第4話 狐の兜を被る井上円

 相手は格上。それは茜だって分かっていた。故に、カトラスで斬り込む前にダメ押しで手の甲を腰に当てて更にナイフを飛ばす。


(野郎・・綺麗に避けてくれるぜ・・!)


 剣はおろか本すら出さず、半歩体をずらすだけで攻撃を避ける井上へ遂に手が届く距離まで来た茜はカトラスを横から振って腹部を狙った。

 だが、あと拳一つ分で当たるという所でカトラスは動きを止めた。


「なるほどね」


 勝ち誇ったかのような井上の含み笑いを聞き、反射的に左手の甲で腰を叩いてターキーの家から頂戴した剣を放つ。


「なっ!?」


 という未来は訪れなかった。


「どうなってんだッ!?体が動かねぇ!」


 頭を動かして自分の体を見下ろし、足や腕を動かそうとするがぴくりとも動かない。


「流石はノチェロの戦士。面白い異能を使う」


 すっと。井上は後ろに下がる。数歩先にいる茜の姿を見ながら腕を組み、じっと自分を睨みつけている茜に溜息を吐いた。


「手の平で触った物を隠し、手の甲を当てるとそれを出せる。それがキミの異能だね」


 驚きながらもポーカーフェイスを崩さない様注意していた茜だったが、後方の岩から聞こえた叫び声に観念した様子で項垂れた。


「なっ!なんでもう茜の異能が分かったんやぁ!」

「オイこのクソ馬鹿ッ!カマかけてるだけかも知れねぇだろうがッ!」

「んぁッ!?す、すまん!」

「いや、分かっていたのは事実だから。それに、さっきからナイフを飛ばしてるけどこの辺にある大きな岩は飛ばさない。恐らく、隠せる物の大きさに条件があるんだろう?」


 初めて自分の異能を瞬時に見破られ、茜の心には恐怖や驚きよりも、興味の方が強く湧いてきていた。


(なんで・・・そんなところまで?)

「そんなに目を見開いて驚くことじゃないさ。ボクはね、白獅子隊の入隊試験官をやってるから色んな異能者を見ている。加えて魔物たちとの戦い、3凶との戦い。色んな経験を積んでいる・・まぁ嚙み砕いていえば、実力の差ってやつ」

「へぇ?んでそんなに強いのに、アタシの力が見てぇってどういうこったよ」

(アイツとの距離は約2メートル・・今までの感じ的に、異能の有効距離は3メートルか?)

「とっさに不意打ちをかまし、異能を暴かれても動揺を見せようとしない。そんな狡猾不敵な君なら、何となく分かるだろう」





 突如として自分の体が動いた拍子、茜は足元の砂利に足元を取られて少しバランスを崩すがそれでも井上を睨む事だけは止めない。


「こっちとしても、あまり遊んでいる暇は無い。正直言って、キミの陳腐な異能程度じゃボクはおろかこの先の旅すら危うい・・・ま、期待外れだったらここで殺すけどね」

「・・今んとこ、その期待はどんくれーよ?」

「ゼロ手前」


 茜の衣服が、ふわりと浮いてなびく。


「言いてぇ放題・・急に出て来てやってくれるよな・・・テメェ」


 彼女の姿に井上は、尚も腕を組んだまま仁王立ち。


「あのな?これだけは言っとくぜ。期待を外れよーがなんだろーが、アタシの仲間にだけは手は出させねぇ。これは、そのための力なんだ。アタシが二度と後悔しないための力なんだ!」


 カトラスを異能で隠し、茜は意識を集中させて声を張り上げる。


「嗤えッ!マスカ!」


 空間に走った亀裂を蹴り割り、マスカが出現した。悪魔のような翼をはためかせ、その白銀の仮面で井上円をじとりと見下ろす。


「言うようになったじゃないか?クソ生意気にしては」

「一言余計だコラ、いいから・・・やっぞ」


 マスカが拳を握り締めると茜の背中に白い炎の球体が現れ、解放された白炎は翼となる。


「ほう、間近で見ると・・こんなんでも圧があるな」


 言って井上は素早く飛び退く。先程まで余裕に溢れていた彼女が逃げる様子に、茜はせせら笑うこともせずに前傾姿勢になった。


(どうせアイツも中級精霊を使う、最悪だ。異能は恐らく周囲3メートルにある物の動きを止めるとかだとして、そんな奴の心の根っこに関係した精霊ってなると・・)

「先に忠告しておこう」


 まるで自分の考え事を見透かしたような彼女の発言に、茜は眉をひそめる。


「死んだ時の状況が原因となり、自分の心とは関係の無い異能が授けられる特殊なケースも存在するんだ。ボクの場合、駅のホームで誰かに背中を押されて電車に撥ねられた」


 井上の白い衣服がふわりと浮いてなびき始めた。


「いやね?電車って凄い早いはずなのに、あれが止まったらとかどこかに飛び移れたらとか、考える時間があったのが大きいと思うんだよねボク的に」


 砂利を鳴らし、井上がステップを踏む。ヒップホップの軽やかで陽気なステップを。


「で?なにが言いてぇんだ」

「意外と鈍いね」


 ピンクの長髪を揺らし、足を巧みに使いながらもサイドステップで緩急をつけていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る