第40話 乗り換えイベントって興奮するよな!


 ロジスタルスの前線基地で目が覚めた翌日、俺は朝から発掘作業に駆り出されることになった。


 腹の傷は塞がってるし、調子も悪くない。

 沢山眠ったおかげか、身体も嘘のように軽い。

 色々な話を聞いて、今の俺はやる気がみなぎってるんだ。


 やることは今までと変わらない。

 発掘する作業員たちを護衛するのが俺の仕事だ。


 既にラヴェルサは自分たちの領域に引っ込んでしまってるけど、作業場所はリグド・テランにも神聖レグナリア帝国とも近い。護衛もなしにとはいかないだろう。


 とはいえ、国境付近で大所帯を動かすわけにはいかない。

 これまでであれば、キルレイドさんが密かにやっていたことらしい。


 キルレイドさんは二ヶ国と国境が接する地域を守護する役職についていて、この森林地帯に何年も滞在しているそうだ。ロジスタルスで唯一の前線地帯である森に隠れたこの拠点は、操者の育成にも利用されている。


 双星機を見つける事はロジスタルスにとっても重要なことだ。

 戦力の少ないロジスタルスにとって、その力は大きな抑止力に繋がるから。


 でもそんなことはキルレイドさんにとっては、関係ないことなんだろう。


 彼の目的は、あくまで聖女を犠牲にする世界のシステムを破壊することであって、その結果として世界に混乱が起きても構わないというスタンス。


 ラヴェルサという天災に対して、たった一人で立ち向かえ、としてきたこれまでの歴史に異議を唱えているんだ。


 もちろんこれは俺自身の解釈だから、百パーセントの正解じゃないけど、大きく間違ってはいないと思う。


 俺にキルレイドさんのような強い覚悟があれば、今頃世界は別の形になっていたんだろうか。



 今の俺にとって、双星機の存在は唯一の希望といっていいだろう。

 そして恐らくイオリにとっても……。



 目的地である格納庫へ行く途中、朝から剣術指導しているイオリの姿が見えた。

 思わず立ち止まって、外の演習場に目を向けてしまう。


 イオリの指導は早い時間から始まっていたのか、既にかなりの汗をかいている。

 指導者たるもの己の実力を示さなければならない。

 新参者なら尚更だろう。

 

 イオリの動きは、とても怪我をしているとは思えなかった。

 帝都で見た動きと完全に一致している。



 ここにいる者は全員キルレイドさんが鍛えてきた兵だという。


 恐らく、どこからも息のかかっていない若い兵士たちを集めたのだろう。

 まだまだ基礎が足りていないようだ。


 何より表情から危機感が感じられない。


 この地は前線とはいえ、ラヴェルサと戦い続けてきた教会勢力が支配する土地と違って、最近ではリグド・テランとの小競り合いがあったくらいしか戦いがなかった。仕方ないことかもしれない。


 いつまでも見てもしょうがない。

 俺は指導の邪魔にならないようにその場を離れることにした。


「あれ? 挨拶もしないで行っちゃうの?」

「ああ、今はそれでいい」

「ホントにいいの?」


 レトの言葉に足が止まりそうになったけど、なんとか堪えて動かした。

 


「今は止めとくよ」



 イオリは俺が思っているほど強い女性じゃなかった。


 聖女を護る立場として、相当気を張っていたんだと思う。

 アルフィナと離れたことで、これまでと違うイオリが出てきたってとこか。


 でも今は甘えさせちゃ駄目なんだ。


 そんなことしたらイオリは冷静になった時に、己のふがいなさを悔いるだろう。

 そして自分の事を責めてしまうんだ。



「止めとくって……、だったらチラチラ見るのを止めなさ~い!


