後編


 あれから数日、最近は一緒に居るから分かるのだが優来の顔色が悪い気がする。委員会の間は注意を払った方が良いだろう。


「大丈夫か?」


「うん……ごめん」


 そして俺の嫌な予感は当たった。放課後に優来は立ちくらみを起こし倒れた。すぐ保健室に連れて行き診断された結果は過労とストレスで休むように言われた。


「家の人は?」


「お母さん……今日は、パートで、居ない、から」


「なら下條に――――「それはっ、ダメ!!」


 俺が言うと無理やり起き上がろうとするが、それが限界で再びベッドに倒れ込んでいた。


「無理すんな、でも何で?」


「また来てくれなかったら……今度こそ、私……」


 恐いのか優来はベッドの中で震えている。下條も罪作りな男だと思う一方で俺もイライラした女泣かせにも程が有る。


「とにかく今から適当な女子を探して……ん?」


「氷上くん、そばに居て……お願い」


 ここで出て行くなんて俺には出来なかった。だから俺は黙ってベッドの横で手を繋いで傍にいる事を選んだ。初めて繋いだ優来の手は少し冷たかった。




 それから体調の回復した優来を送って来たのだが、そこで事件が起きる。ちょうど優来の家の前に来たタイミングで反対側から下條たちが来たのだ。


「ごめん、氷上くん!!」


「えっ!? おいっ!!」


 それに気が付いた優来に俺は無理やり家に連れ込まれた。ドア越しに会話が聞こえるが今はそれ所ではない。玄関で彼女に押し倒されたからだ。


『次のコンクールだけど――』


『問題無いわ、それと――――』


『――――口うるさいジュリも委員会だしね』


 会話が聞こえた瞬間、俺の上に乗ってる優来がビクンと反応する。本人的にはショックだろうが俺は自分の上で動かれ限界で彼女を強引に下ろすと睨まれた。


「もう、乱暴だよ氷上くん……」


「勘弁してくれ、女子に抱き着かれるのは初めてなんだ」


「あっ……ご、ごめん」


 こんな事を言ってるが彼女の感触にドギマギしていたから説得力は皆無だ。気まずい沈黙が流れる中で不意に俺の腹が盛大に鳴った。


「あっ……」


「え? あっ、ふふっ、お腹空いてるの?」


 そういえば今日はカーチャン弁当が無いと言うと更に笑われた。だから今日は急いで帰ると言ったら彼女は家の奥に俺を案内し一つの弁当箱を用意した。

 それは昼の弁当、つまり下條のために用意した弁当だ。要らないと言われた日は持ち帰って自分で食べるらしい。少し悩んだが空腹には勝てず俺は食べる事にした。


「どう……かな?」


「いや、その……」(こんな美味いの毎日食ってんのかよ)


「ごめん、やっぱり――――「いや、美味いよ、美味くて驚いた!!」


 そう言うと安心したように笑みを浮かべる優来に不覚にもドキドキした。そして俺が弁当の中身を何か食べるごとに解説をしてくれた。


「その卵焼き、シラス入れたんだ。そっちは冷食、ちょっとズルかな」


「朝忙しいのに作れるだけエライよ俺なんてギリギリまで寝てるし」


 いつも母親に文句を言ってるが優来の話を聞いてると感謝の念が湧いてくるから不思議だ。裏の努力とか知ると同情するみたいな感じだろう。


「久しぶりに誰かに褒められたかも」


「普通の感想だろ」


「でも、ありがと氷上くん――――「ああ、その……弁当、美味かった。下條が羨ましいよ毎日これ食えてさ!! じゃあな!!」


 その弱々しい笑顔は反則で俺は彼女の家を逃げるように出ていた。この日、俺は優来に惚れたんだと自覚した。




 あの後から俺は変に意識して優来と距離を取っていたが下條たちは相変わらず自由だった。あそこまで脳天気なのは色んな意味で羨ましい。


「優来さんでは京乃助の感性に付いて来れないんじゃない?」


「それはっ――――「さゆかの言う通り最近のジュリは芸術に理解が無いね」


 だが今日の昼は少し違った。いきなり夏樹が毒を吐いて下條がそれに乗っかる形だ。更にライバルを蹴落とすためか義妹の桐衣も追撃していた。


「ジュリさんって少し細か過ぎますし」


「確かに母さんが生きてたら、こんな感じで面倒だったろうな」


 したり顔で笑う下條を優来は信じられないという顔で見た後、教室を出て行ってしまった。その目には涙が光っていて思わず立ち上がったが、それより先に委員長が三人に「いい加減にしろ」と怒声を浴びせていた。


