第7話 魔窟と変貌

 どこだここは?

 気がつくと暗闇の中にいた。

 何も見えない世界、唯一抱き締めている月渚とネムの柔らかさと温もりだけを感じている。


「……お兄ちゃん、ここどこ?」


 胸元で月渚の弱々しい声が聞こえた。


「地面の手触りがゴツゴツしている……岩? 洞窟なのか?」


 立ち上がり、手を伸ばすが何も触れられない。

 十歩ほど歩き、岩壁に触れることができた。


「やっぱり洞窟のようだ。転移されたのか、僕達は?」


 あの爺、アナハールとミザリーによって。

 何故だ?


 やはり月渚が魔王候補かもしれないからか?

 けど芝宮さんの案をリヒド国王は受け入れてくれたじゃないか?

 心変わりして、あの二人に始末を命じたのか?

 あるいは最初から月渚を追放するための嘘……。


 僕達の信用を得るために人格者を演じていたのか?

 シンシアが友達になってくれたのもその伏線だとしたら?

 やっぱりテンプレだったということか。


 僕はグッと奥歯を噛みしめる。

 悔しい……一時でも異世界人を信じた僕がバカだった。


 けどミザリーは僕に対しては「悪いようにはしない」と言っていた。

 それにアナハールが残した言葉が気になる。


 シナリオ、新たな王、試練。


 そして僕の職業、配信者ライバーが神々の代弁者だということ。


 わからない……わかる筈もない。



 しばらく佇んでいると次第に目が暗闇に慣れていく。


 ここに留まる理由もないので、僕は月渚の手を繋ぎゆっくりと前に進んだ。

 彼女は片腕でネムを抱えている。


「王立図書館で読んだ記憶がある……この異世界には『魔窟』と呼ばれるダンジョンが幾つも存在するらしい」


「ダンジョン? あたし達はそこに飛ばされちゃったってこと?」


「多分そうだ。けど月渚を危険視するなら牢獄に閉じ込めて、ずっと監視すればいいだけのこと。わざわざ追放する意味がわからない」


 おそらくこれが「新たな王の試練」ということなのか?

 じゃあ、国王に仕えるアナハールは何者なんだ?


「お兄ちゃん、あれ」


 月渚の声を同時に、僕も何かに気づく。


 前方から仄かに輝く赤い光が無数に見えていた。

 しかもゆらゆらと揺らし、こちらに近づいて来る。


「僕達以外にも誰かいるんだ! おーい!」


 片手を大きく振って呼び掛ける。

 するとそれらはの動きは活発になり、物凄い勢いで迫ってきた。

 なんだ? 何かが可笑しいぞ。


「お兄ちゃん、あれ人間じゃないよ!」


 月渚が最初に気づいた。

 僅かに見えるシルエットから二足で移動しているがあまりにも巨大すぎた。

 軽く三メートル超えている。

 しかも隆々とした上半身であり、特に頭部が歪な形であり両角の生えた猛牛のようだ。

 手には戦斧と棍棒のような武器をそれぞれ握りしめている。

 僕が読んだ書物にも載っていた奴だ。


「――ミノタウロスだ! 逃げろぉぉぉ!」


 ダンジョンでは定番の中ボスのような存在。しかも5体もいる。

 月渚の手を引っぱり、歩いていた方向から逆へと駆け出した。


「……お、お兄ちゃん」


「大丈夫だ! 月渚は必ず兄ちゃんが守る! 守ってみせる!」


「違うの……あたし……お腹空いた」


「え?」


 緊急事態だというのに、突拍子のないことを言い出す妹。

 一時間前に城で食べたばかりだというのに。


 僕は戸惑いながらも逃げることを優先した。


 ◇◇◇


 あれからグランテラス王城内は騒然となっていた。

 黒咲兄妹が失踪したと、リヒド国王の耳に入ったからだ。

 緊急としてクラスメイト達が玉座の間に集められ、経緯が説明されている。


「――嘘です! 佑月くんと月渚ちゃんが脱走したなんてあり得ません! 貴方達が何かしたんじゃないですか!?」


 真っ先に噛みついたのは花音だった。

 彼女はつい先程まで部屋に訪れ、二人と会話しているので当然の疑惑だ。

 その現場は監視の兵士達も確認していた。


「落ち着け、花音」


「はぁ!? 総司くん、何を落ち着けって言うの!? こんなの見え透いたあからさまなことじゃない!?」


「一ノ瀬さんの疑惑は最もですね。なんでも連れていた子猫までいなくなったそうじゃないですか? 厳重に監視された状態でどうやって二人と一匹が逃げ出せたのでしょうか?」


