真材誠に得がたし?それなら人柄重視が当然です――主人公補正は無視してお前の幼馴染いただきます――

他津哉

前編


 誰かが言った『人生の主人公は自分だ』とかいう安っぽい言葉が俺は嫌いだ。どこぞの啓発本にでも載ってそうで洗脳には使えそうだと常々思っている。


 そんな冷めた凡人の俺、氷上 和誠ひかみ かずまは実際に主人公みたいな奴が居るんだよなと前言撤回させられてしまう光景を見ていた。


「今日も絶好調だな天才様はよ」


「ああ……」


 現在は昼休み中で俺はカーチャン弁当を食べながら友人の雨ノ宮と教室で繰り広げられる名物を見ていた。


「今日こそ私のお弁当食べて!!」

「いいえ!! 私のが一番ですからね義兄さん!」

「……私も作って来たよ!!」


 俺の座右の銘を真っ向から否定するかのように三人の美少女が一人の男子の前に集まって弁当を渡そうと競っている。このクラスではお馴染みの光景だ。


「下條も決めれば良いのによ」


「いや、アメ……あれはそれ以前だ」


 問題は、その男子生徒、下條は三人からの好意に気付いていないという点で、だから俺はそれ以前だと言った。


「ジュリも男の趣味悪いよね……」


「また来たのか委員長」


 この四人の騒動だが俺達みたいに見世物として楽しんでいる側と、この騒動を心配している暇な連中もクラスには居る。なぜか毎回ここに来て愚痴ってる女がその代表例だ。


「いやいや陰キャーズの机が一番安全だから」


 サラッと失礼な事を言った女は騒いでいる美少女の内の一人、優来 柔李ゆうき ジュリの友人で美化委員長をしている。だから俺は委員長と呼んでいた。


「あれも景観を損なうし委員長なんとかしてくんね?」


「そうだな、頼むわ東堂」


 そしてアメと一年から同じクラスメイトだ。ちなみに苗字は東堂で下は忘れた。この三人で居るのも今や昼の定番だった。


「あの中に私までとか……むしろ陰キャーズこそ行け」


 先ほどから失礼極まりない呼ばれ方をされている陰キャーズとは俺達だ。毎回、席替えで隅っこにいるだけで勝手に陰キャ扱いされているだけだ……たぶん。




「いや三人共、困るよ」


「だって義兄さんが決めてくれないから~」


 三人の内の一人、下條 桐衣きりえが弁当を渡そうとしていた。この女は迫られているモテ男、下條 京乃助きょうのすけの義妹だ。これまた主人公らしく親の再婚で出来た義妹らしい。


「そもそも今日は雨で湿度も高いから……弁当の気分じゃないんだ」


「「「は?」」」


 今の「は?」は、離れて見てる俺達の声だ。色々と言いたい人間もいるだろうが堪えて欲しい。これが下條という男の平常運転だ。


「そっか、今日は雨の日だもんね、お昼はチョココロネ以外は食べない日だっけ?」


 だが俺達の上を行く三人娘の一人、幼馴染の優来つまり委員長の親友は凄いことを言ってのけた。


「おい、これ新パターンだぞカズ」


「でも前は何も言って無かったような……」


 アメが俺に言う一方、委員長は不可解な表情で呟いた。確かに前は雨の日でも普通に弁当を食べていた気がする。そんな俺たち三人の疑問を無視して事態は残りの一人の女子が強引に動かしていた。


「そうだった!? じゃあ私、行って来る!!」


「さゆか今さらいいよ、ヤレヤレ……今日は仕方ないさ」


 何がヤレヤレだ。そう言いたいのはこっちの方だ。これも割と日常の光景だが今日は妙に引っかかった。それは三人の中で普段は余裕の有る優来の表情が曇ったからかもしれない。


「「「ごめん……」」」


 この光景に俺はドン引きだ。人は奴を鈍感系などと言うが俺は絶対に違うと思っている。


「あれ? 三人ともどうしたんだ?」


 だが、こんなのでも悪意は無く空気が読めないだけらしい。しかも我が校では特待生で何と世界的に有名な天才ヴィオラ奏者だったりする。


「何でも、無いよ……」

「う、うん」

「義兄さん、お腹はもう?」


 三人が恐る恐る聞くと天才様の下條は満足したようで三人に向かって言った。


「そうだね、後はいらないよ」


 やはり何でこいつがモテるのか謎だ。世界的な天才奏者だからか? それとも見た目が良いからか。いや、これが勝ち組特有の主人公補正なのだろう。そんなことを考えてる内に昼休みは終わっていた。




「それで何で俺が?」


「下條がコンクール前だからよ」


 今、俺は委員長の東堂そして例の下條ハーレムの一人、優来と三人で保健委員の仕事をしていた。


「ごめんね氷上くん……代わり頼んじゃって……」


「幼馴染なら管理しといてくれ」


 その保健委員が下條と優来なのだが奴はコンクールだからと優来を置いて帰宅したそうだ。そして黙ってられない委員長が俺を巻き込んだのが現状だ。


「氷上、そんなこと言わないでよ雨ノ宮は先月やってくれたよ」


「アメはお人好しだしな……ったく、包帯の在庫チェック終わったぞ」


 そもそも備品のチェックなんて教師の仕事だろうに生徒に任せるとか論外だ。しかも養護教諭は最初の数分だけ居た後どこかへ消えた。


「ありがと二人とも、後は私一人で……」


「そうか、じゃあ――――「じゃあ三人で早く終わらせよ!! そうよね氷上?」


 そう言われたら俺は頷くしかない。泣く泣く残りの作業も手伝うことになった。ちなみに後日、俺と委員長の密告で養護教諭は仕事の一部を生徒にやらせていたのがバレて減俸になった。


