第17話 それぞれの想い

 階段を上って一時間後。


 カッと発せられた閃光に包まれた僕達は、気がつくと道の真ん中に立っていた。

 青々とした空、まさに快晴だ。

 それにしても、やたらと目が痛い。きっと暗い中でずっと過ごしてきたせいだろう。

 すぐ痛みは治まり目が慣れていく。


 周りを見渡すと草原がいっぱいに広がっている。

 だけど僕達が出てきたダンジョンの入り口らしきモノはどこにも見当たらない。

 また転移されたのだろうか?


 とにかくだ――。

 

「ついにダンジョンから脱出できたぞぉぉぉ!」


 高々と両腕を掲げ、僕は感動と解放感に浸った。

 かれこれ何日ダンジョンにいたのかわからない。

 感覚だと1ヶ月以上は経過していたと思う。


 ライブ配信のおかげと兄妹力を合わせたことでなんとか生活できていたけど、こうして陽の光を浴びると生きている実感と幸福が湧いてくる。


 緊張の糸が解れたのか、ふとクラスメイト達のことが頭に浮んだ。


 真っ先に思ったのは『一ノ瀬 花音』さんのこと。

 いつも優しく声をかけてくれて、僕も密かに憧れを抱いている心優しい女の子。

 突然、僕達が突然いなくなって彼女どう思っているのだろうか?

 心配してくれているのかな?


 本当なら花音さんに会いたい。

 会って、これまで起こったことを全て話したい。


 それにグランテラス王国の件もある。

 特に僕、いや正確には月渚を追放したアナハールとミザリーのこと。

 本来なら奴らに真相を聞き出し場合によっては仕返しも考えている。

 けど果たしてあの二人だけの画策による追放なのだろうか?

 特にミザリーの口振りから誰かに指示された可能性も否定できない。

 案外、リヒド国王の命令だったいう線もある。


 もし国絡みなら、そんな中にクラスメイト達を……花音さんを置いて良いのだろうか?


 ――彼女だけじゃない。

 いつも僕を三井達から助けてくれた久賀くん。

 それに家庭の事情に配慮してくれた白石先生。

 熱血バカだがどこか憎めない滝上。

 無感情で冷たいけど理屈に合えば助け船を出してくれる生徒会長の芝宮さん。


 クラスでぼっちだったけど、何かと気になる人達いる。

 そんな彼ら異世界の連中に利用されてしまわない心配だ。


 本当なら真っ先にグランテラス王国に向かいたいけど、ここがどこだかもわからない。

 まずは情報収集だ。

 そしてレベリングを行い、僕達はもっと強くなる……一国と事を構えるくらいの力を得てやるんだ。

 

 きっと花音さんなら大丈夫だ。彼女には頼もしい仲間がいる。

 親友の壬生屋さんに幼馴染の速水達。

 カースト上位の彼らなら案外、何かしらの異変に気づき対応しているかもしれない。


 その点、月渚には僕しかいないんだ。

 だから僕は妹を優先する。兄として必ず守り抜く。

 まずは月渚の魔獣化をなんとかして普通の女の子に戻してあげたい。


 シャドロムは死に際、「(魔王候補として)権利の辞退はできなくもない」と言っていた。

 だからその言葉を信じて僕達は旅を続けて行こう!


 元居た世界に戻る方法を探しながら……まぁ、戻ったところで何があるわけじゃないんだけど。

 月渚とネムと三人で安心して暮らせる場所ならどこでもいい。


「お兄ちゃん、これからどこへ行くの?」


 月渚が尋ねてくる。

 僕はフッと微笑み、久しぶりに清々しい気持ちで妹の顔を見つめた。


「この道なりにそって、まずは人族のいる町に向かおう。それから情報を集めながら後先にことを考えような?」


「うん、わかったぁ」


「ミャア! ネムはご主人様とルナ様と、ずっと一緒ミャア!」


「ああ、ネムの言うとおりだ。それと月渚、町に行ったら真っ先に何がしたい?」


「……お風呂に入りたい」


 そういや、ずっとダンジョンの中だったから、まるっきりご無沙汰だな。

 辛うじて《洗浄》スキルで身体の清潔は保っていたけど。


 僕は「わかった。そうしよう」と答え、道に沿って太陽がある方向に歩き出した。


 ◇◇◇


 グランテラス王国から黒咲兄妹と子猫一匹が失踪して約1ヶ月余りが経過する。

 生徒達は演習場で訓練を続けており、順調に力をつけていた。

 

