第5話 女子高生、変人精神科医と出会う


 「なるほど……最近、眠れない。昼間でも悪い夢を見る、と」


 あまりにも悪夢にうなされることが増え、私はとうとうメンタルヘルスに行くことにした。高校生で一人で精神科に行きづらかったが、父はあの調子である。一人で診察へ向かうしかないのだ。


 母が家にいないこと、父は仕事で平日の昼に抜けれないことを伝えると、本来ならば親御さんの同意が必要ではありますが……と事情を察して快諾してくれた。


 さすがに幽霊が見える、なんて言い出して変な年頃の女の子だと思われたくない。

夢見が悪い、ということと、幻覚や幻聴が見えているということを問診票に記載する。実際には幽霊なんていなくて、私の脳みそに脳腫瘍ができていて、幻覚が見えている可能性だって否定はできないわけ。いや……そうであってほしい。と思っているだけなのかもしれないけれど。


 「はい、昼間に見る夢……幻覚なのか白昼夢なのかわかりませんけど……幽霊みたいな……やっぱりストレスがよくないんですかね」


 市販薬ではもう眠りにつけなくなっている。ここは普通の私。幽霊なんていません。わかってます、という顔をしてでも睡眠薬がほしい。


 幽霊については科学薬学で何とかなるならもうけもの程度だ。本当はわかっているのだ、これはどうにかなるようなものでもないと。


 けれども何もしないで幽霊におびえつつける……というのも孤独で恐ろし怖かったのだ。誰かに話を聞いてほしかった。


 「なるほどね、昔から幻覚を見る。そして近頃はそれが激しくて、はっきりしだした上に、自分の家に幽霊が出る夢も見出した……と」

 「はい、完全に私の家……というわけじゃないんですけど、大体は同じです。

腐った体の女に襲われ、目をさますんです」


 それは大変だねえ! と興味津々で身を乗り出してこちらの話をきいてくる。


 ほかに日中ではどんな幻覚が見えてるんだい?などこちらがしゃべる前にぐいぐい突っ込んでくる。


 話を聞くうちにこの先生が脳科学と心霊現象について研究していることがわかってきた。自分のことをしゃべるより、とにかく私の話を事細かに聞き出したいという感じでまくし立ててくる。その質問攻撃をかわしつつ何とか聞き出してわかった感じだ。


 あまりにもしつこく幻覚……幽霊のことを聞いてくるせいで、本来ならば黙っているはずだった、小さなころから幽霊が見えること、ここ数か月でやたらとそれが明確に見えるようになってきたことを告げてしまったのだった。


 「これって、思い込みなんでしょうかね……よくあるじゃないですか幽霊が見えるとかいって気が引きたいみたいな。薬で治すことができるのなら、私はもう今すぐでも治したいです……」


 本音……にも近い言葉だった。なんの得もない、気を引く相手もいないのに幽霊が見えるなんて吹聴しても馬鹿の極みだ。早くなんとかなるのならば、薬でもなんでも飲んでやろうじゃないかという気概だ。



 「うーん、どうだろうね……ぼくには君が気を引くためにやっているようには見えないし。かといって、嘘をつく意味もないしね。本当にいるかもしれないよ? 幽霊!」


 あはは、と笑って言う先生。自分に害がない、見えたことがないと思って勝手なことを言う。


「霊が見える、というのは本当に幽霊がいるわけではなくて、脳で危険なものへ近づくな、という信号が出て幻覚が見えている。ということもある。ぼくは、幽霊というものは見えた本人の中では本当に存在していると考えているよ。そもそもだ、今こうして目に見えているものも本来の姿とは違うんだよ。いま手に見えるこのノートの表紙、これは灰色だけれど、日本人の黒色の目だからこう見えているだけで、色素の白人には白に近い色に見えるはずだよ。よく、洋画のホラーなんかで日本人には暗すぎて画面で何が起きているかわからない、ということがある。あれは黄色人種には見えていないだけで、白人には見えてるんだよ。逆に、黄色人種は明るいものでも色が判別できるけど、白人にはまぶしくて見分けがつかない。」


先生はまくし立て、さらに続ける。呼吸すら忘れたようだ。


 「同じ人間でもこれだけ差があるんだ。動物なんかまで広げたらまた違って見える。結局見えるというものは脳が作り出しているものだ。だからほかの人が見えないものでも、本人が見えるということは日常茶飯事でありえていることなんだよ」


一呼吸おいて、少し瞳に熱を込めて告げる。


「だから、君が見えているというのならばそこには確実に存在はしているということで。なにも問題ない、自信をもっていこう!! ぼくも幽霊はいてほしいし!


 と早口で謎の説明と励ましを受ける。


 「は……はあ……では、そろそろ次に診察待っているひともいると思いますので帰りますね」


 そういって診療椅子から腰を上げると、先生は名刺を渡してきた。


「これ、病院の緊急連絡先。一応、深夜まで応答できるようにって持たされてるんだよね。精神科なんで全く使わないんだけど」


 あ、普通に仕事用の電話が個別にあるだけだよ。個人用の連絡先を仕事中に女子高校生と交換したら首になっちゃうからね、と笑っていう。そういう線引きはちゃんとしてくれる人でよかった。


 「また、何か起きた時はメールで相談してね! 幽霊の特徴とか起きた時の所感が詳しく知りたいな!だって君……本当に見えてるんでしょ?」


 ああ、そちらが目的か。そうだよね、普通病院の先生が自分から仕事が増えるような緊急連絡先をただの患者にわたすわけがない。どうやら私は患者ではなく、面白い研究対象という存在に降格したらしい。


 頼りになるのかならないのか……とりあえず、目的の睡眠薬と自律神経を整える漢方薬というものをもらえたので、それを受け取りとにかく帰ることにした。


 夕方、普段ならば何かしらの不気味な影を見ることが多かったのだけれど、今日は先生に話をして安心したのか、それとも薬をもらったというプラシボーのようなもので元気になれたのかはわからないけれども、何も見ることなく帰ることができた。




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