第32話 消息不明の下衆①

 時間は少し戻り、クラスメイト達が『初級冒険者殺しビキナーキラー』ダンジョンに挑み20日以上ほど経過しようとしていた。


 無論、ずっと探索していたわけではなく、疲労回復や補給などの目的で度々地上に戻っている。

 目的は階層制覇だけでなくレベリングも兼ねてなので、あえて危険に挑む理由もなかったからだ。


 彼らは来るべき日に備えて、戦える状態まで成長することが目的であった。

 必ず訪れるであろう、魔王軍が侵攻する時まで――。


 そんな中だ。

 頭角を現したのは、やはり速水率いる勇者チームと久賀の不良チームだ。

 あれからも互いにぶつかり合い相反しながらも強力なモンスターを斃し快進撃を続け、ついに70階層まで到達した。

 

 速水、久賀の双方はレベル25となり、同じチーム達もレベル20越えを果たしていた。

 転移者である彼らは能力値アビリティが高く、おまけに高職業とレアスキル持ちばかりだ。

 今ではグランテラス王国の中でも、彼ら並ぶ実力者は少ないだろう。

 剣の腕に関しても騎士団長オのバルハルドが唯一まともに打ち合えるくらいだ。


 そんな転移者達の急成長にリヒド国王やアナハールなど重鎮達が歓喜する一方で、一部の貴族達から不安視する声が聞かれていた。


「――このまま勇者達が強くなってしまえば、いずれ誰の手にも負えなくなるのではないか?」


 自分達の都合で召喚しておいて、なんとも身勝手な話だ。

 が、実際は的を射る部分も否定できない。


 勇者チームは素行が良く謙虚で従順な姿勢から信頼を集めていた。

 対して不良チームは度々命令を無視し身勝手な行動が目立ち、特に久賀から「ダンジョンを制覇したら好きにさせてもらうからな」と前置きされている。

 強さこそ認めるも信頼に値するチームでは決してない。


 またバルハルドと意気投合する熱血漢の滝上をリーダーとする運動チームは問題視されてないが、芝宮 麗が指揮するガリ勉チームは「私達は感情論に流されたりしません。ましてや騎士道精神の一部は理解し難い無駄論理が多いですね」と否定的かつ 意見の相違が度々あった。


 さらに王城でずっと待機している居残りチームも、最近では脅威の対象として見られつつある。

 理由としてギャルの新井を中心に、いつの間にか城内の警護役として一目置かれるまでの実力を身に着けたことにあった。


 それはクラスメイト達が遠征に出陣している間、王女のシンシアから「戦わない意志は尊重しますが、他の人達と差が出ないよう運動されてはいかがかしら?」と何気に言われたことが発端だ。

 暇で仕方なかった新井達は「そっだね~」と軽く了承し、運動と称した訓練に参加し始めたことにある。


 勿論、ダンジョンで戦っている者達と比較すれば成長度合いはかなり遅い。

 だが居残りチームも転移者の端くれ。

 その高い能力値アビリティとレア職業に固有スキルを活かし、確実にレベルアップしていった。


 しかし異世界の者達にとって、その光景は異様かつ脅威でしかない。

 何せ通常なら、必死で長い月日を費やしてようやくレベルアップを果たせることを彼女らは「超余裕~」と言わんばかりに平然と成し遂げているのだから。


 これが、まだ素行の良い勇者チームと運動チームだけが召喚されたのなら、彼らも素直に喜べただろう。

 仮に不良チームやガリ勉チームだけだとしてもモラルに反する犯罪さえ行わなければ黙認することもできるし、魔王軍さえ斃せば元の世界に戻ってもらえばいい。


 しかし召喚した転移者は、失踪した黒咲兄妹を除いても25名もいる。

 彼ら全てを監視下に置けるだろうか?

