第55話 心の準備も万全だ!
帝都で対ラヴェルサの協力を寄り付けた俺たちは、その後、他の四か国にも向かい、ラヴェルサを討伐した。
教会本部のある神聖レグナリア帝国と違って、戦力の少ない国は本当にぎりぎりで戦っていたようだ。この後の戦いに戦力を出してくれるかは分からないけど、多くの人々が救われたと思う。
遠征を終えた俺たちは、久方ぶりにロジスタルスの拠点に戻ってきた。
本来であれば、アルフィナは教会本部のある帝都に残るのが筋だろう。一部の過激派が教会に対して暴動を起こしているから、治安を考えてということらしいが、混乱に紛れてアルフィナを襲うことを警戒してるのかもしれない。
ともかく、これで対ラヴェルサ包囲網の準備は整った。
リグド・テランも大部隊を送るそうだし、教会勢力も今更、戦力の出し惜しみはないはずだ。
一方、ロジスタルスはここまでの戦いで少ない戦力がさらに減ってしまい、上層部が及び腰だったそうだ。
けれど今後の世界情勢を考えれば、包囲網に不参加という事実はマズい、ってことをキルレイドさんが繰り返し訴えたのが効いたようだ。
俺たちは明日、ここを発って最後の決戦に挑む。
今はそのための作戦会議中だ。
リグド・テランと教会勢力五か国、それにロジスタルスの面々が集まっている。
「作戦といっても、単純なものです」
モニカさんの声が会議室に響く。
いつもならキルレイドさんが仕切るところだけど、一応死亡してることになってるから、面倒事を避けたんだろう。
「ラヴェルサの領域を西からリグド・テランが、東から五か国の軍、ルーベリオ教会の騎士、傭兵組合が刺激して、誘き出していただきます」
今のラヴェルサは暴走状態だ。
レトとアルフィナ二人の聖女がいることで混乱しているのだと思う。
これまでなら、レストライナ因子を持つ者がいれば閉じこもっていたけど、前回のことを考えれば、誘き出せるだろう。
それに今回は教会で浄化を担当していた女性たちが、囮になってくれる手はずになっている。彼女らも少ないながらにレストライナ因子を持つ者だ。もちろん戦闘に参加させることはないけど、ラヴェルサの誘導はやりやすくなるはず。
彼女らを守るのが教会の騎士たちだ。
教会騎士は自らの意志で、作戦に参加することを決めたという。
彼らにしても勇気が必要だっただろう。
緊張した面持ちだ。
東西の総大将は表情を変えずに、頷いている。
彼らは互いに思うところがあるだろうけど、ここで協力しなければ孤立してしまうことは理解しているはずだ。
「アルフィナ様と護衛部隊は、敵勢力の隙をついて、レストライナ因子を持つ方と合流します」
もちろん、レトのことだ。
よく逃げ出さずに我慢してくれている。
聖女の働きをする者がもう一人いることについての疑問はでてこない。
今回の暴走で倒したラヴェルサの数は、想定よりも少ないことが分かっている。
つまり、地下プラントには大量のラヴェルサが存在しているという訳だ。
だから、彼らを留まらせている存在がいるって理解してるんだろう。
「合流後、すぐさまラヴェルサの地下プラントの破壊に向かっていただきます。この時、破壊衝動を持ったラヴェルサの因子を持つ赤光晶が付近にあると思われますが、これをどれだけ抑え込むことができるかで、その後の混乱度合いが変わってくるでしょう」
「うむ、心得ておる」
「最後に付近のラヴェルサ残党を討伐することで本作戦は終了となります。ご質問のある方は挙手をお願いします」
「目的の優先順位は、彼奴らを引きつけることでよいのだな? 討伐ではなく……」
教会勢力国家の一人が発言する。
彼らは一国では小さな戦力しか持っていない。
それなのに、戦力はさらにすり減っている。
今回、ラヴェルサの暴走で国が荒らされても、教会は本部のある帝国を優先して、援軍を派遣しなかったそうだ。少なくなった戦力を考えれば仕方のないことだけど、教会に裏切られたという思いは残ったはずだ。
「最優先は地下プラントの破壊になります。この時までアルフィナ様ともう一方を無事にお守りする必要がありますが、それは各勢力の精鋭部隊が担当します。レストライナ因子を開放することで、ラヴェルサを抑えられるので、戦闘は避けても問題ありません。ラヴェルサが広範囲に広がった場合には討伐する必要がありますが、それも精鋭部隊が戻ってからがよろしいかと」
質問者は納得して、椅子に座った。
「他に質問はございませんでしょうか?」
他に手を挙げる者は誰もいない。
それを確認したアルフィナは、ゆっくりと立ち上がった。
「最後によいかの?」
アルフィナは、参加者をぐるりと見回した。
「恐らく、戦闘終了後の防衛は各国が独自に行うじゃろう。じゃが、此度の戦で防衛力が無くなってしまう国が出るやもしれぬ」
「そうはならないでしょうな」
リグド・テランのドゥディクスが反論する。
アルフィナは、それに同意するように頷く。
「うむ。自軍が壊滅するまで戦う国などおらぬじゃろう。じゃが、それによって、包囲網に穴ができるのは考えものじゃな。そこで妾は、戦後に連合軍の結成を提案する。連合軍は戦力の足らぬ地域に派遣するものとする」
だから戦後の防衛のことは気にせずに戦えってことか?
