第2話 予感と違和感

その日は朝から電車のダイヤが、お客様と接触となんとか言って大幅に乱れていた。その上昼から雨が激しく降り出したために駅前のファミレスは遅延の難民でごった返していた。


そんな時に入るお客さんは、ドリンクバーのみの注文だけが多い……昼過ぎから出勤だった僕はその厨房でただなんとなく時間を過ごしていた。


朝からずっと莉乃が飲み会に行く事が気がかりで、まるでやる気なんて出なかった。

いつもなら休憩時間に少しLINEのやり取りをするだけどなんだかそれも億劫で……そのまま何も入れずに休憩を終える。それに……僕からでは無くて、本当は莉乃から連絡をしてほしかったのだ。


時間というやつは不思議なもので、

経つのを待てば待つほど長く感じるものだ。

仕事終わりの22時まではあとどれくらいだろうか?と時計と睨めっこだった……、

ところが夕方過ぎても電車は復旧せずに、

そのうち動くだろうとタカをくくっていた客達が今度は、どうやらまだ復旧するのは無理でやばいらしいと思ったのか、律儀に夕方の17時を過ぎた頃から、

フードメニューの応酬が始まる。

それにつまみにドリンクバーにない、ビールと酎ハイのオーダーが殺到していた。

もう、何もかもヒッチャカメッチャカで、

おかげさまで莉乃の事はすっかりあたまから抜けて時間はあっという間に過ぎていた。


いつのまにか来ていた夜勤の社員に経過を話して帰り支度を、始めた時には22時を30分ほど過ぎていた。そこで慌ててスマホを確認する。ところが……莉乃から何も連絡がない。

確か飲み会は、18時からだったはず。

いくらなんでももう4時間……。

それでたまらずにLINEをいれた。


『大丈夫?帰ってるかな?』


すると直ぐに既読がついた。


『ごめん。ちょっと酔い潰れちゃった人を途中まで送ってたから遅くなっちゃった。でも今帰ってきたよ。』



……信じてる。

うん。俺は彼女を信じると決めたよな。



『そうなんだ。大変だったね。疲れたでしょう?先に寝ていて。』



『あとごめんちょっと明日なんだけど、その酔った同僚から今日のお礼したいからご飯誘われて……。行ってもいいかな?』



『酔った同僚って誰?吉村??』


やっぱり信じられない。

心配。疑念。不安。怒り。悲しみ。



『違うよ。嫌ならいいや。断るね。』


『うん。断って。』


『なんか怒ってる?』


『怒ってないよ。怒られる様な事したの?』


『……ううん。』


『ならいいじゃん。とりあえず帰るね。遅くなってごめんね。』


莉乃は嘘をついてる。

何かおかしい。

その予感めいたが思いが僕の心を叩いた。

それはたかだかLINEのやりとりなのに、

違和感しか感じられなかったのだ。

彼女の心情がヒシヒシと伝わってきたのだ。

何がおかしいかわからない。

いったい何が気に食わないのかわからない。

酔った相手は吉村ってやつに決まってる。

それを嘘をついたからか?

全然連絡をくれなかったかなのか?

それとも明日ご飯に行くと言ったからか?

とにかく今怒りの気持ちで溢れていた。

電車は相変わらず遅延していた、

けれども運良く遅延を繰り返した電車がホームに流れ込んできた。

それに飛び乗る。近くて遠い5駅。

それを遅延の流れでゆっくりと進む電車。


早く!早く!早く走れよ。


早く莉乃と会って話したい。

信じていいのかと聞きたい。

これは実は僕の思い込みの取り越し苦労で、

送って行ったのは本当にただの同性の同僚で

明日のご飯の事は、僕の勝手な勘違いで断らせて悪かったし、明日はその同僚(同性)とご飯に行っておいで、と僕に謝らせて欲しい。


怒りで沸々と頭が煮えくりかえりそうなのに、僕は恥じらいもなく自分でも気が付かないうちに混み合う車内でボロボロと涙を流していた。



けれど酒の匂いで塗れた夜の車内は

誰一人涙を流す男になんて、

興味をしめさなかった。



『今どこ?』


と莉乃からLINEが入った。


『うん……小杉あたり…もう着くわ。先に寝ていいよ。』



『いや。今駅にいるし、待ってる。』



『なんで?駅にいるの?』



『悠太と話したいから。』



こんなにも感情的な自分。

いったい莉乃に何を伝えたくて、

何をわかって欲しくて、

何を聞き出したいのか?

さっぱり気持ちの整理がつかなかった。


改札をでると不安そうな顔つきで壁によりかかって莉乃が立っていた。



平気な顔で手をあげる。

でも本当はちっとも平気じゃない。

だからきっと無愛想。

そりゃそうだ。

気を抜いたらまたきっと涙が溢れてくる。


「ただいま。」


「おかえり。忙しかった?」


「うん……莉乃も大変だったね。大丈夫?その同僚?」



と言いながら歩き出す。

少し気まずそうに莉乃が口籠くちごもる。



「そうね……。すごくストレス溜まってるみたい。ひどい酔い方だったよ。」



「信じたい……。」


と立ち止まって莉乃の顔も見ずに呟く。

莉乃も足をとめる。

そしてこちらを見る。

そんな莉乃の目を見ずに僕は感情なく、

起伏のない声で思いを伝える。



「でも本当は疑ってる。だから本当は信じてない。」



すっかり下を向いてうつむいてしまった。その莉乃の様子を見て僕は更に落ち込んだ。


本当は信じていいよと言って欲しかったからだ。



「行こうか?ありがとう迎えに来てくれて。」



莉乃の顔を見ていたら余計に耐えきれなくなってくる。それで彼女よりも前に出て顔を隠す。また涙がボロボロでてきたからだ。

うしろから莉乃がゆっくりとついてボソボソと何か喋った。



「ごめん。嘘ついた。」



「なんの話?」

ととぼける。



「送って行ったの吉村さん。それでご飯に誘ってきたのも吉村さん。」



「だろうね。」



僕は歩みを止める事なく歩き続けた。

けれども遅延したせいか駅前は人通りが絶えず、タクシー乗り場は列をなしている。

やっぱりそこでボロボロ泣いているのは、

流石に耐えきれず、横道の路地裏に入った。

そして家とは違う方に向かってどんどん歩く。



夕方の雨が嘘の様に、流れの早い雲が散り散りと闇の中急足いそぎあしですすんだ。闇を纏った空に浮かぶちりぢりと広がる雲の間をぼんやりと月が顔をだしはじめた。


朱い鳥居が目に入った。


莉乃に結婚を申し込んだ場所。

なんでもない駅から近い近所の神社。

どんな神様が祀られているかもわからない。でもすがる思いで

神に願いたかった。


これが夢である事を……。

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