第1話 クラスメイト
「おいクロ助、パン買ってこい!」
「嫌だよ。自分で行けば?」
昼休み。
今日もクラスで
中学の頃はヤンキーだったこともあり、黄土色に染めた短髪がその名残を見せていた。
近くには三井の仲間である三人の男子がニヤついており、この四人が僕に対して頻繁にちょっかいをかけてくる。
けど僕は怯えたり媚びたりしない。
怖くないといえば嘘だけど、たとえ独りになっても自分が間違ってない限りは強い意志を貫くと決めている。
大切な妹に恥じない兄でいること。
それが僕のポリシーだ。
でも、そういった姿勢はスクールカーストではウケが悪いのか。
特に親しい友達がいるわけではなく、クラスではぼっちでいることが多かったりする。
まぁ人畜無害キャラという意味でハブかれることはないし、一応は親し気に構ってくれる女子はいるけど……。
「クロ助、テメェ調子に乗ってんじゃねーぞ! あいつさえいなきゃ、テメェみてぇな雑魚なんぞ今頃」
「――あいつって俺のことか、ああ?」
不意に近づいてくる高身長の男子。
女子のように背中まで伸ばした金色の髪。耳には幾つもピアスが着けられている。
痩せマッチョの割には中性的な顔立ちをしたハーフっぽいイケメン。でも両親は日本人らしい。
この学校、いや街屈指の喧嘩屋で半グレだけでなく暴力団ですら一目置くと言われる超ヤンキーだ。
そんな本物ヤンキーの登場に、イキっていた三井達は表情を強張らせる。
「く、久賀君……俺らに何か用?」
「ら、じゃねーよ。テメェに用があるんだよ、
「え? 俺、ディスってないよ。なぁ黒咲、俺ら友達だよなぁ」
「そいつを気安く呼ぶんじゃねぇ、オラッ!」
「ぐほっ!」
久賀くんは三井に強烈なボディブローを食らわせた。
奴の顔色が青ざめ、その場で蹲り悶絶している。
そんな三井の様子に三人の仲間は「ひぃ……」と喉を鳴らした。
「フン。パンピーらしく勉強でもしてろ」
鼻を鳴らし吐き捨てる、久賀くん。
三井達は「ひぃぃぃい!」と悲鳴を上げて去って行った。
「ありがとう、久賀くん!」
僕がお礼を言うも、彼は何も言わず背を向け自分の仲間がいる場所へと戻った。
不思議な人だ……僕が三井達に絡まれていると、ああして助けてくれる。
たまたま同じクラスメイトの間柄で、友達でもなんでもないのに。
でも彼のおかげで奴らに虐められることなく、それなりの高校生活が送れているんだ。
ぼっちだけどね。
そしてもう一人、僕を構ってくれる女子がいる。
「――黒咲くん、わたし達と一緒にお昼ご飯食べよ?」
優しく微笑みながら歩み寄る美少女。
腰まで届くストレートな濡羽色の艶髪、長い睫毛に縁どられた大きくて垂れ気味の瞳。
整った鼻梁に形のいい桜色の唇。完璧で繊細な美しさを誇っている。
彼女は、
学校の女神と謳われ絶大な人気を誇る女子だ。
見た目だけじゃなく性格も穏やかで優しく責任感もあるため誰からも頼られ慕われている。
そんな子が、何故ぼっちの僕に声を掛けてくれるのかわからない。
さっきのように三井が僕にちょっかいをかける現場を目撃すると、凄い剣幕で怒鳴りリア充仲間を呼んで撃退してくれる。
三井達も女神様相手に尻尾を巻いて逃げるしかないという感じだ。
「ありがとう一ノ瀬さん。けどもう済ませたから……ごめんね」
嘘だけどね。
ぼっちの僕じゃ、流石にあのリア充グループの輪には入りづらい。
身の程くらいはわきまえているつもりだ。
あとでこっそりパンでも齧ればいいよ。
そう思いながら僕は、一ノ瀬さんの後ろで待っている男女を一瞥する。
スマートな高身長で容姿端麗のイケメン、
見た目だけでなくスポーツ万能で成績優秀の完璧すぎる神に愛された男だ。
当然女子にモテまくっているが、一ノ瀬さんとは幼馴染で彼女と付き合っているという噂もある。
もう一人は
長めの前髪をサイドに分けた眼鏡君。物静かな性格で少しナルシスト気質がある。
速水の親友で運動は苦手だが勉強に関しては彼の上をいくらしい。
最後に
ナチュラルボブにした黒髪。切れ長の双眸を持ち、名前のどおり凛とした容貌の美少女。
ぱっと見はキツそうだが実際に話してみると礼儀正しく、白石先生に似たキャラだ。
なんでも実家は古流武術の道場を営んでいるとか。
彼女も英才教育を受けており相当な腕前だと聞く。でもどの部活にも入っていない。
事実上、学年カーストのトップと言えるグループだ。
「そう、じぁあまた後でね」
一ノ瀬さんは少し寂しそうな顔を浮かべ、手を振って去って行く。
どうして僕にそんな表情を向けるのだろうか?