そりゃ、無理ってもんだろう。
各国の代表者は迷ってるな。
当然だ。
本当なら断りたいところだろうけど、断言するのは今の協調路線に水を差す。
それに今の提案は前線の軍人の裁量を超えているだろうから。
きっとアルフィナは目の前の戦いだけじゃなくて、将来を見越した提案をしたんだろう。ラヴェルサを完全に抑え込んだって、はい終わり、おててつないで仲良くしましょうってわけじゃない。
あの土地には大量の赤光晶が眠っているのだから、戦後に資源争奪戦が行われるのは目に見えている。連合軍を組織することで、少しでも協力体制を維持しておきたいんだ。
「前向きに検討を、とだけ言っておきましょうか」
「それでかまわぬ」
アルフィナも自分が無茶を言ってるのが分かってたんだろう。
素直に引き下がった。
作戦会議は終了し、参加者たちは各陣営に戻っていく。
それにしても、まさか俺が国際会議に出席することになるとはな。
アルフィナに頼まれたからとはいえ、仮面をかぶっての参加は恥ずかしすぎた。
双星機の操者だった時に参加するのは分かる。
戦場では無線が通じないから、細かい作戦目的を知る必要があるしな。
参加者が出ていくと、アルフィナとイオリが寄ってきた。
心なし表情が和らいでいる。
やっぱり緊張していたんだろう。
「どうした、剣星。随分硬い表情だな。そんなことで明日は大丈夫なのか?」
イオリは少しだけ雰囲気が柔らかくなったと思う。
それだけアルフィナのことが気がかりだったんだろう。
「しっかりするのじゃ。お主には妾とイオリを守ってもらわねばならぬでの」
「イオリってところを強調してたように感じるんだけど?」
「気のせいじゃ」
他に人がいなくなったからって、アルフィナさん、はっちゃけてるな。
そう思ってたら、アルフィナは急に胸を押さえて、苦しみ始めた。
「アルフィナ様!」
「騒ぐでない。どうやら少々疲れたようじゃ。少し休めば大丈夫じゃ」
アルフィナのことは心配だ。
でも今、彼女がいなくなったら全てが終わってしまう。
だからアルフィナのことを考えるなら、一刻も早くラヴェルサとの闘いを終わらせて、安静にしてもらうべきだと思う。
「妾のことより、今は剣星のことよ。のう、イオリ?」
「……はい。やはり、剣星の元気がないのは、レトがいないからなのか?」
俺のことをそんな風に思ってたの?
って、俺がそう見せてたんだよな。
「それって、やきもち?」
「真面目に聞け!」
はい、すみません。
思わず、背筋が伸びてしまった。
悲しい性だ。
「お主、この世界をぶっ壊すなどと言ったそうじゃの?」
「……ああ、言ったよ」
言ったけど、誰に聞いたんだ?
イオリは気絶してたし、レトもいない。
フォルカはそれどころじゃなかっただろうし。
「歪な形で守られてきた世界はもう限界を迎えておる。今がぶっ壊す時であろうに。もっと気合を入れぬか!」
ああ、そうだよな。
レトを助けて、ラヴェルサを倒す。
世界に平和を取り戻す。
それでようやく、俺のイチャイチャライフが始まるんだ!
「ああ、任せろ! 俺が世界をぶっ壊してやるよ!!」
俺が大きな声で叫ぶと同時に会議室の扉が開いた。
気合を入れるつもりで大きくしたんだけど、タイミング良すぎだろ。
しかも、入ってきたのは、ルクレツィア傭兵団の皆だし。
「な~に、バカいってるんだか。そこは俺、じゃなくて俺たちでしょ。一人でカッコつけるの止めて下さ~い」
「そうだぜ、剣星。頼りないかもしれないけど、もっと頼ってくれよ」
「そうですよ。ね、母さん?」
えっ?
母さん?
フォルカの後ろから入ってきたのは……
ちょっと小さくなってるけど、見間違えるはずがない。
俺のことを信じてくれた、俺のことを守ってくれた人が帰ってきたんだ。
「団長!」
「剣星、よくここまで生き残ってくれた」
「それは団長がたくさん教えてくれたからですよ」
「随分素直じゃないかい。それにしても、もうすぐラヴェルサと決着がつくんだね。フォルカから話は聞いたよ。あんたは、私が選んだ道を正しい方向に導いてくれた」
そんなんじゃない。
俺は自分勝手で、自分のために生きてきて。
でもみんなが気づかせてくれたから、ここまで来れたんだ。
「剣星……」
「はい」
団長が大きな体で、俺を包み込んでいく。
なぜだか、心から安心できるような、アルフィナとも違う不思議な感覚だ。
「顔を見せてごらん。ちょっと見ない間に剣星はいい男になったね」
「そうですか?」
はっきり言われると照れちゃうな。
イオリよ、今の言葉を聞いてくれたか?
「約束通り、色々教えてやるよ」
「約束……そんなのありましたっけ?」
「なんだい。忘れちまったのかい。いい男になったら、女の秘密を教えてやるって言っただろ?」
「……大丈夫です。ホントに」
言った。確かに言った。
でもそれは団長が抱えてた秘密って意味でしょ!
団長は冗談のつもりだろうけど、本気で勘弁してください。
ポニーテールな彼女から、ものすごい
団長が意味深な言い方するから、アルフィナがクスクス笑ってるよ。
イオリさん、どうか、今のは聞き流してください。
「剣星の活躍を後ろから見てるからね。しっかりやんなよ」
「うす、任せてください!」
団長が俺の背中をバシッと叩いた。
なんだか、すげー気合が入った気がする。
恐らく、団長は本調子じゃないけど、それでも戦うことを決意したんだ。
俺だって、負けてらんねーよ!
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