「優来!? おい下條、追えよ!!」


「え? 何で? それに君は……誰だ?」


 一方で出遅れた俺は女子同士で言い合いを始めた中で不思議そうな顔の天才様に声をかけたが、向こうは最初から俺のことは眼中に無かったようだ。


「そうかよ、じゃあ俺が行く」


 俺は今度こそ教室を飛び出した。正直な話、俺は優来を詳しく知らない。だから校内中を探そうと思っていたが一発で見つけてしまった。彼女は保健室のベッドの上で震えて泣いていた。


「大丈夫か」


「うん……やっぱり来てくれたのは氷上くん、か……」


「俺で悪かったな」


「ごめん……でも氷上くんなら来てくれるかもって思ってた……」


 それから俺は沈黙に耐えられず事情を聞くと優来は下條との過去を語り始めた。優来が下條を支えていたのは下條の亡き母との約束だったそうだ。よく周りが見えなくなるから助けて欲しいと生前に頼まれ今日まで守っていたと話した。


「でも言われて気付いた。私って約束に縛られてるだけの重い女だって……それで何か嫌になっちゃって……」


 優来の話を聞いてしばらくすると彼女は泣き止んだ後に早退すると呟いた。荷物は後で委員長に頼むらしい。


「……分かった、なら後は任せろ」


 そう言って優来に付き添い家の前まで送ると俺は授業中の教室に戻って下條の顔面をぶん殴っていた。




「よっ、一週間のお勤めご苦労」


「うるせえ、アメ」


 下條を殴って俺は一週間の停学を食らった。だが何でか分からないが下條側が処分を軽くするよう頼んだみたいで処分は最短だった。


「あ、停学した不良陰キャ~」


「お前もか委員長……あ、優来……」


「うん、おかえり氷上くん」


 優来も当然ながら経緯は聞いているようで恥ずかしくて仕方ない。しかも俺の両親は揃って「良くやった」とか言って褒めるから内心は複雑だ。


「って何で席が俺の隣に!?」


「うん、色々あって交代してもらったの」


 そう言って笑顔を浮かべる優来は可愛かった。一方、席をチェンジした女子は俺にドヤ顔している……気のせいかクラスの視線も好意的だ。


「はぁ……今日は下條は?」


なら今日は大事なコンクールだよ」


「そうか……ん?」


 何か違和感を感じたが気のせいだろう。そして当然のように昼のメンバーに優来が合流したのだが、それプラス俺には毎回弁当が付いて来るようになった。


「今日のはどう? おいしい?」


「ああ、美味い!!」


 実は俺の居ない一週間で色々と有ったらしく俺の処分が軽いのは優来の口添えのお陰だった。それで何か礼をしたいと言えば要求は意外な事だった。


「弁当を食べるのと朝と帰りの送り迎え?」


「うん!!」


 だが、それも曲者だった。まず朝は送り迎えと言うが毎朝やって来るのは優来の方で一週間足らずで俺の母と仲良くなり、帰りは今まで通り家まで送ることになっていたが、ここも大きく変わった。