正直、年頃の僕も彼女に淡い憧れを抱いている。
けど完璧超人の速水とは違って、僕なんかじゃ釣り合うわけがない。
はっきり言って僕は地味男だ。
身長だって普通だし、顔だって純朴を絵に描いたと言ってもいい。
唯一の特徴といえば、額にある幼い頃についた古傷くらいか……普段は前髪で隠しているけど。
とにかくこのグループとは関わるだけで、クラスで底辺扱いである僕に周囲からヘイトの目が向けられてしまいそうだ。
◇◇◇
土曜日。
「どうして月渚も一緒に登校するんだよ……おまけにネムまで連れて」
「だって一度、お兄ちゃんと登校したいんだもん。あたしが高校に進学したって、お兄ちゃん卒業しちゃうでしょ? 迷惑にならないよう廊下で待っているから安心して」
僕の隣を歩く、中学の制服を着た月渚が微笑んで見せる。
その手にはペット用のキャリーバスケットが握らえていた。
「そういう問題じゃ、まぁネムは大人しい子だから大丈夫だとは思うけど……一応、先生には言っておかないと」
ペット同伴なんて言ってないからな。
せっかく融通を利かせてもらった手前だ。
登校し教室に入った途端、クラス中が一斉にざわめき始めた。
「黒咲! お前、妹いたのか!?」
「黒咲
「超かわいい~! お、俺、
嘘である。
彼はボクシング部に入っている熱血漢で、決して人柄は悪くないが脳筋が故に空気が読めず余計なことをやらかすことが多い。
何かの班を決める際、あまされがちな僕を快くグループに入れてくれるけど「スポーツに打ち込めれば、ぼっちも吹き飛ぶぜ!」と豪語し、危なくボクシング部に入部させられそうになった経過がある。
滝上の言葉も一理あるかもしれないが、帰宅部にも事情があることを知ってほしい。
だから嫌いじゃないけど、僕は度々滝上を避けている部分があった。
それから男女問わず、月渚は囲まれ質問攻めを受ける。
いきなりの人気ぶり、流石は我が自慢の妹だ。
中学でも同級生から先輩にかけて告白されることだけはあるな。
全て撃沈させているようだけど……。
その様子を見て三井達は「チッ、クロ助の分際で……」と何故か愚痴っており、久賀くんはフッと珍しく笑みを浮かべている。
一ノ瀬さんは「よろしくね、月渚ちゃん!」と仲良くなり始めていた。
間もなくして白石先生が教室に入って来る。
僕はネムのこと伝え忘れていたことに気づき、やばいと思いながら席に座った。
「皆おはよう! ではホームルームを始めるぞ。黒咲の妹、悪いが一端廊下で待機してくれないか?」
「わかりました」
月渚が教室から出ようとした瞬間――それは起こった。
教室の床が青白い幾何学模様の光に包まれたのだ。
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