21話 この時代の武器

 リドヤ町は早朝から行商市場が賑わっている。酒の生産が盛んなこの町は、職人達が独自の製法で様々な酒造をしている。

 アルゾワールの大市場シグンス程の規模ではないが、流通の少ない椰青木ププバレンシの実から作られる果実酒を求めて多くの行商人達が、わるわるこの町へ集まってくるのだ。

 

 ロウの計らいで、宿屋に宿泊する事ができたジオラスと女中3人は久々のベッドで深い眠りに着いていたが、早朝から市場の賑わいに目を覚まし、メルテムとルズガルはそれぞれ自分の必要な物を調達しに行商市場へ、ジオラスとエセンは装備を新調する為に装具店へ向かっていた。


『睡眠中の身体は少し動きやすかったですけど、起こしてしまって申し訳ない』


 ――仕方ないよ、でも寝たまま動けたら面白かったんだけどね


 ジオラスはアルメニアと会話しながら周囲の建物の看板を隈なく確認し、目当ての店を探している。


『そういえば何を買われるんですか?』


 ――特に決めてないけど、とりあえず装備を見てみようと思って、何店舗か装具店があるって言ってたし


『今の防具は中々良い物だと思いますけど』


 これは兄さんの物で帝国の凄腕の人が作ったらしいけど、僕には少し大きくてさ、魔獣が出る森らしいし最悪武器だけでも――


 アルメニアが突然止まり、明後日の方へ視線を向けた。


『――こちらから微かにですが、声が聴こえます』


 ――声? 市場の近くだから微かにどころか、僕にだってうるさい位に聞こえているよ


『そうではありません……これは』


「あったあった!」

 ジオラスはアルメニアの言うことよりも目的の装具店を見つけ、扉の呼び鈴を鳴らしながらエセンと共に入っていく。

 アルメニアは置いて行かれていることに気付くと慌てて呼び鈴の鳴る方へ向かい、ジオラスに文句を言ってやろうとした。


『ちょっと待って下さい!――酷いですよ!私の話を少しは聞いて……』


 アルメニアは視界に収まらない武器の多さに先程までの感情を忘れ言葉をなくした。

 ジオラスとエセンが驚いていないところを見るに、これが今の時代では当たり前なのだとアルメニアは驚嘆したが、直ぐにこの物量を作り出すことができる理由を知ることとなる。


 ドゥーズ装具店は武器の品揃えが豊富なリドヤ町で最大の武器屋だ。防具もかなりの数を取り扱ってはいるが、所狭しに並んだ武器に埋もれてしまっている。


「いらっしゃい」

 立派な髭を蓄えた大柄の男が、接客の為に汚れた前掛けを解きながら少年と女中を出迎えると少し首を傾げた。


「なんだ?――最近は若旦那と女中さんで武器を買いに来るのが流行りなのか?」


「――?……流行りとは何のことでしょうか?」


「そうじゃねぇのか?――数日前にも騎士様んとこの若様が女中さんと来てよ、稽古用と実戦用の武器をたんまり買っていったのさ!――あぁっと、すまねぇがあんた様はどこの若様だい?」


 何故帝都でも買える物をここで……?――気にはなるけど下手に詮索はしない方が良いか……


「そうだったんですね、僕は――アルメニア・ロザレスと申します」

 

「――ここら辺じゃ聞かない名前だな……女中さんを連れて良さげな防具を身に付けてるからよ、名の有る騎士さんの家柄かと思ったんだが……まぁいい、何を探してるんだ?」


 ソイルと名乗れば待遇良く接待されていた今までとの落差を感じつつ、自分とエセンの武器と防具を新調したい事を伝えると、2人の背丈に合いそうな装備を次々に選び出してくれた。


「今は武器を主に取り扱っているから防具の方は少しばかり古い物になるが悪い物は置いちゃいない」


「アルメニア様、私も幾つか試着して参りますので失礼致します」


 エセンは並べられた防具を見比べ、幾つか手に取ると奥の試着室へ入って行った。

 

 一方でアルメニアは珍しく険しい表情で目の前に並べられた品々を見る。


『――なるほど……確かに外見だけは良さそうな物ばかりですね』


 ――外見だけ?


『――これらの防具には魔獣の素材や魔導鉱石は多少使われているようですが、組み合わせがくありません。表面上の素材や、あしらわれている物は私の時代の物よりも質は上かもしれませんが・・・仕上がりがこれでは命を預けるに値しません』


 アルメニアは店内の武器を端から再び観察してみる。


『お店の方にこの品々に名はあるか聞いて下さい』


 ――武器の名前を?いいけど……


「あの、武器に名前は?」

 

「――名前?そんなもん一々付けてないさ、稀少な魔唱剣じゃあるまいし……」


「そう……ですよね」


「――お前さんもしかして帝国出身じゃないな?」


「――えぇ……まぁ」


つるぎとはどの様な形であれ、固有の名前を有していました。魔導力と意思を持ち、自らが認めた所有者に力を貸し与えます。例えば、今は昏々こんこんと眠りについていますがエセンさんの帯剣している銀獅子シゥレノは紛れも無くつるぎです』


 ――母さんの魔唱剣が只のつるぎ

 つまりアルメニアの時代だと魔唱剣みたいな名前のある珍しい武器がよくある武器だったってこと?

