14話 門出

 アルメニアにとって他愛もないことが1人の騎士にとっては思いも寄らないことだった。


「馬鹿な……」

 

 魔導術や俺と同じ力で押し合い、相殺するのであればまだ分かる……だが……

 

 ガルドの威圧と呼ばれている周囲に発生する重圧は、魔導術などを行使する際に練り上げられた魔導力の有り余った力を、余剰導力として逃すために発生している。

 この圧は練り上げた魔導力の量に比例して発生するわけでは無く、魔導力の個々の性質によって異なってくる。個人差は有れど、誰でも発生させる事ができるもので、ガルドの放つこの規模の重圧、威圧は歴代帝国騎士達を観ても稀であり、ガルドの特徴的な力の一つであった。

 

 しかしそれを相殺では無く――した。――自分が思い切り握りしめた掌を内側から無理やり押し広げられた様な感覚は、簡単にって退けられる事ではない。

 10年で帝都防衛部隊ホグウィード上級二等まで上り詰めたガルドは、そのたった一つだけ、自分の無知を目の当たりにし、体感したことで、自分より明らかに背丈の低いその子供の視線が何故か、遥かなる高みから見下ろしているかの様に観える。

 

 これが俺の……分かるはずもない?――ジオ……ラス?


 ガルドはエセンに指摘された文字通りの言葉を思い返し、あり得るはずもない弟を、見ず知らずの子供に重ねていた。

 

「ガルド様、お引き下さい……」


 いつの間にか復帰したエセンが母の剣を持ち、こちらに刃を向ける。


 ――俺は……


 安全な場所で近くに居続けた1頭の鷹獅子エルジレノが、ガルドを護るかのように間に入り、ガルドに乗るようにと優しく吠え、エセンやジオラスを睨んだ。

 ガルドはおもむろに手綱を取り、跨ると鷹獅子エルジレノは颯爽と去って行った。


 去っていくガルドの背中を見つめるエセンは、かつてこの屋敷を帝国騎士になるために出て行く幼き日のガルドの面影を重ね、本当は彼が変わっていなかったことに気付く。


「慕われているのですね……心の奥深くまでは10年前と変わっていなかった……」


 一方アルメニアはガルドとのやり取りを嘗ての仲間達との共闘や相克、様々な記憶を思い返し重ねていた。

「彼は強かった。私の友人達にも引けを取らない位に……。――そろそろ、この子の身体が限界の様です。無茶をさせてしまった。申し訳ありません……」


 ジオラスは突然、憑いていた何かが抜ける様にその場に倒れ込んだ。


 「ジオラス様!?――メルテム、ルズガル再度治療と回復を行います!急いで下さい!!」



 ****



 ガタン!――ガタンッ!!

 質の良い客獣車が珍しく激しく揺れる。



「――痛っ……!」

「ジオラス様!?お目覚めになられましたか!?良かった・・・」

「ジオラス様大丈夫?」

「おはようございます。ジオラス様、ご無事で何よりです。」


 聞き覚えのある声と霞んだ視界の中に自分を覗き込む3人の女中の顔が見える。

 ジオラスは頭をエセンの膝の上に乗せ仰向けで横たわっていた。


「皆んな……ここは一体……痛たた」


「無理をしてはいけません。大丈夫ですから安心なさって下さい、客獣者の中です。屋敷まで送って下さった方が、私の忘れた鞄を届けに戻ってきて下さって、ご親切に例の羊皮紙の近くまで送って下さっている所です。」


