第15話 奇妙な師弟
「――まだだ!」
僕は足を突き出し、襲ってくる大鎌の柄を蹴った。
反動を利用して仰け反りながら後方へ回避する。
《感知》スキルのおかげで真っ二つこそならなないも、袈裟斬りで胴体を斬られてしまった。
激痛が走り。さっきよりも裂傷が深く血が噴き出てしまう。
落下し石床に背部を叩きつけられるも、僕は体を滑らせながら《収納》ボックスを出現させる。
すかさず銃口を向けたが、シャドロムはそこにいない。
いつの間にか寝そべっている僕の頭上側に立ち、ペストマスク越しで見据えている。
「思った以上に傷は浅い。戦う覚悟もない癖に生への執着があるのか?」
「僕には守りたい存在がいる……だから絶対に死ねない!」
「ならば答えは出ているだろ? 戦え! でなければ試練を乗り越えることは不可能。汝の大切な存在とやらも失うことになるぞ!」
こいつ、どうして戦わせることに執着する?
殺せるなら、とっくの前に殺せただろうに……。
まるで僕に何かを説いているようだ。
僕はチラっと横目で妹達に視線を向ける。
月渚とネムは凶悪な地獄の番犬ことケルベロスと戦闘中だ。
ネムが素早い動きと身のこなしで引きつけ攻撃を与えながら、月渚が魔法を込めた弓矢で猛獣を射っている。
僕が施した《統率》効果により、なんとか互角に戦えているように見えた。
ここでもし僕が死んでしまったら……。
仮に月渚なら魔獣化して勝てるかもしれない。
けどその後どうする?
妹はたった一人、異世界で生きることになってしまう。
誰も支える者がいなく孤独のまま……あるいは魔王として仕立てられてしまうかだ。
「駄目だ……僕が守る! 月渚は兄ちゃんが守る!」
:いいぞ兄!
:兄キ覚醒!
:そうでなきゃ
:行け兄キ!
:うりゃ!
:これで勝利を!
【スパチャ】
・《予見》を獲得しました。
「視聴者さん、あざーす!」
僕は銃口を翳し、覗き込むジャドロムの顔に向けて発砲した。
奴は当然のように躱し離れる。
傷の痛みを堪え、僕は飛び跳ねて拳銃を構えた。
シャドロムの脚部を狙い三発ほど撃ち、奴は《跳躍》スキルで悠々と上空へと逃げていく。
「まだ手を抜くか……いい加減、飽きたぞ。次で必ず殺す!」
「無理だな。これは伏線だよ、確実に勝つためのな!」
僕は既に手を打っている。
シャドロムが跳躍したと同時に回避するであろう上空にあるモノを投擲していた。
それは手榴弾こと『ハンド·グレネード』。
《収納》ボックスを開放した時、弾倉と共に取り出していた武器だ。
構造はシンプルで、信管と呼ばれる起爆装置と《錬成》して作った爆薬によって構成されている。信管に付いている安全
尚、素材には魔力鉱石が含まれているため、その威力は現実世界の比ではない。
これも獲得した《予見》で実行できたこと。
相手の数秒後の動きを知ることができる強力なスキルだ。
ただし複数同時は予見できないという制約もある。
この《予見》スキルでシャドロムが弾丸を回避して上空に逃げるところまで先読み、ピンポイントでハンド·グレネードを投げてやった。
丁度、三秒後――シャドロムの目の前で爆発が起こる。
「ぶほぉっ!?」
今度はジャドロムが地面に叩きつけられた。
だが奴は手にしていた大鎌を床に突き立て起き上がろうとしている。
目の前で爆撃を受けたのに、なんてタフだ。
いや、もう虫の息。《軽快》スキルで辛うじて致命傷だけを避けただけか。
しかし、もう。
「チェックメイト――僕の勝ちだ、《会心》ッ!」
任意でクリティカルヒットを繰り出せるスキルを発動し引き金を引く。
撃ち放たれた弾丸は通常よりも威力を増して、ジャドロムの胸部中心に直撃する。
一瞬で抉り抜き大きく貫通させた。
「ぐわっ!」
シャドロムは力が抜け落ち仰向けで倒れる。
僕はリベリオンの銃口を向けたまま奴に近づく。
「……み、見事な覚悟だ。それでいい……敵に情けを見せるな。それがこの世界の
「あんた……僕達が別世界から来た者だと知っているのか? 最初の口振りといい、僕を試し教育するような戦い方といい……どんな存在なんだ?」
それに確信した。
シャドロムは自分の能力値をあえて低くしている。
僕より遥かに高レベルの癖に、似たような数値とか普通に考えてあり得ない。
まるで無理ゲーにしないよう難易度を下げ、僕に合わせて調整したかのようだ。
「……我は試練の番人。この『試練の魔窟』を管理する者……
「あの方って誰だ? 僕達をここに転移させたアナハール、あるいはミザリーか? 主とは……やっぱり月渚のことか?」
「その者達は知らん……『蛮行の神』とだけ言っておこう。そして主とは、汝の言うとおりあの娘に当たる……まだ片鱗だが、やがて偉大なる『魔王』となるであろう」
蛮行の神? 全てそいつの思惑だってのか?
それに魔王って……やっぱり月渚はそうなのか?
「どうして月渚なんだ!? どうして月渚じゃなきゃいけなんだ!?」
「……知らん。全ては
いや350年も生きていれば十分だろ。
てかそんなに長く、このダンジョンを管理していたってのか?
ジャドロムは手を小刻みに震わせながら腕を掲げてきた。
「
「シャドロム、あんた魔王軍の魔族か? 悪いが妹を魔王にさせるつもりはない! それよりも、月渚を元に戻す方法はないのか!? 《捕食》スキルを削除する方法は!?」
「フッ、
「……そうか」
本当なら強引にでも聞き出してやりたい。
けど、死に際の相手にそうするべきではないと思う。このまま静かに看取るべきだ。
特にシャドロムは正々堂々と僕に戦いとは何たるかを教えてくれた。
敵でありながら奇妙な師弟感すら覚えてしまっている。
だから最後くらい敬意を抱き散らせたい……そう思った。
「……ぐふっ! わ、我に勝った褒美として、汝に我の装備を授けよう……好きに使うがいい。それに奥に地上へと昇る出口がある……治癒用の
「あ、ありがとう、ジャドロム。なんかそのぅ……ごめんよ」
「礼や謝罪など不要だ……寧ろ感謝しているのだ。これでようやく呪いから解放され……」
言葉が途切れたと同時に腕の力が抜け落ちる。
シャドロムは動かなくなり、その身は霧状と化して消失した。
そこには彼が被っていた、ペストマスクと
「……これを僕に譲ると言うのか?」
僕は呟きつつ、《鑑定》で調べるのは後にする。
今は戦っている妹達に加勢するため、愛銃リベリオンを構えた。
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