第3話 試練は突然に

「街全体を覆うほどの力を使うなんて、初めてにしてはやり過ぎだ。そのまま死んでもおかしくなかったんだぞ」

「・・あのね?中級精霊は強力だけど、その力を全部使うには慣れとか修行とかが必要なの。あの久米だってトイコスの力の全部を使ってた訳じゃない。自分が戦う余力を残しつつ、精霊の力を使っていたの」

(じゃ、じゃあ・・)


 ようやく茜が不機嫌な態度を止めて項垂れた。視線を落とし、3人の靴を見るとデネブの街で見た時よりも汚れが目立っている。


「・・ごめん。迷惑、かけて」

(アタシが寝てる間に、きっと・・大変な事があったんだ)

「わかればええんや。わかれば、ターキーさんに謝りや」


 改めて3人に頭を下げ、茜は狐の兜を被った井上とドワーフのターキーに振り向く。


「ターキーさん・・でいいんだよね?家、壊してごめんね。後、色々言い過ぎた」


 彼女の謝罪の意を汲み、ターキーは柔らかく会釈した。


「んで、アンタは―」

「ボクは白獅子隊しろししたい井上円いのうえ まどか。キミに用があってね、お仲間をここへ案内した」


 背後から感じた嫌な気配。茜が横目で覗くと、忍が目を釣り上げ、ニコラと陽菜が苦い顔をしていた。


「来てくれ、こっちだ」


 言うだけ言ってすっと歩き出した彼女に、茜は足を前に出して声を張り上げる。


「ちょっと待って!中に忘れ物しちゃってさ、取りに行くから!」

「・・早くしてくれよ」


 彼女の言葉を待たず、茜はターキーの家のドアを開けて中に入る。


(ターキーにはさん付け、井上とかいう奴にはあの表情。忍ってホント)


 ランタンの明かりが照らす土の家で、茜は鍛冶道具の脇に置かれた樽に目を向ける。そこにはターキーが作った剣が仕舞われていた。


「わかりやすい」


 アンシャンテ王国が擁する異能者精鋭部隊、名を白獅子隊。いつかニコラから話だけ聞いていたが、実際会うと距離が空いていても圧のようなものを感じ、相当の実力があるのだと自分の本能が告げていた。

 故に用心だけはしておきたかった茜は、樽に差された数本の剣に手の平を当てて自分に隠した。

 一体彼女が言う用とはなんなのか、何故忍たちは嫌な感情を向けていたのか。

 準備を終えた彼女がドアを開けてすぐ、横で待っていた忍が耳打ちする。


「気ぃつけや?アイツ、ただもんやない」





 左右の腰に差した美麗な水色の鞘を揺らし歩く井上円の後に続く。ターキーの家から離れ、着いた場所は忍たちが魚を捕っていた川の下流。辺りには大きめの砂利や5メートル程の大きさの岩があり、広い川が緩やかに流れている。


「さて、起きたばかりのキミに悪い・・と思っていたが。起きてすぐに中級精霊を呼び出せるほど元気があれば関係無いだろう」


 茜と井上は20メートル離れた場所から互いを睨み、離れた場所にある岩の上から忍たちが見守る。アンシャンテ王国お抱えの異能精鋭部隊である白獅子隊が1人で動き、一個人に直接用があることなど、この世界ですら稀だった。


「ボクと戦え。キミの力を見せて欲しいんだ、それで・・見当違いだったらそのまま殺そうと思っている。お仲間たちも一緒にね」


 狐を模した兜から彼女の表情は分からないが、声はいたって真剣だった。井上円は、本気で言っているのだ。


「オイッ!勝手ばっかしやがって!お前何様なんやぁ!」

「ちょ!忍くん!?」


 身を乗り出して怒鳴る忍を陽菜が羽交い絞めにしていなかったら、今頃彼は井上に突撃していただろう。


「・・プッ」


 嫌な空気が立ち込めそうだったこの場所を割って入ったのは、茜の笑いだった。


「なにが可笑しい」

「いや?あのさ・・ボク?自分のこと、ボクとか言う女・・初めて見てさ?」


 腹を抱えて身をよじって笑いを堪えている茜は、足元もふらつき始めてよろよろと左右に体を揺らしてはバランスを取って少し前に足を出す。


「そんな漫画みてぇな・・てか漫画の見過ぎだろ!?アレかアレか!中二病ってやつ!?」


 とうとう抑えられない笑いを周辺に轟かせ、茜は太ももを何度も叩きながらゲラゲラ笑って井上円を馬鹿にする。


「そんな重課金勢みたいな恰好して!?ボク・・恥ずかしくて死んじまうよぉッ!」

「キミ・・言いたい放題言ってくれるじゃ―」


 苛立ちを露わに前傾姿勢になった瞬間を狙い、茜は太ももを叩いていた手をさりげなく翻して手の甲で太ももを叩いた。

 瞬時に跳んで行ったナイフが井上の腹目掛けて飛んでいく。


「なっ!?不意打ちだと・・!」


 兜の奥で目を釣り上げつつナイフを避けた彼女の視界に入り込むのは、カトラスを構えて距離を詰め、5メートル地点まで近づいて走って来る茜だった。


「呑気してんじゃねぇッ!テメェの上から目線ムカつくんだよ!」

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