「分かった。分かったから、もう行くぞ、レト。時間がない」

「うん」


 初日から遅刻なんてしてたまるか。

 傭兵になったばかりの頃とは違うんだ。

 煩悩を振り切って格納庫に向かう。


「おはようございます!」

「おう、朝から元気一杯だな」


 挨拶を交わしたのはメカニックの親分肌、デルシムさん。


 なんとルクレツィア傭兵団のおやっさんと双子の兄だという。

 顔もそっくりだが、膨らんだ腹なんか見分けがつかない。


 昨晩、挨拶した時は驚いたもんだ。


 さらに驚いたのは、俺の情報がここに送られてきていたことだ。

 おやっさん経由でルクレツィア団長が送っていたのだとか。


 つまり団長とキルレイドさんが繫がっているという教会の読みは正しかったんだ。    

 だからこそ突然やってきた俺への対応が決まっていたのだと納得できた。


「それじゃあ、シートの確認だけ頼むぜ」

「うっす、ありがとうございます」


 頭を下げて昇降機に乗り込む。

 傭兵団にいた頃のように、自分で登ったりはしない。

 予算の差を感じて、ちょっぴりセツナイ。


 俺が乗り込むのはイオリが乗っていたラグナリィシールドだ。


 イオリは怪我のため、しばらくは出撃できない。

 そのため内装を改造して俺に合わせてある。

 既に本人から了承を受けているそうだ。

 後だしだったみたいだけど。


「随分変わっちゃたな……」

「なんか細くなったね」


 外見もまるで違う。

 西洋騎士のような装甲は削られ、教会の紋章も外されている。


 俺達の存在を知られたらいけないから、当然と言えば当然の処置だけど、格好良かっただけに少しだけ寂しい。その分オリジナリティはあるけど。


 そもそもロジスタルスの機人には統一感がなくて個性的だ。

 それはこの国を取り巻く状況によるものだろう。



 教会勢力では、機人を製造する際に一から造り始めるなんてことはしない。

 それはラヴェルサの残骸から再利用した方が効率が良いからだ。


 ラヴェルサ産の機人は規格が決まっているので、教会の機人も当然似たような外見になる。


 ところがロジスタルスには、歴史的経緯からラヴェルサの残骸が少ない。


 となれば、自分たちで製造するしかないんだけど、その時必ず必要になる資源が二つある。一つは嘗て俺が鉱山で採掘していた赤光晶。もう一つが赤光晶と馴染みやすい金属だ。


 赤光晶は様々な物質と馴染みやすい特徴を持っているけど、どの程度まで混じりあうかは物質によって異なっている。


 同じ体積であっても、赤光晶の含まれている量の違いによって硬度に差が出てしまうってこと。当然赤光晶の量が多い方が硬くなるので、装甲機人の装甲には適している。


 だけどそんな金属はロジスタルスからは採掘されていないそうだ。

 何より赤光晶の埋蔵量が少ない。


 それでは戦力を整えられないので、隣国から購入しているのがロジスタルスの現状だ。安く買い付けようとしたら、訳アリの機人を選ぶことになる。


 傭兵から購入する選択肢もあるだろう。


 となると、オリジナリティを出した各傭兵団の機人が集まってくるので、自然とヴァリエーションも豊富になる。


 ただし型落ちな機人では、性能も隣国に比べて心もとない。


 装甲機人は開発初期から大きな変化はないけど、多くのマイナーチェンジが繰り返されているから、世代が違えば性能も変わってしまうんだ。


 そんな中、ラグナリィシールドの登場だ。


 教会騎士の中でも精鋭しか乗れない機人だし、性能は折り紙付き。



 その機人に乗り込むのはいったい誰だ。



 ってことで、乗り込む俺の姿に視線が集まっている。


 キルレイドさんがどこまで俺の事を話してるのか知らないけど、双星機の操者となる人物なら興味があって当たり前だ。


 歴史上でも類を見ない、聖女以外での聖王機の操者になるんだから。


 俺だって自分がメカニックだったら、ひと目だけでも見ようとするだろう。



「なんか、こんなに見られると緊張するな」



「注目されてるのは私なんだけど?」



「……ですよね~」



 確かによく見ると空飛ぶレトの動きに、みんなの視線が忙しくなってる。

 完全な自意識過剰状態だったな。

 レトが姿を現してから数日、そりゃ興味深いわな。


「ケンセーのこともちょっとは見てたと思うよ?」

「ありがとう。レトの優しさが身に染みるよ」


 ちょっと手を振ってみようかと思ったけど、やらなくて正解だった。


 シートに座って機人を起動させる。


 Kカスタムと比べると静かだけど、それに似合わないほど力強いモーター音が聞こえてくる。


 だけどラジウスの輝きはほとんど変わらない。


 つまり、デルシムさんは教会の精鋭たちと同等のラジウスを用意してくれていたってことだ。


 隣のハンガーでは団長の機人の修理が進められている。

 このリンクスはフォルカが受け継ぐことになったと聞いた。

 なんだか団長に隣で見られているような感覚になるな。


 恥ずかしい真似はしたくない。


「頼むぜ、RSアールエスカスタム……」

「何それ?」


「教会の機人なんだから、名前をそのまま使っちゃまずいだろ。あとレトに頼みたいことがあるんだけど……」


 レトに耳打ちする。

 わざわざ口にだす必要はないけど、やっぱり直接会話する方がいい。


「ケンセー、子供っぽい。けど楽しそう!」

「だろ? シートヨシ、無線ヨシ、照明ヨシ」


 周囲の作業員を退避させて、進路を確保する。

 レトをちらりと見て合図を送った。



「コンディション、オールグリーン。発進しなさい!」

「了解。剣星、RSカスタム、出ます!」



「そんなに勢いよくは出ないけどね」



 格納庫内はもちろん安全運転です、ハイ。

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