「悪いな、夕飯ご馳走になって」


「食べてくれる人は大歓迎、食べてくれない人よりね」


 放課後は高確率で彼女の家で一緒に夕食をご馳走になる事が増えた。両親が共働きで寂しい日が多いらしい。そんな日々を過ごす中その日は唐突にやって来た。




「よし、終わりだな帰ろう」


「うん、カズ君」


 今日も二人で委員会を終え彼女を家の前に送った所だ。そして俺は数日前から呼ばれ方が”氷上くん”から変わっていた。


「そうだな、優来……じゃなくてジュリ」


「早く慣れて欲しいな~」


 そして俺も名前呼びに変えて欲しいと言われ変えていた。正直な所もう俺の勘違いじゃないと思っているし後はタイミングだと思っていた時に奴は現れた。


「待つんだ二人とも!!」


「「え?」」


「ジュリ、話が――――「行こカズくん」


 あえて今まで触れて無かったが俺の停学以降ジュリは完全に下條と距離を置いていた。最初は極端だと思ったが彼女なりのケジメらしい。


「ま、待ってくれ!! 最近は僕の感性が!!」


「……私って、うるさいんじゃなかったの?」


「状況が変わった、当然だろ?」


 一ヵ月前と違って完全に邪魔者を見る目でジュリが下條を見ていると自然と俺も彼女を庇うように前に出ていた。


「下條、今日はジュリも忙しいから今度にしろ」


「君に何の権利が!? これは僕達の話だ!!」


 下條は焦っているようだが俺は譲れない。いつまでも自分に主人公補正が有ると思うな。


「ふぅ……なっ、ならジュリの恋人の俺を通せ」


「なんだって!?」


「えっ? カズ君……あっ!? そうよ私達これからデートだから!!」


 俺はアイコンタクトし彼女を腕の中に抱き寄せ家の中に連れ込んだ。ドアが閉まる瞬間、茫然とした下條は不気味だった。


「ふぅ、行ったみたいだな……」


 未練がましくドアの前にいた下條は何かブツブツ言った後に帰って行った。


「う、うん……あの」


「ごめん……ジュリが嫌そうだったから、つい」


「ううん、助けてくれてありがと、嬉しかった」


 いくら距離が近くなったとはいえ強引だし俺こそキモかったかもしれない。ここで嫌われたりしたら最悪だ。


「もし学校で下條が絡んで来た時は話合わせる、恋人の振りとか……」


 だから今日のことは気にするなと言ったらジュリはムッとした表情を浮かべ俺の前に立つと背伸びして顔を近付け最後は距離がゼロになった。柔らかい感触が俺の唇に広がってボーっとしていた。


「んっ、ふぅ……振りなんか嫌、だから」


 離れたジュリが目を潤ませ見上げているのを見て俺は今さらキスされたんだと自覚し一気に顔が熱くなった。


「あっ、えっと……その」


「私、もう我慢しないって決めたの、今のが私の気持ち!!」


 そう言って真剣な目で見て来たジュリは震えていて、でも綺麗だった。だから俺は彼女の肩を掴んで抱き寄せると自然とキスを返していた。


「お、俺も……その、順番が逆だけど、つ、付き合って、下さい」


「はい、よろしくお願いします、カズくん」


 こうして幸か不幸か下條のアシストで俺とジュリは恋人同士になった。だが、それから事態は意外な方向へと動いて行った。




 俺達が恋人同士になってクラスでは下條以外から祝福され俺たち二人の関係はクラス公認となっていた。


「とりまオメデト~」


「うん、ありがと恋香」


 それから数日後、いきなり教室のドアが乱暴に開けられ入って来たのは顔面蒼白な下條妹だった。そういえば今朝から居ないと思っていたら夏樹と二人して出て行ってしまった。


「どうした?」


「また下條が癇癪でも起こしたのかもな?」


 アメが冗談半分に言うが事態は思ったより深刻だった。翌日、下條が交通事故に遭っていた事が担任から話されたからだ。幸い命に別状は無いらしい。


「それで今日はどうしたの?」


「はい、ジュリさん……実は……」


 そんな事件は起きたが関係無い俺達はそれからも何度かデートをし今日も放課後の話をしていた。そんな俺達の所に来たのは下條妹と夏樹だった。


「私に来て欲しいって、本当に?」


「ええ、義兄さんが」


 二人によると事故に遭った当初は落ち着いていていたが今回の怪我の診断結果が問題で現在は病院で大暴れ中らしい。


「完治すれば日常生活に支障は無いのですが、ただ復帰は……」


 夏樹の話だと事故の後遺症で以前のように天才奏者として活躍するには最低でも年単位の厳しいリハビリが必要らしい。そして今は狂ったようにジュリに会わせろと騒いでいるそうだ。