「じゃあ帰るか二人とも送るぞ」


「えっ?」


 保健委員の仕事は思った以上に長引いた。外も薄暗いし何気無く言ったのだが返って来たのは疑問系の言葉だった。


「どうしたのジュリ? 送ってもらおうよ外も暗いしさ」


「う、うん……」


「別に何もしない……嫌なら俺は帰らせてもらう」


 どうやら警戒心は強いみたいだ。幼馴染の下條以外には気を許さないタイプかと思ったが優来の返事は俺の想定を越えていた。


「ごめんなさい、その……男の子が家に送ってくれるなんて初めてで……驚いて」


「は? 下條はどうしてんだ?」


「京乃助とは一緒に帰るけど私達が家の前まで送って後は解散だから」


 別に男が送らなければいけないという義務も法律も無いが正直それはどうなんだ? 少なくとも拒否されてなければ家まで送るのは当然だと俺は思っていた。


「じゃあ今日は送ってもらおうよ、ね?」


「う、うん……じゃあお願い、します氷上くん」


 少し遠慮がちに優来は言った。これが優来を一人の女子として認識した時だったと思う。それから俺は保健委員の仕事を何度か手伝ったりする関係になっていた。




「ねえ京乃助、今日は何も無いし委員会出よ?」


「え? でも今日は個人的に奏でたい気分だし、嫌だな」


「で、でも……」


 あれから数ヵ月も経過し早いものであと一月弱でクリスマスだ。しかし変わらない人間も居る。それが目の前の三人だ。四人と言わない理由は今の言葉通り優来は委員長らの影響か最近は少し下條に厳しくなっていた。


「義兄さんと居たいからって邪魔する気ですか、ジュリさん?」


「ち、違うよ、今まで恋香と氷上くんが手伝ってくれたからで……」


 義妹の桐衣は優来と二人きりにさせないために強気だ。そして補足すると恋香とは委員長の下の名だ。


「なら今回も任せればいいじゃないか」


「なに言ってるの? 今まではコンクールで忙しいからって二人は代わりに……」


 そうだ言ってやれと俺は心の中で彼女を応援していた。この数ヵ月で分かったのは最初の印象と違い優来は割と常識が通じて普通の女子だった事だ。


「でも僕が忙しいのは知ってるだろ? 困るんだ」


 いや、お前が委員の仕事やってんの見た事ねえぞ、俺が手伝う前はアメや委員長がやってたし仕事してないだろ。


「でも自分でやりたいって委員決めの時に、だから私もって……」


「あの時は僕の感性がやるべきだと言ったからさ……」


 だが目の前の天才奏者様は気分屋だ。俺も少し調べたのだが天才に割と多い性格らしい。まあ音楽家なら感性で動くのは当然で俺のような凡人とは違うのだろう。


「そ、そんなの――――「じゃあ委員なんて辞めちゃえば?」


 優来の言葉を遮るようにもう一人の女が言った。下條ハーレムの最後の一人、夏樹さゆか。俺の中では下條ハーレムその3という印象の女子だ。




「早く決断を、先生」


「何を言ってるんだ……お前ら」


「先生は兄の芸術に理解が有ると思いましたが?」


 現在は放課後、教室では緊急の学級会が開かれていた。開いたのは下條と義妹の桐衣、そして夏樹さゆかの三人だった。優来から聞いた話だと夏樹は中学の時に下條と出会ったピアニストで下條ほどでは無いが業界では有名人らしい。


「だが、今いきなりは……」


 そして今こいつらが提案したのは保健委員の変更だ。演奏活動で忙しい下條のためとか極めて自分勝手な理由だ。


「先生、学年主任や上の先生方に報告しますよ?」


「夏樹、いい加減にしろ。それに委員をやりたいと言い出したのは下條本人だ」


「はぁ、先生は芸術に理解が無いらしい、この事を今度の世界的なコンクールで公開したい気分です!!」


 下條の手にはスマホが有り今の内容をSNSでバラまくとチラチラ見せた。その後も紆余曲折あったのだが最後は担任が折れた。


「じゃあ頼むぞ氷上、その……済まんな」


「構いませんよ。先生もお疲れっす」


 そして帰宅部で委員にも入っておらず、ここ最近は手伝わされていた俺は保健委員になっていた。


「これで全部解決だ!!」

「さっすが京乃助!!」

「やっぱり義兄さんですね!!」


 このアホ共は放置が一番だ。そして俺は新しく相棒になった優来を見た。


「ごめんね氷上くん」


「はぁ……ま、気にすんな」


 それから数日、下條らのせいで正式に保健委員になった俺の初仕事が始まった。


「俺が居ない時は基本一人だったのか?」


「う、うん……京乃助は一度も来てくれなかったから」


 それだけ話すと俺達はまた作業を再開する。数ヵ月前に委員長こと東堂と密告した結果、事務仕事は減ったが代わりに荷物運び系の肉体労働が増えていた。


「だから正直、氷上くんが来てくれて助かった」


「ま、俺は帰宅部だしな」


 それに俺も優来を手伝っている内に悪い奴じゃないのは分かった。だから委員をやれと言われた時も抵抗無く受け入れられた。


「ありがと……氷上くん」


 あと凡人の俺が美少女とお近付きになれるのは役得だとか下心もあった。

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