第20話 レベリング配信

 時間は少し遡る。


 クラスメイト達が『初級冒険者殺しビキナーキラー』ダンジョンにアタックする前日に、花音と凛がミサエラ神殿から立ち去った直後。


「――ミザリー、我らの王が『試練の魔窟』から抜け出したぞ」


 不意に背後から煙のように現れた老人。

 宮廷魔法師の賢者アナハール。


 だがミザリーは眉一つ動かさず、冷静に一瞥する。


「我らじゃなく、貴方側・ ・ ・の王ではありませんか? わたくしの主はあくまで女神ミサエラ様です。貴方とはたまたま目的が合致したまでの間柄。お歳を召して、もうお忘れですか?」


「……そうじゃったのぅ、まぁどちらでも良いわ。して無事に試練を乗り越えたまでは良いが、やはりあの『配信者ライバー』のおかげで成長の妨げになっておる……やはり、彼は隔離するべきじゃったな」


「佑月様……唯一、神々と繋がる代行者ですね。本当に実在していとは、なんと恐ろしい……しかし彼は勇者ブレイヴとは違い善にも悪にもなり得る存在。もう少し貴方が上手に佑月様と月渚様を導けば、そちら側・ ・ ・ ・に組みさせることができたのではありませんか?」


「全てはあの方・ ・ ・からの指示じゃ、ワシの一存ではない。元幹部のシャドロムは斃されたとはいえ、所詮は追放者。今なら始末も容易いが、あの方・ ・ ・から様子を見るようお達しもある……ワシが直接手を出すことはできん。ワシ・ ・はな」


「なるほど。いざとなったら、あの者達にやらせましょうか?」


 ミザリーは冷たい口調で言い、何気にガラス窓を覗き込む。

 その先には訓練を終えた、速水達クラスメイトの姿があった。


 ◇◇◇


 ダンジョンから脱した僕達は旅を続けていた。


 道に沿って延々と歩いて、三日ほど経過している。

 どこに向かっているのかさっぱりわからないが、太陽の温かさと風を肌で感じ、朝と夜があるだけダンジョンより遥かにマシだと思った。

 