「羊皮紙……そっか、頼れる人が居るって……」


「――それより、みんなが無事で本当に良かった。」


「――なんか他人事……もしかしてジオラス様、何も覚えてない?」

「全部ジオラス様が頑張ったから何とか成ったんですよ!?」

「えぇ……私はガルド様に手も足も出ませんでした。あの大樹の光と声、そしてジオラス様が居なかったら、今頃私はどうなっていたか……」


「えっと……ごめん全然覚えてn」

『気が付いたら私が貴方の身体を動かしていましたからね』


「――!?……え、エセン……光と声ってこの人のこと……かな?」


 ジオラスの目には歴史書や騎士の物語から出てきた様な風貌の綺麗な顔立ちな男性?女性?どちらともいえない剣士・・・?が――半透明な、俗にいう幽霊の様なものが映っていた。


「この人?とはなんの事でしょう?私が見たのは屋敷裏の大樹が光り輝き、その後、皆様やお爺様のお声が聴こえたのですが……」

 

 エセンは不思議そうにメルテムとルズガルと目を見合わせると、2人もうんうんと頷いている。


 もしかして……皆には見えてないし聴こえていない?

『そのようですね』

「うわぁ!?――痛っ!!!!!」


 突然真横からはっきりと声が聴こえ、ジオラスは驚愕し飛び起き、それのお陰で全身に電流が走った様な痛みに襲われる。


「ジオラス様!?大丈夫ですか!?」

「頭ケガしたしいっぱい殴られた、おかしくなっても不思議じゃない。地下から戻ってきたジオラス様は少し変だった」

「――言われてみれば口調が少し違っていたかも……」


「だ、大丈夫だよ……あはは」


『申し訳ありません、驚かせるつもりは無かったのですが、適切な切り出し方が分からず……』

 

 ――あ、あなたは一体!?


『これは失礼致しました。私はメトシエラ皇国の剣士、名はアルメニア・ロード・ロザレス。 貴方の身体に入り込んでしまったようです』


 名前を聴いたジオラスは書物庫で発見した朽ちそうな本と挟まっていた解読メモの文字を思い出し、それと一致したことで不意にボソッとその名を口に出す。


「――アルメニア・ロード・ロザレス……」


「ジオラス様そのお名前、ガルド様にも名乗っておられました」

「――ガル・・・・・・えっ!?――兄さんが居たの!?」

「は、はい、ですがジオラス様もご対面なさって、むしろ剣まで交えて・・・」


「剣を交えたって……!?じゃあ兄さんは……」

 ――帝国騎士側……ってこと?


「墓地でお会いした2人、マリアとダリウスに聞いた時は判明しませんでしたが、ガルド様の処遇というより課された使命は恐らく、帝国騎士として帝王の為に……つまりソイル家に手をかけれるかどうかだったのでしょう」

 

――その兄さんと……僕が?――まさか・・・アルメニア、君が色々と!?


『お察しの通りです。身体をお借りし、貴方のお兄様には退却していただきました。余計な事だったかもしれませんが……』

 

 ジオラスだけに見える半透明な剣士は客獣車の隅で威厳のある服装に見合わないもじもじとした仕草をしている。


――退却してくれた?


 ジオラスはみんなが、そして敵対したであろう兄も助かったことが嬉しく満面の笑みでアルメニアに感謝を伝えた。


「そんなことはない!ありがとう!お陰でみんな助かったよ!」


 ――しまった……声に出してしまった。


 エセンとルズガルは驚きの表情を浮かべジオラスを注視しているが、メルテムは少し哀れんだ目を向けている。

 

「やっぱりジオラス様、どこかおかしい」

「もしかして私が包帯をぐるぐるに巻いたせいで……」

「ジオラス様、もう少し眠られた方が……回復魔導術をもう一度お掛けしますので」


 ジオラスと半透明な剣士は目を見合わせて苦笑いをし、聴こえもしない声を合わせて「大丈夫です……」と3人の女中に伝える。

 

 そして超大狼レ ニオ フォロゥ2頭で引く真新しい客獣車は、颯爽と日の落ちかけた田舎の街道を行く、羊皮紙に書かれたとある場所の付近、マンチニール帝国従属国の中でも最東端にあるヴィスカム王国へ向けて駆けて行くのであった。

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