 

『――流石に誰しもが武器として所有していた訳ではありませんが、一流の剣士を目指す者であれば剣術を学び始める前につるぎを選び、そのつるぎに認められ初めて剣士としての一歩を踏み出すのです』


 ジオラスがアルメニアの話を真剣な表情で聴きながらジッと並べられた装備を見ていると、店主はそれを不満に感じていると解釈し声をかけてきた。


「そっちの国じゃ武器に名前を付ける風習があるのかは知らないが……あまり気に入らない様だな、それなら扱いは難しいが魔導剣もあるからよ、少し待ってな」


「ご親切にありがとうございます」


『魔導剣。とはなんでしょうか?』


 専門的なことは知らないけど、魔導術を使う時と同じ感覚で扱うと、それに応じた魔導属性を補助してくれるとかそんな感じの物だったと思う。――アルメニア風に言うなら、魔導力を持っている武器って言えばいいのかな?


『…………。だからこれだけの数を作り出すことは容易になったということなのでしょうね』


 今は魔唱剣と呼ばれ、稀少な存在となったアルメニアの知るつるぎは、簡易的に作られる武器が主流になったことにより、濡羽巨蟹ウルザンタラから聴いたこの1000年の間で、今を生きる者達の反応からするとつるぎに関しての知識や技術は廃れてしまい、新たに創られる事も無くなってしまったのだろう。


 それでもガルドの様に濡羽巨蟹ウルザンタラを使い熟せる人もこの時代には居る。

 魔唱剣と魔導剣・・・ですか、認識を改めた方が良いのでしょうね……


 


 店主はジオラスでも扱いやすそうな小型の魔導剣を何種類か手に取りこちらの前へ丁寧に置いていく。


「手に取ってみてくれ、お前さんでもこの大きさなら無理なく使えるだろう」

 

 ジオラスは最も手元に近い魔導剣を手に取る。錆付いた鉄に苔生した色の鱗が散りばめられた様なあまり奇麗とは言えない色合いの剣身。ジオラスは初めて触る魔導剣を色々な角度で観ようと手元を何度か傾けた。


「そいつはレウスクルカ鉱石から作ったものだ――ほら、魔導剣なんだから魔導力を込めてみろよ」


「えっ?――あ、はい……!」


 普段、魔導術を使わないジオラスは戸惑いながらも、魔導剣に自信の力を流し込もうと試みたが魔導剣は何も反応することはなかった。


「あぁ?――まさかとは思うが……お前さんその身なりで素人なのか?」


 ジオラスは自分の才能の無さを改めて実感した。一体何度、無能な自分を恨んだことだろう。何故自分だけ……と。

 

 ――やっぱり僕は……

 込めていた力を抜き、視線を落としかけたその時


『大丈夫ですよ』

 

 宥める様に柔らかな声遣いでアルメニアが自分の手と重なる様に魔導剣を優しく握った。


 瞬く間に、身体の奥底から魔導力が溢れ、自己嫌悪による心身の緊張を暖かな何かが全身を廻り解きほぐしていく。


 ――これ……は?


 『これがあなたの魔導力です』

 

 力を抜いて持っていた魔導剣が呼応し、錆付いている様に見えたスクルカの部分が美しく光り輝く。


 ジオラスの暖かな魔導力は身体から溢れ、触れてもいない店中の魔導剣や魔導防具をも輝かせていく。

 その光景はまるで全ての魔導鉱石が喜び、はしゃいでいるかの様だった。


 「急にどうなってんだ?!お前さん一体何を!?」


 エセンも銀獅子シゥレノが突然輝いた為、驚き慌てて試着室から戻ってくると、その光景に目を奪われた。


 「これは一体……?」

 店中の魔導鉱石を使った武器達が点々と輝き、その中心にはジオラスが何かを憐んでいるのかそれとも悲しんでいるのか、そんな表情をしている。


 ジオラスはアルメニアのお陰とはいえ自分の魔導力をハッキリと感じることができ、とても嬉しかった。

 だが、これらの意思の無い輝くだけの魔導剣に憐憫れんびんの情が湧き、何故か悲しい表情を崩すことができない。


 『「可哀想……ですね」』


 ジオラスは突然、自分の意思ではない言葉を発した事に驚き、慌てて口を覆った。

 握っていた魔導剣は床へ落ちながら徐々に輝きを失っていき、店内も先程の点々とした光が嘘だったかの様に元に戻っていた。


 ア、アルメニア!?――君が僕の声を出したの!?

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