第6話 水場の湿り
「ただいま……」
一応声はかけるが父はおらず、部屋は相変わらずいやなにおいがした。
なんだかカビっぽいにおいまでするな……と台所に行くと、水につけっぱなしの食器にオレンジや緑のカビが沸いていた。
「う……うえ……」
カビをとるためにハイターにつけようと、台所の蛇口をひねる。
すると、水の変わりに出てきたものは……
どろどろとした髪の毛の塊。
「ひっ……!!」
蛇口をひねって水を止めようと手を伸ばすと、突然、壁からところどころ骨がでた腕が伸びてきて、私の手首をがっしりとつかむ。帰り道、何もなかったから油断していた……!
きゃあああああああああああああああ、と口から大きな悲鳴が出る。
強く振りほどこうと体を引くが、同じくらいの力で壁の中へと引っ張られ、押し問答が始まる。
「たすけて……!! だれかっ!!」
あまりの恐怖にとうとう声がでなくなってしまった。がたがたと震えながらも、全力で手から逃げようと体を引く。
ほんの少しだが、私のほうが力が上なのかもしれない……だんだんとだが流し台から体を話すことができている。
いや……これはこれでまずい……なぜなら、それに合わせて手の先……長い髪の女の頭が壁から出てきてしまっているからだ……
逃げれない、引き込まれても殺されてしまうかもしれない。けれども引っ張ってしまえば家の中へあの女が入ってきてしまう。
動けなくなった私はとうとう台所にへたり込んでしまった。
「あ、ああ……」
このまま殺されてしまうのか……。そう思った時に、ちょうど父親が帰宅した。
買い物袋をもって、のそのそと歩いている。
「おい? 何してるんだ? 台所が水びたしだぞ?」
久しぶりの会話はなんとも間抜けな疑問なのだろうか、娘がこんなにピンチに陥っているのに……そういえば幽霊は? と顔をあげる。幽霊はいなくなっていた。
周囲を見渡すと、食器が重なっているせいで排水がうまくできておらず、床にたまった水がこぼれ、私は座り込んでそれを浴びている状態になっていた。
冷静になって自分を客観視してみると、父の言葉ももっともな状態だ。
「あ、ちょっと、足がすべっちゃって……」
そんな明らかなごまかしの言葉も、父にとっては特にそれ以上言葉を紡ぐようなことでも無いようで。
「へえ……そうか、気をつけろよ」
とそれだけ言って、テレビの前で自分の分だけ買ってきたビールとおつまみをむさぼりだした。
私はあっけにとられながら、ずぶ濡れのまま食器を洗った。
カビた食器をのかすと、長い女の髪の毛の塊がごっそりとあったが、私は悲鳴を上げることもなく、すべての食器を無言のままに洗い上げたのだった。
それから、家であまり集中できずに宿題をこなす。
私の高校は進学校でアルバイトは禁止されているため、部活をしない生徒はたいてい塾かそうでなければ自宅学習用のテキストを渡される。
私は部活も塾もしていないが、自宅学習が山盛りだ。それも何となくこなし、深夜になってしまったが、まだおふろは入っていなかった。
夕方に流し台で見た不気味な霊、髪の毛が気持ち悪く、同じ水場であるおふろに近づくのがどうしても怖かったのだ。
しかし、おふろに入らずに学校へと行くのは避けなければ。
「せめて、シャワーと洗顔だけでも……」
そっと蛇口をひねる。……何も出てこなかった。良かった……お湯をため、洗顔を終わらせこわごわと髪を洗う。シャワーを浴びるが、何もなさそうだ。気にしすぎなのだろうか。
結局、お風呂に入ったときには何もなく、パジャマに着替えることができた。けれども、気持ちは晴れず……
あとは寝るだけ。寝るだけだから、大丈夫。
「おい、なんかごみがついてるぞ?」
「え……? 何?」
ぱっと、振り返ると肩に黒いごみがついている。
「ひっ……!!」
手に絡みつくのは私の髪の毛……ではない腰ほどまである長さの髪の毛。見知らぬ誰かの髪の毛が、私の頭から抜け落ちたのか……?
恐ろしくなり、部屋でブラシをひたすらかける。自分の髪の毛が抜けそうなほどに。頭皮が痛くなるほどにブラシをかけ、ようやく息を吐いた。
その日は薬を飲むとすぐに眠くなってしまった。どうやら疲れすぎて夢も見れなさそうだ……
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