 度々そのような疑念の声が陰でほつほつと浸透していった。


 そこで本来なら生徒達の抑制役ストッパーである、教師の『白石 紗羅』に協力を要請するべきだが、今の彼女は情緒不安定で精神的に病んでいるようだ。

 本人なりに生徒達を心配し努力する姿勢を見せるも、事あるごとに嘔気を催し下手をすれば泣き崩れるなど、とても要請できる状況ではない。

 紗羅も黒咲兄妹が失踪してから、気持ちが折れてしまい最近では益々酷くなっているらしい。


 そんな微妙なバランスで成り立っている間で、不安が現実味を帯びようとしていた。



「――三井達が戻ってこないだと?」


 ダンジョンの下層にて小休憩を取っていた、勇者ブレイヴの速水が眉を顰める。

 知らせを受け報告した、賢者セージの来栖は頷いた。


「ああ、負傷した須田君を地上へと連れて行ったきり……思念を飛ばして地上で待機する魔法士ソーサラーとやり取りしたけど、三井君達の姿を見てないそうだ」


「どういうことだ? 須田を地上に送ったら、すぐ戻るって言っていたじゃないか?」


「……やっぱり、須田くんの怪我。わたしが治してあげれば良かったかな?」


 隣で聞いていた、花音が申し訳なさそうに呟く。

 凛は「何を言っている!」と声を荒げた。


「あんな破廉恥な男に、清純な花音を触れさせるわけにはいかん! 即行で汚れてしまうぞ! 特に須田に関しては以前から他のチームからも苦情が上がっていただろ!?」


 酷い言い様だが、凛の主張は大半の女子達が思っていることだ。

 須田 丈範という男はとにかく性欲が強く、クラス内でもいつもやらしい目で女子達を見ていた。

 また口を開くとセクハラじみた発言ばかりで、実際に着替えを覗かれ通りすがりに胸を触られたという女子もいる。


 今回の怪我というのも、遭遇した毒大蛇『ポイズンスネーク』との戦闘中に負ったダメージであった。

 手足などを骨折する重傷だが、中には股間を噛まれ毒に侵されたというふざけた内容も含まれている。

 日頃の素行ぶりから、あからさまに神聖官クレリックの花音による治癒を期待していると勘繰られ、凛や他の女子から「やめた方がいい」「見え透いている」と強く否定され堂々巡りとなる。

 下衆チームのリーダー三井が見るに見かねて「俺らで須田を運んで地上で治療してもらうからいいよ」と彼らと後衛の騎士数名を護衛に地上に戻った経過があった。

 一応、毒消し用の回復薬ポーションを服用することで解毒はしている。

 

 しかし神聖官クレリックとして、花音はこれで良かったのか後悔しつつあった。


「……うん、凛ちゃん。確かにそうだけど骨が折れていたのは本当みたいだし、せめてそこだけでも《治癒ヒール》してあげれば良かったかなって……」


「――相変わらずいい子ちゃんだね、一ノ瀬ちゃんはぁ?」


 嫌味臭く言ってきたのは、不良チームの影山 舞である。

 凛の瞼がピクっと痙攣した。


「私の親友に何か意見があるのか?」


「何よ、サムライガール。あんたの親友を一緒に魔の手から助けたこと忘れたの?」


 そう。須田の治療に当たって凛と一緒に反対した女子は、この舞である。

 彼女も度々、視姦や卑猥な言葉を浴びせられ須田には憤慨していた。


「……そこは感謝している。では何しに近づいた?」


「ムカつく奴……まぁどうでもいいわ。アタシはあんな糞みたいな連中、一ノ瀬が気にする価値はないって言いに来たのよ。いちおう・ ・ ・ ・同じ女子の立場としてね」


「ありがとう、影山さん」


「別に。けど一つ貸しだからね。アタシの仲間が傷ついたら一ノ瀬、アンタが率先して治すのよ。あとレンに触れる際は、必ずアタシの許可を取ること、いい?」


「うん、わかったぁ」


「何故、いちいち影山の許可が必要なのだ? 久賀君と交際しているわけじゃないのだろ? 妄想だと聞くぞ?」


「も、妄想じゃないわよ! ガチでムカつくサムライガールね! 必ず現実にしてみせるんだから覚えてなさいよ!」


 ムキになる舞に、凛は「何を覚えるのだ?」首を傾げたが、それ以上は言及しないことにした。

 捨て台詞を吐いて離れていく舞の後ろ姿を眺めながら、速水は溜息を吐く。


「ふぅ……話を戻すけど、傷ついた須田をチームリーダーの三井と佐渡・鶴屋の二人が率先して地上へ搬送した筈なのに、地上で待機している人達が誰も見てないなんて……すぐる、どういうことなんだ?」


「僕に言われてもね……何せ学校じゃ、三井君達とは接点がなかったから」


「まぁ俺もなかったけど……そういや、久賀は彼らと戯れることが多かったよな? どう思う?」


 速水の唐突な振りに、同じチームの来栖と凛の表情が強張る。

 さも「久賀に嫌われているお前が何を聞いているんだ?」と言いたげだ。

 勇者ブレイヴ、速水 総司は優秀すぎるが故に行動に自信があるからか、場の空気を読まないK・Yところがあった。


 話を振られた、久賀は「フン!」と鼻を鳴らして見せる。


「……別に、どうでもいいけどよぉ。そのまま逃げ出しバックレた可能性が高けーな。最初から、そういう奴らだぜ」


 意外とまともな回答が返ってきた。

 しかもかなり核心をついた内容で……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る