「う~ん、どう思うカズくん?」


「ジュリ次第だな」


 俺が言うとジュリは俺の同行を条件に許可した。嫌な予感しかしないが病院前で待ってた下條妹に連れられ病室に入ると下條は下條のままだと再認識させられた。


「ジュリ、やはり僕の芸術には――――」


「はぁ、元気そうね下條くん」


 実際ヴィオラを弾けない以外は元気だから当然だ。そして奴の話が始まったのだが呆れる内容で、これには下條妹も夏樹も絶句していた。


「入院中、私が世話をしろって、正気なの?」


「三人が揃えば僕の怪我も完治する!! だから――――「いい加減にして」


 呆れた俺だったが俺以上にジュリの声は鋭く冷たい声で俺はこんなジュリを見るのが初めてだった。


「私も二人も京乃助の奴隷じゃない!!」


 二人も何か思う所が有るようで沈黙している。だが下條には最後まで通じず、逆にジュリを論破しようと両手を広げ演説を始め意見を押し付け始めた。その余りに稚拙で自己中心的な言葉に思わず口が出た。


「バっカじゃねえの」


「君のような凡人に何が分かる!! 僕の芸術が!!」


「下條、お前はジュリ達を便利な道具か何かだと勘違いしてないか?」


 こいつへの違和感の正体が分かった。こいつは鈍感系なんかじゃない。人の気持ちが理解出来ずに勘違いしてる自己中野郎だ。


「そんなことは無い!! 君達三人が僕の芸術だ!!」


 三人に向かってドヤ顔で言うが三人の顔には嫌悪感しか浮かんでいない。つまりコイツは結局のところ他人への興味は無い。あるのは自己の中の芸術への探求心のみで今の発言の通り自分以外はどうでもいいと宣言しているようなものだ。


「気持ち悪い……最っ低!!」


「芸術家ごっこは他所でやれ!! ジュリを二度と巻き込むな!!」


 この発言に改めて下條と絶縁する言葉を叩きつけ俺達は病室を出た。ドアを閉める直前、奴は絶叫を上げていたが俺達には関係無い話だ。


「ぼぐのげいじゅつううううう!! フンギュルアアアア!!」




 後日談だが、下條は義妹の桐衣の要望で精神科の鑑定を受けた。その結果アスペルガー症候群であると診断され他に精神病も併発しているのが判明し今は鉄格子付きの病院に入っている。


「つまり最初から異常だった?」


「ううん、同じ症状でも京乃助みたいに問題を起こしてる人は少ないみたい」


「なら病気が原因じゃないのか?」


 結局は元の性根が腐っていて病気や障害はプラスアルファ程度だろうという話だ。何で下條が歪んだか分からないが今さら興味は無い。


「そんな話よりカズ君、明日の初詣の許可が下りたよ」


「そっか今から楽しみだ」


 目下の悩みは明日のジュリのお父さんとの初対面だ。今回の件で相当ご立腹なようで男に厳しくなっているらしい。今日も大晦日で俺の家でデートをしてるだけで怒り心頭だそうだ。


「大丈夫だよ二人は話せば分かってくれるから」


「ああ、そうだな……じゃあ行こう!!」


 あの下條と違って話し合えば分かる相手だ。そう思うと急に気が楽になった。あんな頭のおかしい男を乗り越えた俺とジュリなら絶対に大丈夫だ。でも凡人な俺はジュリのお父さんの好物を聞き明日のお土産を用意するのだった。




真材誠に得がたし?それなら人柄重視が当然では?(完)

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真材誠に得がたし?それなら人柄重視が当然です――主人公補正は無視してお前の幼馴染いただきます―― 他津哉 @aekanarukan

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