第22話 招かれた集落

「大変、失礼しましたぁぁぁぁぁ!!!」


 木の上からダークエルフの少女を引きずり下ろし、僕達が「グランテラス王国で女神ミサエラから召喚された転移者」という素性を正直に話してみた。

 それでも敵と断定されるなら、もう戦ってキルするしかないと警告した上で。

 

 説明後、何故か少女は土下座し謝罪してきた。

 いきなりの掌返しに拍子抜けしながらも、なんか演技っぽいので言及してみることにする。


「さっきまであれほど疑っていたのに、立場が不利になった途端あっさり僕達の話を信じるのか? 証拠だってないぞ」


「……正直、まだ信じられない部分はあるっす。女神ミサエラの加護で、異界から勇者を招く儀式があるってのは小耳に挟んでいた程度っす。けど魔王軍ではないことだけは、さっきの戦いでわかったっす!」


 跪いた姿勢のまま、綺麗な顔を上げて少女は真っすぐな瞳を向けてきた。

 真剣な眼差しから素直な気持ちではあるようだが、狙われた側としては気を抜くわけにもいかない。

 このまま尋問を続けることにする。


「僕がスリーピーホロウを斃したからか? キミはダークエルフだよね? キミこそ魔王軍じゃないのか?」


「いえ、ウチは野良のダークエルフっす! 近くの集落で仲間達とひっそり暮らしているっす!」


「さっき言ったとおり、僕は転移者だからこの世界の知識に疎いところがある。本で読んだ限り、キミらダークエルフは妖魔族として人族や他の知的種族達と敵対しているんだよね?」


「仰るとおり、白エルフとは険悪っす。それは気の遠くなる歴史の中で表裏一体の関係だから仕方ないっす。ただ人族に関しては必ずそうとは言い切れないっす。向こうから手を出さない限り、ウチらから仕掛けることはあり得ないっす!」


 なるほどね。

 このダークエルフにも何かしらの事情があるってわけだ。

 少なくても魔王軍ではない野良だということは理解した。


「さっきのスリーピーホロウはなんだ? 魔王軍か?」


「いえ、ダンジョンから湧いて出たモンスターっす。時折、何体か抜け出して彷徨い、ウチらの村に被害をもたらしているっす。そして時折、魔王軍らしき者達が捕縛して私兵にしているって噂っす」


「そうか、それで僕達を魔王軍の手先と間違えたってわけだな? キミらダークエルフにとって魔王軍は敵なのか?」


「少なくてもウチらの村では敵っす。何しろ村の若い連中や子供をさらって兵士にするくらいっすから……本当に迷惑っす!」


 随分と魔王軍ってのはやりたい放題の酷い連中だな。

 グランテラスのリヒド国王が異世界召喚してまで対抗する力を欲する理由もわからなくもない。

 このダークエルフの少女が疑心暗鬼になる気持ちも理解できる。


 けど……現実世界の僕達には関係ない話だ。


 僕は愛銃リベリオンをホルスターに戻し、『黒死鳥の仮面ペスト・マスク』を外して素顔を晒した。


「わかった、キミを解放しよう。その代わり、もう僕達には関わるなよ」


「あざーす! しかしながら貴方様達にご迷惑をお掛けしたお詫びをしたいっす! どうか一緒に村まで来てくれないっすか!?」


「え? それって僕達を村に招くってことか?」


「そうっす! 村総出でおもてなしするので、是非に来てくださいっす!」


 う~ん、まさか罠じゃないだろうな?

 しかし野宿ばっかりだったからな……少し羽を休めたい気持ちもある。


 僕はチラっと月渚とネムを見つめる。

 二人は「うん」と頷いていた。

 

「……わかった。一つ聞くけど、ダークエルフってお風呂とかあるのかい?」


「風呂っすか? 個人では所有してないっすけど……村の者が共同で入れる温泉ならあるっす」


「温泉!?」


 今のは僕じゃない、月渚だ。

 珍しく食いついてくる。

 いや異世界に来てから初めてだな。


 妹の嬉しそうな表情を見て、兄として断ったらいけないやつだと察した。


「じゃあ是非に温泉に入れてもらえるかい? あと食事と寝床を用意してくれると嬉しい」


「勿論っす! それじゃウチが腕によりをかけて『ユニコーンの馬糞ライス』を作るっす! 香ばしくて美味いっすよぉ!」


 え? ば、馬糞ライス!?

