9 シルヴァンヴィル
「もうすぐ着くぞーっ!」
声が響いてから、船の中が慌ただしくなった。
カミーユは船室に戻っていたが、迎えに来たジャックと一緒に、全ての荷物を持って甲板へ上がった。
「すごい。辺境っていうぐらいだから、もっとこう……」
「寂れた感じを想像してたんじゃねえか?」
「申し訳ないけど、そう」
全然違った。大きな港町が見える。
「ハハハッ。賑やかで、きっと驚くっすよ」
港のある辺りから奥に向かって、ゆるやかな階段状になっているらしい。かなり遠くの方まで建物が連なっているのが見える。
王都よりは小さいかもしれないが、かなり発展している印象だ。
一番奥の高台に見えるのはずいぶんと大きな建物で、もしかしたらあれが、この辺りを治める辺境伯の居城かもしれない。
王都では煉瓦造りの建物が多かったが、ここは石造りのようだ。石壁はクリームとピンクの混ざったような色で、屋根は赤茶色。
温かみのある色合いの街は、青い空と海にとても映える。
「きれいな町ですね」
舳先の向きをゆっくりと変え、船は街へと向かっている。
船の姿を見て、船着き場の周辺に人が集まって来た。
その向こうに荷馬車に、馬車、賑やかな出迎えだ。
「さあ、もうすぐ着くぞ。あれが、俺たちの街、南の辺境、シルヴァンヴィルだ」
「あそこが……」
シルヴァンヴィルの街は有名だ。当然カミーユも知っていた。
この国で知らぬ者などいないだろう。
花の女神がそのお力を揮われたという、アルタシルヴァ山脈の麓にある街として。
そして、麓に広がる大きな森のほとりにある街として。
街の奥、遠くに聳えて見えるのが、そのアルタシルヴァの山々だ。
港の先に見える陸地は、種の季節だというのにこんもりとした緑が見える。
あれがアルタシルヴァの森だろう。
女神がお力を揮われたことも関係しているのだろうか。
アルタシルヴァの森は、魔植物が蔓延り、魔獣が闊歩する、魔の森として有名だった。
◇
辺境でも、商業ギルドは街の中心、行き交う人の多い賑やかな広場に面していた。
カミーユはここでも、面談室に通された。
目の前に座る女性は、テオドール先生からの手紙、王都の商業ギルドからの紹介状、トールからの手紙と、次々に目を通している。
彼女の
同じ赤髪でも落ち着いていて、秋のコキアとはだいぶ違う。カミーユのようにあちらこちらに爆発する髪質でもないようだ。
彼女の髪とキリッとした顔を眺めていると、全てに目を通した彼女が顔を上げた。
「このシルヴァンヴィルが目的地で正しいよ。北じゃあない」
手紙を畳みながら、きっぱりとそう言った。
「……そうですか」
間違いないとわかり、ほっとした気持ちがないとはいえないが、少々複雑だ。
王都民も避暑に訪れる北の辺境と、魔の森がある南の辺境では、心への響き方が大分違う。
王立学院の生徒たちの噂でも、この地で休暇を過ごしたという話は聞いたことがなかった。
トールの言っていた『頼りになるプリムローズ』は、この街の商業ギルドのギルド長だった。
そりゃあ頼りになるはずである。
いきなりのことでさすがに驚いてはいたが、すぐに時間を取ってくれた。
「なあ、手紙で頼んだってのは、誰だったんだ?」
荷下ろしのためにジャックとは船で別れ、ここへはアルバンが連れてきてくれた。
質問したのはアルバンだ。
「どうやらフィンらしいね。こっちの手紙の中に、彼宛ての手紙も入ってた」
プリムローズが、先生の手紙を指した。
「辺境伯様も困っていらしたから、本当にありがたいよ。カミーユ、すまないが、今日はギルドのゲストルームに泊まって欲しい。前にいた調香術師の工房がそのまま使えるんだけど、なにせ急だったんでね。掃除もできていない」
カミーユは慌てて両手を振った。
「突然来てしまったのは私ですから。掃除は自分でしますし」
「いや、どちらにしても、もう夕刻だ。明日の朝からにすればいい」
「泊まるのはうちでもいいぜ? たぶん一室ぐらいは空いてるはずだ」
アルバンの家は酒場、兼宿屋だ。
切り盛りしているのは、奥さんらしい。
チーズもジャーキーも大量に買い込んでいたので聞いてみたら、奥さんが喜びそうだと、照れ臭そうに告白した。
継続の仕入れもお願いしていたから、酒場で出す業務用だろう。
よっぽど気に入ったらしい。
「それは困る。いや、アルバンのとこが悪いんじゃないよ。こんなかわいい子を連れていったら、騒ぎになるだろ? 狼どもの鼻先に小鹿を放つバカはいないよ。この後、しっかり引き締めておくからさ」
アルバンの脳裏を、昨日からソワソワと浮かれたジャックの姿が横切った。プリムローズが狼どもを
アルバンはコクリと同意した。
狼も躾が行き届けば、優秀な猟犬だ。
「カミーユ、シルヴァンヴィルへようこそ。心から歓迎するよ」
プリムローズのハシバミ色の目が、カミーユを見て楽しそうに細まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます