第6話 突如の追放
あれから僕と月渚は用意された新たな部屋へと案内された。
二人でも十分余るほど広い部屋であり、トイレや浴室も完備されている。
騎士団長バルハルドより、「許可が降りるまで極力部屋から出ないでほしい。食事は使用人が持ってくる。何かあったら呼び鈴で使用人に申し付けること」を指示された。
リヒド国王の温情的な配慮もあり、至れり尽くせりでありがたいのだけど。
でも魔王候補のレッテルを張られた月渚にとって、この状況……軟禁あるいは幽閉と言うべきか。
「しっかし広い部屋だよなぁ! 僕達が暮らしていたアパートの倍くらいあるんじゃないか? ネムも外に出なくてもいい散歩になるだろう、なぁ?」
僕はあえてテンションを上げ、広いベッドで大の字で寝転がりながら傍で寝ている子猫の頭を撫でる。
ネムは擦り寄り「ミャア」と甘えてきた。
「……お兄ちゃん、ごめんね。あたしのせいで、お兄ちゃんまで巻き込んじゃって」
月渚はベッドに腰を降ろしたまま俯き、ぽろぽろと涙を流している。
「別に月渚が悪いわけじゃないだろ? 大丈夫だ、何があっても兄ちゃんは一緒だからな!」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
僕に寄り添ってくる、月渚。
そんな妹の頭を優しく撫でた。
「それにしても、リヒド国王が人格者で助かったよ。兄ちゃんが読んでいたWeb小説だと必ずと言っていいほど酷い目に遭っているテンプレ展開だからね」
「うん、シアちゃんも守ってくれて……嬉しかったよ」
「ああ、友達っていいな。兄ちゃんにはいないけどね」
「どうして? お兄ちゃん、中学まで仲の良い友達いたじゃない?」
「……別にいいだろ。僕は月渚とネムが傍に居てくれれば幸せなんだ」
僕に嫌がらせしてくるのは三井達だけだし、特にクラス馴染めないとかハブかれてないから、友達を作ろうと思えばなんとかなったかもしれない。
きっと僕が原因なのだろう。
中学は義務教育だったし、祖父の下で暮らしていたから気が楽だった。
けどそう甘えてられないと、家を出て月渚と二人で暮らすようになってから生活環境が一変する。
全部の責任が僕に押し寄せてきた。未成年なので保証関係だけは祖父に頼みなんとかまかり通っている。
だから本来、僕が高校に行く理由は特にない。あえて言えば中卒より高卒の方が就職に有利だと思っている程度だ。
でもクラスメイト達は違うように思えた。
なんていうか人生に余裕があると言うか、夢と目標があり毎日が楽しそうに見える。
まるで別世界であり、空虚感に苛まれてしまう。
僕にはその余裕がないからだ。
月渚が20歳にまるまで頑張ると決めてから毎日が忙しい。
考え方も今時じゃなく、きっとみんなとは合わないだろう。
そう勝手に思い込み壁を作っていた部分は否めない。
などと考えていると扉をノックする音が響く。
鍵を外して扉を開けると、そこに一ノ瀬さんが立っていた。
「突然ごめんなさい、黒咲くん。ちょっとだけお話してもいい?」
「僕はいいけど……一ノ瀬さんは大丈夫なの?」
「うん、わたしの
流石、カースト上位の女神様。
異世界でも、その聖女としての存在感は圧倒しているらしい。
僕は一ノ瀬さんを部屋に招いた。
彼女は月渚とネムに「こんばんは、お邪魔します」と挨拶を交わしている。
「一ノ瀬さん、あの時は庇って頂いてありがとうございます」
「わたしのこと花音と呼んで、黒咲くんも。当然だよ、月渚ちゃん少しも悪くないもの」
「それで一ノ瀬、いや花音さん……僕に話って?」
「……うん、学校じゃ話す機会はなかったけど、ここなら大丈夫かなって」
何がだろう? まさか告白……なんてのは流石にないか。
花音は深呼吸を繰り返し、自分の気持ちを落ち着かせている。
そして僕の方をじっと見据えてきた。
「黒咲くん。その額の古傷どうしたの?」
「え? ああ小学一年生くらいの時かな、事故にあってね」
まだ生きていた母親と買い物に出かけている最中だ。
建設中のビル付近を歩いていると、急に幾つかの鉄骨が頭上に落下してきた。
僕は目の前に歩いていた女性を反射的に押し退け、もろにそれを食らってしまう。
幸か不幸か体が小さかったこともあり、僅かな隙間が生じて命に別状はなかったけど大怪我をしたことに変わりない。
この額の傷はその時の名残りだ。
「それね、わたしのお母さんだったんだ」
「え? そうなの?」
「うん。あの時、わたしも離れた場所にいたんだよ。あの時の男の子、黒咲くんをわたしは鮮明に覚えている……今でも凄く感謝しているの。お母さんを助けてくれてありがとうって、だから高校で再会した時はどんなに嬉しかったか。でも中々、話す機会がなくて……ごめんなさい」
「花音さんが謝る必要なんてないよ……そうか、それで何かと僕に優しくしてくれたんだね?」
「それもあるけど……それだけじゃないと言うか」
「え?」
「ううん、なんでもない。今のは忘れて、ね」
急に頬をピンク色に染める、花音さん。
僕はよくわからず、首を傾げてしまう。
「だから今度はわたしが黒咲くんを助けるからね! 月渚ちゃんも含めてね!」
「ありがとう嬉しいよ、花音さん。良かったら僕のこと佑月って呼んでね」
「うん、佑月くん……ようやく打ち明けられて良かったよ、えへへへ」
花音さんは恥ずかしそうに微笑を浮かべる。
それから少しお話をして、彼女は退室していった。
高校に入り、初めて友達ができたというか。
彼女との距離が縮まったように思えて嬉しかった。
「――楽しく過ごせていますかな、
不意に窓際から、しわがれた声が聞こえた。
僕と月渚は視線を向けると、そこに賢者アナハールが立っている。
いや老人だけじゃない。
すらりと佇んでいる金髪碧眼美女、ミザリー枢機卿もいた。
「なんですか、アナハールさん!? ミザリーさんまで……二人共どこから入ったんですか!?」
「すまんがお主には用はない。所詮は神々の代弁者、イレギュラーの存在じゃ」
昼間とは打って変わって雰囲気が異なる、アナハール。
まるで別人と話しているようだ。
「か、神々の代弁者だって? この僕が?」
「どうでもよい。ワシらが、用があるのはそこの娘じゃ」
手にしていた杖先を月渚に向ける。
「あ、あたし?」
刹那、月渚を中心に青白い光を放つ魔法陣が浮かび上がる。
見たことがあるぞ! あれは転移用の魔法陣!
確かミザリーの神聖魔法だ。
「いきなり何をするんです!? ミザリーさん、やめてください!」
「申し訳ございません、佑月様。貴方はここに留まりなさい。決して悪いようには致しません」
「嫌だ! 大切な妹を見捨てるわけないでしょ!」
僕は駆け出し、眩い光輝の中に入った。
飛びつく形で、月渚を強く抱き締める。
「お兄ちゃん!」
「ミャア!」
いつの間にかネムまで魔法陣に入っていた。
僕は必死に片腕を伸ばして子猫を抱き寄せる。
「……シナリオとは若干異なるが、まぁいいじゃろう。これも新たな『王』を導く重要な試練じゃ」
最後、記憶に残っていたのは、アナハールが吐き捨てた言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます