えねーんだけど……」


「――それは違うよ、滝上くん。三井くん達はそこまでする人だよ」


 そう言い切ったのは意外にも、花音だ。

 周囲から心優しい天使、あるいは女神と称えられる美少女から発したとは思えない口調。

 その様子に誰もが驚きの表情を見せる。

 ただ久賀でけが「フッ」と笑みを零していた。


「花音、何を言っているんだ?」


「総司くんだって知っているでしょ? 日頃から三井くん達は事あるごとに、佑月くんを苛めようとしていたことを」


「佑月? 黒咲のこと言っているのか? お前、いつの間に彼を下の名前で……」


「いや、今指摘するところはそこじゃないだろ、総司。ここは花音の見解を聞くべきだと思う」


 花音の良き理解者である凛が脱線しそうな話の修正を行う。

 速水は複雑な表情を浮かべ「……すまない。続けてくれ」と促した。


「……わたし、ずっと見てきたからわかるよ。佑月くんはずっと三井くん達の嫌がらせを受けていた。わたしも気づいた時に止めるようにしていたけど、あのままエスカレートすれば、もっと酷いことされていたと思う」


「確かに、ちょくちょく皮肉めいたことは言われていたと思う。けど実際に殴る蹴るとか、暴力は受けたとことなかっただろ? 黒咲だって断るところは、しっかり断っていたと思うぞ」


 速水の意見に、クラスメイトの何人かが頷き同調している。

 確かに佑月は事あるごとに嫌がらせは受けていた。

 だが「苛め」と言えば微妙なラインでもある。

 当事者達が不在である以上、生徒間特有の「イジり」と言われてしまえばそれで済ませられてしまう。


 しかし花音は頑なに首を横に振るって見せた。


「……総司くん、やっぱり何もわかってないよね? そんなの久賀くんが止めに入っていたからに決まっているじゃない! 久賀くんが悪者になって止めてくれなかったら、もっと酷い仕打ちを佑月くんが受けていたと言っているのよ! そこに倒れている騎士さん達のようにね!」


 思わぬ幼馴染の剣幕に、速水は何も言い返せないでいる。

 まるで彼も三井達と同罪だと言わんばかりの責められようだ。


 花音は以前から佑月の存在を忘れたかのように振舞う、速水やクラスメイト達に態度に苛立っている。

 おそらくその感情がここに来て爆発してしまったのだ。


「花音……言いたいことはわかるけど、総司に当たるのは違うんじゃないか? 黒咲君の件は僕達にも問題はあったかもしれないけど、この事態と一緒にするのはどうかと思う」


 来栖は落ち着きのある口調で諭し諫めている。

 つい思いの丈をぶつけてしまった花音も、「ハッ」と形の良い唇に手を添えて言い過ぎたことに気づいた様子だ。


「わたしったらつい……ごめんなさい、総司くん」


「俺はいいよ。こんな状況だ、優しい花音が混乱するのは仕方ないさ。それより、これからどうすれば……」


「速水、このまま城に戻ろう。リヒド陛下に報告するべきだ。キミ達はしばらく城で待機してほしい。すまんがダンジョン探索は当面の間、中止となるだろう」


 バルハルドは落ち着いた口調で提案している。

 本当なら大切な部下が三人も殺されているのだから誰よりも憤りを見せても良い筈だが、そこは大人の男だ。

 動揺する生徒達への気遣いがあった。


 速水を含む生徒達は素直に頷き了承する。

 ただ麗から、「三井君達のせいで、私達の立場が危うくなったかもしれません」と懸念の声が聞かれていた。


「……安心しろ、団長さんよぉ。三井の野郎達は俺がブッ殺す。必ず落とし前をつけてやっからよぉ」


 久賀は言い切り、バルハルドと共に騎士達の亡骸を背負って地上まで運んだ。


 ◇◇◇


「ねぇ、三井達が逃げたってガチ?」


 グランテラス王城の休憩場にて、居残りチームの新井 優実が仲間達と話している。

 まだ詳細は不明だが、兵士たちの間で持ち切りの話題だ。


「……だねぇ。なんかヤバいことしたらしいよ。あの温厚な王様が凄い顔で怒ってたもん」


「え? まさかボク達まで巻き込まれないよね? ね?」


 千尋の話に、なんちゃってチャラ男の狩谷は懸念し顔色が青ざめている。


「別にあたしら関係ねーじゃん。ずっと城にいるんだしぃ。そっだよね、泉ちゃん」


 優実の問いに、泉は無言で頷いている。


「けど心配だよ……白石先生に相談してみないかい?」


「狩谷、あんたマジで言ってんの? あの先生もう駄目じゃね? 遠征に行って真っ先に戻ってきたと思ったら、ずっと部屋で引き籠ったままじゃん」


「だねぇ。そんな話したら、また泣かれちゃうのがオチぃ。もう笑えないっーの」


 優実と千尋は軽いギャル口調だが、その表情は至って真面目である。

 実際に教師である沙羅はダンジョン探索から三日目でリタイアし、現在は部屋に閉じこもったきり出てくることはなかったからだ。

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