 といっても『魔窟』ダンジョンで過ごしていた佑月達ほどではなく、平均にしてレベル5~6程度だ。

 それでも転移者だけありステータス上の能力値は異世界の人族を大きく上回り才能の片鱗を見せていた。


 特に速水と久賀。

 この二人は既にレベル10に達しており、二強と称され一目置かれている。

 さらに芝宮もレベル9に成長し、続いて滝上もレベル8となり騎士団長のバルハルドから高い評価を受けていた。


「今日の訓練はここまでとする! 皆、明日の『ダンジョン探索』に備え体を休めてくれ!」


 バルハルドから激が飛び、一列に並んだ生徒達は「はい!」と威勢よい返答が聞かれている。

 だがこれは速水を含む極一部の生徒だけだ。

 久賀率いる嘗て不良と呼ばれたチームは「フン」と鼻だけ鳴らし勝手に離れて行く。

 副団長のロッジスから「ちょっと待て貴様ら! 団長の話がまだ……」と咎められるも、バルハルドより「別にいい、構うな」と引き止められている。

 彼らは態度こそ悪いが、まだ訓練に参加するだけマシだったからだ。


 やらない派である、新井、狩谷、森脇、黄江の4名は一切訓練に参加せず城に引きこもったまま出てくる気配すらなかった。

 それでもリヒド国王を始めとする誰もが文句を言うことなく客人として受け入れ、現実世界ほどではないにせよ悠々自適な暮らしを送っている。


 速水はその対応を見て「なんて懐の深い人達なのだろう」と信頼を寄せるようになっていた。


 その一方では。


「花音、一緒に戻らないか?」


 訓練を終えた、『壬生屋 凛』が聖堂に訪れ声をかけている。

 神聖官クレリックである花音は同じ職業である枢機卿カーディナルのミザリーから直々に教えを施され頭角を現していた。


「わかったよ、凛ちゃん。ではミザリー様、わたしはこれで」


「はい。明日のダンジョン探索、どうかお気を付けてください。決して無茶をしてはいけめせんよ」


 師となったミザリーの言葉に、花音は「はい」と返答し凛と共に聖堂を出た。


「ミザリーさん、綺麗な人だな。雰囲気も柔らかく優しそうだ」


「うん、凛ちゃん。教え方も凄く上手な人だよ。おかげで初級なら全ての回復魔法を使えるようになったし」


「そうか、それは頼もしいな。私も安心して背中を預けられる」


「一応、同じチームだけど無茶だけはしないでよね。初めての実戦なんだからね」


「わかっている。だが同時に高揚もしているのだ……現実世界でも巻き藁以外で真剣を振るう機会はなかったからな」


 凛は瞳を細め、腰元の愛刀に手を添えて白い歯を見せる。

 刀聖士ソードマスターの性、あるいは英才教育として古流武術の居合道を嗜んできた故か。

 普段は名前どおり凛とした端整な少女だが些か戦闘狂なところがある。

 ちなみに時代小説を読むことを趣味としているのか喋り方がそれっぽい。


 花音は心配を通り越して呆れ溜息を吐いた。


「わたし心配だよ。凛ちゃん……いつか、わたしが居なくなってもいいように回復魔法を覚えた方がいいよ」


 その言葉に凛の足がぴたっと止まる。


「――やはり探しに行くつもりか? 黒咲君を?」


「……うん、けど今は無理。もう少し力をつけないと……一人でもこの異世界で戦えるようにならないと」


「いや、一人じゃない」


「え?」


「私も共に探しに行く。同じクラスメイトとして黒咲君のことが心配なのは一緒だからな。それに妹さんのことも気になる。あとこう見えても大の猫好きなのだ」


「……凛ちゃん、ありがとう」


 大きな瞳を潤ませる親友に、凛は頬を赤らませ照れ笑いをする。


「まぁ正直に言うと、花音を一人にするくらいならっという気持ちが大きいけどな。チームを組む総司には悪いが、私も自分の気持ちを優先する」


「そうだね……総司くん、すっかり順応してしまって、黒咲くん達が居なくなったことをまるで気にしてないわ。本当に不気味なくらい……あれなら、まだ久賀くん達の方がまともに見えるよ」


 幼馴染だからこそ感じる違和感だろうか。

 黒咲兄妹が失踪した後、あれから誰もそのことを触れようとしない。

 寧ろ忘れて無かったことにしようと訓練に明け暮れているか、あるいは城で屯しているか。

 唯一まともなのは親友の凛だけだ。


 花音は以前から、速水を含むクラスメイト達に密かな不信感を募らせていた。

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