 芝宮 うるはも疑念を投げかけている。

 ただ聡明な彼女は私情ではなく客観的な視点での疑問だ。


「アナハールの報告からだと、発見時に窓が空いていたそうだ。憶測だが、そこからではないかという見解である。そうだな?」


「はい陛下、その通りですじゃ」


「そこって四階でしたよね? 黒咲君にそのような能力はありませんよ」


「だが妹の月渚殿はどうじゃろう? 《捕食》は食らったモノの能力を取り込むスキルじゃ。生き物であれば調理加工されたモノすら該当する」


「ましてや魔王が備わっていたとされるほどの固有スキル。その強力な能力故に覚醒直後はコントロールできず暴走してしまうことも稀にあります」


 ミザリーの補足に、芝宮は「なるほど」と理解を示し始める。


「ならよぉ、クロ助……いや兄貴の方は、とっくの前に食われちまったかもしれなくね?」


 三井は言葉を選びながら不敵な笑みを浮かべた。

 ちなみに数刻前に滝上に殴られた頬は神官達によって回復されている。


 他のクラスメイト達から「バケモノ認定されたから逃げ出したんじゃないのか?」「あんなこと言われたら普通そーなるよな」と理解を示しつつ、中には「国王からあれだけ厚遇を与えられたのに酷くね?」「後先考えろ。何も逃げ出すことないだろうに」と呆れた声すら聞かれた。


 仲間の反応に、花音は顔を顰めやるせない気持ちになる。


「そんなの可笑しいです! いきなりすぎるじゃありませんか! そう思いますよね、白石先生!?」


「……あ、ああ、そうだな……うん」


 白石は曖昧な返答をする。

 その様子から、以前の毅然とした多くの生徒達に慕われていた姿は見られない。

 異世界転移後、彼女は教師として自信を無くしてしまっていたのだ。


 花音は「……先生」と呟き愕然した。


「チッ、アホらし。オメェら行くぞ」


 久賀は舌打ちし、仲間達と共に玉座の間を出て行く。

 扉の前に立つ兵士に向けて「どけコラ!」と因縁をつけている。


「……う、うう……ルナ。せっかくお友達になれたのに、どうして」


 シンシアは国王の隣でひたすら涙を流していた。

 演技のようでもあり本心のようにも見える。


「佑月くん……無事だよね?」


 今の花音はそう信じるしか術がなかった。


 ◇◇◇


「……お腹空いた」


 ミノタウロス達から逃げる中、月渚はずっと呟いている。

 幸い連中は足が遅いので大分距離を稼げてと思う。

 あるいは逃げ切ることができたか。

 しかし、どこに逃げているのかもわからない。


「……お兄ちゃん、お腹空いた」


「ごめん、食べ物は何も持っていない。もう少し進んだら探しに行こう、な?」


「ううん……食べ物はあるよ、目の前に」


「ミギャア!」


 普段大人しい筈のネムは叫び、咄嗟に僕の胸に飛びついてきた。

 何か異変を察知したようで、ガタガタと小刻みに震えている。


「どうした、ネム?」


 すると目の前の空気が変わり、異様な緊迫感が周囲に広がる。

 直後、月渚の体が変貌し肥大化した。

 華奢で可愛らしかった姿どこにも見当たらない、5メートルはあるだろう巨人の姿。

 異様に盛り上がった歪で屈強そうな体躯、隆々とした長い尻尾、頭頂部には鋭く尖った角が生えている。

 まるで一角の『鬼』を彷彿させる禍々しい魔獣と化したシルエット。


 月渚は赤々と燃えるように輝く縦割れの双眸で僕を睨む。


『おニィちゃ~~~ん、たァべてェもい~~~い!!!?』


──────────────────

お読みくださいましてありがとうございます!

次回でようやく第0話の冒頭へと繋がり、物語は一気に加速していきます。

ついに主人公が覚醒か!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る