 途中、数匹の大きな体躯を持つ狼と遭遇する。

 《鑑定》で調べたら『魔狼ガルフ』であることがわかった。

 通常の狼より二回りほど大きく獰猛そうだが、どいつもレベル10だ。

 その鋭い牙は最硬質とされるアダマンタイト鉱石並みであり、まともに噛みつかれたら結構危ないとされている。


 しかしながら、ネムでさえ既にレベル13に達している。

 正直、僕達の敵ではないだろう。


「どれ、ここは僕が瞬殺して……」


「――お兄ちゃん、お腹すいた」


 僕が踏み込もうとした瞬間、月渚が前へと出てきた。

 その表情は既に虚ろ状態であり、《捕食》スキル発動の前兆が見られている。


「そういや、まだ昼ご飯がまだだったな。わかった《誘導》――」


 自分達が標的にならないよう、《誘導》スキルでガルフ達だけを狙うよう仕向けた。

 地上に上がってから、月渚の空腹衝動は増してきたような気がする。

 モンスターを食らえば食らうほど強くなっている……そんな印象だ。


『いたぁだきまーすぅぅぅ!』


 月渚は魔獣化し、次々とガルフ達を捕えて巨大な口の中へと頬張る。

 僕は周囲に誰かいないか確認しながら替えの服を用意した。


「ごちそうさま……」


 食事を終えた月渚は元の姿に戻り、しばらく恍惚の表情を浮かべている。

 大人びた感じで魅力的だが、真っ裸なのでそれどころじゃない。


 ネムに着替えを促すよう指示し、僕は食い散らかした残骸に何か素材がないか確認する。

 数十本の牙と毛皮を手に入れ、一応 《収納》ボックスに入れた。


 月渚はガルフを《捕食》したことで、《忌避》、《突進》を覚える。

 《忌避》は自分より強い敵から逃げ切る確率を向上させるスキルで、《突進》は直進する移動速度を速くするスキルだ。

 さらに経験値も得てレベル20と、現在レベル21の僕と並びそうだ。


 う~む。

 妹が強くなってくれるのは兄として安心だけど、自分でコントロールできないだけに不安しかない。

 そのうち僕でさえ止められなくなる日が来てしまいそうだ。


 ◇◇◇


 夜、野宿する焚火の前で《配信》スキルを発動した。



【修行ライブ】使い魔のレベリングに付き合ってみた



「こんばんは、黒月兄妹チャンネルです! 今回はネムのレベリングに、この黒月兄が付き合っていきたいと思います!」


「ミャア! ネム、がんばるミャア!」


 僕は半透明のチャット板を囲む形で並べられた篝火かがりび台に向ける。

 舞台用の演出として《生産》スキルで作った物だ。

 その篝火かがりびの中心に、ネムが両腕を掲げテンションを上げてくれている。

 いつも元気いっぱいなので場を盛り上げてくれて助かるわ。



:わーい、ネムたん回ですな

:ちわー

:元気もらえるぅ

:かわいい癒される

:ネムたんさいこー

:頑張って!

:兄キ、お手柔らかに頼むぞ



 やっぱネムは視聴者さんから人気が高いな。

 黒子猫の時も癒しのライブ配信でフォロワーを稼げるし万能な子だと思う。


 僕は篝火かがりびの中心に入り、ネムと向き合い対峙する。

 月渚は離れた焚火の方で「二人とも頑張ってね!」と声援を送っていた。


「それじゃご主人様、お願いするミャア!」


 ネムは腰元の鞘から『雷撃ナイフ』を抜き構えた。


「よし、遠慮なくかかって来い!」


 僕も《収納》ボックスから大鎌の『三日月の死神大鎌クレセント・デスサイズ』を取り出して構えた。



:いや武器でけーよ!

:おまっ、それはないだろ!

:どう見てもネムたんが不利(イラッ!

:フェアじゃない

:やめたれ虐待だぞ!

:通報しましたw

:黒兄は優しいから何か考えがあるんじゃね?

:黒兄を信じています。けどネムたんも心配なので是非これを


【スパチャ】

・《加減》スキルを獲得しました



 僕がいきなり大鎌を出したらコメントが賛否両論と荒れ始めた。

 なんだかなぁ……だったら銃器のリベリオン出したろか?

 それこそ炎上モノだと思う。


 無論、僕だってやりすぎないようにするつもりだし、この癖のある大鎌を使いこなせるようにするための訓練でもあるのだ。

 ちなみに獲得した《加減》はその名のとおり攻撃力を弱めて、どんな攻撃でも峰打ちの状態にするスキルだ。


「【スパチャ】あざーす! ネムも強い子なのでご安心を! それじゃ始めるぞぉ!」


「ミャア!」


 僕とネムの模擬戦闘が始まる。

 互いに刃を交える度に激しい火花を散らした。


 思った以上にネムは強い。

 《軽快》《隠密》《予見》を巧みに使い、悉く攻撃を躱しながら下手をすれば簡単に懐へと入られてしまう。

 『三日月の死神大鎌クレセント・デスサイズ』は大型武器なので至近距離に弱いという欠点がある。

 そうなったら蹴り技で牽制し、《神速》で距離を開けていくしか術がない。

 まぁ実戦なら、それこそリベリオンで零距離から撃ち抜くエグい戦法もあるけどね。


 そんな戦いを数ラウンドほど行い、模擬戦闘はいい感じで終った。

 勝ち負けはないけど、視聴者さんに配慮してネムが優勢っていう絵面で収めてみる。



:ネムたん頑張った!

:黒兄の方がレベル上なのにw

:ネムたんのかわいさ最強!

:黒兄いい奴説、再浮上

:レベリングできた?

:ネムたんにどうかこれを!


【スパチャ】

・《連撃》スキルを獲得しました



 案の定、満足したコメントが多く見られていた。

 やっぱ美少女が負ける絵面なんて誰も見たくないわな。

 ネムも成長が早いのか、模擬戦だけでレベル16と大幅な成長を見せている。

 僕もフォロワー数が23000人とバズり、レベル23に上がった。


 また獲得した《連撃》スキルは任意で連続攻撃を繰り出せることができ、複数でも攻撃範囲に入れば対象になるという、ネムにぴったりの強力スキルだ。

 あとで《譲渡》してあげよう。

 

 こうして僕はライブ配信を終わらせた。



 そして翌日、道路に沿って歩き深く茂った森に入ると。


「――お前ら、そこを動くなっす!」


 突如、木の上から謎の少女が僕達に向けて弓矢を構え威嚇してきた。

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