第2話 異世界転移

 光に包まれ視界が真っ白になったと同時に、何か巨大な力で吸い込まれていくような感覚が襲う。

 それらが治まったと思った直後、僕達は石造りの床に立っていた。


「召喚術が成功いたしました」


「流石はミザリー枢機卿カーディナルじゃ。女教皇ハイプリエステス不在だというのに、異界の勇者達をこれほど呼び寄せるとは実に見事じゃ!」


 目の前にいる二人の男女が何やら話している。

 一人は艶のあるブロンドヘアーの白人女性。白い法衣に身を包んだ金髪碧眼の美女だ。


 もう一人は赤い生地に金色の刺繍が施されたローブを纏う随分と小柄な老人。

 床に届きそうな長い口髭を生やしている。手には杖が握られていた。


 さらに後ろに白装束姿の集団が立っており、僕達を見て「おお~、異界の勇者達よ」と歓喜の声を漏らしている。


 僕達が異界の勇者?

 よく見ると石造りの建物内にいる。

 美しい彫刻の柱に支えられたドーム状の建築物、どこか荘厳な神聖さを感じてしまう広間だ。


「んだぁ、テメーら? その口振りだと俺らに何かしたのはテメェらのようだなぁ?」


 久賀くんが前に出て、二人に鋭い眼光を浴びせ圧をかけた。

 当然、クラスメイト達も「なんなんだ、こりゃ!?」と憤慨している。


 すると金髪の美女は僕達に向けて丁寧にお辞儀して見せた。


「これは失礼いたしました、異界の方。わたくしはミザリー、グランテラス王国大神殿の枢機卿カーディナルであり、女神ミサエラに仕える者です。どうかお見知りおきを」


「ワシはアナハール、グランテラス王国の宮廷魔法師にて賢者じゃ。歓迎いたしますぞ」


「そういうこと聞いてんじゃねぇよ。テメェら何してくれてんだよって言いてぇんだ。はっきり言ってこれって誘拐だよな、先生?」


 久賀くんは白石先生に振ると、彼女は迷わず頷いた。


「ああ客観的に見てもそう言えるだろうな……しかし何がどうなっているのかさっぱりわからん。少し頭が混乱してまっている」


「これって異世界転移ってやつしょーっ? アニメとかでやっているやつぅ」


 茶髪ギャルのJK、新井あらい 優美ゆうみが軽い口調で言ってきた。

 地味な僕とは絶対に住む世界が違うだろう派手な身形と濃いめの化粧をしている。

 素の顔立ちは可愛らしい方で雑誌のモデルにいそうな感じだ。


「馬鹿馬鹿しい非現実的ではありますが、実際彼らと会話が成立している以上、現実と受け止めるしかなさそうですね。相手側に敵意がないようですし、とりあえず話だけでも聞いてみてはいかがでしょうか?」


 落ち着いた口調で提案してくる、銀縁眼鏡を掛けた知的風の美少女。

 女子にしては高い身長に抜群のスタイル、顔立ちも清潔感のある大人びた雰囲気。

 彼女は、芝宮しばみや うるは

 学校の生徒会長で、全国模試で一位を誇る才女だ。

 また家は相当なお金持ちであり財閥の令嬢だとか。

 