 そういやエルフ族って白黒関係なく寄食家だと書かれていたぞ!


「……しょ、食事は自分らでなんとかなるかな。それ以外のおもてなしでお願いするよ」


 ひょんな縁もあり、僕達はダークエルフの集落に向かうことになった。


 ダークエルフの少女は、『ヤン・グラヴォイド』と名乗っている。


「気軽にヤンと呼んでくれっす!」


「わかったよ、ヤン。僕は黒咲 佑月だ。佑月でいい……にしても妙な口調だな。ダークエルフはみんなこうなのかい?」


「まぁ、この話し方は兄貴譲りっす。もうかれこれ100年以上前っすかね、ウチがガキの頃、魔王軍に拉致されて行方不明っす。だから魔王軍にはムカついているんすよ」


 100年前か。エルフ族は長寿だからな。

 そんな随分前から魔王軍は何かしらの動きを見せていたってのか?

 だから兄の件もあり、ヤンは目の仇にしていたってわけだ。


「ヤンちゃん可哀想にね……あたしもお兄ちゃん取られたらどうなっちゃうかなぁ」


 お兄ちゃん大好きっ子の月渚もヤンに同調している。

 俺だって大切な妹が誰かに取られるなんて嫌だ。


 あくまで降りかかる火の粉を払うというスタンスだけど、やはり魔王軍とは敵対しなければならない宿命にあるか。

 何故なら、月渚が空席とされる魔王候補とされているからだ。

 ヤンの話を聞く限り、連中は周到に準備をして動きを活発化しているように見える。


 いずれ対峙する時がくるだろう。

 その前に僕はもっとレベルを上げ誰だろうとねじ伏せるだけの力を身に着けないといけない。


 ――僕が月渚を守るんだ。


 ◇◇◇


 道路から外れて半日ほど歩き、夕方には集落に辿り着いた。

 初めて目の当たりにする異郷の村。

 闇側とはいえ森の妖精だけに、木々で囲まれた集落だ。

 本で読んでいた、人族の生活水準とあまり変わりない気がする。


「ようこそお越し頂きました。戦士ヤンが大変失礼なこといたしましてすみません」


 村に入った早々、一人のダークエルフの青年が気さくに声を掛けてきた。

 

「この爺さんは族長のカレフっす」


 爺さん? いやどう見ても二十歳っぽいんだけど。

 どうやら5000年は生きているらしい。

 流石はエルフ族といったところか。


「佑月といいます。どうやって僕達のこと知ったんですか?」


「ヤンは森の戦士であると同時に有能な精霊術士エレメンタリーでもあるのです。森の精霊達を介して、佑月様のことをお聞きしました。どうかごゆっくりお過ごしください」


 へ~え、エルフならではの連絡ツールってやつだな。

 ヤンも移動中、精霊魔法を使った素振りなんてなかったのに、そそっかしいけど相当な腕の持ち主ってところか。


 それから僕達は客人として招かれる。

 空き家を与えられ、しばらくそこで滞在しても良いと言われた。

 また食事はいらないと言ったのに親切にもてなしてくれる。

 例の馬糞ライスではなく、穀物やパンだったので有難く頂戴した。


 そして、月渚の念願だった温泉に入ることができた。

 カレフ族長の配慮で今日だけ貸し切りにしてくれたのか、月渚とネムとヤンの三人で露天風呂を楽しめたようだ。


「お兄ちゃんも一緒に入れば良かったのに。気持ち良かったよ」


「……月渚も年頃だからね。ネムはいいとして、ヤンも一緒なら流石に恥ずかしいかな。僕は後で入るよ」


 まぁ、月渚の裸も最近じゃ見慣れているんだけどね。

 だけど湯上りでほんのり赤く染まった肌と濡れた艶髪を見ていると、妹なのについドキっとしてしまう。

 日々大人びていく月渚を嬉しく思うと同時に少し寂しい気持ちもある。


 僕もつくづくシスコンだなぁ。

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