 芝宮さんの意見に、白石先生は「そうだな」と頷く。


「ふぉふぉふぉ、物分かりが良くて助かりますのじゃ。では国王の下にご案内いたしましょう。そこで詳しく説明させていたしますのじゃ」


「胡散臭せぇ喋り方だな、ジジィ。今時、『じゃ』とか付く爺さんはファンタジーだけだぜ」


 うん、久賀くん。その人、きっとそのファンタジーのお爺さんだよ。


「……お兄ちゃん」


 月渚が不安そうに制服の袖を引っ張ってくる。

 キャリーバスケットから子猫のネムを取り出し、片手で抱きかかえていた。


「大丈夫、月渚は兄ちゃんが絶対に守ってやるからな」


「うん、信じている」


 そうさ、僕には月渚がいるんだ。

 たった一人の妹、兄として必ず守ってみせる。


 ◇◇◇


 僕達は場所を移り、『玉座の間』という広間に案内された。

 各柱には、頑丈そうな鎧に身を包む騎士達の姿が見え手には槍を持っている。

 床に赤い絨毯が敷かれ、石段を上がった場所に玉座が設置され銀髪の男が腰を降ろしていた。

 ゆったりとした赤いガウンを羽織り頭部には王冠が乗せられている。

 精悍な顔立ちで口髭を生やし、碧い瞳で僕達を見下ろしていた。


 男の隣には長い銀髪を纏めた華やかなドレスを纏う綺麗な少女が立っている。

 幼い顔立ちで、月渚と同じ年くらいだろうか?


 玉座に座る男は口を開いた。

 

「よくぞ参られた勇者達よ。余はグランテラス王国の王、リヒド・ミッシェル・ワンダ・ゴールデンだ。隣の者は我が娘、シンシア王女だ」


「以後お見知りおきを、勇者様」


 シンシアという王女はスカートの裾を持ち上げ、丁寧にお辞儀をして見せる。


 どうやら僕達は本当に異世界転移されてしまったようだ。

 しかもクラスメイトごと。


 そしてリヒド国王「其方らの立場からすれば、さぞ混乱しているだろうが、まずは私の話を聞いてほしい」と前置きされ、僕達を召喚した理由が語られた。


 この異世界では様々な種族が存在し、中でも人族と魔族の間では長きに渡り戦争が続けられているらしい。

 魔族達は数こそ少ないが固有に強力な力を秘めた邪悪な存在であり、おまけにモンスターを使役して人族の国を滅ぼし侵略しているようだ。

 人族は数と他種族の強力で対抗を試みるが、最近では頼みの数が減少して枯渇の一途を辿っているとか。


「……魔族らは『魔王軍』と名乗り、モンスターを率いって今もなお各国に侵攻を続けている。魔王軍と称しているが、『魔王』と呼ばれる者が存在していないのが幸いだ。しかし人族も長きに渡る戦で衰退し滅びの危機を迎えている。そこで文献に乗っ取り、異界から勇者となるであろう其方らを呼び寄せる儀式を命じたのだ。其方らは神々の加護を受け恩寵ギフトを宿している。どうか我らに力を貸してくれまいか?」


 う~ん……困っているのは凄くわかるけど、別世界の無関係な僕達からすれば身勝手な都合と理由だとしか言えない。


「はっきり言わせてもらいますが、教師の立場として生徒達を貴方達の戦いに巻き込ませるわけにはいきません。悪いですが別の人を当たってください。そして私達を元の世界に戻してください」


 白石先生の毅然としたもっともな主張。

 クラスメイト達も「そーだ! とっとと帰せ、この髭野郎!」と怒鳴り罵声を浴びせる。


「申し訳ございませんが、皆様は女神ミサエラのお導きで召喚されたお方達です。わたくし達に帰還させる術はございません」


 ミザリーが答えた。


「しかし貴女が私達を召喚させたのだろ? 同じ方法で帰すことができる道理じゃないのか?」


「いえ、私は女教皇ハイプリエステスの代理として、主である女神ミサエラの力を行使したまでのこと。つまり皆様は、女神ミサエラが必要と認め選ばれたお方達なのです。わたくしの一存で帰還することは不可能なのです」


「文献では、これまでも何度か異界との召喚儀式は行われておる。『災厄周期シーズン』を終わらせれば、このままこの地に留まるか帰還するのかを女神ミサエラに問われると記されておる」


「シーズン? なんですか、それは?」


 アナハールの説明に、白石先生は眉を顰める。


「――魔王軍の殲滅じゃ。さすればお主らは元の世界に戻れるじゃろう」


 なんだかえらいことに巻き込まれてしまったぞ。

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